part0(Prolog)
何も無い、真っ白な空間。床、壁、天井の境目も分からない、そもそも部屋なのかすら分からないその空間に、1人の男が立っていた。
「あぁ、これが死んだってことか」
彼は独り呟く。彼の名は西野新。つい先程、その人生を終えた者である。
死因は踏切での人身事故。踏切で倒れた人を介抱しようとして間に合わず、そのまま列車と衝突したのだった。ここで彼の親類がどう思うなど考えるが、彼は孤児だ。幼い頃に両親と死別し、幼少期を祖父母の元で過ごした。その祖父母も彼が高校生の頃に旅立ってしまい、彼は奨学金とバイト代で大学に通っていた。そしてその日も、夜中まで続いたバイトの帰りだったと言う訳だ。そのため、彼の死を悲しむ者はいない。いや、バイトの同僚や先輩などは悲しむだろうが、肉親という意味で悲しむ者はいなかったのだ。
「マジかぁ。まだ推し引退してないのに。せめてルナメイツのオフ会の感想は聞きたかったなぁ」
まあ今の言葉からもわかる通り、彼はとある配信者の大ファンだった。
その配信者とは、『TRF』、正式名称を『Trans Race Fantasy』というフルダイブ型MMOゲーム内で活動している、『人外居酒屋ルナメイツ』というグループだ。このグループ名を説明するには、『TRF』のゲームシステムを解説する必要がある。しかしながら今のところは、『プレイヤーが様々な種族(人間・亜人など)のキャラクターを作り、そのキャラクターの魂としてゲームの世界で活動する』という根幹の部分だけ知っておけば問題は無いだろう。
そして『人外居酒屋ルナメイツ』は、その名の通りメンバー6人全員が人間以外の種族で活動している。
例えば、リーダーは妖狐。他のメンバーは鬼人、サキュバス、エルフ、天使などである。
その中でも彼はリーダーである「モミジ」の古参ファンだった。実は配信自体は、彼女がグループを作る前、ソロ活動から始まっていた。彼はそのソロ時代を支えた1人だった。
まだ初々しい彼女の配信を見て癒され、投げ銭--配信者に対し金銭を譲渡すること--が解放された時には、通りすがりのセレブを装ってなけなしの数万円を投げてふにゃふにゃになる彼女を見て癒されていた。
グループ結成後、記念配信のリクエストで「胸の大きさの順番が知りたい」などという下心丸出しのリクエストを送ったら何故か採用され、隠されていたモミジの巨乳を知ってしまったことはあったが、それらは全て良い思い出だった。
「・・・あ、そういえばモミジちゃんたちサンライズで東京行くって言ってたような。この事故で影響出てないと良いなぁ」
彼が生前最後に見た推しのSNSは、『オフ会をする為に寝台列車で東京に向かっている』というもの。
一般人なら他にも気にすることが色々あるだろう、と突っ込みたくなる後悔をしまくる彼。しかし次第に意識が薄くなって行くのを感じた。
「あれ・・・なんか、眠く・・・」
そうして意識を失った新。彼の体は空間に溶け出し、魂のみが残った。そしてその眠った魂は何かに誘われるように動き出し、やがて何かに吸い込まれて消えた。
それと同時に、地球とは違う異世界で、新たな命が芽生えたのだった。
新作です!このお話は、前作「妖狐ののんびりVRMMO配信--冒険に疲れた皆々様、どうぞいらっしゃい--
」を全く読んでいなくても楽しめると思います(作者の文章が拙く面白くなかったらそこまでですが・・・)が、前作をお読み頂くとちょっとした繋がりがあったりなかったりするので良ければ是非(笑)