第9話 奥野誕生日
六月某日。奥野の誕生日。
いつもより早めに登校してきた奥野は、六組の前側のドアから中を覗いた。
植村は既に来ていて中山と一緒にいた。岡本とともに植村、井崎とよく行動をともにしている。岡本は割と騒がしいタイプだが、中山は落ち着いている印象だ。
「植村ー…」
奥野はドアから顔だけのぞかせて控えめな声量で植村を呼んだ。それでも植村はすぐに奥野に気がついてくれた。
植村はなぜか通学用の黒いトートバッグを持って奥野のもとへやって来た。
「言われた通り来たぞ。チョコくださいな」
「はいはい」
植村はバッグの中から小さめの紙袋を取り出すと奥野に差し出した。
「え。これ…?」
奥野はきょとんとして目の前に差し出された紙袋を見つめた。
奥野も当然知っている、有名なチョコレート専門店の紙袋だった。二人が昨日行ったショッピングモールの中にも店舗が入っている。しかし、昨日二人でいたときはその店に寄っていないし、二人でショッピングモールを出て途中までいっしょに帰ったが、植村はこんな袋持っていなかった。
奥野がすぐに受け取らないと、植村は奥野の右手をつかみ強引にそれを受け取らせた。
「十七歳おめでとう。じゃあ」
植村は奥野の言葉を待たずに背を向けた。
「あっ、ちょっと…」
奥野は慌てて呼び止めようとしたが、植村はさっさと行ってしまった。
紙袋の中には、綺麗に包装された四角い小ぶりの箱といっしょに、植村が昨日スーパーで買ってきたあのチョコレートも入っていた。