第8話 パフェとショッピング
六月某日。日曜日。出かけるのには良い天候である。
植村から一時に待ち合わせようとのメッセージを受け取った奥野は、約束の十分前に待ち合わせ場所のショッピングモールに着いてしまったが、気持ちのよい青空の下で大人しく植村を待った。
植村は約束の三分前に姿を現した。…特別オシャレしているというわけではない。しかし竹崎の家に行ったときよりもスタイリッシュな感じだ。普段着なのだろうが、植村ならばこれで十分デートに行けるくらいカッコ良い。
「お疲れ」
「奥野も」
「ご飯食べた?」
「いや」
「じゃあ、どっか入ろう」
奥野はそう言ってショッピングモールの入口へ歩き出そうとした。すると、植村は奥野の手首を掴み引き止めた。
「うぇ?何?」
「あそこ」
「え?」
奥野が振り返ると、植村はショッピングモール一階の、建物の外からでも入れるカフェらしきお店を指差していた。植村は奥野の手首を掴んだままその店の前まで連れていった。入口の横に大きめのポスターが貼ってある。
「チョコレートパフェだって」
「ホントだ!おいしそー」
「食べてく?」
「でも、植村は?ここでなんか食べたいもんある?」
「俺はなんか適当に、飲み物でも頼むよ」
「は?ダメだよ、ちゃんとごはん食べなきゃ」
「いいって。ほら入った入った」
「いやいや」
「俺はコーヒーかコーラがあるとこならどこでもいいから」
植村はそう言って奥野の背中を押した。しかし奥野は負けじと踏みとどまり、植村に振り返った。
「ダメだって!ちゃんとごはん食べなさい!」
奥野が大きな目でキッと植村を見ると、植村は困ったように笑った。
「分かった、分かった。じゃあここで何か食べるよ」
「ホントだな?植村が頼まなくても、俺が勝手に頼むからな!」
「分かったって」
植村は降参というように両手を上げて頷いた。
二人はお店の真ん中らへんの丸いテーブル席に通された。スイーツの多いお店だからか、店内はほぼ女性客しかいないようだった。
奥野は姉とこういう店によく来るが、今日ほど視線を集めたことはない。
奥野はお店のメニューを見いている植村の顔をじっと見つめた。が、植村がふと視線をあげると慌ててメニューに視線を落とした。
「あ、植村、決めた?」
「ああ。卵サンドにする」
「ああ、それ、おいしそうだよね」
「奥野も一緒に食べたらいいよ」
「いいよ、ちゃんと自分で食べろって。俺は昼飯もう食ったの!」
「分かった分かった。でっかいチョコレートパフェ食べなきゃだしな?」
植村は子供に言うみたいに優しくそう言った。奥野はふいと視線を逸らし「そうだよ」と口を尖らせた。
卵サンドが運ばれてきた後、少ししてからチョコレートパフェがきた。奥野は結局、植村から分けてもらった卵サンドを頬張りながら、運ばれてきたチョコレートパフェに目を輝かせた。
「おおー!これ絶対うまいやつ」
「良かったな」
他人事みたいに言いながら、植村の目は嬉しそうに細められていた。
奥野は植村に見つめられて食べにくいのか、スプーンでアイスを少しだけすくって食べた。
「…そういえば、植村って甘いもの全般苦手なの?」
「んー?いや、和菓子は割と食べる。あんことか、芋・栗系。あと、抹茶味は結構何でも好きだな」
「抹茶かあ!俺も結構好き。あ、じゃあ、抹茶チョコは?」
「食べないな」
「ああ、そうかい…。根っからのチョコ嫌いだな」
「いや、食おうと思えば食えるよ。吐くほど嫌いってわけじゃ…」
「いいよいいよ、気を使わないで。チョコだってみんなに好かれようなんて思ってないから」
奥野がそう言うと、植村は可笑しそうに目を細めた。そして
「ああ、そうだな。チョコは奥野にこんなに好かれて幸せだろうな」
植村は頬杖をついて呟くようにそう言った。奥野は目を丸くして、それからパフェの後ろに顔を隠した。
「奥野?」
植村は首をかしげて奥野の顔を覗き込もうとした。すると奥野はパフェの方に耳を傾け、うんうん頷き始めた。そして顔をあげると…
「可愛い女の子たちから好かれまくってる奴には負けるって」
奥野がそう言うと、植村はまた可笑しそうに目を細めた。それから何故かじっと奥野の顔を見つめた。
「…何」
「奥野の方こそモテるだろ」
「は?んなわけないじゃん、いいよそういうの」
奥野は鼻で笑ってそう言った。しかし
「いや、本気で言ってるんだけど。奥野は人当たりが良いし、見た目も良い」
植村がそう言うと、奥野はまた目を丸くした。そして「そんなこと…」と言いながら、俯いてパフェを食べはじめた。
「…まあ確かに、植村は少し近寄り難いよね。俺、正直言うと植村はもっと冷たい人柄と思ってた。だから仲良くなってからそうじゃないって分かって、かなり意外だったの」
「…俺の話はいいよ」
「なんで?照れるから?」
奥野はにやりと笑って長いスプーンを植村の方に向けた。そして、植村が顔をしかめシッシッと手で払うような素振りをすると、しっしと笑ってまたパフェを食べはじめた。
「告白とかされるだろ?」
もろもりパフェを食べる奥野を見ながら、植村は話を戻した。
「え?まあ…それは…されたことはあるけど…」
「でも今は彼女いないんだよな」
「んー…今はっていうか、いたことない」
「そうなの?」
「実を言うとさ、高二にもなって恥ずかしいんだけど、初恋もまだなんだよね」
「あ、そうなんだ」
「うん。女の子のこと可愛いって思ったりはするけど、付き合いたいとかって気持ちが分かんなくて」
「ふうん…。別に、恥ずかしいことでも何でもないんじゃない。俺だって今まで付き合ったことはあるけど、相手のこと本気で好きだったかって聞かれると…」
植村はそう言って言葉を濁した。奥野は次の言葉を待つように少し首をかしげていた。
「だから、俺も奥野と大して変わらないよ」
「…そう?ありがと」
カフェを出た二人は奥野のイヤホンを探すついでにショッピングモールの中を適当に見てまわった。
エスカレーターで二階に上がってすぐ、ファンシーショップの前で植村がふと立ち止まった。店頭にカラフルなテディベアが並んでいる。
バースデーベアだ。
植村はその中から無造作にひとつ手に取った。グリーンのテディベア。
「そういえば、奥野って誕生日いつ?」
「うん?明日」
奥野が各色のテディベアを一つ一つ見ながら答えると、植村は眉を寄せて奥野を見た。
「は?明日?冗談?」
「いや、これがマジなのよ」
「マジなの?」
「マジなの」
「マジ…。意外に早いんだな…」
植村は手の中のテディベアを見つめながら呟くように言った。すると…
「あー、自分の方がお兄さんだと思ってたんだな?残念でした」
奥野がにやりとしてそう言うと、図星だったのか、植村は顔をしかめてそっぽを向いた。
「植村の誕生日は?」
「…十月二十五日」
「ふうん。じゃ、これだ」
奥野はそう言ってオレンジ色のテディベアを手に取った。そしてまたイタズラな笑顔を見せると
「可愛いな。植村っぽくないかも」
と言って、そのテディベアを植村の目の前に持っていった。
すると植村は持っていたグリーンのテディベアを置き
「奥野は…」
と言って他のテディベアを手に取った。
「これだ。…白?グレー?落ち着いた色だな。全然、奥野っぽくない」
「全然ってこたないでしょ」
奥野が口を尖らせると植村は小さく笑った。
それから二人はまた歩き出したが、すぐに奥野が「なあ」と言って植村の肩を叩いて立ち止まった。
「ちょっと俺、トイレ行ってくる」
奥野は少し先にあるお手洗いのマークを指差して言った。
「おお。…じゃあ、その間にちょっとスーパーに行ってくるから。トイレ出たとこで待ち合わせな」
植村はショッピングモールに併設されたスーパーの入口を指差してそう言った。すぐそこだ。
「分かった。っていうか、何か買うの?荷物になるなら最後の方が良くない?」
「大したもんじゃないよ」
「そう」
奥野はよく分からないと言うような顔をした。しかし植村が手を振ると奥野も手を振り返し、てくてくとトイレの方へ歩いて行った。
奥野がトイレを出てから少し待った後、植村は小さいスーパーの袋を手にして戻ってきた。
「何買ったの?」
奥野が聞くと、植村は無言でその袋から何やら取り出してみせた。
それは奥野の好きな十二粒入のミルクチョコレートだった。
「あ?なんで?」
「誕生日プレゼント」
「えっ!やった、ありがとー!」
奥野は跳ねるように喜んでチョコに手を伸ばした。が、植村はひょいとチョコを上にあげて奥野から遠ざけてしまった。
「あ、なんだよ」
「誕生日は明日だろ」
「…だから?」
「明日あげるから、朝、学校に来たら六組に顔出して。どうせ前通るだろ」
「えー?今でいいのに」
「だめ」
「植村、そういうの結構こだわる感じ?イメージじゃないけどなあ」
奥野は植村が意地悪していると思ったのか眉を寄せていた。しかし植村は気にせず「行こう」と言って先に歩き出した。