第2話 学食にて
五月某日。
昼休みに友人らと学食に来た植村は、入ってすぐ奥野の姿を目にすると立ち止まった。奥野は食堂の真ん中辺のテーブルでパンをかじっていた。
「栄斗?」
突っ立っている植村を、幼稚園の頃からの親友である井崎選が呼んだ。
「先に行ってて」
植村は自分を待って立ち止まっている三人の友人を置いて歩き出した。背後から友人の岡本が「えっ、なんでだよ!」と声をあげたが、植村は答えずその場を去った。
後をついてきた井崎とともに植村は奥野の目の前までやってきた。
奥野は右手にチョコレートメロンパンを持っていて、テーブルの上には『チョコレート・デラックス』と書かれた空っぽのパンの袋も転がっている。
「チョコ好きなの?」
植村が声をかけると、奥野とその向かいに座っていた竹崎は同時に顔を上げた。
「うん、好き」
目を丸くして答えた奥野はそれから「あ…」と声を出すと、傍らのコンビニ袋をゴソゴソしだした。そして個包装されたチョコレートを二つ取り出し植村たちの方へ差し出した。
「いる?」
植村は反射的に受け取りかけたが、慌ててその手を引っ込めた。
「いや、いい。チョコあんまり好きじゃないから」
植村がそう言うと、奥野はきょとんとして「そっか?」と言った。
そのとき
「俺は好きー♡」
と、今まで植村の少し後ろで黙っていた井崎がするりとテーブルの上に身を乗り出し奥野に詰め寄った。井崎は愛嬌満点の笑顔で奥野に笑いかけた。
「あ、どうぞ」
奥野は少し仰け反りながら、持っていたチョコを二つとも井崎に渡した。
「ありがとう。俺も結構チョコ好きだけど、君には負けるな。昼からそんなにチョコばっか食えないよ」
井崎は貰ったチョコの包みを開けながらそう言った。
「いつもじゃないよ。今日はたまたま。コンビニ行ったら食べたことないのがあったから。チョコ系のパンは新しいの見つけたら一回は食べてみたいんだ」
「かなりのチョコマニアだな?そうだ、俺今ハマってるチョコがあってさ」
井崎の言葉に奥野は興味有りげに目を丸くした。が、植村は井崎の肩に手をやり後ろに引き寄せると彼に自分の食券を差し出した。
「選、俺の分ももらってきて」
「えー!?もお、しょうがないな」
井崎は不満そうな声を出したが、あっさり食券を受け取ると去っていった。
植村は奥野の斜め向かい(竹崎の隣の席)に腰を下ろした。奥野は目を丸くしたまま不思議そうに首を傾げていた。
「チョコ以外に何が好きなの」
「え、チョコ以外?うーん…なんだろう…そうだな…パンとか?」
奥野は右手のチョコメロンパンを少し上にあげてそう言った。
植村は軽く眉を寄せた。
「てきとうだな」
「そんなことないよ。俺、よくパン食べるよな、竹崎」
奥野がへらりと笑ってそう言うと、竹崎は中華そばを食べていた箸を置いた。
「まあ…。でも、チョコ系のやつばっかじゃん。結局チョコが好きなんだろ」
「パンも好きなんだよ!」
「どうでもいいけど…」
竹崎は本当にどうでも良さそうな顔をしてそう言った。
すると
「そういえば…この子が割ったっていう君のスマホの画面は直った?」
二人のやりとりをじっと見ていた植村がふと思い出したようにそう言った。
「ああ…アザラシは何もしてないけどな」
竹崎がそう言うと奥野は決まり悪そうに肩をすくめた。
「修理にだしたんだよな。竹崎が保険に入っててホントに助かったよ。おかげでタダだったの」
そう言って奥野は植村に笑いかけた。そのとき、隣で椅子を引く音がして植村は視線を上げた。竹崎はおぼんを持って立ち上がった。
「それより早く食べろよ。課題するんだろ」
「あ、そうだった」
「先に行っていい?」
「いや、俺ももう行くし」
奥野は食べかけのパンを持って立ち上がり、食べ終えたパンの袋はコンビニ袋に入れた。
「じゃあな、植村くん」
「おお…」
奥野は愛想よく植村に笑いかけると、先に食器を返しに行った竹崎の後を追って行った。