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第一話 意地悪な竜

「だから、なんだ魔女か、と言ったのだ」

「はい‥‥‥?」


 その竜は思ったよりも巨大で勇壮な雰囲気をかもしつつ、しかし、失礼だった。

 これは竜族全般にいえることだからいまさら、どうこう言っても仕方ないのだが。


 サユキはそれでも故郷の街を守る契約を交わし、常駐してくれている馴染みの黒竜たちとこの緋竜を比較してしまう。


 彼らはこれほどに尊大な態度を取ったことはなかったからだ。


「なんだ、耳が聞こえないのか? ならば、心に風を送った方が良いのかな、魔女のお嬢さん」

「あ、いいえ。あなたの言葉は聞こえいます。だけど‥‥‥」


 ここまではまだよかった。

 龍も見知らぬ魔女がいきなりやってきて、挨拶もしない相手なら機嫌だって悪くなるかもしれない。


 サユキはそう思えたからだ。

 でも、次の言葉を聞いて途端に彼が嫌いになった。もしかしたら、彼女かもしれないが。


「まあ‥‥‥その身に秘めたる魔力では、無理か。低い、それに扱いが出来ていない。才能がないように見える。魔女のな? 私のちからをわざわざ使うこともないな」

「はあああっ? なによそれ! どれだけ失礼なの」


 相手は偉大なる種族だ。先史文明を築き、悠久の時を生きる生物の頂点に位置する存在。

そして、神や魔族とも対等に渡り合う‥‥‥竜族。

 でも、サユキはそんなことを少しも気にしなかった。非礼な相手はたとえ目上であっても、神様であってもへりくだる気はさらさらない。


「失礼? どちらが失礼だ。私がこの花畑で楽しい楽しい夢を食してまどろんでいたら、いきなりやってきて不躾な匂いをばら撒いたのは誰だ?」

「ぶしつけ? それって私が臭いってこと? 失礼にもほどがあるわよ、あなた。偉大なる竜族の長老たちにも翼を連ねる緋龍がそんなことを言うなんて。幻滅させるられたわ」

「幻滅とな? これは笑止。人間の魔女程度がなにを我らに夢見たが知らんが、竜とはこういうものだ。わかったか、魔女? 落ちこぼれ魔女でもいいな」

「落ちこぼれ?」


 あー言ったわね、この駄龍が! そう頭の中ではえらそうなタンカを切れるが現実はそうはいかない。

 魔女とはいえ、相手は龍。

 たった一吹きの炎で消し炭にされてしまうことは痛いほどに理解できていた。


「そう、落ちこぼれ。その身の内にある魔力の量が魔女としての才覚に見合うかどうか、先に理解しなかったのか?」

「言いたいことをずけずけと言う、礼儀知らずに返す言葉なんてないわよ。この場に勝手にあがった非礼を詫びてそのまま失礼しよと思ってたけど。あなたには何も語りたくないわ」

「ふん。ならば帰るがいい。もと来た道を、その階段を降りるだけの簡単な道筋を迷うほどには愚かではないだろう、魔女よ。ここは三階だというのに、どうして二階から来れたのか不思議でならん」

「え? ここって二階じゃないの?」

「は‥‥‥?」


 緋色の龍が間の抜けた声を上げた。何を言っているのだろう、この緋龍はとサユキは小首をかしげる。

 ここはどう見ても三階ではなく、やってきた階段を振り返ってみても二階だった。


 なのに、この龍は三階だという。そんなおかしな現象などありえるはずがない。

 なにか、空間を歪めるような――強力な魔法が発動していない限りは。


「三階だと言いますけど、どう見ても二階ですよ、ここ。あなたこそ、夢からまだ醒めていないのではないですか?」

「いや、待て。ここは三階だ。それも、定められた者しか入れない。そんな場所だ」

「またまたあ‥‥‥。お察しの通り、わたしは落ちこぼれだし、魔法力も高くないし、位階だって十二あるレベルのうちの、下から三番目。緑の魔女ですよ? そんな強力な結界とかあるとしたら、通り抜ける前に弾かれますって」

 

 何をありえない話をするんだろう。そう不思議に思い、サユキは思案する。

 出てきた答えはひとつだけ。ああ、そうか。わたしは騙されてからかわれているのかもしれない、というものだった。


 龍は悪戯が大好きだ。永遠に生きるエルフと同じように、退屈が大嫌いだとも聞く。その割に寝ている伝説が多いけど‥‥‥。


 もしそうだとしたら、こんなバカげた遊びにつきある必要はない。

 自分は職探しにこの街までやってきたのだ。


 龍と会話をする仕事。それに在りつけないなら、他の何かを探さなければならない。あの門番が言っていた、人材を紹介する所。


 それは多分、この街の魔法師ギルドか何かのはず。ずっと船旅で通してきて睡眠不足のうえに、そろそろ空腹で苛立ちがおさまらないかもしれない。


「いやしかし、それはあり得ない。この結界を抜けるなど、赤の位階でも難しいのだ。それをお前は易々とここまでやって来た。術があるとも知らずに、だ。これは驚きの声を上げなければならない」

「そう、ですか。じゃあ勝手に上げてくださいます? わたし、そろそろ行かなきゃ。二階であなたか他の竜かわかりませんけど。緋色の龍の話し相手をするって仕事に在りつきたいからここに来たの。それがダメなら、他の仕事を探さなきゃ‥‥‥来週には故郷の街に帰らなきゃいけないから」


 じゃ、帰ります。そう言い、サユキはくるりと龍に背を向けて階段を降りようとするが――そこにあるべき階段はいきなりぐにゃりと歪んだ空間に飲み込まれてしまった。

 代わりにそこにあるのは、レンガの壁。この建物の壁そのものが、サユキの行く手を阻んでしまっている。


「あのねえ、龍さん!?

 あなたの退屈しのぎ、暇つぶしにお付き合いできる――ほ、ど‥‥‥何? その意味ありげな笑顔は??」

「いや、な? この結界を通り抜けることができた魔女は初めてだ。てっきり、選ばれた魔女が来たかと思い顔をあげたら不躾な匂いがした。嫌味の一つも言ってやろうかと邪険に扱ったが‥‥‥」

「え? じゃあ、あなたがあの広告の‥‥‥緋色の龍??」


 でもなに? その悪い笑顔。まるで退屈しのぎができたって言いたそうなその、牙の見せ方はなんですか!? 故郷の街で黒龍たちと会話した経験から、龍の仕草を少しは心得ているつもりだった。


 これはあれだ。これからとんでもない悪戯を思いついた時の仕草だ。退路を断たれてしまい、サユキはやっぱり、こんな場所に来るんじゃなかったと心で叫んでいた。


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