異世界の化粧技術はすごいです
翌朝はいつもより、たぶん1時間ほど早い時間に扉がノックされた。
時計を見てないから予想でしかないけど。
この部屋にないだけなのか、そもそも時計がこの世界にないのかは分からない。
昨日、王子が言ってとおりだけど、早すぎじゃないか?
まだ眠いんだけど…
欠伸をしながらベッドから降りると、扉のところまで行って返事をする。
「はい」
「セージ。起きているか?」
「起きてますけど、まだ寝間着のままで髪もボサボサです。王子の前に出られる恰好じゃ…」
「構わない。入ってもいいか?」
「王子がいいなら、いいですけど」
答えると同時に、王子が中に入ってきた。
朝早くからお疲れ様です。
「おはよう。よく眠れたか?」
「予想外に、ぐっすりと」
「緊張して眠れないかと思っていたが、それは良かった」
昨日は王子が部屋を出てからどっと疲れが出て、顔を洗ってそのまま寝てしまった。
緊張よりも睡魔が勝ったらしい。
「顔色もいい。体調は大丈夫そうだな」
「はい。元気ですよ」
「では、まずは腹ごしらえだな。朝食を運ばせるから食べよう」
「ありがとうございます。今日は王子も一緒なんですね」
「今日はこれから謁見の準備でセージも私も、係の皆も忙しいだろうからな。一緒に食べたほうが効率が良い」
「なるほど」
王子の言葉に納得して、俺は用意された朝食を食べ始めた。
うん、美味い。
相変わらず食材は聞いても分からないものばかりだ。
レノーラという、見た目も味もミニトマトな野菜を食べていると、王子が思い出したように言った。
「化粧についてだが、セージが不安そうだったから一応説明しておく」
そうだ、化粧があるんだった。
食べかけのパンをゴクリと飲み込み、王子の言葉を待つ。
「化粧と言っても、本当に軽くしかしない。あまり濃くすると、かえって不自然になるからな。肌の色を整える程度だ」
「薄化粧なんですね」
それならいいかと安心していると、王子はさらに続けた。
「だが、化粧係の者は気合が入っているようだ。やりがいがあると」
「…なんで?」
「さあ?きっとお前の顔立ちが整っているからだな」
「そんなことないですよ。普通です普通」
俺は平凡という言葉がよく似合う、どこにでもいるような容姿をしている。
王子は審美眼がおかしいんだろうか。
首をひねっていると、王子が食後のお茶を飲みながら俺の顔をジッと見つめてきた。
「セージの自己評価が低いことは分かった」
「低くはないと思いますけどね」
「いいや低い。まあ、その話はいいとして。今日は食後にゆっくりしてる時間がない。終わったらすぐに風呂に入ってくれ」
「はい。化粧はそれからですね」
「係の者たちは、セージを綺麗にしたくてうずうずしているからな。楽しみにしていろ」
王子はそう言うと、意味深に微笑んで席を立った。
「気合い入れないといけないほど、地味で平凡な顔ってことか?」
俺なんか化粧したところで大して変わらないと思うんだけど。
まあいいか。
今は早く飯を食おう。
そして風呂に入って、着飾ってもらって、とっとと面倒そうな今日のイベントを終えてしまおう。
満腹になった俺は、黄色いレノーラを最後に口に入れて朝食を終えた。
+++++
風呂上がりの俺を待っていたのは、リリアナと名前を知らない2人の女性神官だった。
「聖女様、おはようございます」
「おはようございます、リリアナさん。あの、衣装は…」
「はい!もちろん出来上がりました!」
そう言って満面の笑みを浮かべたリリアナさんの目の下には、うっすら隈がある。
徹夜したな、これは。
「聖女様にお召しいただくために、今の私が考える最高のものを用意させていただきました。早く見ていただきたいのですが…」
「何か問題でもあるんですか?」
「お化粧が先でございます、聖女様」
俺の問いに答えたのは、名前の知らない神官のうちの一人で、長い黒髪とキリっとした目元が特徴的な人だ。
王子と同じくらいの年齢かな?
「自己紹介が遅くなりまして申し訳ございません。マリベルと申します」
「私はソフィです。よろしくお願いします」
もう一人の女性神官は短い金髪で、こちらは少しぽっちゃり体型のふんわりした雰囲気の女性。
年齢はリリアナと同じくらいだろうか。
「誠司です。今日はよろしくお願いします」
「聖女様がなさりたいことはリリアナよりお聞きしております。ご安心ください」
「大丈夫です、完璧にいたします。さ、聖女様こちらへお座りください」
「えーっと…よろしくお願いします」
二人の表情には自信しか感じられない。
俺は諦めて、誘導された鏡台の椅子に座って、言われるがままに目を閉じた。
さっさと終わらせよう。
「失礼いたします」
化粧が始まると同時に、リリアナは衣装の最終チェックをしてから持ってくると言って、部屋を出て行った。
「お化粧の前に、お肌のお手入れからさせていただきますね」
マリベルとソフィの二人で、念入りに顔に何かを塗られていく。
化粧水のようなものを染み込ませてから、クリーム状のもので保湿されていく。
さらにマッサージまでされているうちに、だんだん眠気が襲ってきた。
あ、いい香り…
寝ちゃダメだ。
起きないと。
でも、気持ちいい…
「ふぁあ~」
思わず欠伸が漏れると、ソフィとマリベルの笑い声が聞こえてきた。
「聖女様、もうすぐ終わりますからね」
「もう少しですから頑張ってくださいませ」
「す、すみません。気持ちよくてつい…」
「謝ることなんてありません。マッサージが心地よいのなら嬉しいです」
「そうですよ。それにしても、こんなにもキメ細やかな肌だとは思いませんでした。羨ましい」
「ほんとうに。この頬も、触っていて飽きないくらいぷるんっとしてて」
「分かるわ。ずっと撫でていたくなるもの」
二人は楽しそうに会話しながら、丁寧に俺の顔を整えてくれている。
人生で初めて肌を褒められたよ。
喜んでいいんだよな?多分…
「さて、基礎メイクは終わりました。あとは仕上げです」
「少しの間、目を閉じてください」
言われるままに目を閉じ、じっとしていると瞼の上に何かを乗せられる感覚があった。
化粧に関しては全然詳しくないから、何をされてるのか想像できない。
瞼の次は頬、唇。
同時に髪にも何かされている感触を感じた。
目を閉じてると、さっきの睡魔がまた戻ってきそう…
ついウトウトしそうになったその時、
「完成!」
ソフィの嬉しそうな声で、ハッと目が覚めた。
驚くと同時に目を開けると、鏡に映る自分の顔に言葉を失った。
誰だこれ!?
特殊メイクってわけでもないし、厚塗りなわけでもない。
あくまでも自然で俺の顔のままなんだけど、別人のように整った顔。
なんといっても、ぱっと見だと男にも女にも見えるのが不思議すぎる。
「聖女様、とても素敵です」
「本当に綺麗です。私、感動しています」
二人に褒められても、あまり実感がない。
マジマジと鏡を見つめて、また思う。
誰だこれ。
「聖女様、どうかされましたか?」
「いえ、あまりにも変わりすぎて…すごい技術ですね」
「ありがとうございます。私たちの技術ではなく、素材が良いのですよ」
「そうそう。聖女様は元から整ったお顔の方なので、何もせずとも十分だったかもしれませんが、せっかくの機会だったので頑張りました」
王子にも言われたけど、こちらの世界の基準だと俺の顔は悪いほうではないらしい。
それどころか良い部類に入るみたいだ。
まあ、悪い気はしない。
「これであの衣装を着たら、どれだけ美しいことでしょう」
「マリベルさんは、出来上がった衣装を見たんですか?」
「ええ、私も衣装係の一人ですので。ソフィもです」
「私とマリベルは兼務なんです。といっても、8割はリリアナが作ったんですけどね」
「あの子の才能は素晴らしいです」
王子と同じく、二人もリリアナへの信頼度が高いようだ。
あまりハードルを上げてしまうのは良くないのかもしれないけど、そこまで言われるとどうしても期待度はあがってしまう。
俺に似合うかどうかはさておき、早く衣装が見てみたいな。
そう思ったとき、ふとマリベルが扉のほうに視線を向けた。
「リリアナが戻ってきたようです」
「え、なんで分かるんですか?」
「足音が…」
マリベルが言った直後、ノック音がして扉が開いた。
「聖女様!お待たせしました!」
息を切らせて入ってきたリリアナは、俺の姿を見ると固まってしまった。
そして数秒後、ゆっくりと動き出して、
「え、嘘。信じられない。どうしよう完璧すぎる。マリベルとソフィ、神でしょ」
呟くように言いながら、リリアナは俺の周りをぐるぐる歩き出した。
それから何度も角度を変えて確認している姿は、ちょっと怖い。
「リリアナ、そろそろ落ち着いて。聖女様が困惑してらしゃるわ」
ソフィの言葉に我に帰ったのか、リリアナはハッとした顔をして止まった。
「も、申し訳ございません!あまりにも予想通り、いえそれ以上だったので」
「あ、いや、その、気にしないで。それより、それが今回の衣装?」
「はい、そうです!サイズなどに問題はないと思いますが…」
そう言ってリリアナが広げて見せた衣装に、マリベルとソフィから感嘆の声が漏れた。
俺は純白のその衣装を見て、思わずつぶやいた。
「これは…巫女?」
本人はモテたことがないので平凡と思い込んでいますが、セージは磨けば光る逸材でした。
密かに高校ではファンクラブが出来ていたことを、本人は知らないまま卒業しました。




