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美味しいお茶と嫌な提案

「セージ、入っていいか?」


 その日の夜、王子が部屋に訪ねてきた。


「あ、はい。大丈夫です」


 俺が返事をすると扉が開き、王子が一緒にきた神官に何か伝えてから中に入ってきた。

 明日の城行きのことで、何か注意事項でもあるのかな。


「こらセージ。お前、また髪も乾かさずに」

「っぷ!ちょっと王子…」


 入ってくるなり、文句を言いながら足早に近づいてきた。

 椅子にかけてあったタオルを目ざとく見つけて、頭にかぶせられる。

 俺の後ろに回り込んだ王子に、乱暴にガシガシと頭を拭かれて、思わず苦情を口にした。


「痛い!痛いです、王子!」

「うるさい。ちゃんと拭かないからだ。風邪をひいたらどうする」


 俺は成人男性だから、そんなにヤワじゃないのに。

 仕上げに今朝と同じように、王子の魔法で起こされた温かい風がふわっと頭全体を包み、


「まったく…これでいいだろう」


 満足そうな声とともに、頭の上にぽんっと軽く手が乗せられる。

 頭に手をやるのは、この人の癖なんだろうか?

 しかし、男の髪を乾かして何が楽しいのやら…あの風魔法は気持ちいいけど。


「ありがとうございました。で、王子。何か用があっていらしたのでは?」

「もちろんだ」


 王子がそう言ってから手を二度叩くと、控えていた神官がワゴンを押して入室してきた。

 ワゴンに乗せられたカップからは、果物のような甘い良い香りが漂っている。

 神官はテーブルにティーセットとポットを置き、一礼をして部屋を出ていった。

 あ、クッキーみたいな焼き菓子もある。


「これは…なんのお茶ですか?」

「ビエンナの葉と果皮を乾燥させて作られる、ビエンナティーだ」

「ビエンナって、あの?」


 礼拝堂の木を思い出して訊くと、王子はそうだと肯定しながら席に着いた。

 俺にも座るよう促してから、カップを手に取り口をつける。

 王子に倣って、俺もテーブルに置かれたカップに手を伸ばした。


「美味しい…!」


 アップルティーに近い味だけど、飲んだ後に桃のような香りが鼻に抜ける感じがする。

 ほのかに感じる渋みが心地よく引き締め、一気に飲み干してしまった。


「おかわりはどうだ?」

「お願いします」


 空になったカップをソーサーに戻すと、王子がすかさずポットを持って聞いてくる。

 せっかくなのでもう一杯もらうことにした。

 王子様に茶を淹れさせるなんてと思わなくもないけど、本人がニコニコ嬉しそうだから、まあいっか。


「歴代聖女も好んで口にしたと言われている。セージも口に合うようで良かった」

「はい。とても気に入りました」

「それは良かった。焼き菓子も食べていいぞ」


 王子は微笑むと、自分の分のカップに二杯目の紅茶を注いだ。

 ひと口飲んで、ふぅ…と小さく息を吐いてホッとした表情を見せる王子。

 王子もビエンナティーは好きみたいだな。


「祖母もビエンナティーが好きだった。ビエンナの果実も」

「へえ、そうなんですね」

「ああ。祖母が生きていた頃は、こんな風に時々一緒に飲むことがあった」


 懐かしげに目を細める王子の顔は穏やかで、セリーナさんを大切に思っていたことが伝わってくる。

 祖母と孫で一緒にお茶を楽しむかあ…俺もよく婆ちゃんと縁側でお茶したな。

 年のわりにはオシャレな物を好む人で、緑茶やほうじ茶より、ハーブティーとかカフェラテとか飲んでたっけ。

 爺ちゃんはハーブティは臭いって言うし、コーヒーはブラック派で、婆さんとは趣味が合わんって愚痴ってて…って思い出してたら、しんみりしてきちゃったよ。

 元の世界に帰ったら、久しぶりに墓参りに行こうかな。


「セージ?どうかしたか?」


 俺が少しの間、黙って思い出に浸っていると、王子が心配そうに声をかけてきた。

 

「あ、すみません。自分の祖父母のことを思い出してました」

「セージの祖父と祖母か。どんな人なんだ?」

「優しい人たちでした。去年、二人とも病気で亡くなりましたけど。子供の頃に両親が事故で亡くなってから、ずっと俺を育ててくれて…」

「…すまない。辛いことを聞いてしまったな」


 王子は申し訳なさそうな顔をすると、ためらいもなく頭を下げた。

 俺は王族とか貴族とかに詳しくないけど、普通は簡単に頭を下げるものじゃないことは分かる。

 こちらに召喚されたときもそうだったけど、王子のこういうところは嫌いじゃない。

 身分とか関係なく、悪いと思ったら謝ることが出来るって。


「大丈夫ですよ、結構前のことですから」

「…そうか」


 俺が気にしていないと告げると、王子は安心したように笑みを見せた。

他に何も言うこともなく、揃ってお茶をすする音がするだけの部屋は、なんだか居心地が悪い。

 話題を変えようと、俺は王子が部屋にきたときから気になっていたことを質問した。


「ところで、ご用件はなんでしょうか。お茶を飲むためだけにきたわけじゃないですよね」

「ん、ああ。その、なんだ。今日は疲れただろうから、美味い茶でリラックスして思ってな」

「嘘だろ」


 敬語を忘れて間髪入れずにツッコミを入れた俺に、王子は苦笑するしかなかった。

 言い淀んで目を泳がせるのを見てたら分かるわ!

 そんなに言い出しにくいことなんだろうかって、逆に不安になる。


「まあ、半分は本当だ。だが、もうひとつ用がある」

「お茶おいしかったからいいですけど、もう一つのほうが本題ですよね」

「…ああ、そうだ。実はお前に頼みたいことがあるんだ」


 やっぱりなーと呆れる俺を、王子はバツが悪そうな顔をして見ている。

 俺はため息をつき、腕組みをして見つめ返した。


「らしくないですよ。はっきり言ってください」

「…分かった。では、単刀直入に言おう」


 王子は姿勢を正すと、真っ直ぐに俺の目を見据えて言った。


「城ではセージに聖女のふりをしてほしい」

「…………はい?」


 今、なんて?聞き間違いか?

 ググッと眉間に皺が寄るのが自分でも分かったが、王子は真剣な顔のまま話を続けた。


「言い方が悪かったな。正確には、聖『女』のふりをしてほしい」

「…俺に女装をしろと?」


 じょ、のところのアクセントを強めて言ったことで、王子が言いたいことが理解できた。

 そんなもんしたくないし、する気もないぞ。

 男が聖女で不都合があるなら、違う女性を召喚しなおしてほしい。

 

「そう睨むな。驚くのも無理はないが」

「理由を聞かせてください。訳もなくそんなこと言わないですよね」

「セージの身の安全のためだ」

「安全?どういうことですか?」


 思いがけない言葉に首を傾げると、王子は言葉を選びながらゆっくりと説明を始めた。


「聖女に関して、王国は一枚岩ではないという話はしたな?」

「聖女懐疑派ですね。その人たちが何か仕掛けてくるかもって話ですか?」

「違う。そいつらはセージの性別がどうだろうが、異世界からの聖女という存在そのものを否定しているから関係ない」

「じゃあ何が危険なんですか」


 意味がわからず問い詰めると、小さく息を吐いて口を開いた。


「王国にはもう一つ、厄介な派閥がある」

「もう一つ?懐疑派以外に、まだ何かあるんですか」

「懐疑派の真逆の存在、聖女至上主義派だ」


 よく分からないけど、なんか響き的にヤバそうだな…


「この派閥は、とにかく聖女というものに固執している」

「はあ…」

「女神の使いである聖女は神と同等、聖女の言葉は神の言葉、つまり聖女は神だという主義だ」

「うわぁ…」


 それはまた極端な連中がいるもんだ。

 神様は信じてもいいし、この世界の女神には俺も実際に会ったから信じるけど、俺を崇めてほしいなんて全然思わないぞ。

 むしろそんな扱いされても困る。


「奴らにとってはそれが全てだ」

「でも、女神と聖女を崇拝してるんだったら、どちらかと言えばこちらの味方なのでは…」

「聖女がやつらの想定内だった場合はな。もし、その主義の者たちにセージが男性だと知ったらどうなるか、想像してほしい」

「…身の危険を感じます」

 

 うん、怖い反応しそうですね。

 偽物だ!とか騒いだり、神を語る不届き者は許さん!とか言っちゃったり…怖っ。


「そういうことだ。だから、セージが男であることを話すべきか隠すべきか、今まで神官たちと議論していた」

「それで身の安全のための聖女のふり、ですか」

「ああ。小柄なのと線の細いところは、少しの工夫で女性として通せるではないかという意見が出てな」

「良いように言ってますけど、チビで痩せてるっていうことですよね」

「違うぞ。断じて悪い意味で言ってはいない」

「それでも嬉しくないです」


 俺だって好きでチビじゃないんだよ、日本じゃ平均だよ、王子と比べてちょっと低いだけ!

 それに線も細くないから!それなりに筋肉はついてるわ!小中高と運動部だったんだからな!


「大体、俺は男です。すぐバレますよ。声だって低いし」

「そこは心配ない。声は一時的に変える方法はある。化粧は侍女たちがやるし、服もすぐに用意できる」

「え、いらないです。着たくありません」

「安心しろ、サイズは分かってるから」

「そこを心配したわけじゃねぇ!」


 思わず声を荒げてしまった。

 いかん、落ち着け俺。

 微かに痛んできたこめかみを押さえて目を閉じ、深呼吸を2回。


「すみません、取り乱しました」

「いや、私も悪かった。実は私は反対したのだ。セージは嫌がるだろうと」

「当たり前でしょう」

「だが、神官たちの話を聞いているうちに、セージの身に危険が及ぶよりはいいと思ったんだ。すまなかったな」


 申し訳なさそうな顔して頭を下げる王子を見て、さっきまでのイラつきが嘘のように引いていく。

 まあ、確かに俺の身を案じてくれての案なわけだし、気持ちは嬉しい。

 でも女装はしたくない。

 俺は再度目を閉じ、腕を組んでしばらく考え込んだ。

 王子や神官たちの心配も解消され、俺のプライドも傷つかない方法は…

 そして一つの案を思いつき、ぱっと目を開けた。


「…分かりました。変装しましょう」

「本当か!?」

「ただし、こちらからも提案があります」

「なんだ?何でも言ってくれ」

「服のデザインは俺にさせてください。あと、女装ではなくて変装です。女のふりをする気はありません」

「どういうことだ?」


 意味が分からないと首を傾げる王子に、俺は指を3本立てて見せる。


「男のまま行くか、女性のふりをするかの2択ではなく、もうひとつの選択肢を提案します」

「もうひとつの選択肢、とはなんだ?」


 ぐっと身を乗り出した王子に、俺はニヤリと笑って親指で自分を刺して言った。


「第3の選択肢は俺の性別を明かさない、です。異世界から召喚されるのは女性という固定観念を利用します」



 

セージは学生時代バレーボール部でセッターをやっていました。今でも仕事が休みの日には欠かさず10㎞ランニングしたりして、体力には自信があります。

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