先代聖女が選んだ道
「この世界の命運、か」
「言いっぱなしで消えちゃったので、詳しいことは何も聞けませんでした」
「そうか…」
部屋に戻ったあと、女神の間で起こったことを説明すると、王子は難しい顔になって考え込んでしまった。
「これから何かが起きるという予言なのか、魔国との友好協定は世界の命運がかかってると言えるくらいの大切なものだというの話なのか…」
なんかブツブツ言ってるけど、どうやら王子にも思い当たる節がないみたいだ。
ちなみに神官たちには世界の命運云々には触れず、色々端折って説明してある。
光の中で女神に会って、聖女の力を与えられた。
要約するとそれだけしか話していない。
なんとなくだけど、世界の命運云々は、まだ言うべきじゃないと思ったから。
どういうことかと突っ込まれても、俺も何もわからないし。
簡素な説明でも神官たちは、俺が水晶をめちゃくちゃ強く光らせ、両手に聖女の印を宿したことに興奮を抑えきれないようだった。
やっぱりセージ様が聖女様だ!って、俺は男だと何度言ったら分かるんだろう。
俺は間違えられて拉致されたと女神が言ってたと暴露してやりたい気持ちもあったけど、言ってどうなることでもない。
女神の押しに負け、聖女の力を押し付けられ、もとい与えられたんだから、もう腹を括るしかない。
無意味なことを言って、無駄に敵を作ることもないだろう。
でも、あとで王子だけにこっそり話そうとは思っている。
今後の神官長の立場や査定に響くかどうかは、俺の知ったことか。
「この話を他に話したか?」
「いいえ。そんな余裕もなかったし、神官たちに話す前に王子に話したほうがいいと思ったので」
「わかった。この件は私に預けてくれ。何か分かるまでは騒がないほうがいいだろう」
「お願いします」
この世界のことをまだ何も知らない俺が動いても意味がないだろうし、ここは王子に丸投げしよう。
でもまあ、たぶん俺も関わらざるを得ないんだろうな…託すってそういうことだろ、きっと。
押しに弱くて流されやすい俺の性格が悪いんだけどさ。
半ばヤケクソ気味に内心で覚悟を決めていると、そういえば、と王子が俺の手をとり、
「聖女の印、たしかに両手にあるな」
俺の手の甲に、金色の油性ペンで書いたかのようにはっきりと浮かんでいる魔法陣を、チョイチョイと触りながら興味深そうに言った。
「聖女の力って、ずっと残るんですか?」
「いや、年月とともに消えていく。文献によると大体、10年~20年前後だそうだ。印も徐々に薄くなる」
「へえ…今はキラッキラしてますね」
「それだけセージに宿った力が強いんだろう。先代の聖女は右手だけだったな」
王子は前の聖女に会ったことがあるのか。
そういえば、過去に召喚された聖女たちって、どんな人だったんだろう。
もし会えたら聞きたいことがたくさんある。
女神とやっぱりあの白い世界で会ったのかとか、どんな力を持っていたのかとか、魔王との協定はどうやったのかとか。
それと、終わった後はどうしたのか、この世界に残ったのか、元の世界に帰れた人はいたのかとか。
知りたいことは山ほどある。
「王子は聖女について詳しいんですか?俺、聖女と聖女召喚について、もう少し詳しく知りたいです」
俺の質問に、王子は渋い顔をした。
「俺も本に書かれてることくらいしか分からない。というか、前回の聖女召喚に携わった者は城にも神殿にもいない」
「えっ、なんでですか?」
「聖女召喚は新魔王誕生のときに行われると言っただろう?」
「はい、それは昨日聞きました」
「魔王の在位によってまちまちだが、短くても30年、長いと80年ほど間が空いたりする。前回の聖女召喚は57年前だから、俺が生まれる前の話どころか、私の父、つまり国王が生まれる前だ。さらにその前になると、神官たちが後世のために残した文献や口伝でしか分からない」
「そんなに間が空くんですか。じゃあ、俺の前の聖女は…」
「残念だが、すでに亡くなっている」
そりゃそうか。
聖女も人間だし、57年も前じゃなぁ。
生きてたら、聖女の力について色々聞きたかったな、ってあれ?
なんか普通に話進めてたけど、王子が印に触ったことあるとか、亡くなったことを知ってるってことは、前の聖女って…
「前の聖女は魔族との協定のあとも、この世界に残ったんですか?」
「ん?言ってなかったか?前回の聖女、サリーナは俺の祖母だ」
「はっ?おばあちゃん?」
予想もしていなかった答えに、間抜けな声で聞き返してしまう。
王子は逆に、俺の反応が意外だったらしく、キョトンとした顔になった。
「驚くことでもないだろう。当時王子だった先王も聖女も未婚で、婚約者もいなかった。王子や聖女を抜きにして考えれば、結婚適齢期の男女が恋愛の末に結婚したという、単純な話だ」
「たしかに普通にあり得る話ですね」
吊り橋効果、とやらもあるかもしれない。
右も左も分からない状況に突然放り込まれて、不安いっぱいの状況で、自分に優しく接してくれる人に恋愛感情を抱く。
うん、ありそうだ。
王子の血筋の方なら、イケメンだろうしなあ。
「先王が惚れこんで、猛アタックしたと聞いている」
「あ、好きになったのはそっちからなんですね」
「それはもう凄かったらしい。周りは止めるのに必死で大変だったと」
「止める?聖女様とはいえ、身分の違いがどうとかってやつですか?」
物語でよくある展開を予想してみたが、王子は苦笑して首を横に振った。
「いや、そうではない。祖父はとにかく一度決めたら突っ走る性格で、毎日会いに行っては愛している、結婚してくれ、セリーナしかいない攻撃を続けたらしい。セリーナが首を縦に振るまでまで、ずっと」
「じょ、情熱的な方ですね…」
「当時の貴族たちの間では、先王が強引に事を進めたのではないかという噂もあったが、すぐに消えたそうだ。どこからどう見ても相思相愛、とくに祖父は、政務以外のときは片時も離さないくらいの溺愛っぷりで、周囲もドン引きするくらいだったと」
「それは、なんというか…凄いですね」
うわあ…とちょっと俺も引きつつ、なんだかおかしな方向に行ってしまった話を本筋に戻すことにした。
王子の祖父母の恋愛事情を聞きたかったわけじゃないんだった。
「じゃあ、先王陛下に聖女についてお聞きすることはできますか?それだけ愛してたんだったら、聖女についても詳しいんじゃ…」
「残念ながら、祖父も祖母が亡くなってすぐに、後を追うように崩御された」
「そうですか…」
そうなると、聖女について詳しく知るには文献を調べるしかないってことか。
でも、それにはちょっと問題がある。
「調べ物がしたいなら、神殿の書庫は閲覧自由だ。聖女に関しての書物もたくさんあるぞ」
「あー…やっぱりそうきますよね」
「なんだ、浮かない顔をして。本は苦手か?」
王子の問いに、俺は首を横に振った。
本を読むのはむしろ好きなほうだ。
しかしこれは、好きとか嫌いとかの問題ではない。
女神の間で神官長が持っていた巻物をちらっと見たときに気づいた、もっと根本的で絶望的な問題だ。
ではなんだ?と首を傾げる王子に、俺は苦笑いで言った。
「俺にはこちらの世界の文字が読めないんですよ」
クレル国の王族は政略結婚がないわけではないですが、恋愛結婚も多く、現国王夫妻も恋愛結婚です。そして今でもラブラブです。




