師匠のオリジナル魔法はアレのようでした
「全員一緒に行くの?」
「もちろんです!」
「私たちはセージ様の侍女ですから」
「おじさまが無茶を要求したら絞めます」
朝食を終えて、さっそく師匠との待ち合わせ場所に向かうことになった俺たち。
リチの説明では、場所は師匠の研究室ではなく、地下にある実験室なんだって。
師匠が魔力を暴走させて城の壁を壊した後で作られた、とても頑丈な部屋らしい。
「少し暗いですので、お足元に注意してください」
リチに先導されながら階段を下りていくと、徐々に辺りが暗くなっていく。
3分くらい経った頃、ピタッとリチが足を止めた。
「ここです」
リチが示した先にあったのは、重厚感のある大きな扉だった。
取っ手のようなものはなく、代わりに魔法陣のような複雑な文様が描かれている。
「では、開けますね」
そう言って、リチが前足で軽く触れる。
すると、音もなく扉が左右に開いた。
まるで自動ドアだ。
「主がお待ちです。中へどうぞ」
「ありがとう」
促されるままゾロゾロと室内に入ると、背後で再び扉が閉まった。
便利だなあ、この扉。
部屋の中央には師匠がいて、肩にはリピが止まっていた。
「おはようございます、師匠。ルピも」
「ああ、おはよう」
「ピィ!」
挨拶をしながら近づくと、師匠は軽く手を振りながら挨拶を返してくれて、ルピは俺のほうに飛んできた。
頭の上に着地したルピは、ピッピッと嬉しそうに鳴いている。
ルピと入れ替わるようにリチが師匠の元へ小走りで駆け寄っていき、ぴょんと肩に飛び乗った。
「セージ様をお連れしました」
「ああ、お疲れさん。お前は有能だな」
「恐れ入ります」
優しく撫でられて、リチは目を細めて気持ち良さそうだ。
尻尾も千切れんばかりに振られている。
筋肉ゴリゴリの大男の側にいると、ルピやリチの可愛さがさらに際立つな。
「使い魔って、みんなこんなに可愛いんですか?」
「主人の好みや目的による。護衛として戦わせるなら、屈強な獣の姿をしたほうがいいだろう。身の回りのことや雑務を任せるのであれば、周囲に恐怖感を与えない小動物のほうが都合がいい」
「なるほど。師匠の使い魔が可愛いのは、ただの嗜好ってわけじゃないんですね」
「あくまでもそういう傾向があるってだけの話だけどな。賢くて有能で強くて可愛い、そんな使い魔もいる。見た目だけで判断はできない」
「見た目で判断できない、ですか」
なんとなく、ホントにただの勘だけど、リチは後者のような気がする。
思わず師匠の肩の上のリチに視線を向けると、リチは何も言わずにニッコリ微笑んだ。
「っと。暢気に使い魔の話をしている場合じゃなかったな。訓練について説明しよう」
「あ、師匠。今日の訓練なんですが、王子も一緒に参加してもいいでしょうか?」
「殿下も?いや、俺は構わないが…いいんですか?」
俺の提案に、師匠が王子に確認する。
王子はチラッと俺のほうを見たあと、小さく首を縦に振った。
「昨日、セージにうまく丸め込まれたよ。まあ、久しぶりに思い切り体を動かすのも悪くない」
「丸め込まれたなんて人聞きの悪い。書類仕事で体が凝ってそうな王子のためにお誘いしたんですよ」
「はいはい、そうだったな」
王子が諦めたような口調でため息をつく。
一度了承したんだから、いつまでもグダグダ言わないでほしいもんだ。
「なんだかよく分からんけど、そろそろ訓練を始めてもいいか?」
「はい!よろしくお願いします」
いい返事だ、と師匠が満足そうに笑う。
それからすぐに真剣な表情になった。
「まず、覚えておいてほしいことがある。魔法を使う際に必要な3つの力についてだ」
「3つの力?」
「1つ目は集中力。集中が乱れると、魔法は失敗したり暴走したりする」
「なるほど。2つ目は?」
「想像力。どんな魔法を使うのかを明確にイメージすること。これが出来ないと、魔力はあっても発動しないこともある」
「最後のひとつは何でしょう?」
「3つ目は非常に大事なんだが、意外と忘れられがちなんだ。なんだか分かるか?」
「え、いきなりクイズ形式ですか?うーん…」
俺は腕を組んで考えてみた。
集中力、想像力ときて、あとは何が必要なんだろう。
俺がイメージする魔法使いといえば、細身で色白、頭脳明晰、クールといったところだろうか。
待てよ。
このイメージ、師匠とは真逆だ。
ということは、まさか…
「まさか、筋力?」
「今、俺の体を見ながら言ったな?違うぞ」
「そうですよね、良かった。じゃあ何ですか?さっぱり分かりません」
「正解は、体力だ。持久力でもいい」
意外な答えが返ってきた。
魔法は体を動かすのとまったく関係なさそうなんだけどな。
キョトンとしていると、師匠が説明を続けてくれた。
「魔法は自身の中にある魔力を外に放出することで発動するが、その魔力を放出し続けるには体力が必要になる。実際に使ってみれば分かると思うが、魔法を使うとかなり体力を消耗することを実感できるはずだ」
「あれ?でも、王子が俺の髪を乾かすために温風を出してくれたときは、そんな風には見えませんでしたけど」
「日常生活で使うくらいのヤツなら大したことはない。だが、広範囲に結界を張るとか、大量の水を一気に沸騰させるとか、建物を吹っ飛ばす突風を起こすとか、そういうレベルの魔法になるとキツイぞ。魔力と体力は比例して消費されるからな」
そういうもんなのか。
色々とイメージと現実は違うんだなあ。
「魔力が尽きても体力が尽きても、意識が朦朧として最終的にはぶっ倒れる。最悪の場合は死ぬ場合もある。そして、意識が遠のくと魔法をコントロールするのは不可能。つまり…」
「暴走するんですね」
「そうだ。だから、絶対に無理は禁物だ。己の限界を知っておく必要もある。まあ、セージの魔力は無尽蔵といってもいいくらいあるから、尽きるということは考えにくい。想像力と集中力は練習すればなんとかなる。問題は体力。セージ、体力に自信はあるか?」
「あります」
「即答か。頼もしいな」
師匠が右眉を器用にあげて笑った。
俺としては、冗談ではなく本気なんですけどね。
小中高と運動部で、就職してからも毎朝のランニングは欠かさなかったから、一般的な成人男性よりはかなり体力があるはず。
「見くびらないでください。師匠が想像してるよりタフなんです」
「それは失礼した。じゃあ、早速始めるか」
「はい!」
「殿下も準備はよろしいですか?」
「ああ、問題ない」
王子が静かに答える。
やる気満々という感じではないけど、とりあえず腹は括ったようだ。
「じゃあ始めるぞ。まずはセージの持久力がどれくらいか見させてもらう。ちょっと待ってろよ」
師匠はそう言うとその場に片膝をつき、右手を床につけた。
そのまま目を閉じて集中しているように見える。
「あの…師匠は何をやってるんですか?」
「さあ?何か魔法を発動させようとしてるのは確かだが。ソラはオリジナルの魔法をいくつも編み出している。あいつにしか使えない魔法もいくつか存在する」
「へえ、すごいですね。でも、オリジナルって簡単に作れるものなんですか?」
「私も詳しくは知らないが、既存の魔法の仕組みを研究して組み替えたり組み合わせたりするらしい。今のところソラ以外で成功例は聞いたことがないがな」
「そうなんですか。師匠ってやっぱり偉大な魔導士なんですね」
王子の返答を聞きながら師匠の様子を見ていると、やがて変化が現れた。
師匠の両手からほんのりと二本の光が生まれ、それが少しずつ広がっていく。
光は真っ直ぐ伸びていき、俺たちの足元までやってきたところで止まった。
「よし、こんなもんだろ」
師匠が立ち上がってパンッと手を叩くと、光がフワッと消えた。
光が消えたあとの床を見てみると、
「床が…動いてる!?」
王子が驚愕の声を上げた。
音もなく、まるでランニングマシンのように、光が走った部分が動いている。
「これなら部屋の中で長距離走が出来るだろ」
「師匠のオリジナル魔法ですか?」
「そうだ。この動く床の上で走れば、部屋の中でも長距離走が出来る。悪天候でもトレーニングが出来るように作ったんだ。最初はゆっくりにしてあるから乗って歩いてみろ」
「はい。よっ、と…」
師匠に言われて早速乗ってみる。
たしかにかなり遅い速度で床が動いていて、散歩くらいの速度で歩くのがちょうどいいくらいだ。
俺に続いて、王子も恐る恐る動く床に乗り、興味深そうに床を見ながら歩き出した。
「歩いても前に進まないというのは、なんだかおかしな感覚だな」
「師匠、ちょっと遅くないですか?これじゃ運動にはならないような…」
「大丈夫そうなら速度あげるぞ」
「うわっ…!」
パチンと師匠が指を鳴らすと、グンッとスピードが上がった。
慌てて俺と王子も走る速度を上げて対応する。
ちょうどランニングくらいの速度だ。
「これくらいは平気か?」
「はい。大丈夫です」
「問題ない」
「じゃあ、速度はこれでいいな」
そう言って師匠は壁際に移動した。
そこから動かずにこちらを見ている。
「止まるタイミングはこっちで指示する。疲れたら遠慮なく言ってくれ」
「了解しました」
「分かった」
「途中でもうダメだと思ったら、自主的に止めてもいいからな。無理はするな。その動く床でコケるとめちゃくちゃ痛いぞ」
「でしょうね…気を付けます」
俺は苦笑いしながら答え、王子は黙ったまま小さくうなずいた。
頑張れよ、と楽しそうに師匠が笑う。
額にジワッと浮かんだ汗を拭って、俺は師匠に余裕の笑みで言った。
「絶対に途中棄権しませんからね。最後までやりきります」
ソラの使い魔は全員強いです。
新人兵士くらいなら、10人くらいは軽く一瞬で倒せます。




