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あの習い事は異世界でも役立ちそうです

 マリベルのマッサージを受けてから、30分くらい後。


「そろそろ昼食の時間ですね。準備してまいります。何かご希望はございますか?」

「そうだなあ…何かさっぱりしたジュースが飲みたいな」

「承知しました。行こう、リリアナ」

「はーい」


 ソフィとリリアナが部屋を出て行った後、俺はソファーにごろりと横になった。


「結局、何も思いつかなかったなあ」


 マッサージの後、体が軽くなったから作業を再開しようと思ったら、マリベルに止められてしまった。

 まだダメです、ってペンと紙を取り上げられてしまったから、書き物は諦めよう。

 俺の身体を気遣ってくれるのは嬉しいんだけど、ちょっと過保護じゃないか?

 あちらで働いてたときは、肩こり・目疲れ・頭痛の3点セットは日常茶飯事だったから、これくらいは大丈夫なんだけどな。

 まあ、午後からまた頑張ろう。

 そう思ったとき、小さくドアがノックされ、ソフィたちが入ってきた。


「あれ?早かったね」

「実は厨房へ向かう途中で、殿下にお会いしまして」

「一緒に昼食を取ろうと思って運んでいたんだが、いいタイミングだったようだな」


 ソフィの後ろからひょっこり顔を出したのは、アレン王子だった。

 その後ろには、食事を乗せたカートを押した人が数人見える。

 さすがに王子をソファーに寝転がったまま出迎えるわけにはいかないだろうと、慌てて起き上がった。


「そのままでもいいのに」

「そういうわけにはいかないでしょう」


 座り直した俺の隣に王子が腰掛けて、またいつものようにポンッと頭に手を乗せられる。

 …もうこの癖に関しては、何も言うまい。


「寝てたのか」

「ちょっと寝転がってただけです。お仕事はもう終わったんですか?」

「いや、全然」

「爽やかに言うことじゃないでしょうに…」

「昼食を食べたら、また戻る。今日はセージはソラと訓練の予定だったから、その間に溜まっていた仕事を進めようと思っていたんだ。セージの訓練がなくなったのは予定外だったが。ほったらかしにして悪かった」

「大丈夫ですよ。子供じゃないんですから。俺のことは気にしないで、溜まってる仕事の消化を進めてください。あ、でも無理はしないように」


 さっきまでマリベルに心配をかけていた自分が言うことではないかもしれないけど、一応言っておく。

 アレン王子は苦笑しながらうなずいた。


「ああ、わかっている。セージがどうしているか心配になって来たんだが、まさか私が心配されるとはな」

「あまり顔色が良くないので、つい。すみません」


 決算期の職場にも、こんな感じの同僚がいたなあ。

 残業続きで、最終的には目の下のクマがすごいことになっていたっけ。

 無事に決算が終わると、抜け殻みたいになってたのを覚えてる。


「いや、謝ることじゃない。というか、そんなひどい顔をしていたか?」

「ひどい顔ではないですけど、少し青白い気がします。あとクマ出来てますよ。寝不足なんですか?」

「…バレたか。昨日は遅くまで仕事をしていてな」

「やっぱり。ちゃんと休んでくださいよ?」

「善処する」


 そう言いながら、俺の頭を撫で回すのをやめてほしい。

 俺は犬猫じゃありませんよ。


「ご歓談中、失礼致します。お食事の準備が整いました」


 王子がご機嫌そうなのでそのまま撫でられていたけど、ソフィが声をかけてくれて助かった。

 これ以上撫でられたら髪が鳥の巣みたいになってしまう。


「ありがとう。食べましょう、王子」

「ああ、そうしよう」

「蒸しキュエー鳥の極薄スライスと季節の生野菜のサンドイッチでございます」


 テーブルの上には、サンドイッチとフルーツが並んでいた。

 っていうか、フルーツ盛りだくさんすぎない?

 これ、2人分の量じゃないと思うんだけど…


「随分とフルーツ多いですね。王子はフルーツ好きなんですか?」

「これは、セージのせいだ」

「へ?」

「ロディがセージあてに領地産の果物を死ぬほど送ってきたんだ。ヤコッタとかな。残った分は置いていくから後で食べたらいい」

「あー…ロディさんがですか」


 そういえば歓迎会の時、領地の産物を劇押ししてたっけ。

 もっとたくさん食ってくれってことなのかな。


「死ぬほどって、具体的にはどれくらい送ってきたんですか?」

「今朝見たときは、馬車いっぱいだったぞ」

「えっと…俺の世界では馬車が一般的な運搬方法ではないので、どれくらいかわかりません」

「そうなのか。では言い方を変えよう。今ここにある量の5倍くらいだ」

「5倍!?」


 それは確かに、死ぬほどだ。

 俺は思わず吹き出してしまった。


「笑いごとではない。まったく、キュエー鳥だけでも食糧庫が満杯になりそうなのに…」

「すみません、つい。あ、じゃあこういうのはどうですか?キュエー鳥の肉を買ってくれた人に、フルーツの盛り合わせをおまけで付けるとか。もしかしたらフルーツ目的でキュエー鳥の肉を買ってくれる人が出てくるかもしれないし、フルーツも無駄にならないし」


 一石二鳥です、と俺が提案すると、アレン王子は驚いたような表情をした。


「なるほど。面白い」

「試してみて損はないと思いますよ」

「検討しよう」


 根本的な解決策じゃないし焼け石に水かもしれないけど、これでキュエー鳥問題にほんの少しでも役立つといいな。

 食べ飽きているキュエー鳥が具材のサンドイッチを、紅茶で流し込む王子を見ながらそう思った。


*****


 食後。

 ロディさんが自慢してたフルーツは、どれも絶品だった。

 予想通り食べきれなかった分は、最初に言っていたとおり、この部屋に置いていくそうだ。

 まあ、オヤツとして少しずつリリアナたちと協力して食べれば、3日くらいで消化できるだろう。

 俺は所望していたさっぱり系のジュースを飲みながら、飲み終えたら仕事に戻るという王子に、


「そういえば王子。何か俺にも手伝えることってありますか?」


 出来ることがあるなら力になりたいと申し出てみた。

 なにせ暇だし。

 王子がどんな仕事をしてるかなんて見当もつかないけど、雑用くらいはできるはずだ。

 俺の言葉を聞いた王子は、嬉しそうに笑った。


「ありがとう。だが、今溜まっている仕事は、字が読めないとどうしようもないんだ」

「そうなんですか。残念です」

「気持ちだけ受け取っておこう」

「ちなみに、どんな仕事をされてるんですか?」

「今やっているのは、主に予算案の作成と議会に提出する資料作りだ。書類作りは苦手でな。とくに数字の計算がダメだ」

「計算ですか?」

「ああ。数字を見ると頭が痛くなるんだ」


 そう言いながら、王子はこめかみを押さえる。

 そんな王子を見て、俺の目が光った。


「それなら、役に立てるかもしれません」

「どういうことだ?」

「俺、暗算が得意なんです」


 婆ちゃんに進められて珠算を小さい頃から習っていたけど、それがこんなところで活きるとは思わなかった。

 電卓がないこの世界では、俺の特技と言える珠算式暗算は、かなり重宝するんじゃないだろうか。


「数字を読み上げてもらえば、すぐに答えを出しますよ」

「本当か?」

「はい。試してみますか?」


 自信ありげに言った俺を、王子はじっと見つめてくる。


「…リリアナ、ペンと紙を」

「かしこまりました」


 リリアナから筆記具を受け取り、テーブルの上でサラサラと何かを書き出した。

 書かれていたのは、当然だけど俺には読めない、こちらの世界の文字。

 同じものを2つ書いて、そのうち一つをマリベルに渡した。


「マリベル、これを計算してくれ。急がなくていいから、正確に頼む」

「はい、殿下」

「セージ、準備はいいか?」

「はい。問題ないです」


 読上算は久しくやってないけど、まあ大丈夫だろう。

 俺の返答に頷き、リリアナに俺の答えをメモするように指示すると、王子は数字を読み上げ始めた。


「4,546+936」

「5,482です」

「9,487+3154」

「12,641です」

「6,914-3154」

「3,760です」

「1,6543+8136-7014-97」

「…17,568です」


 ブランクはあるけど、4桁はまだいけるな。

 最後のはちょっと自信ないけど、多分大丈夫。

 

「マリベル、どうだ?」

「…少々お待ちください」


 俺と同じ問題をやっていたマリベルは、3分くらい遅れて計算し終えた。

 すぐにリリアナが書いた俺の解答メモと、自分の計算結果とを見比べていく。

 そして、結果を口にした。


「正解です。全て合っています」

「セージ様、すごいです!」

「ありがとう」


 感嘆の声を上げるリリアナ。

 褒められて悪い気はしない。


「どうですか?お役に立てそうですか?」


 俺の解答とマリベルの解答を何度も見返し、何も言葉を発しない王子に聞いてみる。

 それでも何も言わない王子が心配になって、再度声をかけようとすると突然、両肩をガシッと掴まれた。


「お、王子?」

「…セージ」

「は、はい。なんでしょうか?」

「ぜひ!ぜひ力を貸してほしい!!」


 …近い。

 ものすごく顔が近い。

 間近で見てもイケメンだなあ。

 鼻先が触れそうな距離で、王子はキラキラと目を輝かせていた。


「あの、王子…」

「今すぐに私の部屋に来てくれ。セージが手伝ってくれたら、今日中に終えられる」

「え、ええ。もちろんお手伝いはしますけど…」

「助かる!では行こう!」

「ちょっ…王子!?」

 

 俺は半ば引きずられながら、王子の部屋へと連行されたのだった。


「まだジュースが残っ…力強っ!」

アレン王子は計算が本当に苦手です。

他の勉強は同い年の貴族たちの中でもトップクラスの成績だったのに対して、数学は平均スレスレを保つのがやっとでした。

ちなみにアイザック王子とルーカス王子も数学は苦手だったりします。

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