使い魔は普通は懐かないらしいです
「師匠か。いいね、それ」
ニヤっと口の端を上げたソラさん。
「じゃあこれからは、セージと呼んでいいのかな?弟子だし」
「もちろんです。好きに呼んでください」
よろしくお願いしますと右手を差し出すと、ソラさんはその手を力強く握り返してきた。
外見から想像できるとおりの力強さで…痛い。
「こちらこそ。厳しくいくつもりだから覚悟してくれ」
「はい!頑張ります」
元気よく答えた俺に、師匠は満足げな表情を浮かべて微笑んだ。
「うん、良い返事だ。ところで訓練の強度は、本当の性別に合わせていいんだよな?」
「本当の性別って…偽ってるわけじゃないですよ。というか、やっぱり王子から聞いてたんですね」
「ああ。まあ聞いてなくても、骨格と筋肉のつき方で分かるけどな。なんでみんな気が付かないんだか」
首をひねる師匠に、王子が呆れたように答える。
「聖女を骨格で男と判断できるのは、お前くらいだ」
「そうですか?でも、人体構造に詳しい人なら…」
「それでも、普通は聖女は女性だと思うんだ。普通はな。聖女が男だと聞いても一切動揺しなかったから、こっちが驚いたくらいだ。お前みたいな変わり者はそうはいない」
「そんなもんですかね」
首を傾げる師匠を見て、本当にこの人は変わっているなあとしみじみ思った。
「まったく…頼むからセージをお前みたいなゴリゴリにするなよ。セージは『聖女』なんだからな」
「聖女様に筋トレさせるわけないじゃないですか。それくらい分かってますよ。お任せください」
念を押す王子に、師匠は自信満々に胸を叩いた。
師匠の体格を見ていると俺も少し不安になるけど、元々筋肉がつきにくいタイプなので大丈夫だろう。
多分、きっと。
「では早速訓練を始めよう」
「はい!」
王子がため息をついたのとほぼ同時に、こちらを見た師匠の言葉に意気込んで返事をしたら、意外な言葉が返ってきた。
「と言いたいところだが、明日からってことで」
「え?何でですか?」
せっかくやる気出したのに。
早く魔法を使えるようになりたくてウズウズしてたのにな。
不満が表情に出ていたのか、俺の顔を見た師匠が苦笑いした。
「準備が必要なんだ。万が一、魔法が暴走したときのためにを障壁魔法かけたり、教本教材を用意したりしないとならない。訓練は明日からだ」
「そういうことですか。分かりました」
色々と用意してくれるんだな。
ちゃんと教えてもらえるのはありがたいことだし、文句はない。
ここは素直に引き下がろう。
「準備が整ったら、コイツをまた迎えに行かせる」
そう言って師匠が指笛を吹くと、どこからともなく青い小鳥が飛んできた。
この鳥は…
「師匠の使い魔ですね」
「そうだ。名前はルピ」
「見た目だけじゃなくて、名前まで可愛い」
「だろう?それにルピは賢くて優秀なんだ」
自慢げに話す師匠。
ルピは俺の肩に止まると、ピッピッと小さく鳴いた。
「よろしくね、ルピ」
挨拶すると、ピィッ!と嬉しそうな鳴き声を上げて頬にスリスリしてきた。
フワリとした羽がちょっとくすぐったかったけど、すごく可愛らしい。
優しく撫でていると、王子が不思議そうに話しかけてきた。
「珍しいな。使い魔が他人に懐くなんて」
「そうなんですか?」
「ああ。使い魔は基本的に主人にしか心を開かないものだ」
「でもこの子、王子の肩にも乗ってましたよね?」
「乗ってただけだ。こんな風に甘えるような仕草はしないし、触らせてもらえない」
そう言って王子が触ろうと手を伸ばすと、ルピは逃げるように飛んで肩から俺の頭の上に移動した。
「ほらな」
「なるほど」
確かに、俺の時とは態度が違う。
本来は塩対応というか、主人以外にはツンツンなのか。
「ソラ、なんでセージには懐くのだ?」
「俺にもわかりませんけど、イグラシル様のお力が関係してるかもしれないですね。女神様は光を司る方ですから」
「イグラシル様の…なるほど」
王子は納得した様子で頷いた。
よく分からないけど、リリアナたちも頷いてるし、そういうものなのだろう。
俺としては理由は何でも、可愛いものに好かれるのはいいことだ。
「よし、とりあえず今日はこれでお開きにしよう。俺はこれから忙しいんで。セージ、明日もルピを迎えに行かせるから窓をあけてやってくれ」
「あ、はい。分かりました」
「頼むぞ、ソラ」
「お任せください。それじゃあ失礼します」
そう言うなり、師匠はさっさと部屋の奥に行ってしまった。
奥にはうず高く本が積まれ、今にも崩れそうになっている机があり、本の隙間から師匠の姿が見えた。
「あの散らかり具合は相変わらずだな。そのうち崩れて本に埋まるぞ」
「片付けましょうか?」
「放っておけ。あれでもどの本がどこにあるか把握してるらしい」
「あれで?」
「触ると分からなくなると怒られるくらいだ。お前も触らない方がいい」
「はぁ…」
まあ、王子がそう言うなら気にしないようにしよう。
散らかった部屋のほうが落ち着く人もいるっていうし、下手に触ったら本当に崩れそうだし。
時たまグラグラ揺れる本の山を眺めていると、ソフィが王子に話しかけた。
「殿下、近衛らしき足音が聞こえます。お迎えにいらしたのではないかと」
「…私は自室に戻る。セージを頼む」
「かしこまりました」
ソフィが返事をすると、王子は先に部屋を出て行った。
扉の外では、王子と数人の男が話す声が聞こえてくる。
どうやら王子は仕事がたまっているらしい。
王子って、忙しいんだなあ。
足音と話し声が徐々に遠ざかり、しばらくすると何も聞こえなくなった。
「…行っちゃったみたいだね。じゃ、俺たちも行こうか。師匠、また明日。よろしくお願いします」
声をかけたけど、師匠からの返答はない。
ちょっと待っていると、本タワーの隙間からにゅっと手が出てきて、バイバイするように振られた。
一応、聞こえてはいるようだ。
「セージ様。叔父様はああなると返事を待っても無駄です。行きましょう」
「そうみたいだね。行こう」
マリベルの言葉に促されて、俺達は師匠の部屋を出た。
+++++
「明日から師匠のところで訓練するってことは、しばらくは城に滞在するってことになるのかな?」
部屋へと戻る途中、廊下を歩きながら隣を歩くリリアナに声をかけた。
「おそらくそうだと思いますよ。何か不都合な点でもありましたか?」
「いや、俺的には全然問題ないんだけど…リリアナは大丈夫なのかなって」
「え?私ですか?」
キョトンとするリリアナだけど、俺には気になることがあった。
「うん。侍女としてついてくれてる間も、お祈りは欠かせないんだよね?しばらく神殿に戻らなくても大丈夫?」
リリアナは俺の侍女として働く間も、神官としてのお祈りは欠かさない約束を神官長としていたはず。
予定外に城に長期滞在することになって、大丈夫なのかな?と心配になって聞いてみたら、
「そういうことですか。お祈りは城内でもできますので、問題ないです」
と、思ったよりもあっさりとした答えが返ってきた。
女神様へのお祈りって、場所とか形にとらわれない感じなのかな、
俺としてはリリアナが側にいるのは、とても嬉しいしありがたい。
「そっか。じゃあいいか」
「ご心配いただき、ありがとうございます」
うっ、可愛い。
嬉しそうな笑顔を浮かべるリリアナに癒されていると、後ろから声をかけられた。
「聖女様」
振り向いた先にいたのは、見覚えのある人物。
パーティで会ったばかりだし、何よりインパクトのある人だから忘れるわけがない。
深々と礼をする人の名を、俺は小さい声で口にした。
「…キーガン」
ルピという名前には、意味や意図はないです。
ソラがなんとなく、パッと浮かんだ響きでつけただけです。




