初めてのキュエー鳥の味はいかに
「お恥ずかしい話ですが、そうなんです」
リリアナが申し訳なさそうに言った。
「セージ様の身の回りのことは全部、もちろんお化粧まで私が責任をもってやらせていただく予定でした。ですが、高貴な方々に施すべき化粧というものを理解していないとマリベルとソフィに指摘されて…本当に不勉強で情けない限りなのですが…」
「そんなに落ち込まないで。そもそも、今まで必要なかったことなんだから、気にすることないよ!これから!そう、これから学べばいいんだよ」
「セージ様…!」
あまりの凹みように思わず慰めると、予想以上に感動されてしまった。
うるっとした目で見上げられて、思わずドキッとする。
「ありがとうございます。頑張ります!」
「う、うん。頑張って」
「はい!」
満面の笑みで元気よく返事をするリリアナ。
さっきの落ち込んだ様子はどこへやら。
切り替え早いなー。
まあ、いつまでも暗いよりはいいけど。
リリアナが元気になってホッとしていると、今度はソフィとマリベルが話始めた。
「他の神官にしてもリリアナ同じですし、何よりセージ様のお肌に触れるのですから、信頼のおける人でなければいけない」
「ということで、所要で神殿を訪れていた、私とマリベルが急遽やらせていただけることになったんです。私たちは技術がありますので」
「護衛に化粧の技術?必要なの?」
俺の素朴な疑問に、二人は揃って首を縦に振った。
「護衛する方が行かれる場所に応じて、その場に相応しい身なりにする必要があります。王族や貴族の方々は、よくパーティーに参加したり、お茶会をしたりします。そういった場に入るには護衛でも相応しい装いが求められるので、お化粧の技術や知識が必要になるんです」
なるほど。
確かに貴族が集まるような場所で、すっぴんや薄化粧だと色々と問題がありそうだもんな。
しかし、二人がリリアナの代わりに化粧をしてくれた理由は分かったけど、まだ疑問が残っている。
「それで最初の質問に戻るけど、なんで神官のフリしたの?わざわざ神官の服まで着て」
「それはですね、ちょっとした悪戯だったんです」
「イタズラ?」
俺が聞き返すと、ソフィとマリベルはお互い顔を見合わせて楽しそうに微笑んだ。
「セージ様に神官としてお会いしていれば、後で正式に護衛としてご紹介していただいたときに驚かれるだろうなって」
「そのとき、どんな反応なさるのか、今日は楽しみにしておりました」
「ええ…」
どうやら二人とも、意外に子供っぽいところがあるようだ。
「リリアナは何も言わなかったの?」
「神官の服を貸してくれたのはリリアナですよ」
「王子は?」
「誰よりも楽しそうにしていらっしゃいました」
「…でしょうね」
あの人が一番楽しんでいたに違いない。
3人の後ろでニヤニヤしてるの、しっかり見えてますよ王子。
「まったく。悪趣味だなあ」
「ふふ、すみません」
口では謝っているものの、全然悪いと思っていない表情でリリアナは笑った。
本当にもう。
でも楽しそうな笑顔の3人を見てると、俺も苦笑だけど笑顔になってくる。
「まあ、いっか」
「許してくれるんですか?」
「最初から怒ってないし。それに…」
不思議そうにこちらを見る3人に、俺は笑いかけた。
「みんなが楽しいならそれでいいよ」
そう言うと、3人は一瞬きょとんとした顔をした後、嬉しそうに頬を緩ませた。
和やかないい雰囲気になった、そのとき。
グウゥ~
お腹が鳴った。
うっ、恥ずかしい…
しかし、リリアナたちは笑うことなく、ハッとした様子でパタパタと動き出した。
「殿下、セージ様。こちらにお座りになってお待ちください」
「私、少し様子を見てきますね」
「お茶をお淹れします。ビエンナティーでよろしいでしょうか?」
なんか急かしたみたいで申し訳ないけど、腹の虫はどうしようもないしなあ。
なんて思っていたら、ノックの音が響いた。
もしかして、食事がきたのかな?
「あ…」
「セージ様、私が」
俺が返事をするより早く、マリベルがドアに近づいて声をかけた。
「はい。どちら様でしょうか?」
「聖女様のお食事をお持ちしました。入ってもよろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
マリベルがそう答えると、扉が開いて料理が乗せられたワゴンを押しながら、メイドさんたちが入ってきた。
そのままテーブルに並べるのかと思っていたら、
「あとは私たちがやりますので、お下がりください」
「ありがとうございます。では、よろしくお願いします」
ドアから一歩入ったところでマリベルに止められ、メイドさんたちは素直にワゴンを置いて部屋から出て行った。
ソフィたちはテキパキとテーブルに料理を並べていく。
うーん、いい匂い。
特に焼き立てのパンの香りがたまらない。
よだれが出そうなのを堪えながら見ていたら、リリアナたちが2人分のセッティングをしていることに気が付いた。
どうやら王子も一緒に食べるらしい。
「お待たせいたしました。ご朝食の準備が整いました」
「ありがとう。じゃあ、食べるか」
「はい!いただきまーす」
腹減った~。
目の前の美味しそうなパンを一つ手に取り、そのままかぶりつこうとしたけど、さすがにそれはマナー違反かもと思ってやめた。
ひと口サイズにちぎって口に運ぶ。
あ、このパンめっちゃ美味しい!
モチッとしていて噛むたびに小麦の香りが鼻から抜ける。
「すごくおいしい!」
「お気に召されたようでよかったです。毎朝、専門の職人が焼いてるんですよ」
ソフィが微笑みながら言った。
毎朝焼き立てかあ。
そりゃ美味しいわけだ。
美味しいものを食べて幸せな俺とは対照的に、蒸し鶏らしき皿を見ながら、ため息をつくアレン王子。
あれ?この反応もしかして…
「王子、それってもしかして…?」
「蒸しキュエー鳥だ。脂肪分が少なくて軽いから、朝食の定番となっている」
やっぱり。
ため息をつきながらも、黙々と蒸し鶏を食べている王子の顔には、飽きましたって文字が浮かんできそうなくらい、表情がなくなっている。
見ているだけのリリアナたちも、一緒にため息ついてるし。
可哀そうに思いつつも、俺は初めてのキュエー鳥の肉に、謎のワクワク感を覚えていた。
「これがキュエー鳥の肉…」
見た目はニワトリより少し赤みが強い感じだけど、味はどうなんだろう?
一口食べてみると、口の中でジュワッと広がる肉汁の旨味と、地鶏のような噛み応えのある食感に思わず目を見開いた。
「…ウマっ!」
鶏と比べると、少しだけクセがあるけど、香りがいい。
煮ても焼いても蒸しても揚げても、多分美味しい。
個人的には唐揚げ食べたいなあ。
そんなことを考えながら咀嚼していると、アレン王子がフォークで蒸しキュエー鳥を突きながら言った。
「旨いだろう?そうなんだ、キュエー鳥は本来はとても美味しいんだ」
王子に続いて、リリアナたちも困ったような顔で小さくため息をつく。
「この時期のキュエー鳥は、一年で一番美味しいはずなんですけど…」
「私、少し前まではキュエー鳥は大好物だったんですよ」
「私もです。でも、今はすっかり人気が落ちてしまいましたね」
ソフィが残念そうに呟いて、同時に俺以外の全員が大きなため息をついた。
国全体が飽きてるって、本当なんだなあ。
でも、これだけの食材だ。
きっと何か方法があるはず…こんなに美味しいのに、美味しく感じられないなんてもったいないじゃん。
アイザック王子は鳴き声が聞こえたときに思い出す程度でいいって言ってたけど、もう少し積極的にキュエー鳥の調理法について考えてみよう。
王子がまた無の表情で食べ出したのを見て、俺も蒸しキュエー鳥をひと切れ口に放り込んだ。
「美味しいと思えてるうちに、なんとかしなきゃなあ…」
キュエー鳥はニワトリと鴨の中間くらいの色をしてます。
肉や卵は食用に、羽根や骨は装飾品の材料にと、捨てるところがない、とても役立つ鳥です。




