美味しい鳥も増えすぎると害鳥です
「兄上、私にも話が見えません。唐突すぎます。キュエー鳥がどうかしたのですか?」
無理だ、そこをなんとか。
しつこく説得してくるアイザック王子のお願いを断り続けていると、アレン王子が不思議そうに首を傾げた。
たしかに唐突すぎる。
今夜は遅くなったから終わり、おやすみなさいって流れから、なぜいきなり新しい料理の話になるんだろう。
「セージから異世界の話を聞き始めてから考えてはいたんだ。でも、なかなか言うタイミングを見つけられなくて。正直ちょっと忘れかけてた。それで最後におやすみって言おうとしたときに、ふと思い出してね」
忘れてたんかい。
思わず心の中でツッコミを入れてしまったけど、口に出すと面倒くさそうなので黙っていた。
忘れるってことは、そんなに大切なお願いっていうわけでもないのかな。
「それで、なぜキュエー鳥の新しい料理が必要なのですか?」
「大量消費のため。キュエー鳥の大繁殖期のこと、忘れたのかい?」
「あー…そうでした。聖女召喚のことで頭がいっぱいで失念してました」
大繁殖期という言葉を聞いて、アレン王子は顔を歪めた。
その一言で全て理解できたみたい。
これで事態を飲み込めてないのは、俺だけ。
一人だけまったく理解できていないのがもどかしくて、つい質問してしまった。
「すみません。二人だけで分かり合ってないで、俺にも分かるように説明してくれませんか?」
「ああ、ごめん。セージは知ってるはずないよね、キュエー鳥の生態」
「当然です。逆に知ってたら不自然です。そもそも、さっき初めて見たんですから」
「じゃあ、まずはキュエー鳥について、軽く説明するよ」
アイザック王子の説明によると、キュエー鳥はラルシュ大陸ではポピュラーな食材で、よく一般家庭の食卓にも並ぶらしい。
草食で気が弱く、攻撃性も低いため、駆け出しのほぼ素人みたいなハンターでも簡単に捕まえられる。
図体はデカいけど、肉質は柔らかくてクセがなく、卵も栄養価が高くて美味しい。
とりあえず、巨大な空飛ぶニワトリと思っておけば良さそうだ。
「クレル王国に棲んでいるキュエー鳥は、リアビエ山にしか生えないフォルボの木の実を食べているから、特に美味しいって評判で高値で取引差されていて、あちこちからハンターたちが集まってくるんだ」
いわゆるブランド鶏みたい感じかな。
「キュエー鳥は元々繁殖力が強いんだけど、それでも狩る人間も大勢いるからバランスが取れていた。でも、大繁殖期はそのバランスが崩れてしまうんだ」
「大繁殖期って、そんなにたくさん増えるんですか?」
「1羽が産む卵の数が例年の3倍になる。全部が成鳥になるわけではないとしても、すごい数が一気に増える。そうなると、どうなると思う?」
「え?どうなるって…餌が足りなくなる?」
「その通り。数が増えると、生息している山の頂上付近だけでは、餌となる木の実や草木が足りなくなる。そうすると、町の近くまで降りてくるから大変なんだ。畑の作物を荒らしたり、夜中に鳴いて飛びまわったり、上から落としてくるものも汚い。こうなると害獣扱いだよ」
「上から落ちて…あ、なるほど」
フンか。
たしかにあのサイズの鳥ともなれば、鳩より…うん。
「だから、大繫殖期は国も駆除に動く。冒険者ギルドに依頼を出して、キュエー鳥の数を減らしてもらうんだ」
ギルドって、組合的なものだっけ?
ギルドとか冒険者とか、異世界チックな言葉が出てくると、ちょっとドキッとするな。
「国の依頼で狩ったキュエー鳥は、国が買い取る。肉はもちろん、羽や骨など、必要な素材はすべて市場価格と同程度でね。そして買い取った物は、城内や神殿などの王国管轄の施設で食べたり使ったりして消費する。今年もそれで乗り切ろうとしたんだけど…」
そこまで言って、アイザック王子は重いため息をついた。
「なにかトラブルでもあったんですか?」
「今年は通常の大繫殖期よりもさらにキュエー鳥が多いらしくて、余ってしまっているんだ。氷魔法で冷凍していても、時間が経つほどに味は落ちる。アレン、神殿でも最近はキュエー鳥が何かの形で出てくるだろ?」
「そうですね。朝昼晩、どこでも必ずと言っていいほど出てきます。3日前なんて、一羽丸焼きで出てきましたよ」
毎日毎食、キュエー鳥の料理を考え続けてる料理人の方々、色々考え続けて思い余ったんだろうな…
アイザック王子はもう一度ため息をついてから、話を続けた。
「このままじゃ、城の厨房担当が鬱になってしまう。そこで、城下の飲食店に格安で卸すことにしたんだ」
「それは良い考えですね」
「ところが、どこも引き取ってくれないんだ」
「どうしてですか?」
「城と同じことが城下でも起きてるってこと。すでに市場にキュエー鳥が出回りすぎていて、安くしても買う人がほとんどいないんだよ。食堂でも屋台でも売れなくなってしまっているらしい。安く仕入れても、誰も買わないんじゃ意味がないだろ?」
つまり、王族も貴族も庶民も、国全体が食い飽きたのか。
ん?待てよ?
「あれ?でも、俺はキュエー鳥を食べたのはスクランブルエッグだけですよ」
俺の疑問に、アレン王子は苦笑いで答えてくれた。
「セージは特別だ。キュエー鳥以外を調理したいっていう、料理人たちのストレス発散のためでもある」
「あ、そうだったんですね」
「おかげで料理長、セージの食事は生き生きとして作ってたぞ」
「そんなに飽きてるんですか、みなさん…」
別に俺はまだキュエー鳥に飽きてないから、出してくれてもいいのにと思ったけど、俺の食事がストレス発散に役に立ってるとは。
話を聞いてるうちに、卵だけじゃなくてキュエー鳥の肉料理も食べてみたいと思ったけど、言わなくて良かった。
「余ったら焼却処分したらいいっていう人もいるけど、それは最後の最後の手段。害鳥って言ったけど、命を頂くんだから軽々しくそういことはしたくないし、無駄にはしたくない」
「確かにそうですね」
「それで、どうしようかなってずっと考えてたんだけど、セージの異世界の話を聞いているうちに思ったんだ。異世界にはこの世界にはないもの、ない考えがたくさんある。料理もそうなんじゃないかって」
「気持ちはわかりますけど…」
俺、料理人じゃないからなあ。
一人暮らしだから、料理が出来ないわけじゃないけど、得意ということもない。
困ってるようだし、力になりたいところだけど、安請け合いはできないしなあ。
どうしたもんかと悩んでいると、アレン王子が口を開いた。
助け船をだしてくれるのかと思ったけど、
「アイザック兄上、セージは明日から聖女の力の制御訓練が始まるので、他のことをしている余裕はないと思います」
「え?」
初耳なんですが。
制御訓練って、何それ。
キョトンとしている俺を置き去りにして、アイザック王子は納得したようにポンと手を打った。
「ああ、そうか。制御しなければいけないくらい、セージは歴代聖女の中でもかなり強い力を授かっているんだったね。担当は誰?」
「ソラです」
「ソラかあ。まあ適任だけど…」
何かを思い出すかのように遠い目をしてから、アイザック王子はこちらを見た。
俺の肩にポンと両手を置き、にっこりと微笑んで、
「セージ、ゴリゴリにならないでね」
と真顔で言った。
「へ?ゴリゴリ?なんのことですか?」
「あー…うん。まあ、大丈夫。きっとなんとかなる。頑張れ、セージ!」
「は、はい!ありがとうございます?」
よくわからないまま激励されて、とりあえずお礼を言う。
なんだ?
俺が次にやるのって、筋トレじゃないよね?
チラッとアレン王子を見ると、なぜか申し訳なさそうな顔をしていた。
いや、その反応は気になりすぎる。
「そうなると、キュエー鳥のことは考える余裕ないな。ソラだからなあ」
ソラさんって一体、何者…
アイザック王子はポンと軽く両手を打ち、そのまま手を合わせてお願いポーズをしてきた。
超イケメンだと、アラサーでもこういう可愛いポーズが似合うんだな。
「キュエー鳥のことは、鳴き声が聞こえてきたら思い出す程度でいいから、覚えておいてくれたら嬉しい。何か思いついたら教えてくれたら助かるよ」
「あ、はい。わかりました。できる限り頑張ってみます」
「無理しない程度によろしくね。じゃあ、今日は会ってくれてありがとう。おやすみ」
「いえ、こちらこそお話できて楽しかったです。おやすみなさい」
「では兄上。失礼します」
アイザック王子に見送らて、俺たちは部屋を出た。
隣を黙って歩くアレン王子に聞きたいことは山ほどある。
でも、明日にしよう。
さすがに疲れたし、部屋に戻ったらさっさと寝ようっと。
一応、口元を手で隠して欠伸をしていると、王子が話しかけてきた。
「あのな、セージ…」
「明日」
「え?」
「ものすごく眠くて…今日はもう、何を聞いても頭に入ってきそうにないので、明日にしましょう」
「あ、ああ。そうだな、それがいい。本当に今日はよくやってくれた」
労わるように、優しく頭をポンポン叩いてくる手を避ける気力もなく、されるがままになりながらも俺は言った。
「明日は朝から覚悟してくださいね。聞きたいことも言いたいことも、たくさんありますから」
キュエー鳥はニワトリの3倍くらいの大きさを想定しています。
もちろん卵も3倍の大きさなので、殻は専用の器具を使って割ります。




