民思いの第1王子と朝食の卵
それから数分後。
俺たちはアイザック王子の部屋の前に立っていた。
「アイザック兄上、アレンです。聖女セージもいます」
コンコンとアレン王子が軽くノックすると、「どうぞ」と返事が返ってきた。
部屋の中に入ると、大きな窓の近くにソファが置かれていて、そこに一人の男性が座っていた。
柔らかな金髪にエメラルドのような瞳の、物語に出てくる王子様を忠実に再現したような美青年だ。
見た目だけ見れば、病弱そうで守ってあげたくなるタイプに見える。
でも、実際は健康体なんだよな。
アイザック王子はゆっくりと立ち上がり、こちらに向かって歩いてきた。
「初めまして、聖女様。こんな時間に呼び立てて申し訳ありません。私のほうからお伺いできれば良かったのですが…」
「いえ、とんでもない。お気になさらないで下さい。お会いできて光栄です、アイザック殿下。どうぞセージとお呼びください」
「では、遠慮なく。私もセージに会えて嬉しいです」
アイザック王子はそう言って微笑んだ。
その笑顔はとても優しく穏やかだ。
第1王子なのに偉ぶったところがない。
好感が持てる人だと思った。
「そちらに座ってください。アレンも」
「はい、兄上」
「失礼します」
促されるままソファーに腰掛ける。
俺の隣にはアレン王子が座り、アイザック王子は向かい側に座った。
「まずは自己紹介しますね。私はアイザック、この国の第1王子です。といっても王子として公務をしていないので、名ばかりなのですが」
「アイザック兄上は生まれつき体が弱く、あまり表舞台に立つことがないんだ。だから、国民に顔を知られていないし、城の中でも姿を見かけることがほとんど無い」
「民には申し訳ないのですが、なにしろ病気がちでして。ベッドの上で過ごすことが多いんですよ」
「そうですか。それは大変ですね」
設定の確認とばかりに、わざとらしく芝居がかった口調で話す王子兄弟。
それに対して心配するような言葉を棒読みで返すと、アイザック王子はクスッと小さく笑って俺を見た。
「セージは面白い方ですね。アレンが言っていたとおりだ」
「…王様も王妃様もルーカス王子も、私のことを面白いとか風変りとかおっしゃいました。アレン王子はどんな風に私のことを話していたんですか?」
ジト目でアレン王子を睨むと、彼は肩をすくめた。
「セージは変わっていると言っただけだ。自分でも普通の『聖女』ではない自覚はあるだろう?」
「まあ、普通じゃないことは認めますけど…男性の俺をためらいなく『聖女』と呼ぶアレン王子たちも、普通じゃないですよね」
「確かにな。だが、聖女と呼ばれるのに慣れてきたんじゃないか?」
「…否定はできないかも」
俺がそう言うと、聞き役になっていたアイザック王子が楽しげに笑った。
「ふふっ、本当に面白い。アレンの言う通りだ。セージ、私ももっとあなたと話をしたいのですが、いいでしょうか?」
「もちろんです」
「ではまず、アレンと話すときと同じように、肩の力を抜いて話してほしい。私ではなく俺でいいし、敬語も不要。私もそうするから。いいね?」
「えっと…じゃあそのようにさせていただきます」
「セージ、敬語」
すかさず突っ込むアイザック王子。
いや、さすがにそれは無理でしょ。
「勘弁してください。王族の方々にタメ口なんて恐れ多いですよ」
「私は構わないよ?」
「俺が構うんです!」
「そうか…じゃあ仕方ないね。私から俺になったから、今はそれでいいか」
「ありがとうございます」
ふう、とりあえずこれでOKだな。
ホッとしていると、アイザック王子は少し身を乗り出して、興味津々といった様子で言った。
「セージ、君のいた世界では人々はどんな暮らしをしていたの?」
「暮らし?」
「そう。食べ物とか娯楽とか教育とか就労とか。私はそういうのに興味があるんだ」
「俺の世界といっても、国や地方によって様々だから…。一例として、俺が住んでいた日本という国についてでいいですか?」
「うん、お願い」
「分かりました。まず…」
それからしばらく、俺は日本のことについて語った。
衣食住のこと、仕事のこと、家族のこと、学校のこと。
アイザック王子は聞き上手で、相槌を打ちながら熱心に聞いてくれた。
好奇心旺盛なのはルーカス王子と変わらないけど、積極的に聞いてくるんじゃなくて、上手くリードして色々と引き出している感じだ。
もし営業職だったら、かなり優秀な人材になりそうだな。
「フロシキというものは興味をそそられるなあ。布一枚なら製作費もそんなにかからないよね」
「布一枚ですからね。バッグを買うよりは安いと思います。汚れてしまっても洗濯できますし、包み方を工夫すれば、色んな形のものに対応できて便利です」
「いきつけの食堂の店主に教えてあげよう。奥さんの誕生日に贈り物をしたいって言ってたから、ピッタリだ。奥さんは新しもの好きだから、きっと喜ぶと思う」
アイザック王子はそう言って嬉しそうに笑った。
さっきから、こんな感じだ。
異世界のどんな話題にも興味は示すんだけど、その中で城下町の人たちの役に立ちそうな情報だと思うと、より詳しく聞いてきた。
そして、誰かの顔を思い浮かべて穏やかに笑う。
上から目線じゃなくて、町民と同じ目線で考えてる。
誰よりも民のことを大切にしている、王に相応しい人。
アレン王子がアイザック王子をそう評していたのも納得できる。
「アイザック王子は、国民のことを大切になさってるんですね。城下の人たちことを話すとき、とても優しい顔になってます」
「そうかな?」
「はい。素敵だと思いました」
「ありがとう。この国で暮らす民の幸せのために出来ることは、なんだってするつもりでいるんだ」
「素晴らしいと思います」
アイザック王子は照れ臭そうに微笑んだ。
その笑顔を見て、俺は確信した。
この人は、間違いなく良い王様になる。
でも、本人はもう王位継承権を放棄してるから無理なんだよなあ。
もったいない…
「…あの、兄上」
少し会話が途切れた、そのとき。
今まで黙っていたアレン王子が、遠慮がちに声を上げた。
「お楽しみのところ申し訳ないのですが、もう夜も遅い。今日のことろは、これくらいで…」
時計がないから、どれくらい時間が経っていたのかは分からない。
でも、20分や30分ではなさそうな気はする。
「楽しくてつい、夢中になってしまったね。セージ、疲れたでしょう?」
「大丈夫です。私もアイザック王子と話すのが楽しくて、時間も疲れも忘れてました」
とは言ったものの、正直ちょっと眠い。
今日は色んな貴族と話して、それかアイザック王子との対面だから、疲れていないはずはない。
大丈夫と言った直後に、欠伸が出て堪えることができなかった。
「大丈夫じゃなさそうだね」
「し、失礼しました」
クスッと笑われて、慌てて謝ると、アイザック王子が首を横に振った。
「謝るのはこちらの方だよ。二人とも、私の我儘に応えてくれてありがとう」
「いえ、とんでもないです」
「では、兄上。失礼します」
「ああ、お休み」
アレン王子に続いて部屋を出るとき、振り返って軽く会釈すると、
「あ、セージ。最後にひとつだけ」
アイザック王子が人差し指を一本立てて、俺を呼び止めた。
そのポーズと口調は、似たようなのをドラマで見たことがある。
つい笑いそうになったけど、なんとかこらえて真面目な顔をして返事をした。
「なんでしょうか?」
「聖女の力は強い。使い方にはくれぐれも注意するように」
「分かりました」
「それから、無理はしないこと」
「はい」
「何か困ったことがあったら、すぐに私に相談すること。もちろんアレンでもルーカスでもいい」
「ありがとうございます」
「それから…」
「まだあるんですか!?」
ひとつだけって言わなかったっけ?
思わずツッコミを入れてしまった俺に、アイザック王子はごめんごめん、と謝りつつも笑顔で人差し指を立てたまま言った。
「じゃあ、これがホントに最後。どうしてもお願いしたいことがあるんだ」
「お願い?私にですか?」
「そう。多分、セージが適任だと思う。今すぐにじゃなくていいんだけど…」
キュエッ!キュェエエエエェェ!!
「何?!怖っ!」
突然聞こえてきた謎の鳴き声。
何事だろうと思って窓に駆け寄って外を見ると、真っ白な大きな鳥のような生き物が飛んでいるのが見えた。
真っ白いクジャクのような見た目だけど、サイズは3倍はありそう。
「あれは一体…?」
「あらら。タイミング悪いなあ。いや、逆にいいのかな?」
呆然と呟くと、後ろから苦笑交じりの声。
振り向くと、アイザック王子とアレン王子も怪鳥を見ていた。
俺と違って全く驚きもせず、とても冷静だ。
「驚かないんですか?」
「まあ、たまにあることだからね。慣れてる」
「たまにあるんだ…あれ、魔物とかいうやつとは違うんですか?」
「違うよ。あれはただの鳥」
「ただの…?」
あんなのが普通に飛び回ってるって、やっぱり異世界なんだなあ。
白い怪鳥は鳴きながら、城近くの上空を旋回し続けている。
とりあえずうるさいだけで、どこかに降りて人々に危害を与えるということはなさそう。
図体の割にキュエーキュエーと甲高い鳴き声が頭に響く…あれ?
キュエーって響き、どこかで聞いたような…
「食用としては優秀だよね、キュエー鳥」
「肉も卵も美味しいですね。やかましいのが困ったものですが」
「あー!キュエー鳥って、朝食で食べた卵!」
聞き覚えがあると思ったけど、あの化け物みたいな鳥の卵食ってたのか…
ダチョウの卵より大きそうだ。
俺が嫌な汗をかいているのに気づかないのか、アイザック王子が何事もなかったかのように、普通にまた話しかけてきた。
「で、さっき言ってたお願いなんだけど」
「このタイミングで話を続けます?正直、嫌な予感しかしないんですけど」
「そんなこと言わずに話だけでも聞いてくれないかな?ほら、一応この国の王子からの頼みだし」
「…まあ、聞くだけなら」
「ありがとう」
ニッコリ笑ってお礼を言うアイザック王子。
今はその笑顔が逆に怖い。
アイザック王子は、窓のほうに視線を向け、キュエー鳥を見ながら言った。
「セージの異世界の知識で、キュエー鳥の新しい料理を考えてくれないかな?」
なるほど、そうきましたか。
ニコニコと笑顔のアイザック王子に、俺もニッコリ笑って答えた。
「無理です。あんな巨大鳥、俺の世界にはいませんから」
こちらの世界では、牛や豚のように動物を飼育して食べるという習慣はありません。
肉は狩猟、魚は漁で捕るものという認識です。




