もう一人の王子の設定
「疲れた…」
今夜は神殿に戻らず、城内に泊まることになっている。
俺は用意された客室に入るなり、豪華なキングサイズのベッドに寝転んだ。
ふかふかの枕に顔をうずめると、優しい花の香りがする。
神殿で用意された石鹸もフローラルだったし、この世界は植物系の香水が主流なのかな。
「あー…癒される」
そのままウトウトしていると、部屋の扉がノックされた。
「はい」
起き上がって返事をすると、入ってきたのは王子だ。
「なんだ眠っていたのか。起こしてしまったか?」
「いえ、ただ寝転んでただけです。まだ全然寝る時間じゃないですし」
「そうか。ならいいが」
王子はそのままスタスタと歩いてきて、ベッドに腰かけた。
そして、ふぅと一息ついてから口を開く。
「さすがに疲れたか?」
「まあ、少し」
「今日一日、よく頑張ってくれたな」
「やれることをやっただけですよ」
「謙遜することは無い。皆がお前を認めていた。キーガンやロディだってそうだ」
「そうですか?」
あの後も何人もの貴族に囲まれて、俺は彼らの相手をした。
彼らはみんな俺のことを珍しがったり、中には明らかに俺に取り入ろうとする者もいたりして、正直かなり面倒くさかった。
でも、そんな態度を一切見せずに、俺は笑顔で彼らと向き合った。
聖女として勤めると決めた以上、役目は全うしなければならない。
給料が発生するんだから、金額に見合った働きをするのは当然だ。
「ああ。とくにロディとキーガンを手懐けた手腕は見事だった」
「手懐けてませんよ」
「あいつらはそれぞれの派閥の中心メンバーだ。影響力は大きい。その2人を味方に付けたことで、セージに対する見方は肯定的なものになるだろう」
「だと良いですけどね」
それぞれの派閥も一枚岩ではなさそうだから、これで一件落着というわけにもいかないだろう。
でもまあ、第一関門突破というところかな。
とりあえずは、聖女の務めの第一歩を踏み出したという感じだ。
「ところでセージ。さっき少し疲れたと言っていたが、もう少し私に付き合ってはもらえないだろうか?」
「え?まだ何かあるんですか?」
「ああ。実はもう1つ、やってもらいたいことがあるんだ」
正直、疲れてるからお断りしたい。
そう思ったけれど、王子の顔を見ると真剣そのもので、とても断れそうな雰囲気ではない。
仕方ない、これは聖女の仕事の一環だと考えよう。
そう自分に言い聞かせて、俺はベッドの上で姿勢を正した。
「分かりました。何をすればいいんですか?」
俺の言葉を聞いて、王子はホッとしたような笑顔で言った。
「私の兄に会ってほしい」
「ルーカス王子とですか?これから?」
あの好奇心の塊とは、悪いけど今は会いたくない。
怒涛の質問攻めにについていける体力も気力も残っていない。
そういうことならお断りしようと思ったら、空気を察したのか、王子は慌てたように首を振った。
「いや、違うセージ。ルーカス兄上ではない」
「では、どなたですか?」
「もう一人の兄だ。第1王子アイザック」
「第一王子…ですか」
そういえば、ルーカス王子は第2王子でアレン王子は第3王子。
今まで第1王子が出てこないのは不自然だ。
今回のパーティでも、王様と王妃様と並んで座っていたのは第2王子だった。
第1王子には、公の場に出られない事情があるんだろうか。
「アイザック兄上は、生まれつき体が弱くてほとんど表舞台に出てくることはない。自分の体では王の重責には耐えられず、皆に迷惑をかけてしまうとおっしゃって、既に王位継承も放棄されている」
なるほど。
だから今まで姿を見なかったのか。
しかし、体が弱い人にこれから会うというのは、負担が大きいんじゃないか?
多分だけど、もう22時近くな気がする。
「こんな遅い時間にですか?お体のことを考えれば、明日のほうが…」
「という設定になっている」
「へ?設定?」
王子の口から出た奇妙な言葉に、俺は思わず間抜けな声を出した。
すると、王子は苦笑いしながら肩をすくめた。
「実際には、アイザック兄上は元気そのものだ。だが、病弱ということで通している」
「なぜですか?」
俺の単純な問いに、王子は小声で答えた。
「…王位継承権を辞退するには、それなりの理由が必要だろう?」
「えっと…それってつまり、体調以外の事情があるってことですか」
「察しがいいな。そういうことだ」
王子はそう言うと、今度は深いため息をついた。
「クレル王国の王族には、代々、ある能力が受け継がれている。それがアイザック兄上にだけなかったんだ」
へえ、王族だけに受け継がれる能力なんてものがあるのか。
さすが魔法がある異世界って感じだな。
「どんな能力なんですか?」
「花を咲かせる力だ」
「花?」
脳裏に俺が神殿で成長させて花が咲いたビエンナの木が思い浮かんだ。
あれと同じような力が、王家にも伝わっているということだろうか。
「セージが今考えているのは、神殿のビエンナのことだろう。あんなに急成長させるような力はない。あれは異常だし、そもそもビエンナは魔力を吸収して成長する植物だ」
「そういえば、そうでしたね」
「普通の植物の蕾に力を注ぐと、パッと咲く。それくらいの力だ。でも、兄上の力では咲かなかった」
王子はそう言って、窓際に歩み寄った。
そしてカーテンを少し開け、月明かりを頼りに窓の外を眺めながら話を続けた。
「咲かないだけならまだ良かったのだが、兄上が花を咲かせようとすると、その花は枯れてしまうのだ」
「枯れる?」
「何度試しても結果は同じだった。父上や母上はもちろん、ルーカス兄上や魔術師や学者が色々調べたが、原因は分からずじまいだ。それでもアイザック兄上は誰よりも民のことを大切にしている、王に相応しい人だ。そう何度も皆で説得したのだがダメだった」
「ご本人から拒否されたんですね」
「咲かせられないどころか、枯らしてしまうなんて恐ろしい力だ。そんな不吉な力を持つ自分が王位に就いてはいけない、そう言われてしまった。以来、兄上は…」
「もしかして、自室に引きこもっていらっしゃるんですか?」
俺の言葉を聞いて、王子は静か首を横に振った。
え?違うの?
「逆だ。部屋というか、城にいないことのほうが多い。王子として公の場に出ていないから、民に顔を知られていない。だから、気楽に城下街に出かけている。事情を知っている者以外には、セージが想像したように一日中ベッドの上で過ごしている設定だがな」
「城下で一体何をしてるんですか?」
「買い物をしたり、食べ歩きしたり…とにかく自由に過ごされている」
いや、本当に元気なんだな。
落ち込んでたり、やさぐれたりするよりは良いことだけど。
少しポカンとしてしまった俺を見て、王子は兄をフォローするように話を続けた。
「だが、ただ遊んでるわけではない。兄上が城下で得てくる情報は貴重だ。兄上は城下町の者たちと仲が良い。彼らの生の声を聞けば、国の現状をより把握できる。兄上を第1王子と知らないからこそ話してくれる情報もある」
「なるほど。現地の声を大切になさってるんですね」
アレン王子は大きく頷いた。
第1王子の事情と現状は理解できた。
悪い人ではなさそうだし、アレン王子たちとの関係も良さそうだ。
「それで、そのアイザック殿下がどうして俺に会いたいと言ってるんですか?」
「セージが聖女だからだろう。王族が聖女に会いたいと思うことは当然だ。どこに疑問があるんだ?」
俺が疑問をもつほうが不思議だといわんばかりの顔で、王子は首をかしげる。
「そういえば、俺は聖女なんでしたね」
「おいおい」
俺の呟きに、王子は呆れたような顔をした。
アイザック王子の設定とやらのインパクトが強くて忘れかけてたけど、俺は聖女なんだから、召喚した側の王族が会いたいと思うのは当然か。
「で、どうだ?会ってもらえるだろうか?」
「はい、大丈夫です」
「良かった。では、早速行こう」
「ちょっ…!待ってください!」
王子はそう言うなり立ち上がった。
慌てて俺も立ち上がる。
足早に扉へと進む王子に、俺は聞きそびれていた疑問を問いかけた。
「あの、王子。行く前に一つだけ質問してもいいですか?」
「なんだ?」
「アイザック王子の秘密の設定、俺に喋っちゃって良かったんですか?一部の人しか知らないんでしょ?」
「ああ、それなら問題ない。セージに事情を話すことは、アイザック兄上本人の希望だ。事情を聞いたうえで、会ってくれるならありがたいと。セージが拒否したら無理強いはするなとも言われている」
「そうなんですね。ご本人の希望なら問題ないですね」
納得して、じゃあ行くかと一歩踏み出したけど、前にいたピタリと王子の足が止まったので、ぶつからないように俺も慌てて止まる。
どうしたのかと声をかけようとしたら、扉を開けようとしていた王子が振り返り、悪戯っぽい笑みで言った。
「そうだ。今から言っておくが、アイザック兄上もルーカス兄上ほどではないが、とても好奇心旺盛なお方だ。心しておいた方がいいぞ」
「げっ。」
自分でも顔が引きつるのがハッキリ分かる。
軽いトラウマだよ、ルーカス王子のマシンガン質問は。
クスクスと笑っている王子の肩をガッシリ掴み、俺は真剣な目で王子に訴えた。
「今度はちゃんと助けてくださいよ、アレン王子。ルーカス王子のときみたいに放置したら、怒りますからね」
ルーカス王子とアイザック王子は年子です。
城下町ではザックと名乗ってます。




