もったいない精神は日本の誇りです
「アレン王子、ご無沙汰しております」
やってきた男性は、王子に挨拶したあと、俺にも丁寧にお辞儀をしてくれた。
俺もつられてお辞儀を返す。
ここまでの流れは、さっきのロディ氏と変わらない。
ただ、ロディ氏は笑顔だったのに対して、彼は真顔だ。
そのせいか、若干威圧されているような感じがする。
長めの茶髪にアーモンド色の瞳、年齢は俺と同じくらいか少し上か。
美形だけど、切れ長の目が少し怖い。
この人はどんな人なんだろう?
「キーガン。こういう場には来ないと思っていたが、意外だな」
「はい。私も来る予定ではなかったのですが、どうしても直接会って確認したいことがありまして」
「ほう。それはなんだ?」
「決まっています。聖女様についてです」
ですよね…
二人の会話を聞きながら、俺は心の中で溜息をつく。
王子がこっそり背中に伝えてきた合図は、ツートンツー。
彼は懐疑派のようだ。
「何を確認するつもりだ?」
「聖女様がどんな方なのかを」
そう言うとキーガンは、俺を頭頂部から爪先までじっくり観察するように見た。
突然ジロジロと見られて、当然いい気はしない。
ムッとした俺に対してキーガンはフッと鼻で笑い、その瞳には侮蔑の色が浮かんでいた。
「噂通りの美しい容姿だな。さぞ金がかかったでしょう、この奇抜な衣装を新着するのに」
そうなのか?
たしかに布は高級そうだとは思ってたけど、実際にどれくらいの金額がかかったかは聞いていない。
王子の方を見ると、呆れた顔をしていた。
「相変わらずの倹約家っぷりだな。聖女の衣装費程度で国は傾かないから、安心しろ」
「いえ、そういう問題ではありません。ただ、私はお金をかける場所が違うと言っているんです」
「どういう意味だ?」
「聖女の見た目なんてどうでもいいことなんです。聖女の力さえあればいい。私は聖女に使われる予算を減らして、もっと民のために使うほうが有意義だと以前から申しておりましたのに…」
「おい、口が過ぎるぞ」
王子の制止を聞かず、キーガンはさらに続ける。
「用意されたドレスを気に入らないなどという聖女の我儘で、一度しか着ない服に金をかけて新調するなど理解できません。無駄遣いはやめて頂きたい。こんなくだらないことに時間を使う金があるなら、国民のためになることをすべきです。聡明な殿下なら、私の言いたいことはお分かりのはずです。そちらの我儘聖女様はどうか知りませんがね」
キーガンは言いたいことを言った後、もう一度フンと小さく笑った。
俺はともかく、王子に向かって無礼にも程がある。
でも、俺にはキーガンの態度より気になることがあった。
今、なんて言った?
「キーガン、貴様…!」
「え?なんで一度だけしか着れないんですか?」
王子の怒声と重なるようなタイミングで、俺は思わず疑問を口に出してしまった。
途端に二人の視線がこちらに集まる。
さっきまで冷たい視線だったキーガンは、毒気を抜かれたようにポカンとした表情をしていた。
俺、なんか変なこと言ったかな?
不安になって、とりあえず王子に助け舟を求める。
「もしかして、こういう場が設けられるのって今回だけなんですか?それなら…」
「いや。そう頻繁にあるわけではないが、今後もあるに決まっているだろう」
「そうなんですね。だったら、またコレ着ますから一度だけじゃないですよね」
「なっ…!?」
俺の言葉を聞いたキーガンは絶句している。
王子も同じようで、口を開けて固まっていた。
いやだから、何を驚いているのか、全然分からないんですけど。
「あの、どうかしました?」
「お前、本気で言ってるのか?」
王子に尋ねてみたけれど、答えたのはキーガンだ。
彼の口調は最初の頃と打って変わって、荒い感じになっている。
多分、こっちが素なんだろうな。
「普通のことしか言ってないです。服は汚れたら洗濯をして、綺麗にしてまた着る。それが普通じゃないんですか?」
「それは普段着のことだろ。晴れの場に着るドレスを何度も着回す令嬢なんて、聞いたことがない」
「じゃあ、一度着たドレスは二度と着ないで、タンスの肥やしにするんですか?」
「二度も三度も着たら、あの家はドレスを買う金もないのかと言われるだろ。そんな恥ずかしいことをする令嬢はいない」
「そんな、もったいない。まだ使えるものを使わずに、見栄のために新しい物ばかりを求めるのは、無駄な浪費です」
「もったいないって、お前…」
キーガンは言葉が出てこないようだ。
何かを言いかけて、結局何も言わないまま黙ってしまった。
きつく言いすぎたかな…
俯いたままのキーガンのことを気にしていると、王子が苦笑いで話しかけてきた。
「セージ。お前は本当に変わっているな」
「すみません。こちらの世界の常識を知らないもので…」
「謝ることではない。むしろ関心しているんだ」
「そうですか?」
「ああ。もったいないという意識はとても素晴らしいものだ。ただ、貴族たちの服や装飾品を作ることで生計を立てている者たちもいることを考えると、簡単に無駄だと言ってしまうことは難しいが」
「生計…そうですね。そこは浅慮でした」
俺の発言のせいで、誰かの生活を左右してしまうかもしれない。
それは申し訳ないし、反省しないと。
俺はまだまだ未熟者だ。
「聖女は良くも悪くも影響力があるからな。発言に気を付けるに越したことはない。だが、さっきも言ったが物を大切にするという考えは悪くない。キーガン、どう思う?」
「……」
王子に話を振られたキーガンはまだ下を向いていたが、やがてボソッと呟くように言った。
「…聖女様のお考えは、悪くありません」
「そうか」
その返事を聞いて、王子は満足そうに微笑む。
キーガンは顔を上げると、今度は俺の目を見て話し始めた。
「聖女様、先程は無礼な態度を取ってしまい、大変失礼致しました。お許しください」
「いえいえ、気にしてませんから大丈夫ですよ」
「寛大なお心に感謝します。そして改めてご挨拶させて頂きます。私はキーガン・アマルダ。宰相である父の側近を務めております。以後、よろしくお願い致します」
キーガンは深々と頭を下げた。
宰相の息子だったんだ。
って、宰相ってどんな役職だっっけ?
後で王子に聞いておこう。
「もし機会があれば、聖女様とまた『もったいない』についてお話することが出来れば幸いです」
「あ、はい。私のような異世界の素人でお役に立てるなら」
キーガンの変わりように驚いたけど、日本のもったいない精神を気に入ってくれたようで嬉しい。
俺自身も、爺ちゃん婆ちゃんから物を粗末に扱ってはいけないと育てられてきたからね。
「そのときは、私も同席しても構わないだろう?」
「もちろんです殿下。是非、お願いいたします。では聖女様、また後日。本日は誠にありがとうございました」
最後にもう一度、丁寧に礼をしてキーガンは去っていった。
嵐が過ぎ去ったような静寂の中、俺がホッとしていると、王子が肩に手を置いてきた。
「すごいなセージは」
「何がですか?」
「キーガンまで手懐けるとは思わなかったぞ」
「たまたま、もったいない精神で意見があっただけです。人をタラシみたいに言わないでください」
「別に悪い意味で言っているわけではない。褒めているんだ。さあ、まだまだ来るぞ。挨拶したい貴族はまだまだいるようだ」
そう言われて王子の目線の先を追うと、こちらに近づいてくる人が3人見えた。
次は複数人で同時にくるのか?
正直、ロディ氏とキーガンだけで疲れたんですけど…
楽しそうに俺の頭をポンポンと軽く叩く王子の手を払いのけながら、俺は小さく溜息をついた。
「人数制限はできないんですか?先着5名様までとか…」
キーガンの倹約精神は、彼の祖母が平民出身であることが大きく関わっています
セージも祖父母からもったいない精神を教わって育っているので、似た者同士かもしれません。




