嘘も方便、じゃなくて嘘はついていません
「アレン殿下、お久しぶりでございます」
最初にやってきたのは、壮年の男性だった。
身長はそれほど高くないが、肩幅が広くガッチリしている。
短く刈り込んだ髪は白銀で、目元には深いしわが刻まれていた。
「ロディ伯爵。久方振りだな」
「はい。お元気そうでなによりです」
「そちらこそ」
アレン王子と挨拶を交わした男性は、次に俺のほうへ向き直り、丁寧に礼をした。
「初めまして、聖女様。私はロディ・フォンティーヌと申します。以後お見知りおきを」
「あ、はい。よろしくお願いします」
俺もつられてお辞儀を返すと、伯爵はニコリと微笑んでくれた。
優しげな雰囲気の人だけど、油断はできない。
と思っていたら、アレン王子がロディ氏に気づかれないようにこっそりと、背中をトントントンと3回指で突いてきた。
これは…至上派の合図。
了解の意を、同じように王子の背中をツンツンすることで知らせると、王子は小さく頷いた。
そんな俺たちのやり取りを知らず、ロディ氏はにこやかな表情のまま言葉を続ける。
「聖女様、クレル王国へようこそおいでくださいました。こちらの世界では慣れないことも多いでしょう。私にできることがありましたら、なんでも仰って下さい。微力ながら協力させていただきます」
「ありがとうございま…」
「本日はぜひ、我が領地の名産品をお召し上がりください。先ほど召し上がられていたヤコッタは我が領地のものです」
「えっと、ありがとうござい…」
「ああ、それからあちらのお茶は、我が領地で栽培した茶葉です。よろしかったらこちらもご賞味下さい」
「は、はい。ありがと…」
「聖女様が我が領地の産物を口にされる日が来るとは。私、感無量でございます」
この人、めっちゃ喋るなあ。
そして自分の領地押しがすごい。
しかもなんか目がキラキラしてるし。
MLB選手を見る野球少年のような目。
いや、教祖を見る熱心な信者のほうが近そうだな。
なるほど、これが至上派か。
王子に助けを求めようと視線を向けると、彼はやれやれといった様子で軽く息を吐き、助け舟を出してくれた。
「ロディ。そう矢継ぎ早に話されては、聖女も困るだろう」
「おお、失礼いたしました。つい興奮してしまいまして。申し訳ありません、聖女様」
「いえ、大丈夫ですよ」
俺は慌てて笑顔を作り、首を横に振った。
困ってたというか、圧倒されてたんだけどな。
「さすが聖女様。お優しいお心遣い、感謝いたします」
「あはは、大げさですよ」
ロディ氏の怒涛の領地押しにはまいったけど、これといった敵意も感じない。
王子も普通に会話してるし、そんなに構えなくても大丈夫かも。
そう油断しかけたときだった。
「ところで聖女様、少しお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「…なんでしょうか?」
笑みを崩さないまま、眼光の強さと口調が変わった。
スッと細められた目に少しの怒りのようなものを感じて、身構えてしまう。
すると、ロディ氏はズイッと身を乗り出して聞いてきた。
「お召しになっているお衣装についてですが…」
きた。
やっぱりそこを聞いてくるよな。
ドキッとしたけど、想定内だ。
なぜドレスやスカートではないのかと聞かれるのかと思っていたら、
「聖女様の世界の伝統衣装なのですか?」
なんか予想外な質問が来た。
「え?いえ、別に伝統的な服というわけでもないですよ?」
「違う?ではなぜ…もしかして、人目に素肌をみだりに晒さないということですか?それならば納得できます。やはり聖女様は清廉なお方ですね。素晴らしい」
なんでそういう発想になるんだ?
勝手に感動して一人で盛り上がってるよ。
至上派ってこういう感じの集団なのか?
面倒だから勘違いさせたままにしようかとも思ったけど、それでは頑張ってデザインして作ってくれたリリアナに申し訳ない。
「申し訳ないんですけど、それも違います。この服は私が希望して、神殿の方に作っていただいたものです。決して伝統とか格式高いものとかではなく、あくまで私の要望でこうなったんです」
「なんと…聖女様がこのようなお召し物を望まれるなど…そんな…」
ロディ氏はショックを受けたように目を丸くしている。
夢を壊したようで申し訳ないけど、事実なんだから仕方がない。
「ロディ。聞いた通り、これは聖女が自ら望んだ衣装なのだ。文句はないだろう?」
「……」
王子の言葉に、ロディ氏は黙り込んでしまった。
あれ、もしかすると相当ショックだったのかな。
なんか可哀想になってきた。
「あの、ロディさん。大丈夫ですか?」
声をかけると、ロディ氏はハッとして顔を上げた。
「失礼しました。あまりに衝撃的すぎて…ええ、聖女様がお選びになったものに、文句などあるわけありません」
そう言った声は震えていたけど、とりあえず納得してくれたみたいだ。
ホッとしていると、ロディ氏は気を取り直した様子で俺のほうへ向き直り、また口を開いた。
「その聖女様発案のお衣装について、もう少しお聞かせ願えますか?」
最初のように笑顔を浮かべているけど、貼り付けたような笑顔に、気味の悪さを感じて鳥肌が立ちそうになる。
揚げ足をとられないように、気を付けて発言しないといけないと気を引き締めた。
「…いいですよ」
「ありがとうございます。では単刀直入にお伺いします。なぜ、そのようなお召し物を選んだのでしょう?」
「それは私がスカートやワンピースを着たことがないからです。王子は素敵なドレスをと言ってくれたのですが、私はどうしても着たくなくて」
「なんと…お美しい容姿を持ちながら、男装をご所望だと?」
男装って。
完全に俺を女性だと思っていることが分かり、内心ほくそ笑んでしてしまった。
作戦通りだ。
「男装だとは思っていません。私の世界では、女性が着る服はスカートに限られていません。ズボンを履いている女性も普通にいます」
「なるほど。この世界の基準とは違うのですね。失礼いたしました。それで、なぜドレスを嫌がられたのでしょうか?」
「それは…」
その質問も出てくると思っていたから、ちゃんと答えを用意してきたぞ。
俺は自分の足を見たあと、ロディ氏から視線を外したまま答えた。
「…私の足には、人様にはお見せできないようなものがあるんです。それを人に見せるのが恥ずかしくて。足元まで覆う長いスカートだとしても、隠しきれないと思ったんです」
まあ、スボンの下に隠れてるのはすね毛なんですけどね。
こういう言い方をすれば、俺を女性だと思っているロディ氏がどう捉えるかは、大体予想できる。
「そのような事情が…お察しできず申し訳ありません」
ほら、やっぱり。
火傷の痕とか傷痕とかがあると思ってるんだろうなあ。
ロディ氏は片手で顔を覆い、辛そうに肩を震わせている。
さっきまでの強引さが嘘のようにシュンと小さくなっているのを見て、少しだけ罪悪感を感じた。
「いいえ、気にしないで下さい。私の服装に疑問を持つのも当然ですから。そういうことなので、ご理解いただければありがたいです」
俺は申し訳なさそうな表情を作って、ロディ氏のフォローをした。
我ながらなかなかの演技力だと思う。
「なんとお優しい…」
ロディ氏は感動に打ち震えている。
元々聖女を崇拝してるだけあって、全然疑わないからやりやすいかも。
でも、ちょっとチョロすぎないか?
逆に大丈夫か至上派。
そんなことを思っていると、ロディ氏は王子に真剣な眼差しを向けた。
「殿下。お時間をいただきありがとうございました。聖女様を知る、大変貴重な時間でした。私はこれからも、聖女様のことを敬愛し、お支えしていきたいと改めて決心いたしました」
ロディ氏の熱の入った宣言に、王子は少々引き気味になり、引きつった笑顔を浮かべる。
「そ、そうか。それは心強い」
「では失礼いたします」
そう言って頭を下げ、去っていくロディ氏を見送った後、俺はふーっと息を吐いた。
なんとか乗り切った…
ホッとした俺の肩に、王子はポンと手を置いて、感心したように首を横に振った。
「やるな。セージ、あの嘘はいつ考えたんだ?」
「私は一度も傷を隠してるなんて言ってないですよ。ロディさんが勝手に勘違いしただけです」
「確かにそうだが…お前、詐欺師の才能あるんじゃないか?」
「人聞きの悪い。私は人を騙すような真似は嫌いです」
王子は俺の言葉を聞いて、苦笑いしながら頭をポンポンしてきた。
「冗談だ。次もその調子で頼むぞ」
「次?」
「ああ。ほら、あっち」
王子の視線の先には、若い男性の姿があった。
一難去ってまた一難。
ロディ氏が去るのを待っていたと思われるタイミングでこちらへ向かってきているから、至上派ではないだろう。
今度は何派だろう?
ロディ氏の対処はうまく出来たけど、今度はどうか…
「セージ、笑顔を忘れてるぞ」
「あ。そうでした」
どうやらまた眉間に皺が寄っていたらしい。
王子に指摘されて、慌てて笑顔を作り、そのまま深呼吸をして気持ちを落ち着けた。
…よし、大丈夫だ。
俺はコクリと大きく一度うなずいて、王子にニッコリと微笑んで見せた。
「準備オッケーです、王子。何派でもどんとこいです」
セージのすね毛は濃いほうではありません。
むしろ日本男性の平均よりは薄いほうです。




