王子はモテるようです
広間には大勢の人が集まっていた。
着飾った貴族たち、豪華な料理、そして美しい音楽。
煌びやかな雰囲気の中、たくさんの人が談笑している。
そんな光景をドアの隙間から覗き見て、俺は思った。
…帰りたい。
なんというか、場違い感ハンパない。
思わずドアに背を向け、この場から離れる方法を考えてはみたけど、出た結論は逃げ道はないだった。
「何をしてるんだ、セージ」
「いえ、ちょっと現実逃避を…」
「しっかりしろ。行くぞ」
王子に手を引かれ、会場に入った。
王座まで続く赤くて長い絨毯の上を、そのままエスコートされて一緒に歩いていく。
歩きながら、ざわめきと共に多くの視線が集まるのを感じた。
好奇の目、羨望の目、訝しむ目…色んな種類の眼差しが俺に向けられている。
居心地悪いことこの上ない。
聖女を崇めている神殿とでは見られ方が違うのは覚悟していたけど、ここまでとはね。
「おい、アレが聖女なのか?」
「なんだあの服は…」
「アレン殿下に手を引かれるなんて、羨ましいわ」
「美しい…まるで女神のようだ」
「王子のお気に入りらしいな。どうやって取り入ったのやら」
ヒソヒソと話す声が聞こえる。
中には聞こえよがしに悪口を言っている奴も。
悪口の半分は、王子が俺の手を取ってエスコートしてることに対する嫉妬だったりするんだけど。
あーもう、めんどくせぇ!
俺は男だ!って叫びたいのをグッと堪え、愛想笑いを浮かべて王子を見上げる。
「あの、王子。そろそろ手を離していただけませんか?」
「なぜだ?」
「一部の女性の視線が痛いんですよ。あなたも気づいてるでしょう?」
「ああ、そういうことか。気にするな」
「無理を言わないでくださいよ」
サラっと言われて、笑顔が引きつった。
王子はこういう場には慣れてて、視線を集めても平然としていられるんだろうけど、俺は違う。
加えて女性からの殺意のこもった視線なんて、今まで経験したことないんだから。
「慣れてくれ。これからはこういう機会が増えると思うぞ?」
「勘弁してください…」
こんなことで神経すり減らしたくない。
胃薬が欲しい…。
キリキリと痛み出した胃をそっと押さえつつ、なんとか王様の前までたどり着いた。
王座に座っている王様の前で、王子と並んで一礼する。
「面を上げよ」
顔を上げると、さっき会った穏やかな表情とは違う、いかにも一国の王というような威厳ある王様がいた。
その隣には王妃様、王妃様の隣にはルーカス王子もいる。
アレン王子は一歩前に出て、恭しく頭を下げた。
「父上、母上、兄上。こちらが異世界より召喚された聖女、セージです」
「セージと申します。女神イグラシル様より使命を賜り、聖女の力を授かりました。微力ですが皆様のお役に立てるよう、尽力させていただきます」
聖女らしく見えるように、優雅に見えるような仕草を意識しながら一礼した。
事前に練習したとおりにはやれたはずだけど、これでいいのか?
ちらりと横を見ると、ルーカス王子が満足そうに頷いている。
よしよし、大丈夫そうだな。
ホッとしていると、王様が穏やかな声で話しかけてきた。
「よく来てくれた、聖女セージ。今宵はそなたの歓迎の宴だ。楽しんでくれ」
「ありがとうございます、陛下」
「さぁ、堅苦しい挨拶はこれくらいにしておこう。せっかくの料理が冷めてしまうからな」
王様の言葉を受けて、控えていた給仕係の人たちが一斉に動き始めた。
飲み物の入ったグラスを配り、全員に配り終えたのを確認すると、責任者と思わしき初老の男性がルーカス王子と目を合わせて一礼。
ルーカス王子はそれを受けて、小さく顎を引いて了承の意を示し、手にしたグラスを掲げて、
「それでは、新たなる聖女に、乾杯!」
『乾杯!!』
高らかに宣言すると、会場にいる全員がそれに唱和して、賑やかなパーティが始まった。
パーティは立食のビュッフェスタイルで、美味そうな匂いが立ち込めている。
テーブルの上には様々な種類の食べ物が置かれていて、どれもこれもとても美味しそうだ。
正直、元の世界ではこんな豪勢な食事なんて滅多に食べなかったから、ついゴクリと喉を鳴らしてしまった。
でも、ここでがっついて食い意地張ってると思われたくなくて、必死に自制心を保つ。
我慢、我慢。
聖女が食いしん坊でも別に悪くないと思うけど、ちょっとは自重しないとな。
そんなことを考えていると、アレン王子が俺に声をかけてきた。
「セージ、私から離れるなよ」
「えっ?」
「前にも言ったが、ここには聖女に関していろんな考えを持った者がいる。直接危害を加えようとまではしないだろうが、念のため一人にはならないほうがいい」
「分かりました。ご忠告ありがとうございます」
確かに、用心に越したことはない。
ここは素直に従っておいた方がいいだろう。
「誰かが話かけてきたら、どういう派閥の者かは前に教えた合図で知らせる。覚えているか?」
「もちろんです。懐疑派がこうで、至上派がこうですよね。あと…」
「そうだ。忘れるなよ。では、行くか」
「へ?どこに?」
「食事だ。ガツガツと食べる聖女もいただけないが、腹の虫がなく聖女も良くないだろう。ほら、あっちのテーブルにはセージが好みそうな菓子なんかもあるぞ」
アレン王子が俺の手を取り、有無を言わさず歩き出す。
王子と仲良さげにしている俺を見て、周囲の貴族たちの視線がまた集まった。
王子みたいに平然とできるほど俺は肝が据わってないので、腹は減っているけど、ここでたくさん食べる気分にもなれなかった。
「あの、王子。ちょっと食欲が…」
「なんだ?もしかして、どこか具合が悪いのか?」
「いえ、そういうわけじゃありません。ご心配なく。ただ、あまり食べたいと思わないというか、慣れない状況に緊張して胃が動かないというか…」
「ふむ、そういうことか。だが、少しは食べたほうがいいぞ。でないと身体が保たん。そうだな…そこの係の者」
王子はあたりを見渡すと、近くにいた給仕係を呼び止め、なにやら指示を出た。
恭しく一礼をした給仕係は、走ってるわけじゃないのに素早く、たくさんの人の間をすり抜けるように近くのテーブルへ行くと、手早く取り皿に色んな種類の果物を乗せて戻ってきた。
うーん、プロフェッショナル。
「お待たせしました。カサプ、リデロン、フリブー、ピチィーナ、ヤコッタの盛り合わせでございます」
相変わらず食材名を聞いても一つも分からないけど、果物だというのは見た目で分かる。
赤いパインみたいなのがカサプ、黄色のぶどうがリデロン、緑色の柑橘っぽいのがフリブー、紫色のバナナみたいなのがヤコッタかな? 全部カット済みだから、そのまま食べられるやつだ。
これなら食べやすいかも。
「果物なら食べやすいだろう?」
「いただきます。…うん、美味い!」
「そうか、良かった」
「はい。ありがとうございます」
王子の気遣いに感謝しつつ、勧められるがままに何種類ものフルーツを食べていく。
どれも瑞々しくて香りも良く、すごく美味しい。
一つ食べたら胃の調子も戻ってきて、あっという間に完食してしまった。
「よし、いい感じだな。さっきより顔つきが良くなった」
「おかげさまで。もう大丈夫です」
「ならば良い。調子が悪いままでは、頭の回転も悪くなるからな」
「頭?」
調子が悪かったのは胃なのに、なんで頭脳の話になるんだ?
不思議に思っていると、王子は悪戯っぽく笑って言った。
「そろそろお待ちかねの客が来る。どうやらアイツからみたいだな」
客、すなわち警戒すべき相手。
どっち派だか分からないけど、すっごい面倒そう…
そう思うと、自然に眉間に皴が寄る。
「俺は全然待ってないんですけど…むぐっ?」
「聖女が怖い顔するな」
王子は俺の口に、リデロンを一粒突っ込んできた。
あ、美味しい。
口の中に甘酸っぱさが広がって、自然と頬が緩む。
「笑顔で適当にあしらえばいい。私がフォローする」
…まあ、王子が常に側にいるなら、なんとかなるか。
指摘された眉間の皴を消し、口の中のリデロンをゴクンと飲み込んで、俺は王子に言った。
「分かりました。なるべく笑顔でいるようにしますけど、引きつってたら教えてくださいね」
クレル王国はフルーツの生産が盛んで、春夏秋冬、いろんな種類のフルーツが食べられます。




