第五十五話 開幕、武術祭
迎えた武術祭当日。
この日は多くの来賓が学園を訪れる予定となっている。
王都以外からも、各地の有力貴族や、他国の重鎮など、まるで王国の一大イベントのような盛り上がりを見せていた。
この日の為に学園側も準備に勤しんでおり、教師も生徒も緊張や不安でみんなげっそりとしている。
武術祭は三日かけて行われる予定となっており、初日は予選が行われる予定で、参加する生徒の能力測定をする。
そこで成績の良かった上位32名が、次の日から行われる本選に出場する事ができるのだ。
本選は二日かけて行われ、一日目は準々決勝まで、二日目は準々決勝、準決勝、決勝が予定されている。
本選は魔法や剣術などを使った一対一の実戦形式となっている。
本選に出場する為にも、まずは初日の能力測定で上位32人に入る必要があるのだが、ここは大丈夫だろう。
ただ、この大きな大会が行われる中で警戒したいのは魔族の動きだ。
ロリババア以外、王都から行方をくらましている事は、以前サクレ王子から聞いている。
だがこの武術祭の期間中、人の流れに乗じて王都内に潜入していたとしてもおかしくはない。
今は奴らの狙いが何なのか分からないから、気をつけることに越した事はない。
実際、王都の騎士団も学園内の警備に当たっており、今も何人か学園を歩いている。
そんなピリピリとしたムードが広がっており、空気が重たい。
せっかくのイベントだから、もう少し気楽にやりたかったがそうは言ってられない状況のようだ。
それでも俺は、あくまでいつも通りを心がけよう。
朝8時。
学園の校舎内を歩いていると、一人の女性と鉢合わせた。
「おはよう、リーベスト。今日はいよいよ武術祭だな」
「おはようございます、クロミア先輩。こんな所で偶然ですね」
彼女はまるで俺がここを通るのを待っていたと言わんばかりに、タイミングよく俺の前に現れた。
どうやら俺が来るのを待っていたようだ。
「先輩も今回の武術祭に参加するんですよね? こんな所で後輩に構ってる余裕があって羨ましいですよ」
「ふっ、とても本心とは思えないな。そんな貴君こそ、こんな時間にのんびりと登校とは随分余裕ではないか。大体の生徒は、みんなもう今日の武術祭に向けて最後の確認やらで忙しくしているというのに」
「十分な睡眠は本来の動きをするためにも重要ですから。今更何かした所で結果が大きく変わるとは思えませんし、昨日までの段階でほぼやる事は終わっていますよ」
「なるほど、どうやら今日に向けての準備は抜かりないようだ。武術祭は学園生活の中でも一番大きな舞台だというのに、貴君からは焦りをあまり感じ無い、その辺りはやはり他の生徒とは違うようだな」
「そうですかね? それは買い被りだと思いますが」
「いーや、貴君にはそれだけの実力がある事は既に此方も知っている。今更とぼけた所で意味はないと思うが?」
「どうでしょうね、俺的にはクロミア先輩の方がとぼけているように見えますよ?」
俺はジッと彼女を見た。
あのロリババアの話が本当なら、この人は学園の中でもトップクラスの実力ってわけだしな。
それなのに彼女からは強さを感じない。
実力を隠すのが上手いという事なのだろう。
「ふふ、謙遜するのはお互い様というわけか」
「そうですね、まあ、言いたい事があるなら勝負の時にでも語ってくださいよ」
「ほう、貴君はどうやら此方と相対すると思っているようだね」
クロミア先輩は楽しそうに笑ってみせた。
自分の思惑通りになりそうだ、といった意味が含まれた笑みだ。
「とりあえず、先輩、あなたには負けませんから」
「面白い、その台詞、此方もそのまま貴君に返させてもらうよ」
俺と先輩は、お互いがすれ違うようにして歩いて行った。
彼女が何を考えていようが関係ない。
俺は俺のやりたいようにする。
これは俺の人生だ、誰かの思い通りなんてそんなのごめんだ。
教室に着くと、そこにはもう他の生徒達が集まっていた。
今日の武術祭に参加する者は皆、緊張や不安といった面持ちだが、参加しない生徒達は誰が勝ち残るかと言った話題で盛り上がっている。
「やっぱり生徒会長は強いだろ!」
「いいや、フランメだってあの実力は見過ごせないだろ!」
「セリウスやリーベストも頑張ってくれそうだよな」
などなど、野次馬らしい気楽な会話だ。
どうやらうちのクラスでは、クロミア先輩とフランメが人気のようだ。
その後に俺とセリウスが続くといった感じか。
俺は教室に入ると囲まれ、その生徒達から「今日は頑張れよ」とか、「応援しているからな」と声をかけられた。
やはり、この武術祭という物は学園内でも高い認知度を誇っている。
そこに出場できるだけでも、十分すごい事なのだろう。
まあ、応援されて嫌な気持ちになるわけもないから、みんなのその行為はありがたく受け取らせて貰おう。
「ありがとう、みんな」
軽く一言告げ、席に座った。
それからしばらくすると、フランメとセリウスが教室に入ってきた。
すると、さっきの俺の時みたく、二人ともクラスのみんなに囲まれて激励の言葉をかけられていた。
セリウスはこういう事に慣れてないのか、少し戸惑いを見せている。
フランメは面倒くさそうにしていたが、
「もう、私が優勝するから黙って見てなさい!」
と、高らかに優勝宣言をした。
みんなから盛り上げられて大きく出てしまったのだろうな。
優勝できなかった時どうなる事やら。
「おはよう、リーベスト」
「ああ、おはようセリウス」
「武術祭は確かにこの学園で一番のイベントだが、ここまですごいものなんだな」
「出場するだけでも15000人の中から500人だしな。それに、学園で有名な先輩達と一緒の舞台に立てるかもしれないってわけだし、みんなも期待しているんだろ。ここで良い成績を収めて偉い人達に認められれば将来安泰だし、今のうちから恩を売るって意味も多少はあるんじゃないか?」
要は活躍した生徒の恩恵を自分達も受けようって腹づもりだ。
その辺は前世も今も似たようなもんなんだな。
「なるほど、それは確かに考えられるかもな」
「おはよう、リーベ」
「おはようフランメ」
「あれ、ここ最近見ない間に何かあった?」
「ん、どうしてそう思うんだ?」
「いや、顔つきがいつもより真剣だなって」
それは何というか、失礼じゃありませんか、フランメさんよ。
「何だよそれ、いつもは真剣じゃないっていうのかよ」
「そうじゃなくて、迷いがないっていうか、本気の時の顔だなって。前まで武術祭に出るの面倒くさそうな顔してたから」
「そうなのか?」
セリウスは俺の方を見てきた。
「いや、自分の顔なんてそうマジマジ見る事ないから分からん」
「で、何があったのよ?」
「別に、自分が今やりたい事を考えた時、この武術祭に出るからには負けたくないなって思っただけだよ」
俺はこの前のアゼルとの話は口にしなかった。
あの悪魔も俺以外には言いたくなさそうだったし、俺から二人にはまだ話す事もないだろう。
その時になれば勝手にあの悪魔が言うはずだし。
あのロリババアはそういう奴だからな。
「ふーん、まあ、リーベが全力でやるっていうからには楽しみね!」
「別に何事も手を抜いてるわけじゃないんだけど」
俺は不満な表情で彼女を見た。
普段の特訓の時とか、俺は本気を出さずのらりくらりしてるわけじゃないのに。
まあ、程よく手は抜いてるけど。
「そんな事くらい分かってるわよ!」
「本当かな?」
うーん、少し怪しい気がするな。
だがそこでセリウスがフォローを入れる。
「正々堂々正面からお互い全力で戦えるって事だろう。そんな機会も普段からあるわけじゃないんだ、それがフランメには嬉しいって事なんじゃないか?」
「そう、そういう事が言いたかったの! さすがねセリウス!」
なるほど、そういう事か。
それにしても、フランメの少ない言葉からよくここまで深い意味を汲み取れたものだ。
さすがだ、セリウス。
「俺自身もこの武術祭を楽しみにしていた。お互いがお互い万全を期して勝負に挑もう」
「ああ、そうだな」
「それまで負けないでよね」
「当然だ!」
「みんな揃ってるようだな」
「おはようございます、リーベスト、セリウス、それと……」
「何、あんた殴られたいの?」
フランメはエクレレが来ると、露骨に嫌な顔をした。
「冗談ですよフランメ」
「本当わざとらしいわね」
「うふふ、どうやら皆さんお揃いですね」
「エクレレとシュヴァリエはどうしてここに?」
一応この二人とはクラスが違うので、教室は少し離れている。
二人は王族や貴族達専用のクラスに通っているからな。
そんな二人がこの教室に現れたので、周囲がざわつき始める。
「あら、さっきまで一緒にいたのに」
「呼んできましょうか?」
「ええ、お願いするわ」
そう言われ、シュヴァリエが教室の外に向かって歩いていく。
そして、外から一人の少年を連れてきた。
「なんだ、サディクも来てたのか」
「ええ、この教室付近を歩いていたので一緒に連れてきたんです」
サディクは少し周りを気にしており、緊張している様子だった。
「ほら、何か伝えたくてここに来たんでしょう?」
エクレレは彼の背中を優しく押した。
「えっと、三人とも武術祭頑張ってね」
はにかみながら俺達にエールを送った。
他の人にエールを送ることに慣れていないのだろう、顔が赤くなっている。
「ああ、ありがとうな」
セリウスとフランメも頷いて、彼に応えた。
「では、わたくしたちもこの後にやるべき事があるので、この辺りで失礼しますね」
「もう帰るんだ」
「ええ、こちらにもやるべき事はありますからね」
「そうか、それは大変だな」
「ああ、だが、騎士団の方達と共に仕事ができる良い機会でもあるんだ」
「へえ、そうなんだ」
セリウスとフランメはエクレレとシュヴァリエと話していた。
「サディクはどうするんだ?」
俺は、その輪から外れている者同士であるサディクに声をかける。
「実は、僕もこの二人と一緒に行動しないといけないんだ」
「何だ、お前も警備させられるのか?」
「うん、第一王子にこの前会った時に言われたんだ」
どうやら、俺がアゼルと話をしていた時、ちょうど学園に寄っていたサクレ王子とサディクは会っていたらしい。
その時に彼からそのような話が持ちかけられたんだとか。
「兄様からの指令ですよ。敵によく目を光らしておけと言われていますので」
「ああ、なるほど」
気付けばエクレレは俺の所まで来て、小さい声でそう告げた。
確かに、サディクの嗅覚なら魔族の判別も簡単かもしれない。
彼的には不本意だろうが、それだけ能力を買われているという事だろう。
「正直嫌だったけど、リーベスト達が武術祭に集中できるようやらないといけない事だからさ」
「それは助かるな。魔族達に意識を割かなくて良いなら、俺も武術祭に集中できるし」
「うん、それに与えられた事はしっかりやらなくちゃいけないからさ、そっちも頑張ってね」
「ああ、ありがとうな、サディク」
すると、その様子が面白くなかったのか、フランメがこっちに来た。
「ちょっとあんた、何リーベだけに肩入れしてるのよ」
「何だよ、僕が誰に肩入れしようが別に良いだろ」
「良くないわよ、ちょっとこっちに来なさい」
「ちょ、引っ張らないでよ」
サディクはそのままフランメに連れて行かれた。
「少し見ない間に彼、随分貴方に懐きましたね」
「特訓にも付き合ってもらったからな、ようやく心を開いてくれるようになったって感じだな」
「それだけ貴方の事を信頼しているんですよ。わたくしには少し距離を取っている気がしますけど」
「確かに言われてみれば、エクレレは名前で呼んでるのを聞いた事がないな」
「嫌われるような事した記憶はありませんが、どうも避けられている気がするんですよね」
「それは多分、クーデターを起こそうとした国の王女だから、気まずく思っているんじゃないか?」
「別にここでは一生徒ですし、気にしなくても良いと思いますけどね。一応仲間なんですし、あまり気を遣われるのもこちらとしては避けたいじゃないですか」
「それもそうだな。分かった、一応俺からも言ってみるよ」
「ええ、お願いします」
「エクレレ様、そろそろ時間です」
「そうですか、では三人とも頑張ってくださいね!」
俺達は三人を見送りながら手を振った。
エクレレとシュヴァリエとサディクは、やるべき事をしにこの教室を後にした。
「そういえば、セレニテは何しているの?」
「ああ、彼女は先生に頼まれごとがあるって言ってたぞ。だから、応援に行けるか分からないから頑張ってくれと言伝を頼まれている」
「そうなんだ」
「セレニテもセレニテで忙しいんだな」
彼女は治癒魔法を使えるから、救護係とかを任されたんだろうか?
今回は実戦形式の本戦があるから、どうしたって怪我人が出てしまう。
それに、これだけ人が集まるんだから何が起こるかも分からない。
回復系の魔法は、いくら使う人がいたって困る事じゃないもんな。
それとも…………
「リーベ、どうしたの?」
「ん、何でもないが」
「ボーッとして、何か考え事か?」
「んー、まあそんなとこかな」
「また考え事?」
フランメは半分呆れている。
「もう少し気楽にしたらどうだ? エクレレ達以外にも、このイベントを支えてくれる人はいるんだし」
「それもそうだな」
そうだ、今回は自分のやりたいようにやるって決めたんだ。
あまり深く考えないでおこう。
「よし、席につけ」
ソージュ先生が教室に入ってくると、空気が変わる。
いよいよ始まるという高揚感か、それとも緊張か。
「それではこの後より武術祭が始まる。参加する生徒は講堂へ移動し、それ以外の生徒は私について来てもらう。今回の武術祭は今までにないくらいの大規模な催しだ、学園外からも多数の来場者が来る。その中には他国の方々もいるので、くれぐれも問題を起こさないように気をつけてほしい」
静かに淡々と話すソージュ先生。
みんなはそれを黙って聞いていた。
「では、私から以上だ。他に何か質問があるか?」
周りのみんなは黙ったまま、静かに時間が過ぎる。
「無いなら移動を開始する。それと武術祭に出るもの達、君達の健闘を祈る」
彼女は俺を見ながらその言葉を口にした。
どうやら、ソージュ先生も俺に期する事があるかもしれない。
何か、プレッシャーだな。
「じゃあ俺たちも移動するか」
「うー、ワクワクしてきた」
二人はやる気満々だ。
その元気を俺にも分けてほしいぜ。
けど、ここまで来たら突き進むだけだしな。
「祭りの開始だな」
俺は小声で独り言のように言い、席を立ち上がった。
「よし、行くか」
いよいよ武術祭の開幕だ。




