第五十一話 自己中心的思いやり
店内に入ると、いつも通り客で賑わっていた。
それでも、空いている席が少しだけあり俺達はそこに座って注文を取った。
俺はワイルドボアのソテーの定食を頼み、グレンツェはアックスビークのローストを頼んだ。
ここの定食は、種類が豊富で色々な種類の食べ物がある。
手間のかかりそうな料理が多いのに、提供時間は前世の定食屋と変わらない理由として、料理専用の魔導具が普及している事が挙げられる。
実際には俺も詳しく知らないが、他の人から聞いた話だけで想像すると前世で言う電化製品に近い物のようだ。
オーブンレンジなどの便利調理器具みたいな。
けどそれは、この世界に少しアンバランスな気もしなくはない。
一体誰がそんな物を考えたのだろうか?
(もしかして、誰か別の転生者の仕業とか?)
なんて、それは考えすぎか。
やがて料理が運ばれてきたので、まずは先にそれらを食べる。
ここの料理は相変わらず美味しい。
「さてさて、それで? この王都を救った英雄様はどんなお悩みを抱えているのかな?」
顔に両手を当て、興味深そうに見てくる。
その顔はあざとさで溢れている。
こいつのこの顔は、誰もが無視出来ないくらいの純真無垢な笑顔だ。
小さい頃から親に叩き込まれた交渉術としてこの武器を使い、こうして聞きにくいことでもズバズバ入り込める、ある意味天性の才能だ。
それにどうせ、言い逃れようとしても簡単に帰してくれないだろうし。
俺は仕方なくサディクの話をする事にした。
「実は、サディクの事についてなんだ。あいつは今、クラスで一人浮いているみたいなんだよ。俺としては、今後のことを考えると、一人である程度自立してやっていけるくらいにはなってほしいから、ああしろこうしろと言ってあいつの生き方を決めるつもりはないんだ。けれど、やっぱりそれは難しかったみたいで、あいつは何をすれば良いか分からず、精神的に不安定な状態になっているんだ。そこに来て生徒会長が、あと二周間で改善できなければ退学させるとか言い出してさ。それでどうしたら良いかなって悩んでたんだよ」
俺は今抱えている悩みを打ち明けた。
グレンツェはただ黙って聞いて、たまに相槌を打ったりしていた。
「なるほどね。確かに、敵の一味だった奴を仲間にするって初めて聞いた時は、僕もびっくりしたよ。なんでそんな危ない事するんだってね。でも、リーベの事だし、何か意図があるんだろうなとは思ってたよ。それでも結局彼の事で悩むなんて、本当に何やってるのさ」
呆れるように言葉を吐き出した。
その言葉に、俺の心はダメージを負った。
「……っ、言い返す言葉もないな」
「そりゃ、今まで悪いことばっかしてきたような奴なんだし、そいつにいきなり僕たちと同じように生きろって言っても無理に決まってるでしょ。それに、そんな状態なのに自立させようとする方がダメだよ、ちゃんと責任持って面倒みないと」
グレンツェの言ってる事は正しい。
生きていく事に消極的な状態のあいつに、一人で立ち直れるよう見守るのはそれこそ傲慢だったのだ。
自分の考えとサディクの考えに齟齬がある事を気づいていなかった。
あいつなら大丈夫と決めつけ、まともな会話すらしてこなかった。
(それじゃ、不安にもなるよな)
大事だったのは、ちゃんとあいつと話をして、どうしていきたいか積極的に意見を交換することだ。
何に不安を抱き、何に生きがいを持つのか。
本人が納得するまで話をしていれば良かったのだ。
でも俺は、勝手に自分の基準で接していただけだった。
グレンツェはその部分に気づいていた。
本当に情けない話だ。
だからこそ俺の心のダメージが大きい。
しばらくメンタル筋肉痛だな。
「でも、リーベの自立して欲しい気持ちも分かるよ。他人に頼って生きていくのと、自分自身で生きていく事は全然違う生き方だからね。彼もまだ僕達とそんなに年も変わらなさそうだし、ちゃんとこの世界の事を知っていけば、そうやってきちんと一人前になれると思うな。でも、それは今じゃなくて、もっとこの生活に慣れてからでしょ? それまでは、しっかりとリーベが面倒を見てあげて、立派な一人前の子にしてあげるべきだよ。だから、まずはお互いちゃんと話をする、良い?」
「はい……」
俺は説教され、少ししょぼくれていた。
ここまでしっかりと言われたのは、久しぶりな気がする。
今回は俺の落ち度が招いた原因だ。
反論などできるはずもない。
「でも、リーベはちゃんと考えているんだと思う。不器用なだけで、口には出さないけど、本当は彼の事を大事に思ってるんだよね。だから、彼にリーベの思っている事をしっかり話してあげてほしいな。それだけで多分大丈夫だと思うよ」
しばらく俯いていた俺に、グレンツェは笑ってそう言った。
「もうちょっと素直になれば、フランメも喜ぶと思うのにな」
と思いきや、今度はいやらしそうな顔でニヤニヤしていた。
「何だよそれ。てか嫌だよ、今さらな気もするしさ」
「まったく、素直じゃないねー。いや、ひょっとしてこれは照れ隠しというものでは?」
「いやいや、ないない」
「んー? 怪しいですね」
そうやって俺の顔を覗き込むように見てきた。
「俺は今のままが気楽だから、これで良いんだよ」
「薄情だなー、もう。そんなんだからフランメに怒られるんだよ」
「え、何でそんな事知ってるんだ? グレンツェはフランメに会ったのか?」
「リーベに会うほんの少し前にね。すごく拗ねてたから、気になって理由を聞いたら、『リーベはもっと人の事考えてほしい』って言ってたよ。話を聞く限りじゃ、リーベもちゃんと考えがあっての態度だって分かったけど、やっぱり思ってる事は話した方がいいよ」
「…………はい、善処します」
これ以上のダメージは俺が保たない。
今日はもう帰って寝よう。
こうして俺達は食事を済ませ、店を出るのだった。
「今日はいいよ、色々と話を聞いてもらったし俺が払うよ」
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
会計を終わらせ外に出ると、既に辺りは真っ暗で、街の明かりが華やいでいる。
「今日はありがとうな」
「ううん、全然大丈夫だから気にしないで。それに、リーベのダメな話は聞いてて面白いからね」
「それは趣味が悪いと思うぞ」
「えへへ、でもリーベも人間だなって思えるから、こういう話はすごく貴重なんだ。英雄みたいな活躍をして、遠くにいっちゃったように思えても、実際は普通の少年なんだって分かって何だか安心したよ」
「それって、褒めてんだか貶されてんだか……」
「ちゃんと褒め言葉だよ!」
もう、とグレンツェは少し頬を膨らませた。
それだけ俺の事を尊敬して見てくれてたんだな。
だが、今日は散々メンタルをいじめられたので、俺はその仕返しとばかりにその頬を指で突いた。
「もう!」
「ははは、悪い悪い。けど、本当にありがとうグレンツェ。おかげで、少し気が楽になった気がするよ」
「別に気にしなくて良いよ」
その言葉が少し照れ臭かったのか、グレンツェは頬をポリポリと掻いた。
そして、すぐにいつもの調子を取り戻し、明るく笑った。
「じゃあ、ギューッてして」
そのまま手を広げた。
「いや、流石にこの人前ではちょっと……」
「えー、ケチィ。じゃあ、今度一緒に休みの日に買い物行こうよ!」
「買い物に?」
「今回の件はそれで貸し借りにしてあげるって事」
「ああ分かった、約束する」
「うん! 約束だよ!」
今日は貸しを作ったから、そのお返しとして付き合ってあげないとな。
こうして俺達は、それぞれの帰路についた。
−−−
俺がグレンツェと会う少し前。
サディクは学園のとある場所にいた。
「で、こんな所に呼び出して何か用?」
呆れるように息を吐いた。
「田舎臭いお前が目障りだから、少し痛い目を見てもらおうかと思ってな」
ぞろぞろと六人くらいでサディクを囲っていた。
「田舎臭い、ね。お前らはじゃあなんだ、肥え太った家畜にお世話された赤ちゃんか?」
嘲るようにして笑った。
「な、舐めた口を聞きやがって……!」
「図星か? 他人の苦労で得たお金で肥えたんじゃ、態度もデカくなって当然だな」
「この、調子に乗りやがって!! 編入当初からその見下した態度がムカつくんだよ!!」
「それでこうやって複数人で僕一人のところに来たわけだ。随分暇なんだな」
「くそ、バカにしやがって……! おい、一斉にやるぞ!」
その一声で、周りの奴らも身を構えた。
(隙だらけだな)
サディクはその構えを見てそう感じていた。
それもそのはずで、彼は小さい頃から戦い方について教えられてきた。
そして、実戦経験もそれなりに積んでいる。
そんな彼からしたら、目の前にいる奴らは素人同然。
やろうと思えばいくらでもやれる。
だが、それでは意味が無いとあの戦い以降散々言われてきた。
けど、それももう我慢の限界だった。
(もうここで終わらしてもいいかな。リーベストは学園に入ってから何も言ってくれないし、ここで戦っても文句は言われないだろう)
そうして身体のマナを集め、身体を強化する。
足に力を入れ、踏み出そうとした時だった。
「こんな所で何をしているんです?」
金髪のポニーテールを三つ編みにしている女性が現れた。
「エ、エクレレ様!? どうしてこんな所に……!?」
グループのリーダー格の男は焦りであたふたしていた。
「わたくしは何をしているかと聞いたのですよ?」
「そ、それは、えっと」
「まさか、こんな所で何か悪さをしようとしてたわけではありませんよね?
「も、もちろんです! ちょっとこの子が道に迷っていただけだったので、教えてあげようかと……」
「そうですか。なら、わたくしが彼を送りますので、あなた方は早く帰りなさい」
「はい、失礼します!」
そう言って六人組は、すぐにこの場を去っていった。
「まったく、今あの方達相手に手を出そうとしてましたね? わたくしたちが止めなかったらどうなっていた事やら」
「別に、僕はあのままやっても良かったけど。あいつらムカつくし」
「暴力はダメだと散々言ってきたのに、まだそれに頼るつもりなんですか?」
「だって、それ以外知らないから仕方ないだろ。それに、舐められたままじゃこっちの気も済まないんだけど」
「おいサディク、エクレレ様に失礼だぞ」
「良いんですよシュヴァリエ、彼だって悪気はありませんから」
「しかし、エクレレ様」
「出来ればもう少し、貴方も学園のみんなと打ち解けてくれれば言う事は無いんですけどね」
「またそれか、さっきも言われたけど、別に僕は友達を作るために来てるわけじゃないし、大体こんな所に通った所で何になるって言うんだよ」
サディクは苛立ちを隠しき切れずに、つい強く言ってしまった。
その行為にシュヴァリエが動こうとするが、エクレレが手で彼を制した。
「なるほど、貴方の考えは一理ありますが、それじゃあ貴方はこれからどうしたいんですか?」
「そんなの、分かってれば苦労なんてしないよ! 今まで一緒に生きてきた人がいなくなって、誰も味方なんて居ないこの世界でどう生きていけって言うんだよ!! 僕は闇で育ってきたんだ、それに比べればこの世界は眩しすぎるんだよ……」
唇を噛み締めるようにして想いを吐き出した。
そして、今までの過去を思い返していた。
「それにリーベストだって、結局僕の事なんて放ったらかしにしてるし」
ここまで静観を貫く彼に、サディクは苛立っていた。
自分を闇から引き上げてくれた事は感謝している。
あの時、彼が手を差し述べてくれなかったら自分はきっと、この命を捨ててたかもしれないから。
けど、引き上げてくれた光の中で、彼はサディクを放置している。
だから、サディク自身どうしたら良いのか分からなかった。
この光の中で生きていく術をサディクは知らないから。
「結局、あいつも何だかんだ言って僕の事なんてどうでも良かったんだろ」
サディクの言葉には諦念が滲んでおり、捨てるようにして言葉を呟いた。
「それは、リーベストが言った事なんですか?」
だが、エクレレは少し強めの口調で質問をする。
「そう言うわけじゃ無いけど、でも何も言ってこないんだよ? あいつだって本当は僕の事に興味なんてないんだよ。ただ、利用出来そうだったから仲間にしたんじゃないかって」
その話を聞き、エクレレはため息を吐いた。
「ハァー、シュヴァリエはどう思います?」
「明らかに、あいつと会話不足ですね」
「まったくリーベストったら、そこまで放任しなくても良いんじゃないでしょうか」
エクレレとシュヴァリエは頭に手を当て、顔を横に振った。
「良いですかサディク、彼は確かに何も言わないかもしれませんが、ちゃんと貴方の事を考えてくれてるので安心してください」
「そ、そんなの嘘に決まってる!」
「いいえ、ただ彼は口下手で、自分の思いを人に伝えたがらないんですよ。それ故色々と誤解を産んでしまってるみたいですが、本当は貴方の事を思ってるんですよ? でなければ先の戦いで得た褒賞を、貴方を学園に通わせるための学費に使うなんて事しませんよ」
「……っ!?」
「先程も貴方の事を探して学園を歩き回ってましたし、そんな人が貴方に興味無いなんて有り得ない事だとわたくしは思いますが?」
「じゃ、じゃああいつは一体、何を僕に求めてるって言うんだ?」
「それは本人にちゃんと聞いてください。貴方たちは会話しなさすぎです」
「う、分かったよ」
リーベストと話をしろと言われ、少し臆したサディクだった。
「そんなに彼と話をするのが嫌ですか?」
「嫌と言うか、少し話しづらいと言うか……」
そう言って気が引ける思いのサディクに、二人は呆れた。
「これは明日、リーベストにもきちんと説教しないといけませんね」
「戦う能力はあるのに、こういう人付き合いはダメな所があいつの欠点ですね」
彼を明日はとことん問い詰めよう、そう決めたエクレレだった。
「とにかく、今すぐにでもリーベストとお互い思ってる事を話し合ってきてください」
すぐに気を取り直し、サディクにそう告げた。
「でも、どこにいるかなんて分からないし」
「リーベストは街の方に出かけて行きました。恐らく、南東の大通りにある定食屋さんにでも夕食を食べに行ったんでしょう。あそこは彼のお気に入りですし、そこに行けば彼に会えると思いますよ」
「気に入らなければぶん殴ってこい。俺たちが許すからな」
「そこまではやらないけど、とりあえず言ってくるよ」
そうして、トボトボと歩いて行った。
その後ろ姿に、二人は不安になっていた。
「本当に大丈夫なんですかね?」
「お互いきちんと話せば大丈夫でしょう、多分ですが」
「いくら口下手とは言え、さすがにひどすぎじゃありませんか?」
「そうですね、彼はどうも少し他人との距離を置くような所がありますし。何か嫌なことでもあったのか、それとも……」
サディクの去った方角を見て、エクレレは奇妙な感覚を覚えたのだった。
リーベストは、自分たちにはお節介だが、時折自分だけで何とかしようとする事もある。
それに、物事を深くまで話そうとしない。
今回のサディクの件と言い、この前の戦いの時と言い、念入りな話し合いを彼はしない。
自分の中だけに仕舞うかのようにして。
それでも、自分たちは彼を信頼しているから何とも思わないが、改めて考えてみると不自然だ。
同じ歳の少年とは思えない行動をよくする。
「彼は一体、わたくしたちに何を隠しているのでしょうか」
多分いくら問い詰めても、真面目に答えてくれないだろう。
だが、一つ確かなことがあるとすれば、彼は絶対に裏切らないと言うことだ。
だから、彼が大事な事を伝えてくれなくても、きっとそれは自分たちの事を思っての行動だとエクレレは信じている。
「では、わたくしたちも帰りましょう」
「はい」
二人は静かに歩き始めるのだった。




