第五十話 挑発
魔族達による王都襲撃事件から半周期(半年)が経過した。
季節も、寒い冬が過ぎ去り、今は暖かな春の陽射しが街に降り注いでいる。
俺達は、一つ学年を重ね編入二回生となった。
サディクも無事、学園に編入する事ができ、俺達の一つ下の学年として学園に通っている。
王都での戦いの後、俺達はサディクが学園に編入するため、普段の日常生活から色々と彼に俺達の認識を共有させてきた。
最初のうちは、商品の買い方すら分かっていなかったので、よく俺達の目を盗んでは店の物を勝手に取ったり、ぶつかって来たチンピラ達をぶちのめそうとしたりと、危ない場面が多々あった。
その度にエクレレやセリウスが注意を促し、フランメは口より手が先に出るので二人でよく取っ組み合いになったりもした。
俺はそんな二人に対し、面倒くさそうに仲介に入るのだった。
そんな日々が数周間続いたが、それからはサディクも俗世について段々理解し始めたので、今では普通に買い物も一人で出来るくらいにはなった。
未だに喧嘩っ早いところがあるが、これももう少し落ち着いてくれば大丈夫だろう。
そして、編入のための試験では筆記試験も実技試験も問題なかった。
筆記に関しては少し心配していたが、そこの辺りはあの男がきちんと教えていたのかもしれない。
実技に関しては、当然言う事はないからな。
そんなわけで、エヴェック学園長からの許しも出たので俺達の一つ下の学年に編入することができた。
サディクは編入後も特に目立った行動は起こさずに過ごせている。
昼休憩時には、大体俺達の所へやってきて一緒にご飯を食べている。
今日もまた、一人で俺達の所にやってきた。
「何、あんた友達いないの?」
フランメがストレートに質問する。
「別に居なくて何が悪いんだよ。大体、編入してくる獣人ってだけで変な目で見られているのに、好き好んで僕に話しかけにくる奴なんているはずがないだろ」
「それは確かにそうだが、それでも人付き合いはきちんとしておかないと、同じ学園に通っているんだし余計な面倒事を増やすだけだぞ?」
セリウスが言い聞かせるように言った。
「仲良くなりたいがためにここにきているわけじゃないし。そもそも、通えって言ったのはそっちだし」
そう言われ、フランメとセリウスは俺の方を見てきた。
「まあ、本人がこう言ってるなら無理して人付き合いをやらせる必要もないだろ」
「けどそれじゃ、こいつが浮いて変な奴としていじめられるかもしれないでしょ」
「そんな奴らなんか一瞬で終わらせるけどね」
「それじゃ意味ないだろう。その暴力に頼る方法はやめないとダメだぞ」
「じゃあどうすればいいってのさ!」
そして言い合いが始まった。
俺はただ黙って昼食を食べていた。
どちらも言ってる事は間違ってないから、特に割って入る言葉が出てこなかった。
「うるさいぞお前達! 喧嘩ならよそでやれ!」
そうこうしてる内に、一人の少女がどこからともなく現れ、この言い合いを止めさせた。
その後、口喧嘩を止めた少女は何事もなかったかのようにどこかへ行ってしまった。
何も言ってこないって事は、俺達でどうにかしろと言うことなんだろう。
「もういい!」
そう言ってサディクも足早に食堂から出て行ってしまった。
「どうするんだリーベスト、このままじゃあいつがしんどいだけなんじゃないか?」
セリウスは心配そうに彼の背中を見ていた。
こうやって素直に人の心配ができるのがセリウスのいい所である。
「楽しくなさそうだしね、他に方法はなかったの?」
「あいつは今まで、こうやって同年代くらいの人達と話した事がないから戸惑っているんだろうな。だから何したらいいか分かってないんだ。けどあいつはまだ知らないだけだから、他人との関わりや自分自身の生き方についてこの学園で学んでいってほしいのさ」
「けど、今のままでは先にあいつが根を上げそうな気がするが」
「あ、もしかして、リーベ何か視えてるの?」
「あのな、俺の力はそんな他人の未来を覗き見する事なんてできないんだよ」
「よく言うよ、あいつだけは殺すなって言ったくせに。その時から何か視えてたんじゃないの?」
「あれは俺の中で良くない事だから視えただけであって、あいつの未来が視えてたわけじゃないよ」
「だが、君は大事な所を良く隠す奴だからな。この前の戦いだって、サクレ王子がこっちにくるなんて一言も言ってなかったじゃないか」
「あーそれ私も思ってたんだ、リーベって本当私達に内緒でコソコソするの好きだよね」
「きっと暗躍が好きなんだな」
「そう、学園の暗躍者」
俺だって頑張って動いていたっていうのに酷い言われようだ。
変なあだ名まで付けられる始末だ。
どうやらあの一件で、俺の信頼度は無くなってしまったらしい。
何をするにしても、何か企んでいるんじゃないかって疑念を抱かれてしまう。
「せめて縁の下の力持ちって言ってくれよ」
「何、その言葉?」
「そんな名前の本なんてあったのか?」
「…………」
どうやら前世の諺は通じないようだ。
みんなも言いたい事は隠さずハッキリと伝えよう。
「くそ、一体僕に何を求めているって言うんだ」
サディクは廊下を歩きながら愚痴をこぼしていた。
(それに、リーベストも何も言ってこないし)
まだ、何をすればいいか言ってくれればやりやすかった。
それなのにあの少年は特に咎めるわけでもなく、具体的にこの学園で何をすればいいのかと言うことも教えてはくれなかった。
「本当に何を考えているんだ、あいつは」
ムシャクシャした気持ちを堪えながら自分の教室に向かった。
「おや、彼は確か……」
一人の女性がその後ろ姿を眺めていた。
俺達は昼食を食べ終え、自分達の教室へと戻っていた。
「やあ、リーベスト、今日はいい天気だね」
「クロミア先輩、今日は雨ですよ」
「ん? 何だリーベスト、貴君は雨が嫌いなのか?」
「嫌いっていうか、濡れるのは好きじゃないですし、気分も上がらないじゃないですか」
「ほう、生命の源である水が天より降りし光景は素晴らしい事ではないか? このおかげで此方達は生かされているのだからな。それに、貴君の気分が高まった姿と言うものは一度拝見してみたいものだがな」
「それは約束しかねます。それで、何か用があるから俺のとこにきたんですよね?」
『クロミア・マカオニー』
彼女は俺達の一つ上の学年で、現在、この学園の生徒会長を務めている。
学園の最年長は18歳だが、15歳を迎えると学園を離れる者が多数いるため、この歳の学年の者が実質年長者みたいな感じなのだ。
つまり、彼女は現学園の生徒のトップである。
そんな彼女は、綺麗なグレーがかった白髪に無彩色とエメラルドブルーのオッドアイが特徴的だ。
細身で低身長ではあるが、容姿端麗な姿をしている。
また、勉強も出来るので、学園の異性からの評価はダントツで高く、マドンナ的存在としてもこの学園のトップに君臨している。
この人が動けば、学園の半数以上は動くと言われている。
以前、学園が休みの時、街を散策していた所を彼女と出会い、それから何かと俺を見つけると絡んでくるようになった。
何を企んでいるかは分からないが、ちょっとだけこの人とは話しにくい。
どこかロマンチストみたいなセリフを言う事があるので、俺には話が理解できないのだ。
悪く言えば天然だが。
「はぁ、相変わらずつれないね、自分に興味がない話にはとことん冷たい所とか。それが貴君らしいとも言えるが」
「俺には先輩の話はついていけないんでね。それとも無理やり相槌を打った方がいいんですか?」
「ふふ、貴君はもう少し女心というものを理解した方が良いと思うよ。此方は特に気にしないが、他の者たちからしてみれば結構あっさりしすぎだと感じるだろう」
「先輩、もうちょっとこの真面目な奴に何とか言ってやって下さい」
思わずフランメが肯定した。
どういう事だ、フランメは俺にもっと改善してほしいと思っていたのか?
「ほら、貴君の幼馴染もこう言ってるではないか」
「よし、フランメ、詳しい話は後で聞こう」
「ほら、そう言うとこだよ」
クロミア先輩はおかしそうに笑った。
先輩から会いに来たのに、話がどんどん逸れていく。
これだからこの人とはあまり話したくないんだよな。
俺は小さくため息を吐いた。
「何であんたがため息を吐くのよ!」
バシッと背中を叩かれて、フランメは先に行ってしまった。
力加減的に、期待と違う答えだったからあまり加減せず叩いたって感じだな。
結構痛い。
「彼女もなかなか苦労するな」
「要件があるなら早く言ってもらえませんか? そうしたら彼女があそこまで拗ねる事も無かったですし。俺が叩かれる必要もなかったじゃないですか」
まだ痛む背中をさすりながら俺は、話を戻した。
「まあそう言うな、だって君が塩対応なのは事実だろう?」
「あっさりしすぎてるというのは、俺にとっては高い信頼度なんですけどね」
「それが彼女に伝わってないなら意味が無いんじゃないのか?」
「……まあ、そうですね」
「そして、それはあの獣人の編入生にも同じ事が言えるってわけだ?」
そう言って不敵な笑みでこちらを見ていた。
サディクの事まで知っているのか。
そこまで知ってるなんて本当に俺の事が好きなのか、この人は。
「あいつがどうかしたんですか?」
「それは貴君自身が一番分かっている事だろう? 彼の不満は既に限界に達しているぞ」
「それで、俺にどうしろと言うんですか?」
「このまま彼女たちのように言葉足らずのまま放置するつもりなのかな?」
「……先輩が何を言いたいのか、俺にはさっぱり分かりませんね」
「ならばハッキリと言ってやろう。このまま其奴を放っておけば、いずれ学園に争いの種ごとが生まれてしまう。それは生徒会長として見過ごす事もできまい。よって、貴君がこのまま何もしないと言うのであれば、此方がこの学園から退学させようと思う」
学園を退学させる、その言葉を聞いた時に少し苛立ちを感じた。
しかし、すぐに冷静になって考えを改める。
「それは俺に対する挑発ですか?」
「いいや、此方は本気だぞ?」
彼女は真剣な眼差しで俺を見ている。
口元は少し笑っているが、目が笑ってない。
つまり、本気でサディクを退学させようと考えている。
(面倒な事になったな)
本当なら、あいつにこの世界を知ってもらうため、少しづつ成長をさせていくつもりだった。
いきなり今までの人生と違う事をやれ、と詰め込んでも本人は心の底から納得できないだろう。
それに、あいつもまだ過去を引きずっている。
自分自身でその過去を断ち切らないと、他人に依存する事になる。
それは俺の望むところではない。
これからの為にも、自立できるようになってほしいからな。
本当、人生は思い通りにいかない事ばかりだ。
「分かりました、生徒会長が直々に動いてもらうのも申し訳ないですし、何とかしてみますよ」
「ほう、動く気があると言うことは其奴は貴君にとって大事な者なのだな」
「他人に動かされるのは好きじゃないんですけどね」
「それは自分が今までしてきた事だろう? ならば、自分に返ってくるのも必然だ」
「まったく、先輩は俺の事をよく知ってるんですね。逆に怖くなってきましたよ」
「なに、此方はこの学園の生徒会長だ、貴君の事はよく話に聞いている」
彼女は俺に対する情報についてきちんと的を得ていた。
そんな事を知っているのは、この学園にもあいつらを除けば片手しかいない。
(誰がそんな情報を流してるんだ? もしかして、この人も魔族側の人なのか?)
考え得る最悪の状況も視野に入れつつ、この人の動向には気をつけようと思った。
「まさか、今話題の方達、ではないですよね?」
一応釣り糸は垂らしておく。
「ほほう、やはり魔族と相対したことのある奴は警戒心が強いな。だが安心したまえ、此方は敵ではない」
果たして本当なのやら。
「疑うのは悪いことではない、それだけの事を奴らはしているからな。まったく、本当に困った奴らだよ」
どうやら、彼女は嘘をついてはいなさそうだ。
これ以上の深追いはやめておこう。
「疑ってすみませんでした。では、そろそろ時間なんで俺はこれで失礼しますね」
俺はそう言って彼女の脇を通り過ぎて行った。
「そうだ、もう一つ最後に伝えておかねばならない事がある」
俺は歩みを止め、彼女の方へ向き返った。
「其奴の件だが、期限は2周間後までだ。それまでに何とかできなければ、問答無用でこの学園から去ってもらう」
「な、2周間!?」
「ちょうどその日、学園では武術祭が開かれる。それが終わるまでは此方も忙しくて手が回らないのだ。だから、それまでは貴君が好きにできる時間ということだ。頑張りたまえ」
「それはいくら何でも急すぎな気がしますけど……」
「そうか? なら、貴君も武術祭に参加するのはどうだ? そこで貴君の戦いっぷりを其奴に見せれば、気が変わってくれるかもしれんぞ?」
「俺が武術祭に?」
武術祭とは、毎年、15になる歳の生徒達が行う実技試験であり、その評価を元に各々の能力値が細分化され、各々が目指す職業に向いているかどうかの指標となる。
優秀な成績を収めた者は当然、色々な所から声がかかるので、この行事は全員が真剣に取り組む一大イベントとなっている。
それが今年からは趣旨を変えて、学年毎に行うようになり、優秀な生徒同士で実技戦闘を行う大会も予定されている。
表向きは、優秀な人材の早期発見とか言っているが、実際は魔族たちに対抗できる戦力を作るために、力のある者はどんどん実戦経験を積もうと言う事なのだろう。
「口下手な貴君にはちょうどいい機会だと、此方は思っているのだが」
「なるほど、先輩の裏の目的は俺の実力をみんなの前で見せてほしい、と言う事ですか」
「それは、どうかな?」
彼女はにこやかに答えた。
否定しないと言うことは、多少なりとも正解ということか。
まだ何か隠している事実があるとは思うが、ここでは詳しく聞いても教えてくれないだろう。
大体は想像がつくけどな。
まあ時間もない事だし、ここは何も聞かないでおこう。
「話はそれだけですか? 今度こそ失礼しますよ」
「長々と済まなかったな。ああそうだ、武術祭に参加するなら、早めに担任の先生か此方に言ってくれ」
そう言ってクロミア先輩は去っていった。
俺は何か企んでいる先輩の後ろ姿を見送って、前へと歩を進めた。
その日の夕方、俺は一人で街に出かけていた。
今日はみんなやる事があるみたいで、サディクも探したが見つからなかった。
何か問題を起こさないといいが。
一応クロミア先輩の言っていた事は間違ってない。
不安と困惑でサディクの精神は不安定だ。
ちょっとした事で、義賊をやっていた時の闇の部分が爆発してもおかしくない。
それだけ辛い過去を経験してきたから。
それに、あいつは本来人が嫌いだ。
今はだいぶ馴染んできたとはいえ、それが完全になくなったわけではない。
何とかして上手く立ち直らせる事が出来ると良いんだが…………。
「おやおや、お兄さん、こんな所でボーッとしていかがいたしました?」
突然の呼びかけに最初は反応できなかったが、声の方に向き変えると、そこにはグレンツェが立っていた。
「なんだ、グレンツェか。一体誰に話しかけているのかと思ったよ」
「あー、ひどい! なんだとはなんだ」
「あ、いや、その——」
「考え事でもして悩んでるんでしょ」
グレンツェはニッと笑った。
相変わらず人の内面を見透かすのが上手い奴だ。
「あー、まあそうだな。はぁ、グレンツェには敵わないな」
「そりゃ色んな人の顔色伺ってきたからね! 知り合いなんて、表情見れば大体何を考えているか分かるよ」
うーむ、それはもはや特技と言って良いのでは?
そう思わずにはいられなかった。
「それで、一体何を悩んでいるのさ。辛いんだったら、この僕が何でも聞くよ」
そう言って、凄く興味津々な顔をしている。
(これは逃げられそうもないな)
俺は少し諦め気味に息を吐く。
「分かった、けど、お腹空いたからご飯食べよう」
「お、良いですねお兄さーん。ちょうど僕もお腹空いて来た頃だったんだ」
そして俺達は、いつもの定食屋へ向かった。




