第四十九話 世界を均す者(シャイデマン)
白く光り輝いている世界のとある場所に、ある小さな者が歩いてきた。
そこには、腰掛ける用の椅子が三つ用意されており、既に二人の同じ姿をした者達が座っていた。
「もう、ワタクシよりも遅いなんて怠けているんじゃありませんの? エルちゃん」
エルちゃんと呼ばれた者は呆れるようにため息を吐いた。
「今回はたまたまミーが遅くなっただけで、普段はラミエフィール、君が時間通り集まらないくせに何を言っているんだい? それに、その呼び方はやめてくれないかな」
「ワタクシは、そんなにこせこせとした生活なんて勘弁ですのよ。きちんとこうしてこの集まりには参加しているじゃありませんか」
「そうだね、それに関しては今更特に言うことはないんだけど、ちゃん付けで呼ぶのはやめてほしいんだよ」
「えー、何でですか、可愛いじゃないですか? 下界の人間たちも可愛い者にはこうして名前の後ろにつけるみたいだから、似合ってると思いますよ?」
「別にミーは可愛さを求めてるわけじゃないんだけどな」
やれやれと嘆息吐きながらエルミーレは椅子に腰掛けた。
自分の好意がぞんざいに扱われたせいで、ラミエフィールは面白くなさそうに頬を膨らましていた。
「それにしても、エルが遅れるなんて珍しいね。いつもは誰よりも早く来ているのに、何か秘密事でもしているのかな?」
「大した事じゃないよ、ジブリール。それより、今日の集まりは一体どんな要件なのかな?」
エルミーレは早く要件を済ませてほしいといった感じで、催促をした。
「おや、いつもは興味なさそうにしているのに、今回はやけにやる気があるみたいだね」
「別に、どうせ『マザー』の気まぐれが今回の集まりの意味なんだろう?」
揶揄われているように感じたエルミーレは、少し不機嫌そうに答えた。
ジブリールはそんなエルミーレの事を微笑みながら見ていた。
その顔にムッとしたエルミーレは、
「何だい、その顔は?」
と、不服そうに尋ねた。
「いや、やっぱりエルは変わったね」
「確かに、以前よりも表情が豊かになった気がしますわ」
ジブリールとラミエフィールは、お互い目を合わせて言った。
「まあ、確かに変わったと言われれば変わったのかもしれないね」
「ふふ、それは下界の人間のおかげかな?」
全て見透かしたようにジブリールは告げた。
「ずるいですわよ、ワタクシたちは下界に必要以上に干渉する事は禁じられていますのに、直接会って共に生活するなんて以ての外ですのよ!」
「仕方ないじゃないか、あの子は多分『マザー』が連れてきた子だったし、別に咎められる事はしてないはずだよ」
「でも、だからってあんなに居座る事はないでしょう。ワタクシだって下界の美味しい食べ物とか満喫してみたかったのに、エルちゃんだけずるいですわ!」
「いや、別にミーの責務はちゃんと果たしているんだけどね。あと、ちゃん付けはやめてほしいって言ったよね?」
あくまで自分の道を突き進むラミエフィールに、エルミーレは色を失った視線を送った。
「まあまあ、エルの事は特に何も言われてないから気にしなくてもいいよ。それより、魔族の動きの事の方が注意しなくちゃいけないんだ。今回、僕が『マザー』から言われた事は、魔族の動きに対策を取りなさいって事だったんだ」
魔族という言葉に、エルミーレはあの時の事を思い出していた。
「確かに、ミーが下界に行った時にはもう魔法力は昔に比べてだいぶ落ちていた。その隙を狙って奴らは下界を支配しようと企んでいるのかもしれないね。正直、あいつらがここまで回りくどい事をしてくるとは思えないんだけどな」
「誰か真の黒幕がいるかもしれないと言うことかな?」
エルミーレは首肯する。
「まったく、何回痛い目を見てもあの子たちはワタクシたちに反抗しようとしてくるんですね。このままいっそ全部片付けて、新しく生まれ変わらせた方がいいんじゃありませんの?」
「ラミエのその気持ちも分からなくもない、けどそれはやってはいけないってお達しなんだ」
「分かってますわ、ワタクシたちはただ従うだけですし、不服なんてありませんもの」
「でもどうするんだい? このまま好きにさせるわけにもいかないし、君達はどう動くつもりなんだい?」
「そうだね、対策を取ってもいいって事だし、僕はちょっとずつ下界に関わっていこうと思っている」
「ワタクシもあの子たちの情報を集めるために一旦下界へ降りようと思っていますわ」
「エルはどうするつもりなんだい?」
ジブリールの問いかけに少し悩んだが、すぐに考えをまとめる。
「ミーがやる事は変わらない。あの子の面倒をきちんと見ておくだけだよ」
「あら、随分とあの人間の事を高く評価しているんですね」
「まあね、リーベは間違いなく今後を代表する魔法使いになれると思うよ。カシエルがミーに内緒で力を与えたのは少し不服だけどね」
「へえ、カシエルも彼の事を気に入ってるんだ。それは随分と祝福に溢れた子だね」
「あのバカの力はきちんと制御しないと、普通の人間じゃ力が強すぎるからね。祝福というより、呪いだよ」
エルミーレは恨めしそうに言い放った。
実際、彼の力はエルミーレの教えがなければ大変なことになっていたかもしれない。
「『神贈の恵与』とはそういうものですからね。あの方も力を与えたのなら、責任を持って力の使い方を教えたら良いのに、とは思いますけど」
「本当その通りだよ」
このままでは話が脱線してしまうと考えたジブリールは、手を叩いた。
「はいはい、二人ともそこまでにしよう。カシエルもちゃんと彼なりの責務を果たしているんだから、彼への文句はほどほどにしてあげなよ?」
「分かってるよ、ただ、いちいち仕事が増えるからめんどくさいなってだけだよ」
そう言ってそっぽを向いた。
その様子にジブリールはどこか嬉しい気持ちになっていた。
(エルのこんな姿を見るのはいつ以来だろうか?)
ある事件をきっかけに、エルミーレは何に対しても興味がないといった様子で、無表情でいる事がほとんどだった。
だが、今はこうして不満を口にしたり、拗ねたりしている姿が昔のエルミーレに戻ったような気がした。
恐らく、ラミエフィールも同じように思っている事だろう。
そう感慨に浸りたい所ではあったが、話を進めなければとジブリールは考えを改める。
「じゃあ話を戻すけど、今後魔族たちの動きにはよく注意しておくように。奴らは1000年前の戦いを経て、戦いによる武力で下界を支配するのではなく、より狡猾に、僕達に気取られないよう下界を支配しようと企んでいる。まずは彼らの行動に気をつけ、好き勝手させないようにしていこう」
「その為の布石ならもう打ってありますわね、エルちゃんのおかげで」
「リーベは魔族達の企みを阻止しようと動いているから、このまま奴らの思い通りにはさせないだろうね。あと、いい加減その呼び方をやめてほしいんだけど」
だが、ラミエフィールはまったく気にしていなかった。
呆れてため息を吐くエルミーレ。
「彼の行動は今後も重要になってくるだろうね。だから、彼の事をしっかり見守ってあげるんだよ」
「分かってる、ミーに任せなよ」
エルミーレは軽く笑った。
「ラミエも情報収集を頼んだよ」
「任せてくださいな、驕り高ぶったあの子らには痛い目を見てもらわないといけませんから」
「よし、それじゃあ今日の話は終わりだよ。各自責務をきちんと果たしてきておくれ」
「今日は早く終わりましたわ〜、これならゆっくり支度してからでも全然時間がありそうですわね」
「ラミエフィール、まさか観光目的じゃないだろうね」
「……ちゃんと責務の為の準備ですわよ。おほほほほほ」
「その間は図星なんだろう! おい——まったく、こういう時だけは素早い行動力なんだから」
ラミエフィールは、わざとらしく笑ってこの場から消えた。
「エルのツッコミも久しぶりで楽しくなったんだろうね」
もう居なくなった背中を見ていると、後ろからジブリールがそう言って近づいてきた。
「はぁー、それは少し釈然としないな、ジブリール」
「ハハハ、そうやってなんかムカつくなってエルが思うようになっただけで、僕も嬉しいよ。以前のエルは少し見るに耐えなかったからね」
ジブリールは優しく微笑んでいた。
そんなジブリール達に気を遣わしていたんだなと、エルミーレは反省した。
「…………以前のミーは何でも一人でやろうとしていたからね。それに、自分自身を見失っていたのもあってこの姿には似つかわしくない姿だっただろうね」
そう言って昔の記憶を遡り、感傷に耽っていた。
「あの時は本当にどうかしていたんだよ、きっとね」
「仕方ないさ、あの出来事は僕も本当にショックだった。同じ存在の仲間だと思っていた奴らが、反旗を翻してあんな酷い戦いになるなんてさ。その仲間を手にかけたエルの気持ちは、僕なんかよりもよっぽど苦しかっただろうに」
「うん、あの時は本当に何も考えたくなかったよ」
−−−
今から約6000年ほど昔、当時天界の有力な天使であったルシフェルはミー達の作り親である「マザー」に対し、反乱を起こした。
数世紀に渡り続いた反乱を鎮めるため、ミーは大天使長となり、この反乱軍に対抗した。
この時に放った一撃で反乱を起こしたルシフェル率いる軍団は、天界から堕ちていき、やがて悪を心に従えた悪魔となって下界で暴れ回った。
そんな彼らに対抗するべく、ミー達は下界に干渉しその者たちに力を伝授した。
だが、抵抗は虚しく、やがて奴らに倒されていった。
世界の均衡を保つためにも、ミーは直接手を下し奴らを封印した。
それでも、その封印はある一定の期間を迎えると緩まり、次第に奴らは復活してまた争いを始めた。
それからは1000年ごとに奴らと争う日々が続いた。
その度に変わり果てたかつての仲間達を見たミーは、次第に心を失っていき、やがて笑わなくなった。
それからミーは心を失った冷徹な天使としてその力を振る舞っていった。
何も感じない、痛みなどない、あるのはただ虚空の責務を果たすことだけ。
これでいい、もうミーの知っているあいつらはいない。
敵意を剥き出しにして襲ってくるだけの魔物。
そんな奴らにかける慈悲なんてものはない。
いつしか、魔族はミーの姿を見るだけで逃げるようになった。
人間達も、最初は信仰深かったが、やがて慈悲の欠片すら無い姿に恐れ、誰もミーの事を見上げようとしなかった。
視線は下を向いたまま、ただ恐れに震えて。
だが、今から1000年前に出会った少年の時からミーは少しずつ変わっていった。
後に勇者と呼ばれるようになったクヴァールは、最初からミーのことを見ても恐れを抱かなかった。
その少年に少し興味の出たミーは、クヴァールを育てることにした。
そして、やがて起こった人魔大戦でクヴァールは活躍した。
ミーは力の使い方を教えただけだったが、クヴァールは飲み込みが早く、短い間にミーのかつての仲間と戦えるくらいの実力を身につけたのだった。
そして、数々のかつての仲間を封印し、この世界に平和をもたらした。
クヴァールはミーの数少ない話せる相手だった。
そんなあいつも、やがて寿命が尽きてしまった。
悲しみなどなかった。
そこにはやはり、虚空の心だけ残った。
それから数百年後、ミーは一人の少年と出会った。
そいつは、ミーに対して随分とふざけたことを言う奴だった。
小さい子供のくせに、口では大きいことばかり言ってくる生意気な奴だった。
けど、そんな軽口を叩いてくる奴なんて長い間存在していなかった。
軽口どころか、普通に会話してくる奴自体いなかった。
不思議な気持ちになったミーは、この少年の面倒を見ることにした。
毎日ふざけた事ばかり言ってくるので、つい思わずやり過ぎてしまう時もあったが、それでもちゃんとその少年はついてきた。
貪欲に、ただ強くなりたいがために、叩きのめしても何度も何度も立ち向かってきた。
そして、その少年が魔族にやられそうになる時があった。
なぜかこの時、ミーは怒りを覚えた。
そして、いつも通り技を使った時に、心が傷んだ気がした。
久しく感じていなかったものが、いつしか感じられるようになったのはこの時からだった。
だからか分からないが、この少年にミーの過去を少しだけ話していた。
その時少年は、この心を取り戻しつつあるミーが良いと言った。
過去は関係なく、今のミーでいてくれれば良いと。
だから今後もよろしくお願いしますと頼まれた。
その言葉に、ミーはすぐに反応出来なかった。
その少年の笑顔はかつてのミーを思い出させてくれたようだった。
だからこの時、気付けばミーもつられて笑っていたんだ。
この少年は絶対に守ろうと、この時ミーは誓った。
−−−
少し物思いに耽っていると、不思議そうな顔でジブリールは見ていた。
「そんなエルをあの少年が変えてくれたっていうわけだね。何だか僕も彼に会いたくなってきたよ」
「会うのは構わないけど、余計なちょっかいはかけないでほしいよ」
「大丈夫だよ、エルの大切な存在なんだから悪いようにはしないさ」
ジブリールは立ち上がると、手を差し出してきた。
「おかえり、エル。これからも一緒にこの世界の為に責務を果たしていこう」
「ただいま、ジブリール。今後も一緒に戦っていこう」
エルミーレはその手を掴み、しっかりと握り返した。
「エル、ルシフェルには気をつけるんだよ」
帰り際、ジブリールは忠告した。
「あいつはエルの事を目の敵にしている。もし彼と出会い、エルとの関係が気付かれればあいつは容赦しないだろう」
「分かっているさ、そうなった時は絶対にあの子を死なせたりしないよ」
強い決意でエルミーレは彼を見た。
その姿を見たジブリールは、踵を返し歩いていった。
「じゃあ、僕もこれで失礼するよ」
二人はそれぞれの場所へと歩いていった。
エルミーレは少し気分が軽くなった気がしていた。
唯一気のおける仲間と久しぶりに話ができたから。
今までは自分が塞ぎ込んでいて、まともに会話する事もなかった。
だから今は懐かしい感覚に思いを募らせていた。
「何か良い事でもありましたか?」
「いいや、それより待たせてすまないね、レヒター」
レヒターと呼ばれた女性は頭を横に振った。
「気にする事はありませんよエルミーレ様。あなた様のそばにいる事が私の責務ですから」
「それもそうだったね。じゃあ、集会も終わった事だし帰るとしよう」
「ええ。それで、あの方達に何て言われたんですか?」
「特に何も咎められたりはしなかったよ。それよりも魔族達の話が殆どだったからね」
この時エルミーレは、一人の存在を排除していた。
あの態度を思い出すだけでムカついてしまいそうだったからだ。
「リーベスト様に肩入れしている事は特に何も言われなかったんですね。少々意外と言いますか、ジブリール様ならもう少し謹んで行動してくれと仰いそうなのに」
「ミーもそのつもりでいたけど、逆に会いたがってたよ。まあ、ミーがミーらしくなった要因があの子だってジブリールも分かってたから特に何も言わなかったんじゃないかな? それに、一応ミーの責務は果たしているからね」
「なるほど、そういう事でしたか。確かに、エルミーレ様はリーベスト様に会ってからすごく変わられたと私も思っています」
「みんなそう言うから何だかそのセリフは聞き飽きちゃったよ。でも、本当にみんなには気を遣わせていたんだなって思ったよ」
「いいえ、エルミーレ様が気に病む必要はありませんよ。あの出来事はこの天界の者達皆が反省すべきなのですから」
あくまでも自分のせいではないと、レヒターはエルミーレに告げた。
過去の出来事はみんなで負うべき責任だと。
「ありがとう、レヒター。でも、そろそろこの因縁も終わらせる時が来たのかもしれないね」
「その為の人物が彼と言うわけですか? 皆さん本当に彼の事が気になるようですね」
「そうだね、あの子は今まで見てきた誰とも違う物を持っている気がするんだ。だからリーベは絶対に死なせないよう常に見ておいてほしい、手遅れになる前にね」
エルミーレは、さっきジブリールに言われた事を思い返していた。
「そうですね、遅かれ早かれ彼と最強の悪魔は出くわす運命でしょうから、そうなれば間違いなく、彼は殺されてしまうかもしれませんね。彼の実力では、まだ届かないでしょうし」
「そうさせない為にミー達がいる。そして、今度こそ決着をつけるべきなんだ」
どこか寂しそうな顔で、エルミーレは下を見た。
「次会う時は必ず倒すよ、兄さん」
今回より新章の物語が始まります!
今後、リーベスト達人間と、アゼル達魔族と、エルミーレ達天使の駆け引きがどうなっていくかを書けたらなと思っています。
ゆっくりではありますが、そんな拙作に目を通して頂けると幸いです。




