第四十四話 思いのすれ違い
「最初から全力で行かせてもらう」
サクレ王子はそう言い、魔法を願った。
「神聖魔剣 回答者」
刀身は黄色く光り、見るだけで安らぎを覚える。
「これが第一王子の噂の神剣か、今まで見てきた中でも迫力が段違いだ」
「……あれは、我々にとっても厄介なものですから」
その言葉には、今までにない緊張が詰まっていた。
(今時、魔族の相手をできる者は一級冒険者くらいだ。こいつは魔族の中でも、幹部の次に上位の実力を持っている。そんな奴が緊張するなんて、やはり幹部レベルじゃないと相手できないってことか)
リーダーと呼ばれている男は固唾を飲んだ。
こいつは、剣術でも王国ナンバー2の地位にいる男。
息を大きく吸って剣を構えた。
(剣術でまともに打ち合える気はしないが、もう少しの所まできた。今更後戻りなんか出来ない。何のために俺は、ここまでやってきたんだ!)
必死に己を鼓舞し、立ち向かった。
「おらあああぁぁぁぁ!」
真正面から突進した。
振り下ろした剣は受け止められ、すぐに弾き返されるが、攻撃の手を緩める事なく続けて剣を振るった。
甲高い音が広間に響き渡る。
そして剣が再び弾かれ、態勢が崩された瞬間にサクレは接近した。
「くっ、これならどうだ!」
剣を片手に持ち、空いた利き手の腕で短刀を取り出し、サクレに投擲した。
「ふんっ!」
軽い動きで短剣を弾いたその瞬間に、広間の影から無数の刃が飛んできた。
全方位からの集中攻撃が、サクレ目掛け襲いかかった。
(よし、この体勢なら全部は対処できない!)
だが、サクレは剣を地面に刺した。
「はああぁぁ!!」
剣から光が放出され、サクレを囲うように光の壁が彼を包み込んだ。
影の刃は、光に触れた途端に崩れ落ちていった。
「なっ!?」
驚きを隠せず、慌てて後ろに飛びのいた。
「今ので無傷かよ」
「これが彼の厄介な所です。死角からでも剣が反応し、彼の動きを助けるのです。それに、あの剣の攻撃は一度でも食らえば回復しません」
影からニュウっと魔族の男が出てきた。
「そんな、じゃあどうすりゃいいんだよ?」
「彼の力が尽きるまで粘るしかない、と言った所でしょうか」
「他に仲間は居ないのか? 第二王子とか」
「彼は恐らく外の魔物を操って、騎士団と戦っているのでこちらには来ないでしょう。それに、例え彼が来た所で意味はないでしょう」
それならサディクが早くここへ来てくれれば、と思った。
「心配ありません。あの方があちらに向かったのなら、もうそろそろ結果がついた頃でしょう」
「兄様、大丈夫ですか?」
「ああ、心配ない」
「わたくしも何か、お手伝いする事はありませんか?」
エクレレは力強い眼差しで、サクレを見た。
「気持ちは嬉しいけど、君は力を消耗しすぎている。今は休んでいてくれ」
「でも……」
「さっきは、守ってあげられなかったんだ。だから今回は守らせてくれ」
柔らかく応えた。
いつもこうやって、わたくしの事を守ってくれるその背中が、逞しく、そして安心させてくれる。
ならば、ここはわたくし自身とシュヴァリエの身を守ることに集中しないと。
再び戦闘が始まる。
今度はサクレの方から仕掛ける。
「聖剣流奥義 長久の斬撃!」
横に振り抜かれた剣身から、黄色い光の斬撃が放たれた。
「切り裂け」
「!! 柔剣流 流杖取」
慌てて技を逸らそうと考えたが、
「避けなさい!!」
その言葉にハッとし、上にジャンプをする。
ギリギリの所で回避には成功したが、
「いつっ!?」
着地の時に痛みが走った。
よく見ると、足から血が流れていた。
「掠ったのか」
持っていたポーションをかけたが、治癒されない。
「これが、噂の神剣の力か。なるほど、化け物みたいな力だぜ」
しかし、足が止まり、気付けばすぐ前にサクレの姿があった。
「これは元々、魔族の再生に対抗するために授かった力の剣だ。人間相手にはあまり使いたくないのだ」
その剣先はこちらに向けられている。
「それで、この後はどうするつもりだ?」
「敵対するのを今すぐにやめてもらいたい。そして、共にあの魔族を討たないか?」
「何だと?」
いきなり何を言い出すんだこいつは?
「そうすれば、今日の出来事は魔族たちの仕業で、君たちは仕方なく従っていたと言うことにしてあげよう。俺はあまり不用意に傷つけたくないんだ」
不用意に傷つけたくない、だと?
今まで散々不用意に傷つけられてきた人達を、見て見ぬ振りをしてきたお前たちが、どうしてそんな事を……。
過去の記憶がフラッシュバックしてきた。
−−−
エールトヌス王国の中央から見て西側に位置する町ケリクス。
ここの小さな家にその男、ルシアーノは生まれた。
この町ケリクスは、近くに港があり、それなりに活気付いている町であった。
古くから中央大陸の玄関口として、商業の交流が盛んに行われ、王国とクヴァール大陸との架け橋となってきた。
ルシアーノの家は、海で採れた魚介類や貝類などの食品を販売して、生計を立てていた。
昔から、海で育ってきたルシアーノは、釣りが好きで、よく同い年ぐらいの友達と海に出かけては遊んでいた。
ある日、いつものように遊びから帰ってくると、ある商人が家を訪れていた。
どうやら、最近この町にやって来たみたいで、クヴァール大陸のゾーヤ帝国の方からやって来たと話していた。
今日からこの町に来たので、挨拶回りの為にこの家に来たらしい。
初めは彼に興味がなかったが、彼が何回か訪れるたび色々な話を聞いていると、次第に自分から話を聞くことが増えていった。
そして、彼の語る言葉に引き込まれていった。
その人の話は、今まで自分が聞いた事のないような話であり、幼かった自分に夢を与えた。
自らの将来を生き生きと語り、それは夢物語みたいだったが、でもどこか説得のある話し方だった。
「俺はポールだ、君の名前は?」
「僕はルシアーノです!」
それから、ポールという商人は毎日俺の家に遊びに来ては、自分の夢を語ってくれた。
「いずれ、この町をもっと発展させるために、大陸の新しい事業を取り入れるべきなんだ。そうすれば、この町はまだまだ良くなれる!」
当時、俺には何を言っているのかはさっぱりだったが、それでも、彼の夢を語る姿はどこかキラキラして見えた。
この人が憧れの人物となるのに、そう時間はかからなかった。
そして、ポールはクヴァール大陸で学んだ事を駆使し、町に新たな娯楽を齎した。
カードで遊んだり、小さい玉を使ったゲームなど、瞬く間にこの町で有名な遊び場として繁盛していった。
それから月日が経ち、たくさんの人で賑わうこの場所に、この町の領主を名乗る人物がやってきた。
「何だ? この遊びは?」
「これはクヴァール大陸のある国で流行っていたゲームを、少しアレンジしたものとなっています」
「ほう」
「これ以外にも、他のゲームで遊んでもらい、少しでも旅の息抜きにと思い作らせて頂きました」
ポールは誇らしげに語った。
実際この遊び場は、噂を聞きつけた各地の人々が多く集まり、多くの売上を残してきた。
だからこそ、彼はこの領主の男にも楽しんでもらおうと思っていた。
「娯楽? ふん、ワシが仕事のためにわざわざこんな所までやってきたと言うのに、ここにいる奴らは遊んでおるというのか?」
だが、帰ってきた言葉はポールが思っていた回答と違っていた。
それは周りに伝播し、辺りの空気はシーンとした。
「お前たちは王国の者だ。国のためにワシが仕事をしているのに、息抜きの為の施設なんか作って娯楽に興じるなぞ、不届きだぞ!」
「待ってください!! 私たちはちゃんとしかるべき税金を納めています。ここにいる方々も、きちんと働いた上でここに来ています」
「このワシに反論するというのか! ふん、では聞くが、娯楽に興じた奴らが真面目に働かなくなればどうする?」
「そ、それは、そうならないように注意を……」
「それにより、我が領主の税収が落ちるではないか。それにだ、こんな事を子供達が真似をし、娯楽に飢えた不真面目な者共を育てる気か?」
「いえ、そのようなつもりはありません!」
「キィー、生意気な奴め! お前の事はもうどうでも良い! よいか、この施設は人を堕落へと促す不健全な場所である。直ちに閉鎖させよ!」
そして、男達が店の中に入ってきた。
客は皆追い出され、ポールはそのまま連れていかれたのだった。
次の日、ポールは俺の家にやってきた。
その顔は、少し前の彼と違いすごくやつれていた。
「ポールさん!! 無事でよかった!」
「ああ、俺は大丈夫だ……」
その言葉に力はなかった。
「あれだけ、この町のためにと頑張ってきたのに、全てが台無しになってしまった。俺は一体何を失敗したのだろう?」
子供の俺に言い返す言葉はなかった。
「あれだけ色々町のみんなにも手伝ってもらったのに、申し訳も立たないよ」
彼はひどく落ち込んでいた。
やがて、ふらっと立ち上がり、俺の家を後にした。
彼はいつものような話をすること無く家から出ていった。
その後ろ姿は、俺の知っているポールさんではなかった。
そしてそれ以来、彼が家に来ることはなかった。
それから数日が経ち、町に再び領主がやってきた。
「ポールという男はいるか?」
そう言って、連れていた数人の男たちが町中を探しに向かった。
やがてポールさんは見つかり、捕まってしまった。
そして、ポールさんは縛り上げられ、町の広場で磔にされた。
その報告を聞いた俺は、急いで広場に向かった。
「この者は、ワシに無断であの怪しげな娯楽施設を作り、ワシの大切な市民を堕落させ、この町を我がものとし、そしてワシの領主の座を乗っ取ろうとした!」
広場に着くと、そのような言葉を発する領主の姿が見えた。
ポールさんがこの町を乗っ取ろうとした?
何を言ってるんだあの男は。
「そんな罪人を許しておけるはずがない。そのため、今からこの男を処刑する!」
ザワザワと声が広がった。
処刑という言葉に反応し、俺は飛び出した。
このままでは彼が殺されてしまうから。
「ポールさん!! その、この町を乗っ取るとかって嘘だよね?」
震える声で、俺は問いかけていた。
「何だこのガキは!?」
周りにいた男たちが俺を取り押さえようとした。
だが、彼から帰ってきた言葉は、俺の想像とは違った。
「何だ、そんなことにも気づいていなかったのか」
呆れるようにポールは口を開いた。
「そうさ、俺はこの町を自分のものにして、やがてこの場所に自分だけの国を作るため、わざわざ商人を装って入り込んだのさ。正直、ここの町のみんなはお人好しすぎて騙すのも簡単だったぜ!」
その言葉に頭がグラっとした。
今まで憧れの存在だった人が、あれほど夢をキラキラ語ってくれた人が、乖離する人物像にショックを受けた。
「お前や町のみんなはいつまでも騙されていたわけだ。本当に、バカだな」
彼は漏れ出そうな何かを押し殺した。
「聞いたか? 奴はこの王国にとって危険な反乱分子であり、今すぐに処刑すべきである!」
町のみんなは顔を俯け、口を閉じた。
その光景は、今まで見てきた景色が突然モノクロに変わったようだった。
「何か言いたいことはあるか?」
「……地獄へ落ちろ」
「何とも野蛮な奴め。まあいい、安心しろ。お前の考えたあの施設はワシらが上手く使ってやる」
そして処刑の準備が完了した。
「今後、このような事が起きぬよう、戒めとして覚えておくがいい!」
手を大きく広げ高らかに宣言した。
「やれ」
処刑される直前、ポールは空を見つめていた。
空は青く澄んでおり、太陽は眩しかった。
(俺は、今までたくさんの経験をしてきた。そのどれもが俺にはない、輝かしいものだった。たくさんの人に触れ、たくさんの人に長所があり、それは誰にも真似できないかけがえのないものだ。ルシアーノ、お前にそれを伝えきれなかったことが、俺にとっての一番の心残りだ。今回のこの件だけで人を判断せず、広い目でこの世界を、そこに生きる人たちを見てほしい。そして、どうか、どうか幸せに生きてくれ、俺の大切な宝物)
「ありがとう」
彼の口がそう動いた気がした。
ザシュッと音と共に首が転がり落ちた。
俺は目の前の出来事に頭が追いつかずパニックになった。
「うわああああああ、ポールさん!!!!!!」
この時嗅いだ香りが忘れられず、俺はこの香り、潮の香りが嫌いになった。
−−−
それから数年の月日が経った。
俺は町を離れ、ケリクスの町から北東に進んだアラエという町に来ていた。
そこで学問や剣術を学んだりしていた。
そんなある日、俺はこの町の外れに立てたポールのお墓に来ていた。
そこにいたのは黒いローブを纏った人物だった。
「こんな所にいたんですね、随分と探しましたよ」
「あ、誰だ、お前?」
目の前の得体の知れない存在に身構えた。
「そう警戒しないでください。今日はあなたとお話をするために来たんですから」
言葉や態度から敵意が感じなかったので、構えを解いた。
「それで、話って何だ?」
「ええ、では話をしましょう。あなたはアスシディアという方をご存知ですか?」
「アスシディア、だと」
この名前は俺がいた町の領主の名前だ。
思い出したくもない嫌な名前だ。
「そんな彼が最近、どうやら娯楽施設のようなものを作ったみたいでしてね。それが彼の治めている領地で流行っているらしく、どうやら彼は、自分が考えたものだと言っているみたいでしてね」
「何?! ふざけるな!! あれはあいつのものじゃねぇ、あれは俺の大切な、大切な人が作った物なんだぞ!」
「なるほど、そうでしたか。という事は、アスシディアはそのあなたの大切な方の手柄を、横取りにしているというわけなんですね」
納得がいったかのように頷いた。
そのわざとらしい頷きも、怒りのせいで気にもかけなかった。
「あの方は自分の利益の為にあなたの大切な人を奪ったというわけですね」
「何だよそれ、そんな事の為に、あの人は、ポールさんは死ななきゃいけなかったのかよ……」
俺はあまりの虚しさに膝から崩れた。
思い出すのは、夢を語る、目を輝かせた一人の男だった。
「人間というのは醜い生き物です。己のため、他者を蔑ろにしてでも、時には存在すら消せてしまうのです。正義という大義名分を掲げて。しかし、それは本当に正義と言えるのでしょうか? 誰かにとっての正義は、誰かにとっての悪にしかならないというのに」
しばらく俯いていた俺は、やがて顔をあげ、ローブの人物に問いかけた。
「なあ、お前は一体何者なんだ?」
「そうですね、この世界を否定する者、とでも言っておきましょうか」
「そうか、なら、俺に力を貸してくれ。俺には力がない。俺は第一に、ポールさんを殺ったあのクソな領主を殺したい。そのために力を貸してほしい。お前からは只者ではないオーラを感じる、出来るんだよな?」
その言葉を聞いて、薄く笑った。
「そうですね、私がいればあなたの望みを叶えてあげられるしょう。ただ、それだけでは私の方にメリットがありません。それが終われば、あなたはどうしますか?」
その質問に対する答えは既に決まっていた。
「この世界は他人の不幸せを享受し、自分のことではないと目を背け、能能と生きてやがる。俺はそんなこの世界を否定する」
ローブの男は口角を釣り上げ、頭を下げた。
「その願い、我々で叶えましょう」
−−−
そして今までの思いを噛み締め叫んだ。
「お前たちのような、他人を犠牲に得た場所で胡座をかき、平然と非道を行えるその腐った性根で、痛みを知らずに生きてきたような奴らが、何も知らないくせに、知ったような口を聞くんじゃねーよ!!」
こいつだってどうせ口ではそんな事言っても、どうせそのうち、俺らが邪魔者として自分の為と言って処分するに決まってる。
「俺は認めない、お前らのような奴らを、決して!」
胸ポケットにしまってあった物を取り出した。
「……! それは、やめるんだ!!」
慌てて止めようとサクレが手を伸ばす。
「おっと、邪魔は困りますね」
しかし、影からの攻撃に阻まれ、後ろに回避した。
「くそ!」
キッと黒いローブを纏った魔族を睨んだ。
「今は良いところなんですから、邪魔をするのは無粋というものですよ」
(俺は、これを飲めば恐らくは……)
過去の旅の事を思い返した。
(サディクも、メロンジュもいい奴らだった……。だから、あいつらの為にも、そして、死んでしまったポールさんや他の仲間達のためにも、俺はこの力でこの世界を否定する)
グイッと一気に喉の奥に押し込んだ。
「どうして、どうして早まったんだ……」
サクレは悔しそうに歯を食いしばった。
「あれはまさか、そんな」
エクレレは街の住人が、姿を変えた瞬間を思い出していた。
「素晴らしいです、ルシアーノ。あなたは本当に素晴らしい」
そして、黒い身体に身を包んだ異形の怪物が生まれ落ちた。




