第四十二話 スノードロップ
悪魔アシュメダイ。
彼女自身の戦闘能力は、他の幹部と呼ばれる魔族たちに比べるとそこまで高くはなかった。
1000年前の対戦に於いても、これといって目立った戦績は上げてはいない。
そんな彼女の得意な能力は、モノに憑依すること。
色々なモノに憑依し、取り入ってから殺害するという暗殺が彼女にとって最も適した能力だった。
だから彼女の目立った戦績は残されていない。
だが、それは結果として戦争時に人間サイドの戦力に大きな爪痕を残した。
時には一国の王を、そして時には勇者の仲間を。
得意の暗殺スキルを生かし、戦いという場で静かに戦果を上げていたのだった。
しかし、「世界を均す者」の介入により憑依した彼女はやがて見つかり、仇を取るために現れた勇者クヴァールとの戦いの末敗れた。
そして、戦争の終結後にこの大陸のどこかで封印された。
これが、俺の知っているアシュメストーリーだ。
どうやって封印を解くことができたのか?
なぜ、今ここに現れたのか?
疑問に思うことはあるが、今は気にいている暇はない。
「確か、アシュメダイは人などのモノに憑依して、その憑依したものを操るって話だよな?」
セリウスは俺の考えと同じのようだ。
「ああ。だが、その憑依がその人物の能力のままだとは、さっきのフランメの話からは決めつけることができないな」
「そうだな。しかも、さっきあいつは魔王軍幹部と言っていた。でも、幹部って三人だけのはずだろ?」
確かに歴史の供述とは違う。
俺達が知っているのは、魔族軍は三人の幹部がいるという話だ。
アシュメダイという名前が幹部にいるという話は今まで聞いた事がない。
というの疑問は尤もだ、だが——
「それすらも捻じ曲げられた歴史だった可能性があるってことだろうな」
「だとすれば、何を信じればいいか全く分からなくなるぞ」
「けど、今はそんな事を気にしている場合じゃない。とりあえず、今は奴をあの身体から追い出すのが最優先事項だな」
「作戦会議はもう終わり? じゃあそろそろいくよ!」
しびれを切らした敵が仕掛けてくる。
「来るぞ!!」
「分かってる! セリウス、援護頼むぞ!」
(時間停止!)
停止した空間がこの辺りを包み込む。
俺が任意で指定した対象以外の時が止まった。
魔法を発動する間に、アシュメダイは俺たちのすぐ前まで接近していた。
「いつの間にこんな所まで!?」
驚いていたセリウスに、早く攻撃するようにジェスチャーする。
「ああ、そうだ。確か喋れないんだったな」
喋れないじゃなくて、息を吸ったら終わりだから喋りたくないだけだ。
喋ると無意識で呼吸してしまいそうだからな。
「火の精霊よ、汝の力を以って敵を阻む壁を与えよ! 『火の壁』!」
そして目の前に火の壁が出現した。
そのまま次の魔法を唱える。
「風の精霊よ、我は命ずる。
激しき気流を呼び起こし、相手を巻き込む暴風となりて
相手を殲滅する力を我の手に。
世界を包む風は全てが大気のもと、大いなる力となって破壊をもたらすだろう。
汝の力を以って今ここに与え、全てを蹴散らしたまえ」
長い詠唱、風の上級魔術か。
いつの間にこんな魔法を、と俺は思った。
けれど、セリウスの顔つきが明らかに今までとは違う。
何か吹っ切れたことによって、彼も一段階強くなったってことだろう。
「風魔法、『艫の風神!」
そう言って魔法を唱えると、風がセリウスの手に収束し始めた。
「リーベスト! 今だ!」
「分かった、今解除するぞ!」
合図を出し、俺は息を吸った。
既に突っ込んで来ていたアシュメダイは、時が動き出すと同時に炎の壁に突っ込んだ。
「炎の壁!? こんなもの……!」
そしてセリウスは上級魔法を放った。
身体に火を纏っていた身体は、風の力を借りて勢いよく燃え広がった。
さらに、炎の壁の残火も吸収し、さらに大きな火柱が舞いあがった。
風と火、両方の特性を生かした魔法力の増加だ。
ちょっと前のセリウスなら、ここまで柔軟な魔法の使い方は考えようとしなかっただろう。
自分の持っている知識と技術以上の事をやろうとし、苦労していた事を俺は知っている。
けど今は、その弱さを受け入れた上でどうするべきかを考えており、その中で自分の長所をもっと生かそうとしている。
やはり、そのきっかけが見れなかったことは少し残念だ。
「ずっと続く炎の檻だ。そこで焼け続けるがいい」
炎の中の敵は反応がない。
正直、これで死んでしまったとかはないだろうな。
そうだとしたらダメだ。
せめてアイツが無事でいてくれなければ、俺の気が晴れない。
どうする?
そう思って俺はちょっと先の未来を確認した。
「……ダメだ、セリウス。これじゃあいつは倒せていない」
「何だと?」
やがて、炎の円柱から黒い影が見えた。
全身を覆うように、青色の結晶のような膜が包んでいた。
「いきなりこんな挨拶してくるからびっくりしたよー」
「あれは、防御魔法なのか?」
確かに見た目は防御魔法のようだが……。
「そう、これは防御魔法。知ってるかい? 防御魔法にも四属性の魔法を掛け合わせることができるってさ。今みたいに水属性を掛け合わせることで、火魔法に対してより強い効果が発揮できる。普通の防御魔法よりも、こっちの方が効率的に守れるってことなんだよー?」
そんな事は初耳だった。
どの魔法書を読んでもそんな事は書かれていなかったはずだ。
まあ、世界中を探せば見つかるかもしれないが、少なくともこの王国にそんな物は置いてない。
これも、意図されている事なのか?
「残念だったねー、多分今のでそっちの子の魔力は結構減ったんじゃないかなー? せっかく繰り出した大技も無意味だったわけだしさ」
「くそ、魔王軍幹部は化け物しかいないのか」
「その悔しそうな顔、凄くいいねー。この後どういたぶれば、もっと絶望に染まってくれるか考えただけでもゾクゾクするよー」
「ハッ、随分と悪趣味なんだな」
俺は心の中の本音を口にした。
「そりゃ当然だよ? 今まであたしは誰かに取り憑いては、相手をたくさん殺してきた。人間は単純でねー、ちょっと良い思いさせたらそれだけで言いなりになってくれるんだよ? そして、その喜んだ後に絶望を見せてあげるんだー。その時の人間の顔って、とても醜くてさー、その顔を見るたびに言いようのない快感があってね。逆に怒り任せに向かってきた奴は、手や足から骨を砕いて切り刻んでいくの。助けてーとか、もう許してくださいとか、そう言って許しを請う姿とかを見ると感情が抑えきれないんだー。気持ちよくなりすぎて出ちゃうかと思ったよー。本当、あの時は楽しかったなー」
にへらと笑う悪魔に戦慄が走った。
「こいつはイカれてる……!」
セリウスはそう言って、全力で忌避した
このアシュメダイという悪魔も、俺達が何と言おうと分かりあうことはできないだろう。
まったく、出会ってきた魔族にろくな奴は殆どいない。
そのイカれ具合が、奴の能力の向上心につながっているのだから余計にタチが悪い。
警鐘が俺の中で鳴り響いた。
「でも、そんな楽しい時間も終わってしまった——アイツらが人間の味方をするようになったあの時から」
急に声音が低く、冷たくなった。
「封印されてからずっと、この怒りが収まることは無かった。今この時でさえも。アイツらさえいなければ、アイツらがいたから!! ふん、そうしたら、今サタナスが面白い事考えているって封印の中にいるあたしにも伝わってきてね、そして今日、その封印から抜け出す機会ができたんだ。封印の中は暗くて退屈だったけど、突然光が見えてね、急いで走ってそこから出た。そして封印から解放され、今ようやくこの怒りを晴らせる、そう思っただけであたしの抑えきれない感情が爆発しそうなんだー」
湧き上がる殺意を押し殺す事なく喋り終えた。
その姿に、俺達は固唾を飲んでいた。
「だからお前も、そこの女も、アイツらも、邪魔するなら殺す」
語り終えると、殺気を全開にして立ちはだかった。
空気が振動し、周りの瓦礫に亀裂が走る。
セリウスは緊張で身体が強張ってしまっている。
無理もない、今までこんな経験はした事がないだろう。
首筋に鎌をかけられている状態だ。
何かあればすぐにもがれてしまう。
そんなプレッシャーを感じるのだ。
だが、俺はこれが初めてじゃないのだ。
今まで何度も死線を味わい、そして何度も死を味わされた。
どこぞのエルミーレって名前の天使によってだが。
つまりこんな物は今まで経験してきた通りだ。
だがそうは言っても……、
「何回経験しても、このプレッシャーは慣れないもんだ」
俺はそう言って軽く深呼吸した。
「何か策はあるのか?」
セリウスが俺の顔を見て質問した。
俺の中では魔王軍幹部と聞いた時点で、もうできる策は限られていると思っていた。
申し訳ないことに、俺はここまで何も戦ってこなかった。
だから、体力も魔力も十分にある。
使う魔法はあれしかない。
問題は、その間の時間稼ぎと、当たるように奴を足止めしてもらわないといけない。
どちらも負担が大きい作戦だ。
それでもやるしかない。
「策はある。フランメも聞いてくれ」
ポーションを飲み、傷が回復したフランメと最終打ち合わせをする。
「奴を倒すのに、俺は魔力を練る必要がある。それによって二人に頼みたい事がある」
「リーベ、それってあの魔法のこと?」
俺は頷いた。
「あの魔法?」
セリウスは疑問に感じていた。
「俺の必殺の魔法だ。ただ、莫大な量の魔力が必要な上に攻撃範囲も限られてくる。だから奴にこの魔法を当てるために、二人には時間稼ぎと相手の足止めをお願いしたい。だが、これは言わずもがな……」
「大きな危険を伴うってわけか」
「ああ、その通りだ。しかも、その間俺の時間停止も使えない。はっきり言って一か八かの賭けではある」
最悪二人とも倒され、俺だけが残ったとしても、攻撃が当たらなければゲームオーバーだ。
そしてその隙にやられてしまう。
「分かったわ、要はあいつを私たちに釘付けにしておけばいいのね」
フランメはそう言って立ち上がった。
「ふぅー、なるほど、こうやって死を前にしても果敢に立ち向かってきたから、君たちはそんなに強いのだな。ならば俺も、それを見習おうじゃないか」
セリウスも覚悟を決め立ち上がった。
「ありがとう、二人とも」
そして俺も立ち上がった。
この技で奴を倒し、サディクを解放する。
「いくら相談したところで、あたしには効かないって分かっているはずなのに、どうしてそうもやる気になるのかな? 本当に、人間は愚かだよ」
「無理だと分かってても、やらねばいけない時ってもんがあるのよ」
「本当、とび回る羽虫みたいなしつこさにうんざりだよ」
「俺たちだってそのタフさにはうんざりしている。おあいこみたいなものだ」
「はぁ? 人間ごときが、あたしに生意気な口利いてんじゃねー!」
怒りに任せ飛びかかってくる。
(よし、想像通り。奴は怒りで攻撃が単調になりやすい)
フランメは今までの戦いで、アシュメダイの攻撃パターンを読み取っていた。
そしてそれを事前にセリウスに伝えていた。
それでも凄まじい速さの攻撃が繰り出される。
フランメは何とかその一撃を回避し、移動する。
それに追撃する形で、アシュメダイはついていく。
今はリーベから敵を遠ざける事が第一優先だと考えたフランメは、自分が派手に動き回ることで敵の注意を引くように立ち回る。
それにセリウスは距離を置いて挟撃するような形で攻撃をする。
「水弾!」
敵の死角から放たれる水弾だが、
「こんなぬるい魔法なんか効かないんだよ!」
くるりと体を回転させて、弾き飛ばした。
「そうだな、先にそっちから始末してあげよう」
そして、そのままセリウスの方へ飛んでいこうとする。
しかし、その一瞬の隙を見逃さず、フランメは火魔法を放った。
「螺旋炎!」
踏み込んだ足に炎を飛ばした。
体重をかけた瞬間に足が焼かれ、バランスを崩したアシュメダイにすかさずセリウスが追撃の一撃を放つ。
「風と水の精霊よ、双方を纏い生み出す力を以って
相手の力を減衰させる冷気を与えんとす
『氷弾!」
止まった動きの相手に、氷の弾丸が襲う。
「チッ!」
慌てて避けるアシュメダイ。
足の火傷痕が再生していく。
それを見てハッキリと分かった。
「やはり、再生の時は攻撃をしてこないな」
「リーベの考察が当たっていたって事ね」
「だが油断はしない方がいい、そういう罠かもしれない」
「さっきの話を聞いていると、あいつは持ち上げて落としてくる奴だから」
僅かな意見交換をしてすぐに二人は分かれた。
「ちょこちょこと。良い加減にしろ!」
振り上げた拳を地面に叩きつけた。
(まずい、視界が……!)
視界が奪われ、セリウスは急いで魔法を唱えた。
「風魔法 『風の息吹」
風が辺りを吹き付け土煙が晴れていく。
「い、いない!?」
「セリウス後ろ!!」
フランメが大声で叫んだ時には、アシュメダイがセリウスに肉薄していた。
「まずは一人」
フランメの叫びも虚しく、セリウスのお腹に、腕が突き刺さった。
その腕が引き抜かれ、大量の血が飛沫をあげた。
「セリウスゥゥゥゥ!!!!」
セリウスは、そのまま膝から崩れ落ちた。




