第四十一話 フェンネルの傘 後編
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王室前の大広間では激しい戦いが繰り広げられていた。
獣人の腕が振り下ろされるたびに、破壊されていく通路。
綺麗だった廊下は、地面が抉り取られ見る影がない。
フランメは相手の激しい攻撃を避けて、間合いを取って一呼吸置こうとしたが、相手の攻撃は止まず襲ってくる。
たまらず炎拳で受け止めた。
ミシミシといった音が身体に響いた。
「ハァハァ、しつこいな……」
「人間の子供にしてはやるねー。いくら子供だからといって、獣人のスピードについてきていて、尚且つ攻撃も受け止めれるなんて、1000年前でもなかなかいなかったよー?」
「だからどうしたって言うのよ!」
反対の拳でサディクに炎拳を放つが、それも受け止められる。
「でも、あたしも1000年ぶりの戦いで感覚が鈍っちゃってるんだー。それに慣れない身体だからどうしても扱いづらくてさー」
何が鈍っているだ。
何が扱いづらい身体だ。
フランメは心の中で悪態づいた。
スピードもパワーもサディク本人の時よりも断然上である。
それに、こちらの攻撃は大体受け止められている。
対してあちらの攻撃は、一発でもまともに食らえばアウトだ。
「まるであの時みたいね」
そう言ってフランメは過去の事を思い出していた。
何もかもが桁違いだった師匠の事を。
その時より自分は強くなれているだろうか?
あのバケモノみたいな強さの相手に対し、幾度となく戦いを繰り広げてきた。
そのおかげで今の自分がある。
だったら、この状況をチャンスと思わないでどうする。
強者を前にして、燃え上がらないわけがないだろうと。
「もっと楽しもうよ、せっかくの戦いなんだから!」
サディクの中の悪魔がそう囁く。
「当然よ、この戦いは全力で楽しまないと!」
フランメは力強く返答した。
(今のままの自分では届かない。あの時みたく、もっと楽しめ! 熱く、熱く燃えたぎる炎のように!)
ポケットから、事前に貰っておいたポーションを取り出し、口の中に放り込んだ。
そして、残りの魔力を極限まで練り込んだ。
細く、一点に集約させる。
すると、自らの体温が上がっていくことを感じる。
(もっと、もっと、自分を燃やせ!!)
心の中の思いは叫びとなった。
「おー、ちょっと見直しちゃった、いいよそういうの!」
感心したようにサディク、もといアシュメダイは呟いた。
「ごめんね、リーベ。約束守れないかもしれない」
フランメはポツリと溢した。
それくらい全力で戦わないといけない相手だと。
殺す気で行かなければこっちがやられてしまうと思っていた。
「火神の鎧」
収束させた魔力が身体に纏われ、フランメの身体から熱気を発していた。
燃えたぎる魔力が彼女を包んでいた。
「じゃあ、いくよ」
踏み込んだ足は力強く、先程よりも早いスピードで接近した。
身体から発する熱で空間の温度が上昇していた。
「ハァァァァァァ!!」
「これは流石にちょっと熱いかな」
振り払われた拳を素早い動きでかわした。
フランメの拳は空を切った。
が、ジュッと音がし、頬が軽く焼けた。
追撃を繰り出すフランメから慌てて回避し、距離をとった。
「危ない危ない、まともに受け止めてたらこの身体じゃひとたまりもないねー」
そう言って焼けた頬を軽く撫でた。
「けど、それだけの魔力を込めてるんだったら果たしてどれくらい持つのかなー?」
「あんたを倒すまでよ」
フランメはそう強がってみたものの、実際この姿は負担がかかっていた。
熱で自身の身体にも相当の負荷がかかっている。
それに、魔力の消費量も激しい。
このまま使い続けるのは良くないことは自分が一番分かっていた。
「強がったって無駄だよー? 魔力が放出され続け、自分自身を攻撃しているその姿は長期戦なんて向いてない。だから早く決着をつけたいんだよね? それが分かってれば倒す事は簡単だよー」
「ふん、そうやって逃げ回るつもり? 意外と大した事はないのね、あんたは」
「ふふふ、挑発のつもりかな? 別に逃げ回るなんて言ってないんだけどなー。だってあたしだよ、あたしを誰だと思ってるの?」
「誰って、ただの悪魔でしょ」
その返答に少しキョトンとしていたが、すぐに大きく笑った。
「ふふ、あははは、本当気に入ったよー。あたしをただの悪魔呼ばわりするなんて。身の程知らずも良いとこだよー。ただ、ひょっとしてだけど、この子に取り憑いて戦っているだけだと思ってた?」
「!!?」
急に空気の温度が下がった気がした。
さっきまでは感じる事のなかったオーラが、今はサディクを纏っている。
「せっかく手に入れた入れ物が壊れたら嫌だから、本当は使いたくなかったんだけどー、せっかくだし、安い挑発に乗ってあげるね」
するとサディクの身体は黒く変色していき、獣化していた手や足は人間に近い形に戻っていったが、爪や牙は鋭く残ったままだった。
見た目はさっきよりもいかつくはない。
が、悍ましさはさっきまでとは比べ物にならない。
人の形をした獣、もしくは獣の形をした人。
「これが本来のこの子の一番力を出せる形、『魔獣化』と名付けよう!」
「でも、さっきより見た目は可愛くなった気がするけどね」
「そうじゃないって事、本当は分かってるんでしょー?」
確かに迫力はないが、圧倒的なオーラはひしひしと感じ取れる。
暑さからか、それとも緊張からか、頬に雫が流れ落ちた。
ぽたりと地面に落ちると同時にフランメは動いた。
「うぬぅああぁぁぁ!」
渾身の一撃を振るった。
今の自分が持てる力を出して。
「それじゃちょっと大振りすぎだよ」
ニヤッと笑って回避されてしまう。
(さっきより全然早い! 動きについていけなかった)
一歩引き、もう一度アタックする。
(早くてかわされるんだったら、避けても当たるようにする!)
拳を握りしめ、魔力を込めた。
「火神の正拳!!」
そして拳を振りかぶり、魔力を放出した。
爆炎が炸裂し、激しい熱風が吹き荒れる。
「これで、どうよ」
肩で息をしながら相手の方を見る。
「いつっ!」
痛みのする右拳を確認すると、皮が剥がれ、肉が見えており、ほんのり焼け焦げた匂いがした。
「そう何度も連発できるものじゃないね」
痛みを堪えながらもう一度顔を上げた。
視線の先は、まだ白い煙に覆われていた。
これで倒していてほしいのが正直なところだった。
「あっぶなーい、今の避けようとしてたら丸焦げだったかも」
「流石にそう簡単にはいかないか……」
「すごいね、まるでクヴァールの一撃みたいな威力だったよー? 全力で防いだのにほら、全身が焼かれちゃった」
煙が晴れ、サディクの身体は全身が焼け焦げになってた。
「いくら力を取り戻していないとはいえ、あたしの防御魔法を打ち破ったのは褒めてあげる」
「さすがは悪魔ね、その再生する身体は本当面倒くさいわね」
焼け焦げた身体が徐々に元の身体に戻っていく。
「そう、だから残念だったねー。攻撃を与えても再生するから意味はないんだよー。せっかく身体を犠牲にして頑張って一撃放ったのに、それが無意味だったんだから」
「ねぇ、今どんな気分? 全力の一撃が無意味だったと知って、自分の限界を乗り越えても届かない壁があった今の気持ちは」
「ねぇ教えて? ねぇ、ねぇ、ねぇ!!」
趣味の悪い笑顔が張り付いていた。
確かに今自分が持てる力全てを出し切っても、ちょっとダメージを与えられただけ。
しかも、向こうには再生能力がある。
この程度じゃ攻撃したとも言えないだろう。
あぁ、懐かしい感覚だ。
いくら自分が全力を出そうが、必死に食らいつこうが見えない壁の頂上。
何度も何度も跳ね返されたとても、とても高い壁。
それにずっと挑み続けてきた私がどんな気分だって?
「決まってるでしょ。だったら、もっと強い自分になればいいだけ!!」
再び炎の鎧を纏う。
「今までずっと挑んできたのよ、これくらいで諦めるわけないでしょ!」
その言葉に、先程の笑みは消え失せ、冷たい視線を送った。
「はぁーあ、そういうのが聞きたいんじゃないんだよ。もっと絶望した顔しろよ、クソガキが」
低くドスの効いた声だった。
「せっかくそういう展開にしたのに、これじゃ台無しじゃねーか」
「はっ、期待に添えなくて悪かったわね。けど、これが私だから」
これがこの悪魔の本性か。
「とんだゲス野郎ね」
フランメはそう独り言ちる。
「お前がどうとかはどうでもいいんだよ。絶対にお前はすぐに殺さない、楽に死なせないから」
「ふん、猫の被り物はもう無いってことね」
会話が途切れると同時に戦闘は再開した。
今までとは違って、アシュメダイは積極的に攻撃してきた。
まるで、さっきまではただの様子見だったと言わんばかりに。
動くと同時に視界から消え、気づいたらもう目の前にいる。
素早い動きの中で、フランメは辛うじて防ぐことができた。
移動するときの重心、視線などの小さな情報を見逃さず対処する。
それでも攻撃の波は止まない。
火神の鎧の熱で、攻撃されるたびにダメージは与えているが、すぐに再生されてしまう。
それに、今は相手の攻撃を防ぐことに集中しているため、反撃もろくにできなかった。
「これくらいでへばって、さっきまでの意気込みはどこへいった?」
「くそっ!」
相手の猛撃に何とかして一発入れようとしたが、その隙を突かれてしまう。
「ほら、隙だらけなんだよ!」
お腹に蹴りを食らった。
見た目からは想像もつかない力で蹴り飛ばされる。
口から血を吐き出し、壁に激突する。
衝撃で眩暈がした。
「うっ、ガハッ」
ピチャピチャと血が地面に当たる音が響いた。
「まだ終わりじゃ無いんだよー?」
髪を掴まれ、持ち上げられる。
「どうしたー? もう終わりかー? まだまだあたしはやりたりてないっていうのに」
フランメをギロリと睨んだ。
その目には暗い闇のような底知れなさがあった。
その顔にフランメはぺっと血の混じった唾を吐いた。
「そんなのクソ喰らえよ」
フランメは不敵な笑みを浮かべた。
「そう」
そう言ってアシュメダイは掴んでいた髪を離すと、思いっきりフランメを蹴飛ばした。
壁に叩きつけられ、倒れ込んだフランメは起きあがろうと手を伸ばしたが、
「まだ終わってないって言ったよね」
バキッと腕の骨が砕かれた音がした。
「グアアあぁぁァァァ!!」
「よしよし、ようやく大人しくなってきたね。そうそう、良い声だよ、そういうのを待ってたんだ」
「ハァハァ、この……!!」
「まだまだ元気だね、それはいじめがいがある!」
今度は逆の腕を殴り、骨を砕いた。
「……〜〜」
「もう、何言ってるか分からないなー」
蹲っているフランメの顔を掴み上げて悪魔は囁いた。
「その苦悶に満ちた表情、たまらないなー」
「…………だってのよ」
「んー? 何? 聞こえなーい?」
「こんなものがなんだってのよ!」
フランメは、顔を近づけてきた相手の顔面めがけて頭突きをかました。
ゴンッと鈍い音がし、掴まれていた手が離された。
「言ったでしょ、これが私だって」
「あーもう、どれだけいじめても絶望しないその顔に段々腹が立ってきたなー!」
「そうね、私一人だけだったらあんたの言うように絶望していたかも知れない。けど、私は一人じゃない、共に戦ってくれる仲間がいるから何度だって立ち上がれるのよ!!」
「はぁ? 何を言って…………!?」
遠くから風を切る音と共に風の刃が飛んできた。
それを回避し、魔法が飛んできた方を睨んだ。
そして、鬱陶しそうに声を荒げた。
「そこにいる奴、さっさと出てきなよ」
だが、返事はなくシンッと静まり返ったままだった。
イラッとしたアシュメダイは魔法の方へと駆け寄った。
だがそこには人影はなかった。
(誰もいない? 一体どう言うこと?)
パッとフランメの方へ視線を戻すとフランメがそこに居なかった。
何が起こっているか訳も分からず、元の場所に戻って来たその時だった。
「「風魔法 風刃!!」」
二方向から風の刃が炸裂した。
かすり傷は負ったものの、すぐに再生が始まる。
「あんたたち、何者だ?」
「エールトヌス魔法学園 セリウス・ソルシエール」
「同じくエールトヌス魔法学園 リーベスト・ドミニアン」
その二人の後ろにフランメは座っていた。
「遅くなってすまない。そんなにボロボロになるまで助けに来れなくて」
「……セリウスだって服、ボロボロじゃない」
激戦の後急いで来たため服は全身が破けていた。
「タイミングはギリギリってとこか、何にせよ、間に合って何よりだ」
「遅すぎよ、バカ。あんな奴とっとと巻いてこればよかったのよ」
「無茶言うな、これが限界だったんだよ」
そう言って俺はフランメに持っていた回復用のポーションを渡した。
「それ飲んでちょっと休んでろ、その間、俺たち二人で相手をしておく」
俺はそう言って前へと歩を歩める。
「気をつけて、あいつサディクじゃない。サディクの身体を乗っ取った悪魔がいる」
その言葉にセリウスは驚いたが、目の前の敵のオーラに気を引き締めた。
「あいつに取り憑いた悪魔か、確かに奴からは只者じゃないオーラがしているな」
「スピードは獣化したあいつより早いよ」
「それなら、最初から出し惜しみなしで行かないとやられるって事か」
「何三人でコソコソ内緒話してるのかなー? もうこっちは色々と我慢の限界だってゆうのにさ」
「悪いな、ところで、あんたの名前を聞いてもいいか?」
質問に対し、少しばかり不機嫌な態度で答えた。
「あたしは1000年前の戦争で封印された、かつての魔王軍幹部アシュメダイだ。お前たちの冥土の土産としてあの世へ持っていきな」




