第四十一話 フェンネルの傘 前編
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時は少し遡り、エクレレの方はあっさりと決着がついていた。
「王女様を守るべき立場として、その実力は如何なものですかね?」
ボロボロになった身体で、剣を支えにして何とか倒れずに踏ん張っているシュヴァリエは、息を切らしていた。
クククッと笑う敵を睨みつけ、よろよろと立ち上がる。
「黙れ、悪魔。エクレレ様に手出しはさせないぞ!」
「そうは言っても、あなたはもう満身創痍じゃありませんか。いい加減楽になった方が良いと思いますがね」
エクレレに戦える魔力ももう殆どない。
あったとしても彼女には魔法が使えない。
つまり、この状況を打破する術はこの二人にはないのだ。
「それにしても、あなた方の目的は一体何なのでしょうか? 王城のこんな辺鄙なところに、大したものがあるなんてわたくしは聞いた事がありませんが?」
エクレレはここで時間稼ぎのために話をする事にした。
時間を稼げれば誰かが助けに来てくれる、そう思っていた。
「確かに、ここは王城の中でも人目に触れられる事のない場所だな。だがここには大事なものがあるってこいつの話だ、俺には関係がないが……」
一緒にいた人間がそう口を開いたが、
「ここは我が主にとって必要なものが封印されています」
話を遮るようにして言った。
そして虚空を見つめるように話し始めた。
「今から1000年前の戦争で、我々魔族は敗北しました。だが『世界を均す者』は、あくまで世界の平衡を保つためにこの戦いに介入しただけで、あの者達によって我々が全滅させられる事はありませんでした。もし、勇者側がそのように動いたとしても、逆に今度は自分達が攻撃される側になり、せっかく守ったものがなくなる恐れがありました。そうして我々の仲間は、何とか生き延びる事ができました。しかしその時、我々魔族のトップだった者達は封印されてしまい、世界各地に散らばってしまったのです」
「…………それがこの扉の先、と言うことですか」
「……聡明ですね、実に惜しい人物だ。だが、ここにある物は少しだけ違います」
まだもう少し時間が足りない。
エクレレは質問を続けた。
「それで、ここには何が封印されていると言うのですか?」
「それはあなたが知ったところで栓のない事です」
だが、魔族はしびれを切らしたのか、ツカツカとエクレレに歩み寄る。
「貴様ぁぁぁ!!!」
「ふぅ……もうあなたには満足しましたよ」
シュヴァリエは吹き飛ばされ、壁に激突した。
「シュヴァリエ!!」
飛ばされた方へ顔を向けたが、すぐに目の前のオーラに引き戻された。
「……わたくしをどうするつもりですか」
「おや、あなたは自分がどう言った人間か知らされたことはありませんでしたか?」
疑問が頭の中を埋め尽くしていた。
自分はエクレレ、それ以上でもそれ以下でも無い。
ここも父である国王に追い出されたようなものだったから。
だからこそ、好奇心で聞いてしまった。
「知りません、ですから、わたくしは何者なのですか……?」
力なく、ただ口からポツリと溢れた。
「エクレレ王女、あなたはこの扉の封印の鍵ですよ」
一瞬何の事か分からなかった。
だが冷静にその事実を受け止めると、突然頭の中が暴れ回った。
「わたくしが、この扉の、封印の鍵?」
「ええそうですよ。この国の王家は、代々封印の鍵を王家の女性に受け継いでゆく形で、この封印を守ってきたのです。あなたが産まれる前はあなたのお母様がその役割でした。そして、あなたが産まれると同時に役割を果たして力尽きたのです」
「そんな……お母様が死んだのはわたくしにその封印の鍵を受け継がせたせい?」
急な話に追いつけなかった。
今まで聞いてきたことは一体なんだったのか。
「お母様はわたくしが産んだ後に力尽き息絶えたと……」
そんなわたくしに父様は愛してはくれなかった。
わたくしが母を殺した存在だから。
そして、この王城を出て魔法学園へ入学するように言いました。
わたくしがここにいてほしくないから。
だけど、わたくしに本当の事を隠して、嘘をつき続けていたんだとしたら?
「あなたのお父さんは頭が良すぎたのです。我々の動きを察してあなたを魔法学園に入学させ、我々の監視下から遠ざけたのです。おかげで時間も手間もかかり、今回のように少し大々的にやる必要がありました」
「あなたの言ってることは意味が分からないですわ! 父様は、わたくしが家にいてほしくないから魔法学園に入学させたはずです!」
簡単にこの話を信じることはできなかった。
今までのことが頭に根付いて、認めることができない。
魔族はハァっとため息を吐き、エクレレに視線を向けた。
「いいえ、あなたはとても役に立つ人間ですよ。我々の悲願を達成するためにね」
ニチャリと不気味な笑みが張り付いていた。
その表情に恐怖を感じた。
そして悟った、このまま何もしなければ、今から自分は利用され死んでしまうと。
「あなたはお父さんと同じで頭がキレる、だから我々の目的のためにもいなくなってもらわねばなりません。大丈夫です、お父さんもあの世で待ってくれていますから」
抵抗する力も気力もなかった彼女は目を閉じ、意識を失った。
「では始めましょうか」
魔族はそう言って扉まで歩き、呪文を唱えた。
すると、扉は紫色の不気味な光を放ち始めた。
リーダーと呼ばれる男は、それをただじっと眺めているだけだった。
やがて光が明るく輝きだし、辺りを包み込む。
「さあ、いよいよサタナス様に本来の力を取り戻す時です。これであの忌々しい奴らを殺すこととができる!」
光はどんどん大きくなり、そして突然消えた。
「成功したのか?」
だが扉は閉まったままだった。
「おかしい、なぜだ? 我々の行動は全て間違ってなどいないはず。それなのになぜ突然光が消えたのだ?」
「ふぃー、やっと出ることができたー」
ちょこんと高校生ぐらいの見た目の年齢の女の子がそこにいた。
「ん? それにしてもなんだか力が出てこないなー?」
「はぁー、どうしてあなた様がここから出てくるんですか」
「だってー、急に光が見えて急いで走ってきたら、急に光が閉じちゃいそうだから慌てて出て来たんだー」
リーダーと呼ばれているその人は、その姿に寒気が止まらなかった。
この経験は前に一度だけして事がある。
サタナスという悪魔に会った時と同じだ。
「あれー? こいつ人間じゃん、何でいるのー?」
「この方は我々に協力しているので、手出しはしてもらっては困りますよアシュメダイ様。あなた様はもう一人のところへ行って、状況がどうなっているか確認してきて欲しいのです」
「しょうがないなー、久しぶりの地上を楽しみたいから従ってあげるよー」
ほっとした表情を魔族はしていた。
それだけこいつがやばいということを物語っていた。
「あいつは一体?」
「ああ、あの方は魔王軍の幹部だった者ですよ」
「幹部だって? 幹部って確か3人だったんじゃないのか?」
「あれは現世に残った方々の意味であり、封印される前の昔は7人いたんですよ。それにしてもサタナス様にどう報告すればいいか悩みますね。封印の鍵の事といい、少々思い通りにいかないものですね」
「さっきの封印のことだが、あれは一体何が原因だったんだ?」
「恐らく王女自身に封印の鍵は、全て受け継がれていなかったということでしょうね。本当に食えない人間ですよ」
「なるほど、王様の仕業か」
「やはり、我々の今後のためにも、殺しておかなければならない人物であることは確かですね」
「それにしても、まだ終わっていないのか」
「どうやら、そう簡単にはいかなかったみたいですね」
暗い、ここは一体……。
わたくしはどうして、ああ、そうだ。
あの時の魔族の言葉が心に残っている。
父様は昔からわたくしに対して態度が冷たかった。
わたくしは幼い頃から何をやっても人並みのことしか出来ず、魔法に至っては未だ何もできない。
そんなわたくしが王族にとっての恥だったのか、父様はわたくしを家から追い出すようにして魔法学園の入学させた。
でもそれはわたくしを守るための嘘だったとしたら?
王城に潜んでいた魔族に利用されないために、危機から遠ざけるためだったとしたら?
あの魔族が嘘を吐いていたのかもしれない。
(人は嘘を吐くことで進化してきた生き物だ。誰もが相手を思いやり、嘘を吐くことで取り繕っているのさ)
そういえば、いつしか彼がそのような事を言ってましたね。
その時はよくわかりませんでしたが、今思うと確かにそうかもしれない。
人は嘘を吐くことが生命の情報として刻まれていると。
でも、それがこんなにも温かいものだということも初めて知りました。
わたくしは本当のことを知りたい。
父様がどんな思いでわたくしと接してくれていたのか。
どんな気持ちで学園に送り出してくれたのか。
わたくしはこんな所で死んでしまうわけにはいかない!
身体が重い。
魔力がほとんどないからだろう。
それでもわたくしは立ち上がった。
「やはりあんたの読みは間違ってなかったってことか」
「ええ、本当に鬱陶しいですね」
よろよろとしながらもエクレレは立ち上がっていた。
「あなた方王族は本当に我々の邪魔をするのが得意のようですね」
「この子をやるのは俺でもやれる、別に手を煩わせるほどじゃないだろ」
「いいえ、もう一人この場に向かっているのですよ」
ドンッと壁が破壊される音が響き土煙が充満した。
「遅くなってすまない、エクレレ」
その声は一番頼りにしてきた人の声だった。
「もう、本当に遅いですよ、サクレお兄様」
ようやく来てくれた助っ人にほっと肩を下ろした。
どんな時も側にいてくれた大切な人。
この大きな背中に何度も救われてきた。
今この時も。
サクレはそんな妹の表情を見て何かに気付いたようだった。
「本当にすまなかった。そして、今までよく頑張ったな。あとは任せておけ」
そして魔族の方へと振り向き、剣を構えた。
「この王城で随分と好き勝手してきたようだが、それもここまでだ。覚悟はいいな?」
「なぜこうまでしてあなた達親子は、揃いも揃って我々の邪魔をしてくるのでしょうかね。本当に、思い通りに動かない駒は直接潰すに限りますね」
そう言って影の中から黒刀を取り出し、構えた
辺りにピリピリとした空気が広がる。
「では、始めましょうか」
最終決戦の幕が上がる。
後編はこの後すぐ投稿します。




