第三十九話 VSメロンジュ③
見知った人物が豹変した。
身体は醜い姿になり、妖艶だった彼女の面影はもうどこにもない。
セリウスとセレニテは後悔の気持ちと同時に怒りを覚えた。
確かに彼女は敵だが、ここまでの戦いの中で彼女の事が少しだけ分かった気がしていた。
そんな彼女が自ら化け物に成り下がるとは思えなかったのだ。
そうせざるを得ない理由があったのかもしれない。
そう思うとやるせなさと魔族に対する怒りが込み上げてきたのだった。
「メロンジュさん……」
「セレニテ、とにかく今は彼女を正気に戻す方法を考えよう。彼女が無事なら敵に関する情報が手に入るかも知れない!」
「う、うん、分かった!」
だがどうすれば元の姿に戻れる?
王都の治癒魔法の使い手達にも分かっていない事だ。
それを今この場で成し遂げるのは普通に考えて出来る事ではない。
それでも迷っている暇なんてない。
「回復用のポーションはあとどれくらい余っている?」
「あと3本しか余ってないです、それに魔力回復のやつはあと1本だけ……」
「1本だけか……」
正直この化け物と戦うには体力的にも限界が近い。
(どうする? 考えろ、何か方法はないのか?)
必死に頭を回転させる。
しかし疲労が上手く思考させてくれない。
考えた事が泡のように浮かびすぐに弾けて無くなっていく。
(くそ、落ち着け! もっと冷静に考えろ!)
精一杯自分を鼓舞しようとする。
「セリウス君、危ない!!」
その言葉にハッとさせられ、間一髪のところで攻撃を回避した。
そうだ、この目の前の化け物は考えている時間など与えてくれない。
戦いながら見つけていくしかない、そう心に決めた。
「グオオオオオオオ」
野太く低い声が響く。
これは戦いだ、油断する暇なんてない。
そう言ってるように聞こえたのは気のせいだろうか。
とにかく、まずは敵の弱点を探っていく。
魔力の消費が大きいものは避けつつ威力は落とさないようにする。
「我は求む この身に大いなる水の力を宿し 相手を貫く槍となれ!」
マナを練り、素早く詠唱を済まして魔法を放つ。
「水の槍!!」
狙うは相手の胸の部分。
大体の生き物はここが弱点であるため、その通りに従ってまずはそこを目掛け魔法を放った。
魔法は真っ直ぐメロンジュの胸に向かって飛んでいく。
相手の動きに俊敏さは無く、簡単に胸の所に届いた。
だが、届いた所で水の槍は止まってしまう。
身体の表皮の部分が硬く、この程度の魔法では傷をつけることすら出来ない。
「グオッ!!」
煩わしいと言わんばかりにその水の槍を弾き飛ばすと、背中を丸め込んだ。
溢れ出る雰囲気に危険を感じたが、既に攻撃態勢になっていた敵になす術はなかった。
丸め込んだ上体を反らすと同時に発生するのは突風と共に発生した風の刃。
懸命にガードする二人だったが、次第に攻撃を受け出す。
身体の至る所を風の刃が掠めていく。
鮮血が飛び出し、無数に切り刻まれていく。
苦悶の表情で攻撃を凌いでると、しばらくして攻撃は止んだ。
痛みで力が抜けて膝をつく。
すると目の前に接近してきたメロンジュが視界に入る。
まずい、そう思った時にはもう攻撃を受けていた。
「セリウス君!?」
吹っ飛ばされた身体はそのまま家屋を突き抜け、数十メートルも飛ばされた。
衝撃と痛みで体が動かなくなる。
助けに来ようとしたセレニテだったが、それよりも先にメロンジュがトドメを刺しにやってくる。
もう動く体力も残ってなかった彼に、無慈悲の一撃が繰り出されようとした時だった。
何者かが攻撃が届くよりも早く彼を救い出した。
衝撃音と共に瓦礫が崩れ落ちる。
だがそこにセリウスが居ないことに、メロンジュはしばらくしてから気付いた。
「大丈夫か?」
「うっ、あ、あなたは……?!」
「え? ど、どうしてここにサクレ第一王子が?」
「獣みたいな声が聞こえたと思ったら大きな音もして、心配になって来てみたら大変なことになっていたからね」
サクレ王子は、セリウスを安全な所へ運んだ。
「二人とも、ここまでよく戦ってくれたね、あとは任せてくれ」
セリウス達は、サクレ王子が今回は戦闘に参加せず、指揮を執るものと思っていた。
実際、そう聞かされていた。
その人が目の前に現れたことに驚きを隠せなかった。
「どうして、王子は、戦闘に参加、しないはずじゃ……?」
「その話は後で詳しく話そう。今は目の前の敵をどうにかするのが優先だ。君、彼の事を頼んだよ」
セレニテを見てサクレはそう告げる。
「は、はい!」
その場を離れ、残りのポーションをセリウスに飲ませた。
「さてと、なかなか醜い化け物に成り果てたものだね」
異形と化したメロンジュを見て小さく呟いた。
「グオオオオオオオオ!!」
こちらも、現れるはずがないと思っていた人物の登場でメロンジュは怒っていた。
咆哮を上げ、威嚇をする。
「そんな怒らないでくれ、すぐに楽にしてあげるから」
そう言うと腰に据えていた剣を取り出し、メロンジュに向けた。
「さあ、どこからでもかかってきたまえ」
王子はフッと軽く微笑んだ。
「グオオ、オオオオオォォォォォォ!!」
挑発されたと思ったメロンジュはサクレに接近し、一撃を放った。
それをあっさりと横に移動して回避する。
「は、早い!」
セリウスはその身体能力に驚いた。
実際はゆっくり動いてるように見えたが、それくらい動きに無駄がなかった。
苛立ちを感じたメロンジュはそのまま身体を丸め、力を溜める。
「まずいです! 風魔法が来ます!」
慌てて回避するように叫んだ。
だがそんな彼を見て微笑みを浮かべた。
大丈夫だよ、と諭すように。
「グオァァァァ!!!」
身体をそのまま反らしその衝撃で風の刃が襲ってくる。
「柔剣流奥義 流杖取」
無数の風の刃を剣を使って受け流していく。
数に対し剣速の速さで対抗する。
その速さは常人には到底真似出来ない程だった。
「な、なんて剣捌きだ。第一王子は噂に違わず凄い人なんだな」
「あんな動き、見た事ないですよ」
治癒を終えて、二人は安全な場所に移動して戦況を見守っていた。
出来れば援護をと思っていたが、そんな余地がない。
むしろ戦いの邪魔になってしまう。
何も出来ずにただ行く末を見守るだけだった。
「流石に数が多いか」
無数の刃に少しずつ身体を切られ始める。
だが、それでも気にする事はなかった。
この程度は犠牲のなった人達の痛みに比べれば大した事はない。
構えを変え、片方の足を後ろに下げた。
「聖剣流奥義 長久の斬撃!」
一閃の一太刀。
振り抜かれた剣から斬撃が放たれる。
飛んでくる物を全て斬り伏せてメロンジュに向かって飛んでいく。
斬撃はそのまま彼女に届き、彼女の右腕が吹き飛んだ。
「グオオォォォ……!」
苦悶の声を上げる魔物。
しかしすぐに吹き飛んだはずの右腕が再生を始める。
「なるほど、再生か、厄介だな」
どの程度の怪我が治るのか分からないが、出来ればあまり傷つけたくはない。
かと言ってぬるい攻撃ではこちらの体力が消耗するだけだ。
「やはりあれを使うしかないか」
決意を固めたサクレは剣を強く握りしめ願いを込めた。
すると願いを込めた剣から光が溢れ出してくる。
淡いエメラルドグリーンの光が刀身を包み込む。
「あれって……!?」
「恐らくあれが、エクレレから聞いていたサクレ王子の『神贈の恵与』だ」
その光は心が落ち着く何かがあった。
リーベストとはまた少し違ったもののように感じる。
サクレ王子のそれは安心感を与えるものみたいだ。
「グオオオオオオオ!!」
その刀身の光が危険だと感じた魔物は今までで一番の速さで接近し腕を振りかぶった。
「少し痛むと思うけど、その痛みを以って君を罰する事としよう」
攻撃を上に飛んで回避をする。
追撃を試みるメロンジュに対してサクレは落下の速度を利用し剣を突き付ける。
「神聖魔法+聖剣流奥義 刺突の鋼剣!!」
剣の輝きが一層増して行く。
矢のような速さを以って敵を貫く聖剣流の奥義。
追撃の一撃を貫き、メロンジュの胸に届く。
「グオオオオオオオ……」
ピシッと音がし、魔物になっていた身体が壊れ始める。
ボロボロと崩れ落ちた中からメロンジュが元の姿になってその場に倒れ込んだ。
「やった!!」
「元に戻ったのか!?」
二人は急いでその場へと向かう。
「無事上手くいったようだね」
倒れ込んだ彼女を見ながらサクレはそう呟いた。
「何で、あなたがここに……あなたには別の仕事があったはず」
「それは他の者達に任せてきた。あの場に僕が居なくても、十分対処出来ると思っているからね」
「そんなはずないんだから、だって、あの場には魔物の芽がいっぱいあったはず。それを、あなたが居ない騎士団だけで対処なんか……」
「少し勘違いしているようだね。確かに、『魔王の血』を飲んで魔物に変わってしまった者はとても強い力を持っている。それこそ、騎士団数人がかりじゃないといけないくらいにはね」
「だったらどうして、外にも魔獣達がいるのに、騎士団だけで対応できるはずが無いんだから!」
「それは、この国に来ている冒険者たちに予め要請をしていたのさ。もちろん、情報が漏れない様に内容は伏せたし、その代わり人手を増やすため報酬は多めに設定しておいたけどね」
「内密のクエスト依頼を出してたって言うの? それでも、ここまで私たちに隠し通せるなんて思えない!」
「確かに君の言ってる事は間違ってないよ。けれど、残念ながら君達はあの子の力を見誤った。今回の事件は全て事前にわかっていた事がほとんどだし、それだったら対策を立てるのも容易だよ。後は裏切り者にさえ気を付けていれば、こちらの情報が漏れることはほぼ無いだろう。それでも何も知らないフリをするのは結構難しかったけどね」
「な? じゃあ、今のこの流れは仕組まれていたものだったっていうの?!」
「さてね、それは全てが終われば分かることさ」
そう言って王城の方を見つめるのだった。
「メロンジュさん」
彼女の元へとやってきたセレニテは名前を呟いた。
「こんな無様な姿を見られるなんて、情けないったらありゃしないわ。結局あなた達の抗う力が私より強かったって言うわけね」
嘆息を漏らすように言葉を吐き出した。
「私は、メロンジュさんの辛い過去がどんなものだったかなんて分かりません。どうしてそんな世の中を憎んだのですか?」
質問に対ししばらくの間沈黙が流れた。
やがて閉ざされた口からメロンジュは言葉を発した。
「……あれは何年前だったか、私は両親から離れてとある村に居候させてもらってたの。その村の人たちはみんな良い人でハーフエルフの私を気にせず娘みたいに育ててくれた。けどある日その村は化け物を飼っているという事にされ、国の者達によって全員処刑された。何とか逃げれた私だったけど、それからは国に指名手配され街には近寄れず、見つかれば追いかけ回されたわ」
「そんな、どうして……?」
「それは里の唯一の汚物を消したかったんでしょう。エルフの里が国に対して処分を求めた、ただそれだけなんだから。それくらいあの里にはくだらない掟が存在するのよ」
「だからこの世を恨んだと?」
「そうね、ハーフエルフに生まれたってだけでずっと狙われ続ける日々にどうして楽しみを持てるって言うの? その時からどうして私ばっかりこんなひどい目に合わないといけないのかってずっと恨んでた」
「それで魔族達と連むようになったのかい?」
「いや、先に出会ったのはリーダーだ。そんなどん底の私と同じ気持ちを持っていた、世界に復讐がしたいって。彼のその思いに同感した私はその後彼と一緒に行動した。その後すぐバエルって魔族が私たちに接触してきた」
「じゃあ、影を使った攻撃をしてたのはそのバエルって魔族で合ってるのかな?」
「そう、あいつはハッキリ言って強いんだから」
「ここがその例の道具がある場所か?」
「ええ、そうです。ここの中にある物を奪う事で我々の目標に一歩進めますので」
「しかしどうやって開けるんだ?」
「それには鍵が必要ですが、それは心配いらないでしょう」
「待ちなさい!」
「おや、ようやく来ましたか。これで役者は揃ったみたいですね」
「まさか、あの王女がまさかその鍵だって言うのか?」
「その通りです、彼女がこの扉を開く鍵そのものですから。それにしても、子供二人がこの場所にいるのはこの国も人手不足が問題ですね、騎士団の無能さが残念でなりません」
「おい、そこの悪魔、騎士団を馬鹿にするなよ。あそこはお前が思ってるよりもずっと強いぞ」
「それはどうでしょうか? 口では何とでも言えますがね。まあそれもこの後すぐ分かる事でしょう」
「じゃあ僕は王城へ急がないといけないからここは頼んだよ」
メロンジュとの戦いが終わり、彼女を拘束させる。
「分かりました副団長! お気を付けてください」
「サクレ王子!」
セリウスは彼を呼び止めた。
「王城に僕たちも連れて行ってください! あそこで今仲間達が戦っているんです、僕たちも早く助けに行かないと」
だがサクレ王子は首を横に振った。
「だめだ、それは出来ない」
「そんな、どうしてですか!?」
「君たちはまだ子供だ、そんな子供達をこれ以上危険な目に合わせることはできない。それに先の戦いで君たちは体力の限界だろう? そんな状態で来ても足を引っ張るだけだ」
強めの口調で二人を突き放した。
「それでも、黙って見過ごしたくありません!」
それでもセリウスは引き下がらなかった。
これは彼のプライドなのだ。
かつての自分を取り戻した故の。
その熱意にサクレはため息を吐いた。
「はぁー、君たちの意思は受け取った。けど王城へは連れて行けない」
「そんな、どうして!?」
「君たちには君たちの出来る事をしてほしい。そうだね、囚われている友人を助け出す事とか」
サクレは南の方角に視線を向けた。
そこはリーベストとアゼルがいる所だった。
「彼、リーベストは魔族に引き留められていて動けないのが現状だし、そんな彼を救い出してほしいんだ。それに、その魔族は学園の者だから君たちも知っているんだろう?」
確かに、フランメからアゼルに連れて行かれたといった話は聞いていた。
それでもあいつならどうにかすると考えていた。
だが、やはり相手はそこまで甘くなかったようだ。
行って何が出来るかは分からないが、リーベストを自由にさせることが出来れば戦況は変わると思った二人は決心する。
「分かりました、では僕たちはリーベストのところに行きます」
「うん、王城の方は僕に任せてくれたまえ。俺の大事な場所を荒らされるわけにはいかないからね」
こうして二手に別れ、それぞれの目的の為に走り出した。
事態は未だ進み続ける。




