第三十八話 VSメロンジュ②
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かつての自分はこの姿が好きではなかった。
私が生まれる前、私の母は、里の掟を守らず人の男に恋をした。
それは、他の種族との接触を禁ずる里にとっては許されざる行為だった。
やがて、人の男と恋をしている事がバレた母は、掟を破った罰として永久に里を追放されたのだった。
そうして生まれたのが私だ。
ハーフエルフとして生まれた私は幼い頃から周囲の人達に物珍しげな顔で見られていた。
この世界でエルフはあまり他種族との交流を行わない。
それゆえ、人間の街でエルフがいる事すら珍しいのに、人間とのハーフなんて事は余計に珍しかったのだろう。
そんな私を見る周りの人達の目が私は好きではなかった。
どこか疎外感を感じたから。
私はみんなと違うと幼い頃から気付いていた。
それが原因で他の人達と会うことがなかった。
両親はそんな私の事を気にするなとか、話せばみんな分かってくれるだの、私の事を諭そうとしていた。
正直それすらも嫌気がさしていた。
どうせ話したところで変わらない。
私はみんなから見れば異物である。
最初は物珍しさに好意を寄せていても、次第に気味悪がり遠ざかっていく。
私が何かしようとも、それを普通の人と同じような目で見てくれない。
何もかも特別な物を見る目で見てくる。
中にはそんな私を忌避する者や下卑た気持ちで近寄ってくる奴もいた。
どこに行こうともその視線は同じだった。
この世界で普通に生きていく事が、これほどまで難しいものだったなんて。
そんな世の中に、私は理解してしまった。
私は生まれながらにして普通には生きられないんだって。
それから私は他者との関わりを避けるようになった。
それから長い年月が経った。
ある日、私はたまたま街を歩いていた時だった。
いつものように私を付け狙う奴がいたので、返り討ちにしようとしたら、ある一人の男が私の前に立ち塞がった。
「おい、この姉ちゃんに何の用だお前ら」
そう言って彼は、私を狙ってきた奴らを倒した。
「大丈夫か? 確かにあんたは美人だから狙われるのはしょうがないけど、ちゃんと気をつけろよ?」
「別に、頼んだ覚えはないんだから。それに、付けられてた事は気づいていたし、あんたが助けなくとも返り討ちにしてたんだから」
「何だよ、助けたのに損したの俺だけかよ」
「そう言うこと、分かったならさっさと行ってくれない?」
私はそう言って踵を返した。
しかし、その男は私の手を掴んできた。
「ちょ、何するのよ!」
「その目、やっぱりあんたも、どこかこの世界に不満を持っているんじゃないか?」
「……いきなり何言ってるのか分からないんだけど」
「俺も実はこの世界に対して不満を持っているんだ。だから、あんたとは同類って気がしたんだよ」
「何よそれ、今までで一番最低な誘い文句なんだから」
「まあそう言うなって、とりあえず少し語り合わないか?」
いきなり気持ち悪い男だとは思った。
けれど、話してみると、彼の言葉には力強い気持ちが乗っていた。
今まで私に絡んできた奴らは、どいつもこいつも口先ばかりの軽い奴らだった。
そのどれとも違うこの男には、少しの興味心が生まれ始めた。
やがて、会話を重ねていくうちに、私は彼の野望に惹かれた。
だが、まだ油断はできない。
この男も、いずれは私の期待を裏切るはず。
そのための警戒は怠らなかった。
けど、彼と共に行動していくうちに、そんな疑念は晴れていった。
彼は必死で私を守ろうとしたし、何より、私をハーフエルフだからと言って差別することもなかった。
私は初めての感覚に戸惑いながらも、それがとても心地良いものだと知った。
「この世界はよ、何事も自分が正しいと思って生きている奴らばっかだ。それが他人にどんな辛い思いをさせているかなんて分かろうともせずな。俺はそんな世の中を変えたいって思った。けど、その性根が根強く張り付いてて、簡単には変えられないと知った。だから、この世界を否定するために俺は、一度世界をぶっ壊したいと考えて今行動している」
その言葉を聞いたときに、私は心を打たれて気がした。
身体の中が熱くなる感じ、それがこの男に付いていってもいいと言っているように思えた。
「だから、俺と一緒に来ないか、メロンジュ」
彼は力強い瞳で、真っ直ぐ私を見つめた。
どうせこの世で、私が普通に生きていける事はないだろう。
それだったら、そんな世界に反抗するのも良いかもしれない。
そう思った私は、差し伸べられたその手を強く握り返した。
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「水の精霊よ、汝の力を与えたまえ」
身体から青色のオーラが彼女を包み込む。
魔力が込められた手には水が形成されていく。
「水精霊魔法 海蛇の咬噛」
水の大蛇が彼女の周りを取り囲んだ。
全長は20メートルはあるだろう大きさにセリウスとセレニテは瞠目した。
「何て規模の魔法だ……」
「これが、メロンジュさんの本気の魔法……?!」
「あなた達の実力はもう分かったから、これで終わりにする!」
そう言い腕を振り下ろすと大蛇がセリウス達に襲いかかった。
大きな津波のように辺りを飲み込んで迫りくる。
「付与魔法・身体能力向上!!」
即座にセレニテが付与魔法のデバフを2人にかける。
(私だって役に立ちたい!)
その思いが彼女自身の力を強くした。
エクレレの魔法を上手く再現する。
セレニテの付与魔法に驚いたセリウスだが、すぐに切り替えて攻撃を避けるよう指示をする。
「セレニテ、上に跳ぶぞ!」
そう言って彼女を抱き抱え上にジャンプする。
彼らの足下すぐを水の大蛇が通り過ぎる。
「そんな事しても無駄だから!」
通り過ぎたはずの大蛇が急激に向きを変え、再び彼らの元に迫ってくる。
家の屋根に着地し、そこを足場にしてもう一度回避するが、それでもしつこく迫ってくる。
「くそ、しつこい」
セリウスは悪態を吐いた。
付与魔法のおかげで身体能力は向上しているが、それでもかわし続けるには体力を消耗する。
魔物との対戦で既に体力を消耗していた彼は疲労のピークに達していた。
(この程度でバテるなんて情けないぞ)
心の中で自らを叱咤する。
何度も跳び回る事で呼吸が荒ぶる。
息が苦しい。
このままでは埒があかないと考えた彼はとうとう覚悟を決める。
この魔法を真っ向から迎え撃つ。
大きく開けた所へと誘導し、そこで魔力を練った。
「土の壁!!」
彼の一番得意な土魔法を何重にも束ねる。
唯一自分が無詠唱で使える魔法だ。
何回も使ったこの魔法だからこそ自信がある。
「くっ、ぐ……!」
しかし、水の大蛇はそれを簡単に破壊する。
幾重にも重ねた土の壁が一枚、二枚、三枚……威力が落ちる事なく壊されていく。
その度に新しい壁を形成していくが、ただの付け焼き刃にしかならなかない。
やがてセリウスの魔力に限界がくる。
発動しようとした魔法が発動出来ず、そのまま相手の魔法に飲み込まれた。
「セリウス君!!」
セレニテは大声で名前を呼んだ。
その叫びも虚しく彼に届きはしなかった。
「次はあんただから」
振り返るとメロンジュが背後に立っていた。
そんな彼女に対し、セレニテは鋭い目つきで睨んだ。
「そんな顔で見るのは筋違いじゃないかしら? 敵である私と対峙したんだから、当然死ぬ覚悟くらい持っておかなければいけないはずよ。戦いってのはそういう物なんだから、あなた達は軽く見過ぎたのよ」
彼女の言いたい事は理解出来るが感情がそれを許さなかった。
だからこそ何も出来なかった自分を悔やんだ。
「分不相応にあなたみたいな子達が戦いに身を投じるのはただの命知らずのバカよ。世の中そんな気楽に生きていけるほど甘くは無いって事をこれに懲りて学ぶことね。まあ、もうそんな機会は二度と訪れないけど」
メロンジュは蔑んだ顔で見下した。
そして一歩ずつ近づき手をかざした。
「これで終わりよ」
セレニテのいた場所が土煙に包まれた。
激しい水流に飲み込まれたセリウスはもがいていた。
息も出来ず、身体の自由もきかない。
魔力もほぼ底をつき脱出する術もない。
(こんなところで、僕は……!)
必死に突破口を見つけようとするが、次第に苦しくなり意識が朦朧とする。
視界が次第に闇に覆われていく。
(僕は結局ここまでなのか?)
身体がもう諦めろと告げている。
頭も思考する事を止めようとする。
そんな中頭の中に今までの記憶が走馬灯のように流れてくる。
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セリウスはボーネ公国で生まれ育った。
エールトヌス王国から北西へ進んだところにあるこの国は、かつて王国で有名な貴族が自らの領地だった所にこの国を作った。
現在でも両国は有効な関係であり、彼がこの学園に来たように、人の往来も活発だ。
そんな公国で生まれた彼は、幼い頃から魔法に興味を持った。
生活の中心である魔法がどういったものなのか、それを知るために幼少期の殆どは本と共に育った。
そしていつの日にか、本に書いてある通りに詠唱を唱えると魔法が発動した。
それが嬉しくて両親に見せると、両親は喜んでその才能を褒めてくれた。
それから毎日色んな事を学びそれを実践していった。
日々繰り返し魔法を唱えるが失敗の方が多かった。
だからこそ成功したときの喜びは格別なものがあった。
彼が10歳になる頃には、公国の同学年で彼に魔法で勝てる者はいなかった。
彼には知識があり、魔法の扱いだって他人より優れている。
ただ、この頃から彼自身の魔力量の少なさを感じ始めていた。
強い大人と戦えば戦うほど身に染みる魔力の差。
それでも周囲からは期待の眼差しが向けられてきた。
「子供だから今は成長期なんだよ」
「今で大人相手にここまで戦えているなら、大人になる頃にはもっとすごい魔法使いになっているんだろうな」
その期待を裏切りたくない焦りが、いつしか自分の重荷になっていった。
そんな彼にとってこの学園に入れることを知った時はチャンスだと思った。
学園で学べば、魔力量のことだって何か増やせる方法が見つかるかもしれない。
家の人たちや周りの大人達からは、「どうして今更学校なんかに?」と言った声が上がったが、どうしても学園に行きたかった彼は両親に頼み込み、無理を言って通わせてもらえる事になった。
ここでも彼は、知識と魔法の扱いは誰にも負けないと思っていた。
けれどその思いはすぐに考えを改める事になった。
そこで出会った一人の少年と少女が彼の知らない魔法の世界を見せつけてきた。
同学年で負けなしだった彼が、初めて挫折を味わった時だった。
二人とも無詠唱で魔法を使い、魔法の扱いも完璧であり、更に魔法の威力も桁違いだった。
おまけに少年はそれに加え魔法の知識も豊富だった。
世界には彼の知らない事がまだまだ沢山あった。
気付けば彼は声をかけていた。
きっと彼なら、自分の弱点の克服方法について何か知っているかもしれない。
そう考えていたが、そんな彼の口から出た言葉はショックだった。
「個人の魔力量は生まれつきで大体決まっているし、そこまで伸びることは無いんだ」
自分の中の何かが壊れる音が聞こえたように感じた。
僕はやっぱりこのまま成長できずに終わるのか、そう思った。
だが、彼は続けてこう言った。
「マナの扱いに慣れれば魔力の消費は抑えれるし、いざとなれば相手の魔法を利用すればいいだけだ」
利用すればいいと言うが、そんな事できるわけないだろうと思った。
けど実際に彼はそれをやってのけた。
そんな事を彼はカガクチシキとか言っていた。
どういう事か訳が分からなかったが、それでも僕にとっての武器にもなるかもしれない。
魔法の扱いは誰にも負けない、そのプライドが再び火を灯した。
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なぜ今こんな記憶を思い出したのだろうか?
朦朧とする意識の中でセリウスは一つの話を思い出した。
(……水を打ち消すのにはあの方法しかない!)
幸いセレニテの身体向上の付与がまだ残っている。
そのおかげで身体は激流に流されても大丈夫なままだ。
大丈夫とは言っても全身が打ち付けられたような痛みが走っている。
それに息も限界に近い。
僅かな体力を使って残りのポーションをポケットから取り出し何とか口に流し込む。
そして魔力を練った。
まずは風魔法で水流を安定させる。
そのために、まずは風で流れを作り出した。
魔法の扱いに長けている彼に出来る緻密なコントロール。
それによって激しい流れが次第に彼を中心とした円となり、一定方向にまとまり始める。
そしてそこに火の魔法を加えた。
すると風魔法で発生した風が熱を帯び始め、次第にその風魔法の面積を大きくしていく。
二つの魔法を組み合わせる技術と緻密な魔力コントロールで熱風が発生する。
(まだまだこの程度では足りない。思い出せ、フランメのように細く鋭く最高の威力で……!)
空気が水を押しのけているので呼吸が出来るが、周りを取り囲んでいる熱風が肺を焼き焦がしそうだ。
これ以上は身体に影響が出るかもしれない。
だがそんな事は気にしない。
あの日、自分で勝手に決めつけた限界を越える。
少ない魔力量で出来ることは何もないと決めつけたあの日の自分に対して。
残り僅かの気力を振り絞り魔力を注ぎ続けた。
その熱が大量の水を吹き飛ばしていく。
やがて熱風は水の大蛇を蒸発させ、水蒸気となり消滅した。
「あんたも本当にしぶといんだから」
セレニテは彼女の攻撃を何とか耐えていた。
身体はボロボロで服も破けている。
それでも諦めようとしなかった。
「そんなに粘ったところで結果は同じなのに、どうしてそこまで必死になるの?」
「それは約束したからです、私とセリウス君であなたを止めるって」
「でも、その結果あなた達は負けて、他の仲間達もどうせやられてるに違いないんだから。あのリーベストって子も今頃アゼルっていう化け物が引き止めているはずだし、もう終わりよ」
「それは最後までやってみないと分かりません!!」
セレニテの答えにメロンジュは食い気味に口を開いた。
「分かるのよ! 定められた運命に抗うことなんて出来ない、世界はそんなに簡単じゃないんだから。この姿で生まれた私は他とは違う異物な存在、あなた達みたいな普通な者には分からないでしょうけど、この姿のせいでどれだけ苦しんできたか。変えられない運命に抗う術なんてない、ただそれに従って生きていくだけ。だから私は運命を恨んだ、苦痛を受けたこの世界に仕返しをすると決めてね」
彼女は憎しみに満ちた目でセレニテを睨んだ。
今にも殺意が襲いかかってきそうな恐怖を感じる。
メロンジュさんにも辛い過去があったんだと理解した。
だからってそれをよしとするわけにもいかない。
「メロンジュさんにそんな辛い過去があったなんて知りませんでした。けど、だからってそれで世界を恨むのは違うと思います! 私はまだそんな運命だとか何だとかは分からないけど、でもメロンジュさんだって、本当は自分の事分かって欲しくて頑張ってきたんでしょ! だったらもっと堂々と自分を認めさしたら良いじゃないですか! それを分かってもらえないとか言って自分で殻に閉じこもっただけじゃないですか……」
メロンジュの意見を真っ向から反論した。
「私だって自分を出すことは苦手でした。何をやっても上手くいかなくて、周りからもよくバカにされてきました。そんな自分が嫌で、人と話すのが怖くなった。でも、セリウス君達に出会ってから私は、自分の才能に気付けていなかっただけで、本当はもっと出来るんだって思えるようになりました。この前のポーションの事件だって、私がアドバイスしてくれたおかげだ、ってリーベスト君は褒めてくれました。それが私にとってすごく嬉しかった。私もやれば出来ることがあるんだって。そんな可能性を勝手に閉ざしたのはメロンジュさん自身です、それを運命だの世界のせいにするのは違うと思います!」
「……黙って聞いてたらペラペラと分かった風な事言ってくれるんだから、そんな事言っても変えられないことはあるのよ! 今あなたがここでやられるみたいにね!!」
そう言って魔法を放とうとした時だった。
大きな爆発音が響く。
その音の方に目をやると、さっき魔法で飲み込んだはずのセリウスが立っていた。
「!? あなた、一体どうやってあの魔法を打ち消した!? もう魔力なんてほとんど残ってなかったはずでしょう?!」
「確かに魔力はほとんど無かったさ。セレニテの作ってくれたポーションがなければな。それに、魔力が少なくとも大きな魔法に打ち勝つ方法はあったって事だ。僕たちがやられるって決められてるんなら、どうして僕たちはまだここに立っているんだ?」
セリウスはキッとメロンジュを睨んだ。
「そんな、有り得ないんだから……。何で、何度も挫ける場面はあったのに、どうしてそこまで抗うのよ!」
「それが僕たちだからだ、躓いても立ち上がればやり直せるって知っているからだ!」
力強く言い放つ。
かつての自分と向き合って、己の弱さを知ったから強くなれた。
それは一人では無理な話だ。
大切な仲間が居たからこそここまで来れた。
だが、それでも彼女には届かなかった。
「躓いても立ち上がればやり直せるだって? そんなの、ただの妄言でしかないんだから。立ち上がることも許されない巨大な力があるって事を教えてあげるんだから!」
彼女はそう言ってしまってあった物を取り出した。
それは緑に輝く液体だった。
(これを飲めば恐らく私は……)
「!? それは、まさか!?」
「!? やめてくださいメロンジュさん!!」
二人の制止を聞かず、彼女はそれを飲み干した。
カランっと空の容器が地面に落ちる音がした。
「ごめんなさいリーダー、どうしてもあなたの使命のために使うしかなかった」
誰にも聞こえない声で独り言ちた。
ダランと全身が脱力する。
しばらくすると彼女に異変が起こる。
苦痛の声を発し、元の形を失っていく身体。
溢れ出る悍ましいオーラが当たりを包みこむ。
「そんな、まさか……」
「まったく、とんでもない事をしてくれたな」
「グオオオオオオオオォォォォォォォォォ!!!!」
こだまする咆哮が辺りに響いた。




