第三十五話 開戦
「で、今からどこに連れて行く気なんですか?」
俺は、打ち上がる花火を見るために上を見上げている人達を掻い潜りながら、目の前を歩く人に引き連れられていた。
だが、彼女は俺の質問には答えてくれない。
ただ黙々と歩くだけだった。
「何か答えてほしいのですけど」
俺がそう言っても、何も口を開く事はなかった。
「ここは?」
連れられて来た場所は王都の西地区にある古い建物だった。
外観はキレイだが所々年季が入っているのがよく分かる。
「ここは昔にこの国を建国した者達の記録が残っておる所じゃ」
さっきまで無言だったが、ここに着くとようやく喋り始めた。
「どうしてこんな所に連れて来たんですか?」
外ではドンッドンッと花火の音が鳴っている。
もう始まって30分は経ったが敵に動きはない。
「相変わらずあいつらの心配か? まるで子供の心配をする親みたいじゃの」
俺の方をチラッと見ると、呆れるように息を吐いた。
それはさっきから聞かされた事だっつの。
くそ、この人外にもそう思われてたのか。
「じゃが心配せんでもあいつらは強い、それはわしが保証しても良いくらいじゃ」
そう言って俺の気をこっちに引きつけようとする。
何かの罠か?
いや、あいつらを信用すると決めたんだ。
だから俺は今すべき事をするんだ。
「学園長、いや、悪魔アゼル。お前は一体なぜそうまでして魔族と俺たち人間との間で暗躍をしているんだ?」
俺は真剣な眼差しで見つめた。
部屋中に反響する声。
瞳に映る姿はどこか儚かった。
時折入ってくる眩しい光が部屋を照らす。
「そうじゃな、まずはどこから話せばええかの」
そう言って虚空を見つめた。
「元々1000年前のあの戦争は、戦いの途中で奴らの干渉があって以来、次第にわしらは押され気味になっとった。しかし、それでも無茶をして戦った事で、次第に疲労したわしら幹部の魔族達の力の一部と魔王様を封印され、戦争は終わった。ここまではお主もよく知っておる話じゃろう。その後、戦争が終わってから何年経った頃じゃったろうか、力の一部を封印されただけで運良く戦いの場逃げ切れたわしは、他の奴らとは離れ離れになっての、行くアテもなくこの世界をフラフラしとったらたまたまクヴァールと鉢合わせてしもうての。それはそれはもうピンチだと思っとったんじゃ」
クヴァール、戦争を終わらせた勇者だな。
そんな彼と戦いの後で鉢合わせになったと。
確かにそれは修羅場だな。
「わしは身構えとったが、何故かアイツは力が弱ってるわしを見てこう言ったんじゃ、『もう戦いは終わったんだし、あなたも一緒にご飯でも食べないか?』と。まさかそんな事言われるなんて思っとらんかったでの、何じゃこいつは? って思ったのは今でも良く覚えておる」
昔を懐かしむ様に話していた。
どこか離れ離れになった恋人達のように。
「それからはたまにちょくちょく会ったりしての、色々話をしたり知恵を交換したりしたんじゃ。人間の生活の営みを教えてもらったりしての、それをわしは生き残りの魔族達にも教えたりして魔族は魔族で静かに暮らしていった。今でも西にあるクヴァール大陸を更に南へ下れば、わしの仲間達が元気に暮らしておる」
「ちょっと待ってくれ、魔族はこの世界をもう一度支配しようとしてるんじゃなかったのか?」
「それは一部の過激な奴だけじゃ、あいつらは世界よりも奴らに恨みを持っておるんじゃがな。そのために今は力を蓄えておる。今回もその為の行動じゃ、サタナスが王城に封印されとる指輪を奪い取るため、わざわざこうやって大掛かりな事を進めとるんじゃからな。それもこれも本来の力を取り戻して反撃するため、そしてその仲間集めとして優秀な人間や、闇の深い人間を集めそいつらを魔族に堕転させるための選別を行なってる所じゃ」
次々とカミングアウトされる重要な話。
今回の騒動の中身が徐々に見え始めてくる。
「だからああやって『魔王の血』をばら撒き、適合者を探したのか。そしてそれは今日の為の伏線、まさかその人達を使って実験しようって言うのか!?」
ポーション自体は回収済みだ、だが一度飲んでしまった者の体調は優れないままだ。
そしてその取り込んだ一部を使って無理やり暴走させ魔物に変えるつもりか?
「その通り、勘がええから話が早くて助かるの。そう、今からこの街は戦場と変わるんじゃよ」
すると地響きが聞こえてきた。
「始まったの、計画の最終段階じゃ」
「まさかそれを知ってて俺をこんな所に幽閉するつもりだったのか!」
ガタッと椅子から立ち上がり、急いでここから出ようとするが——
「まあ待て、そう早まるでない」
上からとてつもない圧力がかかった。
ミシッと音を立て地面が軋む。
「この……!」
俺は時間を止めて抜け出そうと考え、魔力を練った。
だが集めた魔力がかき消されていく。
良く見ると重力魔法を発動している手と反対の手が俺に向けられている。
「これはまさか反魔法?」
「そもそも反魔法をソージュに教えたのはわしじゃからな。次何か怪しい事をしようとしたら無事じゃ済まない事を覚えておくんじゃな」
ソージュ先生に反魔法の知識を教えただって?
そうか、だから二人はあのような関係性だったのか。
アゼルのその立ち姿は、迂闊に魔力を練ったりすれば容赦はないと言っている様だった。
あくまでも俺をここで釘付けにしておくみたいだ。
これは思ったより合流が難しいかもしれない。
頼んだぞ、みんな……。
リーベストとアゼルが建物に入る30分前、王城前の広場ではフランメがみんなと合流していた。
「ごめん、遅くなった!」
彼女は人混みを抜けるのに苦労したようだ。
「危うく花火が打ち上がるところでしたよ。ん? リーベストはどうしたんですか?」
「リーベはあいつに捕まってどっかに連れて行かれちゃったんだ」
「やはり、あの人は邪魔をして来たんだな」
コクリと頷く。
「まあさっきも言ったがあいつには今回ゆっくりしてもらわないと俺たちの出る幕が少なくなってしまうからな」
「それは同感だけど、やっぱ居ないとなると不安だね」
珍しく弱気な反応だった。
それくらい頼りにしている存在でもあるのだろう。
「まあ、流石に終わるまでボーッと見物するようなやつではないだろう。あいつが来るまで俺たちはやれる事をやるだけだ」
「そうですね。それにこうなる事は事前に分かっていた事ですから、そのためのオプションもリーベストは用意してますし」
そして集まった5人で最終確認を行った。
その確認が終わった頃に王都の空に花火が打ち上がった。
「ついに来ましたね」
5人の表情に緊張が走る。
「では行きましょう」
人混みに紛れて王城へ向かった。
向かった先は北西に伸びる大通りから少し外れた所だった。
ここには王城に入るための抜け道が存在しているという。
それを知ってるのはエクレレだけみたいだ。
彼女が先導し、目的の場所へと向かう。
「本当に大丈夫なのか?」
「ええ、あそこは大人が通るには狭いですが、わたくし達のような子供ならギリギリ通れるはずです」
「じゃあ、そこに行けば、敵に見つからずに済むんですね」
だが、思ったより人の波が多い。
みんな上に気を取られており、人の流れが止まっていてなかなか進めない。
これだと少し時間がかかってしまう。
早くしないと、そう思っていた時だった。
ドゴンッ、と音がすると同時に遠くの家屋から煙が上がった。
そして煙から姿を見せる巨大な魔物が静寂を切り裂く咆哮を上げる。
「さて、そろそろ良い時間ですね」
黒いローブを来た男は例のポーションによってベッドに眠っている人達がいる建物にいた。
辺りには血が飛び散っており、何人かその場で倒れ込んでいる。
それには興味を示さず、10数人程寝込んでいる部屋へとやって来た。
「あなた達は幸運ですね、我々と同じ力を得る為の資格を持っているのですから。さあ、見せてください! 今からあなた達は、偉大なる魔王サタン様の為にその身を捧げるのです!」
そう言って取り出した魔法陣に魔力を込めた。
魔法が展開され人々は苦しみに踠き、徐々に人としての形を失っていく。
「ここから我々の新たな物語の始まりと致しましょう!」
破滅へ導く断末魔が王都の空に響き渡った。
突如現れた生体に街の喧騒は奪い去られた。
笑い声は悲鳴に変わり人々は逃げ惑う。
「始まったか!」
「予定通り急いで王城へ行きます、あれは恐らく囮でしょう!」
かと言って、このままだと被害がどれ程になるか分からない。
助けに行った方が良いのでは、という感情が判断を揺さぶる。
「しかしエクレレ様、敵の数が多い過ぎます! このままでは関係ない人達が巻き込まれてしまいます!」
それは頭では分かっていた。
ここで判断を誤れば——
「何をボサッとしている、早くやるべき事をやるんだ!」
後ろから突然、大きな声に殴れた気がした。
振り返るとそこには一人の男が立っていた。
「カール兄さん!?」
「やあフランメ、と言いたいが今は時間がない。話は団長から聞いている、君たちは早く先へ進むんだ。この敵は俺たち騎士団で相手をする」
剣を携え、人の波に逆らうように歩いていく。
「分かりました、よろしくお願いします!」
片手を上げそのまま走って行った。
「ふぅー、では先へ急ぎましょう」
気持ちを切り替え王城へと急いだ。
人々の恐怖に怯える声や、必死になって激情的になっている者の姿に胸の奥が痛む何かを感じた。
覚悟して来たのにいざとなっては怖い自分がいる。
(リーベストは、怖いという気持ちに対してどう向き合って来たんでしょうか?)
敵の元へ単騎で立ち向かうなど今の自分では出来ない。
しかも彼は自分の死ぬ未来を魔法で視ている。
そしてどうすれば死なないかを選びながら戦っている。
だからこそ今まで自分一人で戦って来たのだろう。
でも今回は全部わたくし達に委ねた。
危険があると分かっていながらも。
ならばこの期待に応えなくてはいけない。
「ここです」
北西地区のある一角に佇む一つの一軒家の脇にある井戸。
今は使われていないが、ここには王城へと至る道がある。
「では行きましょう!」
みんなが中に入ろうとした時に空から何かが降ってきた。
「……!! みんな避けろ!!」
セリウスの声で全員がその場から回避を選択する。
降ってきた物はそのままわたくし達の目の前に着地した。
さらにもう2体が同じく空から降りてくる。
「みんな揃ってどこへ行く気かしら?」
背の高い女性が家屋の屋根の上から見下ろしていた。
耳が長くエルフだという事が分かる。
「こっちは逃げる場所じゃないんだから、ほんと、一体何を企んでいたのかしら?」
これはわたくし達を狙ってきた敵というわけですね。
彼女は魔族じゃないと言う事は、魔族に加担しているグループのうちの一人という事ですか。
「ねえ、いつまで迷っているのよ」
フランメが問いかけてくる。
その目は、いつもの彼女と違って瞳が座っている。
グダグダ悩んでないでシャキッとしなさいよ、と言っている気がした。
それに対してわたくしはいつまで不安になっているのでしょう。
彼女のようにまずは行動しないと話になりませんね。
一度深く息を吸い、それを全て吐き出した。
「そうですね、まずは目の前の敵をどうにかしないといけませんね」
覚悟を決めなさい、貴女はこの国の王女なのだから。
「あなたはメロンジュさんなんですか?」
声を震わせながらセレニテは問いかける。
「さすがねセレニテ、そうよ、私よ」
メロンジュ、あの時研究室でお世話になった人ですか。
「なんで、どうしてこんな事を……」
「どうして? 別にあなたに教える必要なんてないから」
彼女はセレニテを冷たくあしらった。
「だって、あんなに楽しく研究していたじゃないですか! 私、すごく楽しかったんです、今まで人と接することが苦手だったけど、ここにいるみんなと会って、研究でもメロンジュさんやパードン君と一緒に色々な事を試したりして。今までで一番充実しているなって思っていたのに、どうして敵として戦わなくちゃいけないんですか……」
彼女は悔しそうに涙を堪えていた。
「楽しかったって? あんなの演技に決まってるから。それを本気にされるとこっちも迷惑よ。私が学園に居たのは色々情報を集めるために居ただけで、たまたまあなたが標的の友達として側にいたから仲良くなってあげただけだから」
ハッキリと、冷酷に告げたのでした。
「てか、今はあなた達みたいな子供が首を突っ込んでいい事じゃないんだから。本当に死ぬよ? 今からでも避難した方が身のためよ」
面倒臭そうに手を払った。
ハッキリ言って舐められている。
そんな彼女の態度にセリウスの我慢が限界を迎えた。
「お前はセレニテがどんな気持ちで言ったか分かっているのか!? 彼女はお前にこんな事をやってほしくないから、敵として戦いたくないからこうして勇気を出して話をしているんだぞ!!」
今まで見た事がないくらいの大声で訴えた。
だが、そんな言葉は届くわけもなく、
「はあ? そんなの知らないから。何でそんな熱く語ってんのよ、これだからガキは面倒臭いんだよね」
蔑んだ顔で言い放った。
これにはさすがの自分も苛立ちを覚えた。
「ふざけやがって……! ここは僕がやる。君たちは先に進んでくれ」
覚悟と怒りが混じった表情だった。
彼は常に冷静だがここまで感情的になっているのは珍しい。
それほどメロンジュの事に対して怒っている。
「でも、セリウス君、それじゃあ……」
「大丈夫だ、すぐに片付けてみんなに追いつけばいい」
そしてメロンジュの方に向き直る。
「お前は僕が倒す、覚悟しろ」
「へぇー、そんなに死にたいんだ。そう、私もあなたの事がムカつくんだから。ガキが出しゃばった所でどうにもならないって事を教えてあげる」




