第三十一話 交差する二人の記憶
「何でまだ生きている! さっき確かに僕はお前を殺したはずだ!」
ギリッと歯を食い締めて喚き散らす。
納得出来ないと言った様子がその表情から伺える。
そんな事、俺の方があいつに聞きたいくらいなんだがな。
「別に、ちゃんと最後まで死を見届けなかったからだろう」
「そんなわけは無い! 死んでいく奴は今まで何人も、何人も見てきた。その時感じた死の匂いだってちゃんとした! それなのにどうしてお前はまだ生きているんだ!」
「残念だが、今目の前の全てが現実だ、叫んだところで変わるわけはないぜ。さて、じゃあせっかくだからよ、俺の実験に付き合ってもらおうじゃないか」
「何が実験だ、さっきで分かっただろ? お前じゃ僕に勝てないって」
付き合うわけがないと言わんばかりにすぐ攻撃をしてきた。
今までと同じ自分の力を生かした攻撃だ。
相変わらず早いし、確かにさっきまでなら無理だっただろう。
だが今は何か対処方が分かった気がする。
いや、正確には思い出したというところか。
師匠とのやり取りを……。
−−−
「そういえば師匠って例えば魔法使えなくなったらやっぱり大変になりますか?」
「うん? 使えなくなる事なんてあると思うのかい?」
師匠はポカンとしていた。
「だって反魔法とかってあるんですよね?」
「あるけど、それはあくまでマナを集めさせないとか妨害の類だからね。妨害に打ち勝つにはその妨害より多いマナを使って対抗すれば良いんだよ」
「……? それってつまりどういう事ですか?」
「良いかい? マナを集めた先から消えていくのは色んな方向からマナを集めるための流れの向きを邪魔されて散乱しているって事なんだ。だからそれ以上のマナを使って、集めたマナの流れの向きを乱されないよう、反魔法に対して抵抗できるくらいの通り道を作り妨害の流れを食い止めれば良いのさ。こうやってこういう風に」
そう言って片手で魔法、片手で反魔法を使って実践してくれた。
最初は掻き消すところから見せて、次第にマナを大きくして魔法を持続させていった。
あくまで師匠の感覚としてだから違いが分からない。
俺はそれをずっと見ていたが、マナの流れを見てても全くピンと来ない。
「うーん、いまいち分からないですね。本当にそれって出来ますかね?」
「リーベはマナをどこでも集めれるから練習していけば大人になる頃には出来るんじゃないかな?」
「そ、そんなにかかるんですか?」
「これは感覚だからコントロールが上手くても出来ないもんなんだよ。センスが問われるからね」
練習しても上手く出来ないってことも有り得ると師匠は教えてくれた。
けれど、もしもの時を考えてやっておく事は無駄にはならないだろう。
「じゃあ頑張って毎日練習します」
「そうだね。ああそうそう、もし反魔法で『神贈の恵与』が使えなくなった時は思い出すといいよ。反魔法の中でも、自分のマナを媒介にして強く願えば、周りに影響を及ぼしてバラバラな方向に向いているマナの流れを無理やり一定方向に出来るってね。本当あのバカが渡す力は普通の常識に当てはまらないんだよね」
あのバカ?
ひょっとしてあの時話しかけてきた声の存在の事かな?
それにしても色々と思うところがあるような言い方だ。
古い付き合いなのかもしれないな。
「だから普通にやるよりかは簡単だと思うんだ。特にリーベは、時間魔法で反魔法が作り出した妨害の流れ自体止めることが出来るはずだし、反魔法の中で上手く『神贈の恵与』が使えるようになったら、無敵の空間を自分で作り出せそうだよね。そう考えると君の力は使いようによってはとても強力な物になると思うよ」
−−−
なるほど、それが俺の「神贈の恵与」の本当の力か。
どの状況下においても行使出来る力。
発動している現象を捻じ曲げれる程に。
あまり反魔法を使われた場面がなかったし、少しパニックになってそこまでの考えに至らなかったのは反省すべきところだな。
(さてと……)
迫り来る攻撃を何とか受け流し、次の攻撃が来る一瞬の隙に俺は強く願った。
いつもよりももっと深く焦がれた。
感覚が研ぎ澄まされていくのが分かる。
バラバラな方向にマナが散らばって行くのを感じる。
それを「神贈の恵与」の力でマナの流れを無理やり一定方向に捻じ曲げる。
(……!? マナが散っていかない?!)
けどこのまま自分のマナを使い続けると俺の保有量じゃガス欠になる。
だから一刻も早く止める。
この反魔法の流れだけを。
俺はそのまま自分の中から集めたマナを魔力に変換し、魔法を願った。
「時間魔法 時間停止!!」
どうやらちゃんと願いは通じたようだ。
周りの時間は止まっていない。
いつものような無機質な空間とは違った。
「お前、何をした?」
獣が唸るような声だった。
「それはすぐに分かるさ。そして俺の実験に付き合ってくれたお礼だ、今から全力で相手してやるよ」
「はあ? 何を言って……」
俺は側にあった木の破片を手に取り軽く相手に投げた。
「時間魔法 時の加速」
周囲に満ちているマナをかき集める。
するとさっきまで阻害されていた流れは完全に停止していた。
集めたマナで練った魔力を使い、その投げた木材が相手に届くまでの時間を加速させる。
「……!?」
本能的にやばいと悟ったのだろう。
全力でその木片を回避する。
その隙を狙って自分を加速させ、相手まで急接近しそのまま右拳を振り抜いて殴り飛ばした。
「そういえば、まだ名乗ってなかったよな。俺はリーベスト・ドミニアン、ただの学生だ」
ムクリと起き上がり、口の中に溜まった血を吐き捨てた。
「改めて名乗らなくても知ってるよ、有名人だし」
ギロッとこっちを睨んでくる。
普通にしてれば良い顔なのに目つきのせいで台無しだな。
それにしても殴った俺の方が少し痛い。
頑丈だと聞いていたがこれはなかなかだ。
「それで、お前の名前は?」
そんな戸惑いを気付かれない為に強気な態度で聞いた。
「……僕はサディク、覚えてもすぐに殺されるお前にとっては無駄な事だよ」
「へぇ、そんなつれない事言うなよ」
失笑してポツリと呟いた。
だが反魔法の効果がない状況なら俺の方が有利な事は間違いないだろう。
そう考えていたが……。
「魔法が使えるようになったからってなんだ、僕だってこれがまだ全力だなんて一言も言ってない!」
どうやら俺の見立ては甘かったようだった。
辺りの空気が急にヒンヤリしてくる。
(なんだ、まとっていたオーラが少し変わった?)
すると手脚だけだった獣化がまた変化し始めた。
人に近い身体だったのが少しずつ獣の姿へと変わっていく。
「これは想像以上だな、まさかこんな奴が敵にいるなんて」
俺は目の前で変わっていく姿に尊敬の眼差しを送った。
これが本でしか読んだ事がない完全獣化ってやつか。
間近で見るとすごい迫力だ。
完全獣化は、過去の人魔大戦でも魔族相手に互角の戦いを繰り広げたと書いてあった。
要するに大魔法使いレベルと遜色ない力があるって事だが、この威圧感を目の当たりにすると納得できるな。
「この姿になったのは久しぶりだ、そんなお前に特別にこの姿で葬ってやる」
「随分おっかない事言ってくれるな。じゃあ、どっちが強いかケリつけようじゃねーか」
とはいえなるべくこいつは殺したくない。
色々聞きたい事がありすぎるからな。
だからここは敵の行動を封じる。
さっき反魔法の流れだけを止めたように、相手の動きだけを止める。
そうして互いが仕掛けようとした時だった。
((何だ!?))
頭の中に何かの映像が流れてくる。
俺が知らない景色や情景たち。
それは相手も一緒だった。
「くっ、な、何だこれは……?」
頭を埋め顔を顰める。
脳内に映像が流れ込んでくるようだった。
記憶にない光景が走馬灯のように流れてくる。
やがてそれは次第に見えなくなり、目の前に映ったのは一人の相手だった。
あれが何だったのかは確認するのはまた後だ、今はこいつに集中しなければ。
相手も態勢を立て直し、改めて俺と視線がぶつかった。
そうして再びお互いが動き出そうとした時だった。
上空から岩の弾丸が足元に突き刺さった。
「「!?」」
二人とも上を見上げた。
そこには一人の男と黒のローブに身を包んだ奴がいた。
「リ、リーダー?!」
「サディク、俺はあまり目立つ事をするなって言ったよな?」
リーダーって事はこいつの仲間の親玉か。
それにローブの奴、この感じは魔族か。
「ごめん、でも僕は……!」
「言い訳はいらねえな、言いつけを破った事に変わりはない。それに騒ぎを聞きつけ、今邪魔者が駆けつけて来ている、ここは一旦帰るぞ」
「ご、ごめんなさい」
さっきまでとは全然違う。
あれほど殺気に溢れていたのに今では親に叱られてる子供みたいだ。
獣化が解け、元の少年の姿に戻る。
それほどあの男に忠誠を誓っているって事か。
けどそれがどうした、ここでみすみす逃がすわけにもいかない。
「ここまで来てすぐ帰るなんて酷いじゃないか、もうちょっとゆっくりしていっても良いんだぜ!」
俺はこいつらの動きを止めようとした。
「それは困りますね。まだ我々が動くには時期尚早なんです」
そう言って建物の影から刃みたいな鋭利で尖っているものが飛んできた。
俺は危険を察知しそれを躱す。
「あいにく今は私のテリトリーです。ですのであなたの魔法がいかに強力であろうと私には通用しませんよ?」
「ちっ、相変わらず魔族は厄介者ばっかりだな」
俺の攻撃は相手より発動が遅いと今の攻防で感じたのだった。
それに影からの攻撃だとこの場所はどこからでも攻撃可能だ。
ローブの男はそのままサディクを連れに下に降りてきてまた屋根まで戻った。
俺は何も出来ずその場に立ち尽くしていた。
隙が無さすぎる、一体何者だ?
「またいずれお会いする事があるでしょうし、その時は全力で相手になります。それまではこの平和な時間を過ごしておいてください」
そう言って影の中へと消えて行った。
次から次へと新たな敵が現れたな。
あの魔族はかなり厄介だ、恐らくクランプスより強いかもしれない。
「リーベスト!!」
エクレレが慌てて走ってきた。
「大丈夫でしたか?! こちらで争っていると噂を聞いて急いで戻ってきたんですよ……」
地面に付着してる血を見て言葉を詰まらせた。
「すまない、心配をかけた」
しかし、俺の身体に傷がない事を確認し、ホッと一息ついた。
「それにしてもかなり手強かったよ、実際一度俺は負けた」
「やはり戦っていたのですか、あの時わたくしとの別れ際の反応が怪しいと感じていましたが。それにしても、なぜリーベストが負けたのですか?」
「反魔法の結界を使われて魔法が封じられたんだ。それに相手は獣人で獣化を使ってきた。それでも勝てなかったのは俺が弱かったからだけど」
そう言って建物の壁に張り付いた札を指差す。
「なるほど、反魔法ですか。それに獣人で獣化を使えると」
「次は同じ手は食らわないけど、かなり俺の事を研究されていたから油断は出来ないな。それに影から攻撃をしてくる魔族と、魔族に手を貸しているグループのリーダー格の奴の姿は見れた」
それだけでも成果としては悪くない。
俺の一個の命と引き換えにだが。
それにしては支払いが大きい。
まあそれはいずれ返してもらうとしよう。
「怪我は大丈夫なんですか?」
傷が無いとはいえ、この血の量だ。
少し心配そうに見つめてくるエクレレ。
うーん、やはり可愛い顔をしている。
いや、今はそんな時じゃないな。
「大丈夫、時間魔法のおかげでなんとかだけどね」
「そんな事も出来るんですね、やっぱり『神贈の恵与』の魔法はまだまだ分からない事だらけですね!」
どうやら安心して元気になってくれたみたいだ。
とりあえず貴重な情報は手に入れられた。
これをみんなの所へ持ち帰ってまたみんなで対策を考えていくとしよう。
「俺の指示を無視するなんてほんとどうしたんだよ、らしくないじゃねえか」
リーダーは僕の独断専行を特に咎めたりはしなかった。
むしろ今までこんな事をしなかったので心配してくれてる。
「分からない、ただ不思議とあいつに会ってみたかった。そうしたら気付いた時にはもう面と向かっていたんだ」
本当に何であいつにここまでこだわるのか自分でも分からない。
「何か不思議な力が働いているのかもしれないですね」
「どうしてそう思う?」
「いえ、根拠があるわけではありませんが、この世界は、我々には手が出せない所で、誰かの思惑によって動かされているのではないかと時々思うことがあるのです。普通なら起こり得ないと考えていてもそれを超越する何かが起こるのです」
「今回もその誰かの思惑だって言いたいのか?」
「可能性としてはないというだけです。その誰かを暴くためにもこの世界、引いては『世界を均す者』達を天界から引き摺り下ろす必要があるというわけですよ」
「それは本当に出来ると思うのか?」
「その為に我々はこの1000年を過ごしてきましたから。今回で奴らとは完全にケリをつけたいと思っています。その為にもあなた方の協力は必要なのですよ」
「分かっている。この世界の理を覆す為に俺たちはお前達悪魔と手を取ったのだから」
「ところで彼と戦ってみて実際どうでしたか?」
ローブを着た悪魔が僕に問いかけてきた。
「単純な肉弾戦なら僕が勝った。ただ一度殺したのになぜか蘇ったし、反魔法の結界も攻略された。それに、あいつの魔法の戦闘力は厄介だと思う」
魔法が使えなければただの人間並み、だが魔法が使えればたちまち手が負えなくなる。
あの魔法をどうにかしないと任務はかなり難しいものになるかもしれない。
「なるほど、ではやはり行動の日はあの方にお任せするしかありませんね」
「ああ、頼む。とりあえず奴の実力が測れただけでも今日は接触して良かったという事でお前の行動は不問にする」
リーダーはそう言って俺の頭を優しく叩いた。
その手の温もりが僕に心の安らぎを与えてくれた。
それにしてもあの時、頭に流れてきたあの記憶……。
あれは僕のじゃない、あれは多分あのリーベストの過去だろう。
何であんなものが僕の中に。
けど、あいつを手にかけた時僕は胸が痛んだ。
その答えだと言わんばかりの最後のあの景色、あれは……
学園への帰り道で俺は今日の出来事を振り返っていた。
サディクという獣人の少年、その仲間を束ねるリーダーと呼ばれたあの男、そして黒のローブを着た魔族。
こいつらがこの先クーデターを引き起こそうとしている主犯格の存在だろう。
それにあの時、頭の中に映像が流れてきた感じ。
あれは恐らくサディクの人生が走馬灯のように俺に伝わってきたんだろう。
各場面を切り取って早送りで再生しているかのように一瞬ではあったが。
そしてその時一番最後に見たあの景色、それは……
「「共に咲っている姿」」
それもこれも俺に突然干渉してきたあいつ、「神(仮)」の策略なのかね。
あいつは俺の他にも転生者がいると言っていたし、貴明の事も自分で探せと言っていた。
どうやら、俺がこの世界を必死に生きていく姿を酒のツマミ感覚にしているようだ。
本当タチが悪い「神(仮)」だことだ。
俺は深く息を吐いた。
そして静かに空を見上げた。
今夜も綺麗な満月が俺を照らしていた。




