第三十話 獣人の力
−−−
気付けばそこは森が辺り一面を覆っていた。
頭が重い。
ここはどこなんだろう。
いや、そもそもなぜそんな事を思ったのかは分からない。
自分は今ここに生まれたばかりだというのに。
それでも、そう思ってしまった。
(僕は一体誰だ?)
それから月日が経ったが、自分はこの地で楽しく過ごしていた。
自分が獣人の一族だってことは、生まれた後少しして気付いた。
どこか違った感覚の身体だったがすぐに馴染めた。
それに動きも軽くちょっとした事では怪我すらしなかった。
ただ、ご飯だけは生々しいから苦手だった。
ここは居心地がいい、そう思っていた。
でも、そんな楽しかった日々は突如として終わりを迎えた。
あれは確か自分が5歳の頃だったと思う。
突然自分がいた村が夜襲にあった。
十数人の男達が村に侵入し、僕は人攫いに攫われてしまった。
村のみんなも懸命に戦っていたが、敵の人間達は特殊な魔導具を用いた魔法を行使し、村の子供達を次々捕らえ大人の男達は虐殺され、女の子達は陵辱や強姦などそれはまさに地獄だった。
その時に自分の両親と逸れてしまった。
だから、両親がその後どうなったかは分からない。
ただ、目の前で僕を庇って一人殺された事は鮮明だった。
あの時の人間の顔、血の匂い、燃え盛る炎、焦げた臭い、全て覚えている。
初めは何が起こったかは分からなかった。
けど、次第に仲間が殺されたんだと実感し、その時に激しい衝動が自分を襲った。
憎しみや殺意。
なぜこんな目に遭わなければいけないのか、今この時自分に力があれば、と僕は自分と人間を恨んだ。
そのまま自分を含め捕らえられた子供達は、奴隷として売られるという話を人攫いから耳にした。
獣人は人間よりも力持ちで丈夫だから、よその大陸では働き手として重宝されると言っていた。
それを聞いたみんなは怯えていた。
今すぐここから逃げ出したい、そう思ったのは僕だけではなかっただろう。
だが檻は強力でビクともしなかった。
このまま売り飛ばされる、そんな思いが心を支配していった。
大陸を渡る前に僕たちはそれぞれ一人づつ別の男達に連れられ船に乗せられた。
それから海を越え、今までとは違った平野が広がった所に来た。
そこでまた数人の男が合流した。
これでは、暴れてもすぐに捕まってしまうと感じた僕は大人しくしていた。
その平野をしばらく進んでいると、僕を乗せた荷車が襲撃を受けた。
何が起きたのか分からないでいると、血の匂いがした。
そして荷車に一人の男が入ってくる。
けれど不思議と恐怖はなかった。
「運が良かったな、小僧。俺たちがここを通ったから、お前は奴隷なんてクソみたいな生活を送らずに済むぜ。ああ、ちなみにお前を運んでた奴らなら俺たちが蹴散らしておいたからよ」
その男に手を引かれ外に連れ出されると、運び屋の男達は血を流して倒れていた。
僕はその男をキッと睨んだ。
どうせお前も僕を利用しようと悪い事を考えているのだろう、と。
しかし、その男はそんな僕を見てこう告げた。
「良い眼だ、憎悪に満ちたそんな眼だ。俺も今、何もかもぶっ壊してやりたい、そう思っているんだ」
目線を合わせる為にその男はしゃがんだ。
確かにさっきまでの男達よりかはマシな気がする。
だがそれでも僕は警戒を止めなかった。
「今ここで失くすには惜しい存在ですね。ここは、我々の仲間になってもらうっていうのは如何でしょうか?」
突然別の男が現れた。
全く気配に気付けなかった。
「そうは言ってもまだガキだし、そんな重責背負わすのも可哀想だから」
またもう一人増えた。
今度は耳が長い女の人だ。
「そう言われてもメロンジュ、それを決めるのはこいつ次第だ」
どうやら僕を連れて行って何かしようとしているみたいだ。
まあ、売り飛ばされるくらいならついて行くのもいい。
村へ戻ったとしても居場所なんてない。
それより、この煮えたぎった憎悪があの場所へ戻る事を許さない。
惨めな自分を許せるはずがない。
じゃないとどうにかなってしまいそうだったから。
「僕を連れていってほしい。もう戻る場所なんてどこにもないから」
何もかもぶっ壊したい、この男のその言葉が僕の胸に残っていた。
その言葉を受け男は軽く微笑んだ。
「よし、じゃあついて来い。俺らと一緒にこのふざけた世界をぶち壊しに行こうぜ」
こうして僕はこの三人と共に行動を始めた。
あの村を襲った人間達、それを見て見ぬふりをするこの世界。
こんなにもひどい目に遭ってる中でのうのうと笑い生きている奴らがいると考えただけで怒りが身を焦がしてしまいそうだ。
全部何もかもぶっ壊してやる、僕はこの時、この世界に復讐する事を決めた。
「なるほど、それが君の願いか。そんな君に力を授けよう」
そんな声が聞こえた気がしたがそんな事はどうでも良かった。
僕にはこの時ドス黒い感情が心を満たしていたから。
−−−
このフード、こいつは以前俺たちに殺気を向けたやつか。
狭い路地に月明かりが差し込み、顔の一部が何となく見えた。
(獣人、か)
以前は人混みと角度で上手く見えなかったが今見てみると顔が毛で覆われている。
獣人は人と違って、身体能力もタフネスさも優れていると昔屋敷の本で読んだ事があった。
生半可に挑めば大怪我をしてしまうかもしれない。
それに加えてこの狭い路地、魔法で戦うには不利な場所だ。
まあ俺には時間魔法がある、こいつを捕らえて話を聞かせてもらうとしよう。
「そうはさせないよ」
マナを練ろうとすると獣人の少年は何か書かれた札みたいな物を数枚投げ飛ばした。
すると札の文字が光り、結界のようなものが形成された。
「これは!?」
練っていたマナが霧散していくのが分かった。
何回試しても上手く集まることが出来ない。
「くそっ!」
「ムダだよ、これは反魔法の結界。この前の戦いでお前の魔法を使った戦いぶりは見たし、まずはその強力な魔法を封じさせてもらう」
あの時感じた気配の正体はどうやらこいつだったのか。
それに、俺の戦いを見られていただけあって時間魔法の対策に迷いがない。
「それはどうもご丁寧に。それにしても、どうしてわざわざ俺をこんな所へ連れてきたんだ?」
「あの時、君を見てなぜかもう一度会ってみたくなっただけ。けど、顔を見ても今は特に何も感じない。さて、もう用は済んだから僕たちの計画を邪魔する君はここで殺す!」
あの時と同じ殺気を感じた。
どうやったらこの年でそこまで怖い顔ができるのだろうか。
見た目が少年ってだけで年齢がいってる事も考えられるが、話し方が幼い。
だから多分俺と近いくらいだと思うんだが。
それにしても……
「やれやれ、厄介だな」
フゥーっと息を吐き呼吸を整えた。
正直奴の戦闘力がどの程度かは分からないが、まともにやれば俺が勝てるかどうかは微妙だろう。
それくらい獣人は肉弾戦が強い。
とりあえず最初から全力で戦わないとやられてしまう。
腹を括り距離を取って構える。
「人間に君が魔法も無しに僕に勝てるとでも?」
相手は嘲笑した。
ずいぶん舐められたものである。
よほど自信があるのだろうか。
「勝ち目が薄いからって、黙ってやられるほどお人好しじゃないんだよ」
そう言うと、口角が上がり嬉しそうな様子が伺える。
「良いね、あの魔族達を相手にしているだけあって倒しがいがありそうだ」
しばらく睨み合いが続いた。
来る!
身体の動きを観察し、僅かな重心の変化を感じ取った俺は身体強化を使う。
相手は地を蹴り飛びかかるようにして襲ってきた。
(やはり早いが、これなら……)
俺だってよくフランメと組手をしているので、素早い動き自体には目が慣れていた。
それに体重の移動や、視線を読んだりもしてきた。
そして速さ的にはほぼ互角、これなら何とか対応していけると思った。
飛びかかってくる拳を柔剣流奥義の『流杖取』の素手バージョンでいなす。
襲ってくる勢いを殺さずにそのまま後ろへ流れるように捌き、放り投げる。
投げられた獣人の少年はそのまま地面へと落下、せずに身体を強引に捻って掴んでいた手から脱出し着地する。
なんてデタラメな動きだ。
「危なかった、今の動きは剣術のやつかな? まさか素手で応用できるなんて」
「普通ならそのまま打ちつけて仕留めれるんだけどな、まさかあの態勢から抜け出されるなんて思わなかった」
この技は初見でいかに決めれるかが大事だ。
警戒している相手はこちらが合わせようとしたタイミングをずらしてくる。
そうなると素手ではまだ上手くいかないのだ。
柔剣流は元々剣を使った技だし、前世で合気道をやってたわけじゃないから素手の組手ではまだ経験不足だ。
くそ、こんな時に木剣でもあれば。
油断したな、サクレ王子とご飯を共にするって話だったから寮に置いてきてしまった。
「これだったらもっと早くても楽しめるよね?」
そう言うと、人のなりをしていた腕と脚が徐々にデカくなっていく。
手と足の爪は鋭く尖りキラリと光った。
獣人が本来の獣の姿に戻る「獣化」だ。
「随分可愛らしくモフモフしたもんだな」
「こっちのが本来の姿だからね」
それでもまだ腕と脚以外は変化していない。
まだ第一段階と言ったところか。
「簡単にやられないでよね!」
蹴った場所が抉れる。
スピードもさっきまでとは全然違う。
俺は突き出された拳を受け流そうとするがインパクトの瞬間に腕ごと持っていかれる。
(いや、おっも!!)
思わず顔を顰める。
肩がそのまま外れるんじゃないかと思ったくらいだった。
受け流したはずの拳が痺れている。
「あれ? 意外と軽いんだね」
まずい、距離が近すぎる。
そう思って後ろへ引こうとした時に、同時に相手も俺の方に寄ってくる。
「くっ!?」
「遅い!」
咄嗟に腕を交差させ防御するが、そのまま殴り飛ばされる。
あまりの衝撃に歯を食いしばった。
追撃のため踏み込むと、全身がバネのようにしなり、あっという間に飛ばされた俺に追いつきそのまま地面へと殴りつける。
メリッ、と音が聞こえ叩きつけられた地面が凹む。
背中に衝撃が走り、苦しくなって身体の中から空気が吐き出された。
腕と背中に激痛が走る。
呼吸も苦しい。
それでも攻撃の手を弱めず、さらにそのまま襲ってくる。
腕を無理矢理動かし、焼けるような痛みが腕を襲うが身体を回転させ横に回避する。
しかし、起き上がった時には既に目の前まで接近されており、そのまま顔を掴まれもう一度地面に叩きつけられる。
それでもなお、顔は掴まれていたがそのまま投げ飛ばされる。
そして路地に置いてあった木箱に着地し、その木箱は潰れた。
幸い何も入っていなかったので木材が衝撃を抑えてくれた。
だが寝心地が悪い。
「魔法が使えないとやっぱりただの人間なんだね、全然大したことないじゃん」
呆れたように捨て台詞を吐いた。
そしてゆっくり俺の方まで近寄って胸ぐらを掴み持ち上げる。
「所詮お前達人間の力じゃ僕には勝てないんだよ」
掴んだ拳に力が入る。
首が絞められて苦しい。
少し頭がぼーっとしてくる。
僅かな目の隙間から見える顔は怒りに満ちていた。
「じゃあバイバイ」
酷く冷たい声でそういうと、爪で喉元をかっ切ろうと思いっきり振りかざした。
振り抜かれたモノが俺の喉元を捉え、大量の血が辺りに飛び散った。
ダランと脱力したことを確認し地面に投げ捨てる。
「グハッ、カハッ」
口から大量の血が溢れ出る。
痛みと衝撃で力が入らない。
魔法が使えないため回復魔法すら使えない。
(まずい、視界が……)
もう何もする気になれない。
このまま死を迎えるだけ、そう思った。
そして目の前が真っ暗になった。
「ここは?」
温度も感じず、空気も感じれないような場所にいた。
感じるものと言ったらデジャヴか。
あの時死んだ時と似ているような気がする。
つまり俺は……
(君は死んでないよ)
俺の思考の先読みをしないでほしい。
というかどこから声が?
(ああ、すまない、今は君の心に直接話しかけている。だって君がピンチだったから急いでここへ呼ぶ必要があったんだもん。あのまま行けば君は死んでいたからね)
どこか懐かしい声だな、確か俺が前世で死ぬ間際に聞いた声に似ているような。
(そんな事もあったね、だけどあの時は突然で驚かせたね)
て事はやっぱりあんたが俺をあの時殺したのか?
(そうだと言ったら、君は恨むかい?)
いや、あの世界には未練はないしあんたを恨む事はない。
それに今はこの世界が楽しいからな。
(それは良かったよ、君のおかげであの子も吹っ切れたようだし。やはり君を選んだ事は間違いでは無かった)
どうして俺をこの世界に連れてくる必要があったんだ?
(それは君も知っての通り魔族の動きが活発だからだよ。今のままでは彼らが良しとする世界になってしまう。それは少しつまらないだろう?)
確かにこのままでは、人が生きにくい世界になってしまうだろうな。
(過去もそうだったのさ。その度に向こうから才能をある人を見つけ、こちらの世界に連れてきたりしてるってわけさ)
あの時感じた、師匠とこのよく分からない奴が似ているって雰囲気の正体は、この声とトーンだったのか。
それにしても過去にも転生者はいたと言うわけか。
(その通りだよ。1000年前の彼もそうだし、君だけじゃないんだよ転生者は。それに今だって他に居るんだよ?)
他にも居る?
そういえばあの時あいつは、貴明はあの後どうなったんだ?
(彼がどうなったかは自分で確かめる事だよ。何でも知れば君たちはすぐ飽きてしまうだろう?)
自分で確かめろって、まさかあいつも……!?
(さて長話してしまったね、そろそろお開きの時間だ)
待て! まだこっちは聞きたいことがいっぱいあるんだ!
(それはまた今度、もし会いに来れたなら聞こうじゃないか。それまではあまり退屈にさせてくれるなよ?)
急に視界が白くなり始めた。
(そうそう、君のあの魔法の本当の力の使い方を教えといたから君は生き返れるだろう。だから精々きちんと扱えるようになってくれたまえ)
まるで自分がプレゼントしたような口ぶりだった。
まったくわけの分からない話だ。
その声がこだまするようにして俺は現実へと引き戻された。
「こんなものか、案外あっけなかったな。リーダーは何だってあんなに警戒してたんだろう、全然大丈夫じゃん」
血を流し倒れている俺を見てそう独り言ちる。
すると急にドクン、っと胸が締め付けられた。
(何だ、急に胸が)
まさか最後の悪あがき?
いや、でもそんな攻撃されたなら普通は分かるはず。
感じ取れないなんて事は有り得ない。
だったらこの胸の痛みは一体何なのか。
「くそっ!」
まあ良い、とにかく自分を邪魔する敵は一人居なくなった。
このまま魔法が使えないところに置いておけば見つけても治療までに時間は稼げる。
その間にどうせ死ぬ事だろう。
そうして立ち去ろうとして少し歩いたその時だった。
「!?」
何かの気配を感じ思わず後ろを振り返った。
(そんなバカな、ちゃんと殺したし魔法だって使えないはず……)
そこにはさっき倒したはずの男がそこに立っていた。
(何で、有り得ない!)
わけが分からず混乱する。
あの時確かに感触はあった。
実際こうして生きているのは相当な技術の治癒魔法が必要なはず。
しかしここは反魔法の領域でそんな事は不可能だ。
(一体何が起こったんだ……!?)
目の前に映った存在は不気味で、まるで悪魔のような恐ろしさを感じた。
ゾワっとする何かを感じ、本能的に警戒心が最大まで引き上がる。
さっきまでと違って汗が滲み出てくる。
(まさか恐怖しているのか? この人間に僕が?)
そんなはずないと強く拳を握った。
そしてそれを否定するように睨んだ。
あの魔法の本当の力、つまり「神贈の恵与」の事だろうか。
気付けば俺はその場所で立ち上がっていた。
そしてさっき最後に言われた言葉を反芻する。
本当の力って一体何だ?
でも、さっきやられた傷も怪我も跡形もなく無くなっている。
果たしてこれがそうなんだろうか?
とにかく分からない事が多いが、今は目の前の敵をどうにかするのが先だろう。
どうせなら戦いの最中に見つけていけば良いしな。
それに、ちょうど試すには良い実験相手もいる事だし。
そう思って俺は目の前に居るこの少年を見つめた。
それがどう映ったかは分からなかったが、全力の警戒心を露わにしていることだけは理解できた。
さっきまでとは違い、少し焦りのようなものを感じる。
(そんなに怖い顔するなよ)
敵は強く睨んでくる。
今までどんな辛いことがあったのかは知らない。
けど今のままだとこの先はもっと辛い事が待っているはずだ。
だから少しでも俺が違った景色を見せてやろう。
そうすれば自分の考えていることに疑問を持てるさ。
その事をこの憎悪に満ちた彼に分からせる。
「じゃあ、少し実験の時間といこうじゃないか」
俺は不敵に笑った。




