第二十九話 エールトヌス王国第一王子サクレ
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学園の休みの期間が終わり、またいつも通りの日々が始まる。
今までは静まり返っていた学園内も人の喧騒で溢れている。
元々人混みが好きではない俺にとってこの人の多さは辛い。
そんな学園も休み明けから平穏な日々が続いていた。
あれからメロンジュと言った生徒は学園に来ていなかった。
こちらの事を警戒したのか分からないが、それにしては早い行動の移しようだ。
またあのロリババアが俺達の情報を敵に耳打ちしたのだろうか?
問い詰めた所で真面目に答えないだけだし、聞きにいくだけ時間の無駄だと思っている。
それはそれで俺にしてみれば特に気にする事ではない。
今必死になって探す事ではないと俺の勘がそう言ってる。
この直感は信じても良い。
「今晩空いていますか?」
ある日の朝、日課の朝練が終わるとエクレレが尋ねてきた。
「大丈夫、特に予定はないよ」
俺は頭の中の記憶から用事を確認し、特に用事がない事を伝えた。
「リーベに何する気なのよ」
不満を前面に押し出した顔でフランメが会話に割り込む。
「リーベストに会いたい方が居まして、わたくしが仲介役としてお誘いしてるだけですよ」
「これ以上リーベを悪い虫に近付けたくないんだけど」
そう言ってエクレレにガンを飛ばす。
「それは誰の事でしょうか? それに勘違いしているので訂正しますが今日はわたくしの兄ですよ」
兄…? まさかそんな国の重要な人物と晩飯??
そんなの緊張して飯なんか食えないな……。
「ふーん、なんだ、そうなんだ」
「あら? 随分嬉しそうですね。愛しのリーベストが誰にも取られなくて安心しましたか?」
愛しのの部分をだいぶ強調したな。
それにそんなに煽らなくても良いんじゃ?
「だから、別にそんなんじゃないから!!」
顔を真っ赤にして声を張り上げる。
こっちはこっちで素直じゃないな。
その顔が答えを言ってる様なものなのだが。
別に今更恥ずかしがらなくても良いとは思うのだが、年頃なんだな。
その様子を楽しんでいるエクレレ。
この二人はいつになったら大人しく会話が出来るようになるのだろうか。
俺は一つ息を吐いた。
その日の晩、俺はエクレレに教えてもらったお店に向かった。
そのお店は、メインストリートから少し入った所にあり、観光客や旅の商人などでは立ち寄らない様な場所にあった。
それでも店の外装は悪くなく、清潔感がある。
しばらく店の前で待っていると彼女が到着した。
「すいません、お待たせしましたか?」
普段見慣れた制服ではなく、私服姿がとても新鮮だった。
白を基調とした上の服に黒がかった緑のワンピース。
着飾らない感じが彼女の持つ雰囲気と合っている。
その美しさについ見惚れてしまった。
「何か言ってくれないと困りますよ」
若干の照れ隠しがポイントを上げてくる。
「すまない、私服姿は新鮮だからつい見惚れてしまったようだ」
「もう、そんな事ではフランメにぶん殴られますよ」
「確かにな、でもそう思ってしまったんだからしょうがないさ」
俺は息を吐くように笑った。
「まったく、わたくしを褒めた所で良い事はありませんよ?」
と口では言っているが顔はそう言ってるように思えない。
どこかグレンツェに似てる所があるなと俺は感じた。
この人を弄ぼうとする感じとかが。
「まだ時間はありますが先に入っておきましょう」
気まずさを感じた彼女は店内に入るよう促す。
「そうだな、立ち話もなんだし中で待っておこう」
俺もそれに従い彼女について行く。
店に入ると店員の人が来て、彼女と少し会話を交わした後に俺たちは個室へと案内された。
案内された個室にはテーブルなど何も置いていなかった。
「ひょっとして転移魔法で別の所へ行くのか?」
「よくご存知ですね、ここはわたくし達や偉い方々の密会として使われている所なんですよ」
そう言って人差し指を口元に当てた。
なるほど、権力者達もよく利用する大事な話し合いの場というわけか。
ヘンドラーの部屋と一緒みたいなものだな。
「ヘンドラー伯父様の所も、こんな風に転移魔法を使わないと行けないようになっているからそう思ったんだ」
「そうだったのですね、では既に経験済みというわけですね」
「初めて経験した時は不思議な感じだったよ」
俺はあの時の感触を思い出した。
「わたくしも初めての時はしばらく気持ちが悪くて大変でしたね」
そう言って彼女は当時を思い出して苦笑いする。
コンコン、とノックの音がして先程とは違った店員さんが入ってきた。
「本日はご利用頂き誠にありがとうございます」
「こちらこそ、今日はよろしくお願いします」
動作が精錬されており動きに無駄がない。
このお店の店長、だろうか。
俺が考えていると地面に隠されていた魔法陣が作動する。
これも恐らくグレンツェと同じでこの人のマナにしか反応しないと感じる。
「では、ごゆっくりどうぞ」
そう言われると、俺たちは光に包まれた。
転移が完了すると、目の前には扉があった。
その扉を開けると、円上の卓と椅子が3つ置いてあった。
「こういう店に来るのは初めてだから緊張するな」
それは紛れもない本音だった。
前世の時に、一度だけ本格的なフレンチ料理を食べに連れて行ってもらったが、その時と同じような気分だ。
「そんなに緊張せずとも普段通りで構いませんよ」
「そうは言うが今日は相手も相手だからな」
そう、今日は第一王子のサクレ王子との会食である。
初対面だけでもハードルは高いが、さらに次期王様候補という雲の上のような存在だ。
緊張するなと言う方が無理である。
だが王子とベルンハルト家は色々深い関わりがある。
ここはきちんと挨拶をしなければ。
ただ刻々と時間が過ぎていった。
ここに来てどれくらい時間が経ったのだろうか。
エクレレと会話をしているが、もう一時間くらい経ったんじゃないかと思えるほど。
いや、緊張で体内時計が狂っているだけだ、うん、絶対そうだ。
コンコン、と扉を叩く音が聞こえた。
その音に反応して背筋が伸びる。
ガチャッと開くと、そこには端正な顔立ちの男の人がさっきの店長みたいな人に連れられて中へと入ってきた。
「待たせてすまない」
彼は騎士団の格好のままだった。
仕事が忙しかったのだろうか。
彼は俺を見ると隣までやってきて、
「初めまして、サクレだ。君がリーベストだね、カールから話は色々と聞いているよ」
にこやかな顔で丁寧に自己紹介をしてくれた。
「初めましてサクレ王子、リーベスト・ドミニアンです。父様やカール兄さんから話は聞いています」
緊張しているためか少しぎこちなかった。
「あはは、そんなに緊張しなくていいよ。とりあえず席にでも座ろっか」
俺の事を優しく諭し、着席を促した。
席に座り飲み物が運ばれてくるとすぐに口にした。
喉がカラカラだ。
こういった場は何回経験しても慣れないな。
「ここまで緊張しているリーベストは新鮮ですね」
おかしそうにエクレレは笑った。
仕方ないだろう、身内の知り合いとの初対面ってなぜかいつもより緊張するんだよ。
「君の噂はエクレレやカールを通じて聞いているよ。この国を脅かす魔族を撃退した非常に優秀な人物だと」
声の抑揚が自然で耳当たりが良いのでとても話が聞き取りやすい。
これがこの人のカリスマ性なんだな。
「そんな、恐縮です」
俺はあまり余計な事は言わず、まずはその人の観察から始める。
これは昔からの癖みたいな物だ。
「随分と低姿勢だね、そこは君のお父さんに似ているのかな?」
低姿勢のベルンハルトは今ではあまり想像つかないな。
「ところで、サクレ王子は父様とどういった関係だったのでしょうか?」
「そうだね、どこから話そうか。君のお父さんが騎士団に所属していた事は知っているかな?」
「はい、その時に王子を助けたと聞いています」
「そう、あれはまだ私が5歳の時、ちょうど五誕行祭の時だった。私は魔族に雇われた人攫いに捕まってね、その魔族に殺されそうになっていたんだ。その時に君のお父さんとリヒャルトさん達に助けに来てもらったんだ」
リヒャルトも一緒だったのは初耳だな。
騎士団に入団した後はベルンハルトと別れたって昔言ってたような気がするんだけどな。
「その時私は運良く『神贈の恵与』を授かった。君もそうみたいだね」
そう言って持っていた剣を手に取ると、剣は光に満ちていく。
「私が授かったのはこの神聖魔法なんだ。あいにく魔法を使うには魔力のコントロールが上手くできず、剣に魔法を載せる事で使えるんだ。どうやら何かを介さない構築がどうも苦手みたいでね、王宮では『神贈の恵与』について知っている人が居なかったのもあって魔法として扱いきれなかった。それに比べて君は魔法として上手く扱えていると聞いているよ」
やはり特殊な魔法だからちゃんと教える人が居ないと出来ないものなのだろうか。
俺の場合は師匠が居てくれたおかげって事なのかもしれない。
「はい、僕も魔族に襲われた時この力を授かりました。幸いこの力の使い方を教えてくれる存在が居た事で上手く扱えるようになれました」
いろいろ話をしていると、扉がノックされた。
「失礼します」
二人のお店のスタッフによって料理が運ばれてきた。
どれもこれも香りだけで食欲を唆る。
ただ、これは12歳の子供が食べていい品ではなさそうなくらい高級っぽい見た目なんだが。
ここ最近は、毎日定食ばかり食べていたので、こういった本格的な料理を食べる事は久しぶりだ。
お金持ちはどこの世界でもやはり凄いな。
「今日は遠慮せず食べていきなよ」
ニコッと微笑んだ。
どこかその表情に裏を感じたのは俺が捻くれているからだろうか……。
それからはエクレレも交え世間話をしていた。
サクレ王子の雰囲気もあって、俺の緊張も次第に解れていった。
何とか味のしない食事にならずに済んで良かった。
そう思っているとエクレレが耳打ちをして何か話していた。
しばらく頷くだけだったが、やがて俺の方に向き直って話をする。
「それでは今日の本題に入ろう」
その眼差しは真剣だった。
やはり俺の勘は当たっていたようだ。
「最近魔族の動きが本格化しているのは君も知っての通りだが、どうやら奴らはクーデターを起こすつもりみたいだね」
「はい、ヘンドラー伯父様がそう話していました」
「確かに奴らは厄介だ、それに奴らに協力をしている組織も王都で色々動いているとか。色々課題が山積みである事は明確だ。そこで私を含めたこの国の優秀な人材の力を借りたいと思っている」
「なるほど、そこで僕に協力して欲しいというわけですね?」
そのための食事だったんだろう。
美味しい飯食わせてやったから協力してくれるよなっていう無言の脅し。
王子も意外と腹黒いのかもしれないな。
「その通りだ、君にはその魔法で未来を見通せる力があるそうだね。その力を私たちに貸してくれないだろうか?」
「それは別に構いませんが、僕は学園で常にアゼルという魔王軍の幹部に監視されているのであまり役に立てるかは分かりませんよ?」
「そこはわたくし達も学園長が邪魔出来ないように協力していきます」
「私の弟である第二王子のエスピシオのバックにも魔族が付いている。ヘンドラーさんの話では、彼ら魔族達はエスピシオを王にしこの国を陰で操るみたいだからな。だから、俺の所属している騎士団もその魔族の監視の目があるため迂闊には動くことが出来ない。そこで君の力でいつどう攻めてくるかを知りたいのだが、やれそうかい?」
サクレ王子の目的は、俺の未来視の能力を使って敵がいつ、どのタイミングで行動を起こすのか知りたいということだ。
ただ、あいにくこの能力はそこまで便利なものではない。
「残念ですが、この能力は自分の命に危険が及ぶ可能性が高くならないと、遠い先の事までは曖昧なものなんです。それに、ま遠い未来を見るために大量に魔力を消費しますし、得る情報の多さに僕の身体がどうなるかも分かりません。ですので、今はどのタイミングで仕掛けてくるのかといった事ははっきりと分からないのです」
前に敵の行動を知るべく試してみたが、精々一週間が限界だった。
それより先は何となく起こるかもくらいの感覚でしか分からなかった。
それに加え、一週間より先を見ると頭が痛くなった。
「そうか、それは残念だ」
「力になれず申し訳ありません」
「いや、気にする事はないんだ。それならそれできちんと対策が立てられるからね。それに、中途半端よりダメって分かってる方が動きやすいしね」
ダメだと分かってた方が割り切れるのは確かだろう。
ただ、視えていればそれだけ負担も少なかったはずだ。
それにまだ謎の勢力の存在も朧げだしな。
「ですが何か分かり次第すぐに連絡致します。僕だって奴らの好きにさせるわけにはいきませんから」
「そう言ってくれるだけで頼もしいよ、俺たちもやれるだけの事はしていくつもりだ」
一先ず今日の所はそんな感じで一旦お開きになった。
「今日はありがとうございました、ご飯までご馳走になってしまって」
「そこは気にしないで良いよ。君とこうして協力できる関係になれただけでも十分今日の食事は意味があったよ」
これは果たして営業スマイルなんだろうか。
どうしてもそういう風に考えてしまう。
前世の悪い癖は本当になかなか治らないものだな。
だが第一王子であるこの人が居なくなられるとこの先が大変だ。
何としてでもこの人は死なせるわけにはいかない。
それが今、俺が視えている命の危険だから。
こうしてサクレ王子と別れ、俺とエクレレは学園に帰るのだった。
「今日はわざわざ来て頂いて感謝しますよ」
「良いよ別に、それに俺だってサクレ王子に会えて良かったし。それに色々俺の家族のことも聞けたしね」
彼は俺が知らなかったベルンハルトやカールの一面を知っていて、その話を楽しく聞かせてもらった。
今度会った時にでも話のネタに出来るしな。
「そう言ってもらえたならわたくしは嬉しいです」
彼女も彼女なりで苦労している部分もあるのだろう。
実の兄二人の争いに巻き込まれているのだから。
どこか助けを求めている、そんな彼女の悩みを垣間見た気がした。
——それにしてもさっきから俺たちを見ている気配を感じる。
「……エクレレ、悪いけど先に帰っておいてくれるか?」
「それは構いませんが、どうかしましたか?」
「ちょっともう一つ用事がある事を思い出したんだ、だからちょっと行ってくる!」
駆け出した俺を引き止めることもなく彼女は見送った。
俺は来た道を引き返し学園とは反対の方へと走った。
それなりの距離を走ると、先程感じた気配は入り組んだ路地に入っていった。
「わざわざご丁寧に誘ってくれるなんてな」
そのままその気配のする方へ駆け出した。
この時間は暗く周りの視界もほとんどない。
それでも未来視を使いながら慎重に進む。
今の所危険はなさそうだ。
「!?」
いきなり奥から水の槍が飛んできた。
(魔法、水の投槍か)
それに詠唱をした形跡がない、無詠唱魔法の使い手か?
「こんな所に誘っておいて何のようだ!」
暗いが故どこに敵がいるのかが分からない。
細心の注意を払いつつ距離を縮める。
しかし、何もレスポンスが返ってこない。
(逃げられたか?)
心の中でそう思ったが、足音が聞こえてきた。
暗くて上半身が見えないが、フードを被っている事は何となくだが分かった。
「今の魔法を避けるなんてさすがだね」
声的に少年だと感じる。
それにどこか遊び心のような軽さだ。
「お前は一体何者だ?」
狭い路地の闇を月明かりが少しだけ照らし出した。




