第二話 始まりの一日
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気付けば、この世界に来てから2年の月日が経った。
この頃にもなると、ある程度歩けるようになった。
そろそろこの世界の事について知りたいと思った俺は、まず世界の言語を覚えていこうと考えた。
普段の会話からそれとなくの意味は分かるようになったが、それでもまだまだ完全には理解できていない。
言葉が分からないと不便だからな。
だがこの時は甘く考えていた。
広い屋敷を小さい身体で歩くと、気分的に疲れるという事を。
何とかこの屋敷の中にある書斎へ行き、本を手に取って色々と読んでいく。
だがやはり書いてある文字は読めない。
そんな中、手に取った本の中に魔法が使われている絵が書いてある本を見つけた。
「これは……」
もちろん何も理解できない。
アラビア語を目にしているような感覚だ。
そう思った時にあることを思いついた。
「そうだ、これを読んでもらえば言葉も魔法も勉強できるじゃないか!」
そうと決まれば早速イーデルに頼んでみよう。
これについては、断じて魔法が早く使いたいからといった少年心からではなく、勉強のためだということを先に否定しておこう。
魔法、早く使いたいな……おっといけない。勉強、勉強。
でかい屋敷とは対照的な小さく佇む小部屋の中に本が1000冊くらいはあったが、その中から魔法に関して何か書かれてそうだった書籍は10冊くらいだった。
この世界ではこういった魔法に関する本は数多く出回っているものなんだろうか?
ただこの家が金持ちなだけで、そこまで出回っていないかもしれない。
考えてもそこのところはまだよく分からない。
いかんせん知らないことが多すぎるからな。
だが、あるものはとにかく使おう。
今後自分の武器になるかもしれない。
とは言っても俺はまだ文字が読めないので、とりあえず1冊自分の部屋に持ち帰り、母親のイーデルに毎晩寝る前に読み聞かせてもらった。
イーデルは、「リーベは魔法に興味があるのね!!」
と最初はすごく嬉しそうに笑い聞かせてくれた。
毎日読み聞かせを続けていると、あまりにも俺が真剣に聞いているから、その姿に気味悪がって引いたり、はせずにきちんと丁寧に教えてくれた。
聞くところによると、イーデル自身が元々王都で治癒魔法を使った診療所で働いていたらしい。
診療所とは、前世で言う所謂病院みたいなところだ。
そこで患者の治療を主にしていたようだ。
その為魔法の扱いに関しては手慣れており、時には実践もしてくれた。
魔法を実践してくれた様子を見て、俺は興奮した。
早く自分も使ってみたいと。
いや、違う。
もっと勉強したい。
−−−
読み聞かせが半年も経つ頃には言葉がだいぶ話せるようになり、本を読む数も増えていった。
やはり魔法という知識は前世になかったものだからか、凄く頭に入ってきた。
好きこそものの上手なれとはよく言ったものだ。
好奇心こそが進歩に欠かせないのだ。
ここまで魔法について聞いてきて、ある程度仕組みが理解できてきた。
まず、この世界の魔法は大きく分けて攻撃、防御、治癒、捕縛の4種類があり、攻撃魔法と治癒魔法には級というものがある。
級は下から順に、初級、中級、上級、准級、帥級、神級の6段階である。
ちなみに治癒魔法は、上級まで一緒だが、聖級、神級の5段階しかない。
攻撃魔法なら帥級、治癒魔法なら聖級を使えれば金には困らないらしい。
理由としては、使える人がガクッと少なくなるからだ。
だから、肩書きを持っているだけでお金が転がり込んでくるんだとか。
当然、神級クラスになると攻撃魔法と治癒魔法合わせても、世界に使える人なんて片手で数える程度らしい。
あくまで噂だから本当に実在しているのかすら怪しいみたいだが。
次に、魔法を使うには勿論魔力が欠かせない。
イーデル曰く、
「魔法を使うにあたって私たち人は、体内にあるマナの器官からマナを供給し、魔力に変換してそこから魔法を放つの」
とのことだ。
だがマナの器官と言っても、実際にはそんなところ身体の中に物体として存在していないらしい。
身体のどこにでもマナというものは巡っているという。
つまり、血流をマナとしてイメージする事が重要と言えるだろう。
ほとんどの生物はマナを持っているため、要領さえ覚えれば魔法は使えるとのことだった。
ただし、魔族は空気中のマナを利用して魔法が発動できるらしい。
それ故魔族は、魔法をほぼずっと使えるので魔法勝負で挑むのは自殺行為だと本に書かれていた。
なんて恐ろしいチート能力だ。
他にも、魔法陣を媒介としてマナを使えば魔法は使える。
ただしこの場合、使える魔法は限られる。
そして、魔法にはその魔法陣を使うか、もしくは詠唱を行い発動させる。
ファンタジーとしてはテンプレであるから特に迷うこともないだろう。
(てことは無詠唱とかはできるんだろうか?)
異世界で無詠唱を使えればそれだけで有利になる、なんて事もあったし。
それについて書かれている本によると、無詠唱は出来るっぽい事は書いてあった。
ただ、書かれていることが曖昧でよく分からなかった。
あとはマナの量とかって変わったりするのかだな。
これについては何も書かれてなかったので、イーデルに聞いてみるとしよう。
「母様、体内のマナの量はどうやったら増えますか?」
その日の晩、俺はイーデルに質問した。
「その人が持つマナの量はある程度決まっているものよ。魔法をいっぱい使って、体内のマナを使い切ったりしてるとそれなりには増えると思うけどね」
なるほど、使えば使うほど増えると。
「では、使い切れば使い切るほど増えていくってことですか?」
「……それはそうだけど、あまりおすすめは出来ないわ」
使いすぎると良くない?
それは一体どういうことだ?
「使いすぎると問題があるのですか?」
「魔力切れ、つまり体内のマナが枯渇すると意識がなくなるし、魔力切ればかり起こした人が魔法を使えなくなったって話は昔よく所長に聞かされたわ」
つまり、魔法を使いすぎて魔力切れを起こし続けると魔法が使えなくなるってことか。
それはどうしてなのだろうか?
「どうして魔力切ればかり起こすと、魔法が使えなくなるのですか?」
子供じゃなかったらこんなに質問すると嫌われてるだろうな。
大人なんだから自分で考えろ、とか言って。
けれど、こういう疑問を持つことは大事だと思う。
しかしイーデルは、ちっとも嫌がったりせず、
「マナを魔力にうまく変換できなくなるの。壊れた過程が治らないまま酷使しちゃうと、元通りに治らなくなってしまうから、もし魔法を使うときは気をつけなさい」
と、丁寧に答えてくれた。
俺はなぜか、その姿にちょっとだけ感動を覚えた。
「分かりました、その時は気をつけます」
とりあえず魔法の使いすぎには気を付けよう。
いや、使いすぎで壊れた回路が修復しないまま使うからダメなんだったら、筋肉と同じで修復に時間をかければ超回復で伸びたりして、と俺は考えた。
それからしばらくしてようやく魔法を練習する日が来た。
メイド長のハナと一緒に、まずは簡単な魔法からやっていき、自分の適性と魔力量を調べる。
ちなみに魔法は火、水、土、風の4種類を主として、他に光、闇、氷、雷などの特殊魔法がある。
主要4大属性は誰でも一種類以上は使えるが、特殊魔法は適性やセンスがないと使えないらしい。
さらに、「神贈の恵与」と呼ばれるものもあるらしい。
これを持っている人はごく僅からしいが、珍しい属性の魔法や能力が使えるみたいだ。
「ではリーベスト様、練習をしていきましょう」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ハナは一応土魔法が得意で、階級は上級だ。
昔は隣の国で衛兵をしており、こういった魔法の扱いはそれなりの教養があるみたいだ。
最初の基礎を彼女に教えてもらうことになったのは、イーデルが兄たちの勉強を見ており、俺に対して時間があまり取れないからだ。
それでも時間があれば、こっちも見てもらえることになっている。
他の人もこの屋敷にはいるが、この家で魔法をきちんと使えるがハナとイーデルだけで、あとはあまり得意ではないらしい。
みんな魔法を扱うのが苦手、というか繊細なコントロールが難しいと口を揃えて言っていた。
「まずは手本を見せますね。まず、体内のマナを感じます。次に感じたマナを魔法を発動する手に集めていきます」
この時、フワッとしたものが彼女の周りに漂い始めた。
(これがマナの流れなのかな)
何となくだがそう思った。
「そして集まっているのを感じることが出来たら詠唱します」
周りを包んでいたものが、やがて手の周りに集まり出す。
「我は求む、
この身に地の力を以って相手を射抜かんとす、
土の矢!」
ハナの詠唱と共に、彼女の右手に土の矢が漸次形成されていき、弓矢くらいの大きさになった。
そして射出された矢は早いスピードで庭の木に刺さった。
「こんな感じで、一番重要なことはしっかりとイメージすることです。最初ですから、まずは感覚を掴む事に集中してみてください」
そう言われ実際にやってみる。
まずはマナを右手に集める。
スゥーっと息を吐き、意識を集中させると、何かフワッとした浮遊感みたいなものが身体に感じられた。
(おぉ……)
これがマナなんだろうか?
ちょっと感動したが、まだここがゴールではない。
集中し直して、今度はその感覚を右手に集めるようイメージする。
やがて、フワッとした感覚は右手に集まっていくのを感じる。
「良い感じです! では、そこで詠唱を唱えてください!」
ハナにそう言われ詠唱を唱える。
「はい! えっと、
『われは求む、
この身に地のちからを以って相手をいぬかんとす、
アースアロー』!!」
少しカタコトな詠唱と共に自分の右手に土がパキパキと形成されていく。
おぉっと思わず声に出てしまったが、その事に気づくことなく感動していた。
が、その次の瞬間に土の塊が弾けた。
「うわぁ!」
っとそのまま後ろに飛んで尻もちをついた。
「大丈夫ですか、リーベスト様!?」
「イテテ、うん、大丈夫だよ……」
ビックリした。急に魔法が吹き飛んでしまったようだ。
イメージ的にはばっちりだったと思うのだが。
「どうやら魔力を込めすぎてしまったようですね。集める所まではとてもよかったですよ。初めてにしては出来過ぎなくらいです!」
なるほど、初めてで上手くいくほど甘くはないということか。
俺の中では、大体こういうのは最初から上手くいくことが多いんけどな。
「もう少しマナを集める量を少なくした方がいいですか?」
だが失敗をしたら反省し次に生かす、魔法を扱うのも一緒ってことだな。
「そうですね、あまり気負わないようにするといいと思いますよ。」
二回目のチャレンジだ。先ほどのようにまずは右手に意識を集中。
すると右手にマナが集まってくる感覚を覚える。
(あまり気負わず集める量はほどほどに、土の矢をイメージして…)
するとパキパキと音を立て形成される土の塊。
その光景にハナが、えっと声を上げた。
それに自分も反応してしまい、練り上げた魔力を土の塊ごと発散させてしまった。
先ほどよりも強い衝撃と共にパンっと乾いた音がし、二人とも軽く吹き飛んでしまう。
「あれー? さっきよりマナの量を抑えたつもりだったんだけどな?」
俺はさっき自分が何をしたか気づいていなかった。
そんなことよりも重要な事をしていたにも関わらず。
「……リーベスト様、今無詠唱で魔法を作っていませんでしたか?」
ハナが起き上がりそう問いかけてくる。
かく言う俺も正直何がどうなったのか理解が追い付いていない。
「無詠唱は詠唱と違い魔力のコントロールがとても難しいのです。私はあまり実践してる人は見たことがありませんので、正直とても驚いています」
ハナ自身もどうやら理解が追い付いてないようだ。
そこでようやく俺は自分が詠唱をせず、魔法を形成していた事に気が付いた。
「すみません。魔力量と土の矢をイメージしていたのですが、なぜか詠唱する前に魔法が勝手に作られていきました……」
ハナは少し困ったような表情だったが、
「……少し奥様に相談致しましょう。とりあえず、今日のところはここまでにしておきましょう」
こうして一度も成功させる事なく初めての魔法教室は終了した。
まだまだ魔法の仕組みについて理解できてないが、それは追々わかっていくことだろう。
思った通りにいかないことはショックだったが、まだ初日だからと気楽に考えるようにした。
(失敗しながら少しずつ上達していく方が人として強くなれるもんな)
思考をポジティブに切り替え、また明日頑張ろうと呟いた。
そうして本格的に俺の異世界生活がスタートした。