第二十二話 迫る魔の手
その日の夜に俺はジィーベン商会へやってきた。
この時間という事もあり中は閑散としており少し薄暗い。
受付には誰もおらずどうしようかと思案してると、
「もう営業は終了しているが一体何か用か?」
この前案内してくれた獣人のエレゴンさんが現れた。
「ん? 君は確かこの間カール様と一緒に来ていた子か?」
「こんばんは、確かエレゴンさんですよね? 僕はカール兄様の弟のリーベストと言います」
名前を聞いて厳しかった彼の態度が柔らかくなった。
「これは失礼しました。あなたがリーベスト様とは知らずに無礼な発言をしてしまいました」
「ああいや、そんな事は気にしてないですよ」
「リーベスト様のことは父上のベルンハルト様より伺っておりますよ、何でも魔法がとっても優秀なのだとか」
うーむ、ベルンハルトは俺の事広めすぎじゃないか?
そう思わずにいられなかった。
「それでこんな夜に一体どうしましたか?」
「実はヘンドラー伯父様に用があって来たのですが……」
「そうでしたか。しかしながらヘンドラー様は今出かけておりして、恐らくあと10日程で戻られるとは思いますが、何かお伝えしておきましょうか?」
「では、例の事件について分かった事があるとお伝えください」
「かしこまりました。そのようにお伝えしておきます」
俺はエレゴンさんに一礼をして寮に帰った。
次の日の学園で俺は、いつもの4人とセレニテを合わした6人で昨日の出来事を話した。
例の事件には『魔王の血』が使われていて、それが原因で人が魔物に変化してしまう事。
それを使って何かを企んでおり、そのためにこのポーションを王都に広めている事。
エクレレとシュヴァリエは深刻な面持ちで俺の話を聞いていた。
そんな中、一人この場にそぐわない顔をしてる奴がいるが。
「とりあえず昨日分かったことはこんな感じだ」
「情報感謝します、リーベスト。それにしてもこの国の民を騙すような行為は断じて許されません。なんとしてでもその広めた黒幕を暴き出さないといけませんね」
「ああ、それに学園長自体は関与を否定していたが、恐らくこの事件は魔族が絡んでいるはずだ」
「あ、あの少女が魔族って本当なんですか?」
「そうだ。そしてその事実を僕たち五人は知っている。この学園も魔族の手によって作られているんだ。俄には信じられないと思うが」
「た、確かに信じられない話ですけど、昨日のあの人のオーラは今まで感じたことがありませんでした」
「セレニテ、俺たちはこの先魔族と戦うことがあるだろう。別に君を巻き込むつもりはないし無理強いをするつもりもない。だから別に無理はしなくて良いんだぞ?」
「大丈夫、私も何か力になりたい。困ってる人たちを助けたい」
その決意に満ちた眼差しに俺を含めた五人が納得した。
セレニテが加わり、六人グループでこの先ずっと一緒に戦っていく事になるのだった。
−−−
それから10日後、ヘンドラーから呼び出しがあった。
一応事件の原因と思われるポーションのことは、この間偶然会ったグレンツェに伝えてある。
その話を聞いて驚いていたが、すぐに切り替えて流通の出所を探しておくと言っていた。
そのことは父のヘンドラーにも伝えており、今日の呼び出しもその件についてだ。
商会の窓口に着くと、そこにはもうグレンツェが待っていた。
「さすが、ピッタリ時間の5分前だね!」
「待たせるのは無礼だからな。少し早いが大丈夫か?」
「全然大丈夫だよ! じゃあ行こっか!」
「そういえばあのポーションについて調べたよ」
「それで、どうだったんだ?」
「それが、うちの商品としては登録されてなかった。つまり他に手引きをした商会があるってことだよ。全く、どうやら僕たちに内緒で悪事を広めるバカがいるって事だね」
口は笑っているが目は笑ってない。
どうやら相当ご立腹のようだ。
それにしてもここ数日で流通の出所とかをよく調べたものだ。
こいつもやはりあの人の息子だけあって只者ではないのかもしれない。
「ふぅ、それじゃあ中に入るよ」
一旦心を落ち着かせてから扉に手をかけた。
中には既にヘンドラーが座って待っていた。
「よく来たリーベスト、話はグレンツェから聞いている」
「失礼します。また貴重な時間を頂きありがとうございます、ヘンドラー伯父様」
「そう畏まる事はない。今は少し楽にしても構わないからかけたまえ」
「それでは失礼します」
そう言われ俺は椅子に腰掛けた。
「さて、早速だが本題に移ろう。例の事件について分かったことがあるそうだな」
「はい、この前グレンツェに南東地区のポーション屋が最近人で賑わっているとの事を聞き、少し気になったのでこの前の休日に行ってみました。そこで僕はこのポーションを見つけました」
そう言って俺は例のポーションを取り出した。
「それで、それが怪しいと思った理由を聞かせてもらえるか?」
「はい。その時お店の店員の人がこのポーションは最近王都で出回り始めたと言っており、さらにこのポーションを飲めば疲れが吹き飛び、楽になると説明を受けました。以前に僕の学友が本に書いてあったと言っていたのですが、「魔族の血」はどうやら人間にとっては害だと。しかし、適合すれば力が得られるとも書いてあり、疲れが吹き飛ぶというのは、その薬の一時的な効果だと聞いていたので、この言葉に疑問を覚えこの商品を調べることにしました」
「なるほど、ではなぜそれが原因だと思うのかな?」
穏やかだが、どこか鋭い刃でいつでも喉元を伺っているようなプレッシャーを感じる。
納得してもらうには証拠を見せるしかないため、俺はこの前と同じで時間魔法を使った。
(時間遡行)
この前と同じでこのポーションが作られる過程の時間を巻き戻し、それぞれの素材に分離させる。
すると葡萄茶色の液体が出てきた。
その液体に二人とも身構えてしまう。
「そ、それは一体?」
「有識者に聞いたところ、これは『魔王の血』だそうです。僕たち人間にとっては大変危険なものらしいですが」
「リーベ、ちょっとそれを早く元に戻して」
グレンツェは相当参っていた。
俺はもう一度時間魔法で元の状態に戻した。
「その状態だと何も感じないんだな」
「そうですね、何か気付かれなくするための特別なものが他に混ざっているのでしょう」
「なるほど、どうやらそれが原因だとみて間違いなさそうだな」
「ではこの商品の販売停止をすぐにでも……」
「いや、今すぐに販売を停止したところで混乱を招くだろう」
言葉を遮られ俺は少しムッとなった。
早くなんとかしないといけないのに。
だが深呼吸をしすぐに冷静になる。
(確かに今この商品は王都でも人気だ。それが魔物に変わる原因だと知ればみんな慌てて冷静を保てなくなる)
「では一体どうすれば良いのでしょうか?」
「まずはうちでこの商品を全て引き取る。飲んでしまった者たちへの対処は国と連携をとり検査していくしかないだろう」
なるほど、被害を拡大させないように自分たちで全部買い占めるか。
確かにこれなら国民への摩擦は少なくなるだろう。ただ——
「しかし、ほかの商会に反対されるのでは無いでしょうか?」
人気の商品を買い占めたとあっては非難の嵐だろう。
ところが俺の問いにヘンドラーは安心しろといった顔で、
「商業ギルドの依頼だと言えばあとは何とでもなるから気にする事ではない」
そうか、ギルドの依頼として一番信頼のあるジィーベン商会に頼んだとあれば言えば他の商会も納得せざるを得ない。
しかもこれに関しては恐らくだがもう手は打っていると見た。
ここまで話がまとまっているので、グレンツェに聞いた時にもう根回しを始めていたのだろう。
あとは俺の証拠さえ揃えば完了って段階まで進めており、今日それが確認できたからあとはいつでも物事を進められるって感じか。
やはりベルンハルトが言ってた通り、この人は物事の流れを把握し、的確に行動する事ができる。
この人からは見習うべき所がいっぱいだな。
「今日はありがとうございました」
「いや、リーベストが原因を見つけてくれたからだ。本当に感謝する」
「そんな、恐縮です。俺だけではどうする事も出来ませんから」
「物事はそういうものだ。人は支え合ってしか生きていけないからな。誰にだって得手不得手はあるし、それを補い合う事が大切だ。例外はない。だから何か困った事があればいつでも相談に来なさい」
「ありがとうございます! ではこれからもよろしくお願いします!」
「ああ、任せなさい」
こうしてヘンドラーの部屋を後にし、商会の窓口まで戻ってきた。
「今日はありがとう、グレンツェ」
「こっちがありがとうだよリーベ。リーベのおかげでこの事件の解決の糸口が見つかったんだからね!」
「それは俺の友達のおかげだな。本当ヘンドラー伯父様が言ったように支え合ったからこそ辿り着けた」
「そうだね、僕も何とかして売り捌いた奴を見つけなきゃね」
「あまり気負うことはないぞ。それに裏には魔族がいるかもしれない危険だってある」
俺は窘めるように言った。
その言葉に少し戸惑いを見せたがすぐに開き直り、
「じゃあ、その時はリーベの出番だね!」
そう言ってニカッと笑った。
「ああ、任せろ。ピンチの時は必ず駆けつける!」
俺は力強く答えた。
「本当? じゃあ約束だよ! 嘘ついたら許さないからね!」
そうイタズラに笑った。
どうやらよほど嬉しいみたいだ。
俺はやれやれと思いグレンツェの前に拳を向ける。
一瞬の間があったが、グレンツェはすぐに理解し一緒に拳を出してお互いの拳を合わせた。
「じゃあまた何かあったら連絡してくれ」
「うん、リーベも気を付けてね」
そうして俺は商会から学園に向かった。
学園に着くと、みんなが俺とセリウスの部屋に集まっていた。
俺はやれやれと嘆息を吐きながら問いかける。
「男性寮に来てるのがバレたら怒られるんじゃないのか?」
俺の呆れ顔に全く気にする素振りがない二人。
「大丈夫ですよ。バレないように来ましたから」
「それは一体誰のおかげだと思ってるのよ」
「君たち、さっきから喧嘩するなら帰ってくれよ」
まったく、相変わらず相性の悪い二人だ。
セリウスもうんざりしている。
「そうだ、ヘンドラーさんと話してきてどうだったの?」
その質問で急に空気がピンとなった気がした。
そんな急にどうした? と思ったが、みんな気になっているみたいだ。
「とりあえず商会で商品を全て買い取る事にしたみたいだ。ギルドの依頼だって言ってね」
「なるほど。そうすれば確かに混乱も少なく済みそうですね」
「まあ、あとは敵がどう動いてくるかだな」
俺は夜空を眺めてそう思った。
次の日から例のポーションはジィーベン商会が引き取りを開始した。
初めは反対の声も上がっていたが、商業ギルドの指示と分かれば次第にその声も少なくなっていった。
やはり権力は偉大だとこの時感じた。
特に大きな混乱もなく、回収は進んでいったのであった。
「くそ! せっかく良い感じで売り出してたのに、何で急にジィーベンの奴らがでしゃばって来るんだよ!」
「どうする? このままじゃ俺たちのせっかくの稼ぎが無くなっちまうぞ?」
「……しょうがない。奴らから奪い返すためにもあの人に相談だ」
−−−
「という訳なんですよ」
「サタナス様が言った通りとうとうバレたか」
「今何か言いました?」
「いや気にするな。それにしてもまったく目ざとい奴らだ」
「どうしますか? クランプス様」
「そんなの決まっている。私たちの邪魔をするものは排除する」
クランプスと呼ばれた少し年老いて見える男はそう言って静かに腰を上げた。
それから一週間が経過した。
あらかた商品を回収し終えたのか、最近は例の物を見る機会がなくなった。
順調にいってるに越した事はないがこういう時こそ足元を掬われやすい。
それに魔族がいるなら何か仕掛けて来るはずだ。
俺はフランメとグレンツェの三人でご飯を食べにきている。
今日は三人とも休みで魔法の練習をしており、ちょうどお昼過ぎになったのでお腹も減っていた。
「どうやら順調にいってるみたいだな」
俺は例の件についての話題を振る。
「そりゃもちろんだよ! どこが流通させたか分かったからね!」
「ちなみにどこか分かったのか?」
「一応ね。スプリヌ商会ってそこまで大きくない所なんだけど、何かそこのトップの人はそんな事知らないって言うんだよね」
「知らないって、ただとぼけてるだけとかじゃないのか?」
「どうだろう? 多分そんなに悪い人ではないと思う。今度問い詰めてみるけど」
知らない、か。
上に通さず下っ端が勝手にやった事なのか?
「意外とあっさり終わっちゃうんじゃない?」
「どうだろうな。このまま黙っていてくれれば何も苦労はしないけど」
「ここまでは上手くきてるからあともう少しだね」
「あのチビババのデタラメとかじゃないの?」
「チビババ?」
「ああ、こっちの話だから気にするな」
ふーんといってこちらを見ていたが、ご飯がちょうど来たのでそっちに意識が向いて話は終わる。
ご飯を食べ終わり、帰ろうとした時だった。
グレンツェの携帯していた通信魔導具が光を放っている。
「もしもし、グレンツェだけど?…うん、…うん、………え?」
「どうした?」
「父様が攫われたって……」
「え!?」
やはり動いてきたか。
それに誘拐か、これは厄介な展開だな。
「どうしよう、まさか殺されてたりなんてしないよね? ねえ、リーベ、きっと大丈夫だよね?」
混乱と不安に襲われているグランツェ。
目には薄らと涙を浮かべている。
そんなグランツェの頭を俺は優しく撫でる。
「大丈夫だ、俺たちが必ず連れ戻す」
「そうよ、私とリーベでガツンと行ってくるから安心してなさい」
「うん、ありがとう二人とも」
「じゃあ行こうフランメ、行くなら早い方が良い」
「他のみんなはどうするの?」
「あいつらには申し訳ないけど、今は呼びに行ってる時間が惜しい」
「分かった! 私が魔族をぶっ倒すわ!」
目には力強い闘志が漲っている。
今度は負けないと。
俺はいつもの光景に薄く笑い、
「あまりはしゃぎ過ぎて疲れるなよ」
と言った。
そうして俺とフランメは急いでヘンドラーの救出に向かうのだった。




