第十七話 悪の戯れ
「さて、これからどうしたものか」
この俺、リーベスト・ドミニアンは悩んでいた。
「まさかこの学園が魔族によって作られていただなんて、俄には信じられませんね」
同じくエクレレ・エールトヌスも悩んでいた。
「とにかく、この事はまだ俺たちグループ内で内緒にしておきましょう」
「ええ、いきなり根も葉もない話を広めるのは得策ではありませんもの」
「この学園の中にも果たしてどれだけ敵がいるか分かりませんしね」
「そうですね、明日の学校終わりにまた実技棟に集まりませんか?他のお三方にこの事を共有しておくために」
「分かりました、フランメとセリウスには伝えておきます」
これからについて考えていると、気づけば寮の前に来ていた。
「では俺はこのあたりで失礼します」
「そうだ、リーベストさん、先程も言いましたが、わたくしたちは同じ学生ですし敬語も必要ありませんからね」
「ですが、王女様が使っているので僕だけと言うのは不躾に見られてしまいそうなのですが」
「いえ、わたくしのは癖みたいなものですから、それに本当は堅苦しいのも好きではありませんので」
どうやら対等な立場を築きたいみたいというか、何だか一国の王女として珍しいというか、本当に友達みたいなに接しても大丈夫なのかとも思った。
でも、彼女がそう言うならそれに従っておこう。
「分かった。じゃあ、また明日」
「はい! それではまた明日もよろしくお願いします」
夕焼けに映える彼女の笑みは美しかった。
次の日の夕方、フランメとセリウスの二人を連れて実技棟にやってきた。
この場所は普段学生がよく利用しているがこの時間帯はみんな寮に帰ったり、街に出かけたりしていてあまり人が来ない。
ていうのを前に何とか—名前は忘れた—って貴族の奴に教えてもらった気がする。
今日は魔法についての意見交換や実演を行うという名目で来てもらった。
昨日の事を話すと、フランメが真っ先に飛び出して行きそうだからあえて言ってない。
実技棟の中に入ると、既にエクレレとシュヴァリエは待っていた。
彼女の顔を見ると、フランメは途端に顔を顰める。
だがエクレレはそんな事を気にせず話を切り出す。
「さて、皆さんが集まったところで始めましょうか」
「始めるって一体何をよ」
「魔法についてですよ」
「それはこの前話していた事だしな。だが何をするんだ?」
「そうですね。ですがその前にちょっと一つ皆さんに言いたい事があるのですが、よろしいですか?」
「それは昨日の事、ですね」
俺がそういうと彼女は縦に首を振る。
「昨日の事?」
何だそれはみたいな顔をするセリウス。
「昨日わたくしとリーベストでこの前食堂で会った一人の少女と、いえ、この学園の創始者と言っていた魔族と話をしてきました」
いきなりストレートに本題を投げかけてきた。
急なカミングアウトにみんなが混乱した。
「ちょっと待ってくれ。あの少女が魔族だって? 何を根拠にそんな事を!」
突然話が飛躍したのでセリウスは戸惑いを隠せなかった。
俺はすかさずフォローをする。
「実際本人がそう言っていたからな。根拠としては薄いがあれは普通の人間じゃない。それに俺は言ったはずだ、人に化けている魔族がいると」
「……それでも簡単には信じられないぞ」
あんまりフォローになってなかったな。
「とりあえずリーベの読みは合ってたってことか。ミーレ師匠が言ってたもんね、今の人達は魔法力が弱くなってるって」
おい、あんまりその名前出すんじゃない。
俺は目でフランメを制した。
フランメは俺を見て、やっちゃったみたいな顔をしていた。
「そもそも昔より魔法が普及しているのに魔法力は低下するものなのか?」
「昨日、あのアゼルと言う魔族はそう仰ってましたよ」
「アゼル? それって1000年前勇者と戦ったと言われているあのアゼルか?」
「それ以外にその名は聞いたことがありませんもの」
そうか、どこかで聞いたことがある名前だなと思っていたら、昔屋敷で読んだ勇者の物語って御伽噺にいた魔族だ。
「当時の三大幹部のうちの一人じゃないか! サタナスとセイタンとその三人でこの世界のほぼ半分を滅ぼしたって。そんな化け物が、しかもこの学園の創始者だって?!」
「ええ、昨日その名を聞いてわたくしも驚きました」
「でもどうして魔法力って低下したの? そいつらめちゃくちゃ強いんだったら力でねじ伏せればそれで良いんじゃないの?」
フランメは疑問を問いかけた。
「魔族は昔からこの世界の支配を企んでたのは御伽噺に書いてあったはずだ。でも、この世界のバランスが崩れるとシャイデマンはこの世界の調停のために下界に関与するから、それを今は避けるために戦いで支配するんじゃなく魔法力で支配することにしたらしい。今魔法は普及していて、魔法がない生活はありえない。だけど魔法力自体は低下している。そこで魔法力が大きい自分たちが優位に立ち、この世界を支配するためにそうやって魔法について間違った事を広めているんだとよ」
だいぶ噛み砕いたが、説明としては概ねこんな感じだろう。
「本当に回りくどいやり方ですが、今はその計画がほとんど進んでいるみたいですし」
「だが魔法力で支配と言っても具体性がわからないな。一体どうするつもりなんだ?」
「詳しくは本人に聞いてみるのが良さそうだな」
ここで俺は入り口の方に目をやった。
「いるんでしょう? 学園長」
俺がそう言うとみんな、何言ってるんだ、といった顔をしていたが次第に足音が近付いてくるのが分かり、身構え始める。
「何じゃせっかく盗み聞きしとったのにつまらん奴じゃの」
「昨日の今日でよくもまあ堂々と現れる気になりますね」
エクレレからは少し緊張感が伝わってくる。
セリウスも不安が顔に張り付いている。
しかしフランメは不敵な笑みをしていた。
「まあそう身構えるでない。わしは生徒をどうこうする気はないし、それに今日はお主らの実力が知りとーて来たんじゃからな」
「そんな事を知ってどうするつもりですか?」
完全に警戒しているセリウス。
「昨日といい警戒心の強い奴らじゃの、わしは悲しいぞ。まあそうじゃな、わしらと戦うに足りるかどうかと言ったところかの」
内心楽しんでそうなロリババアだが、こっちはみんな身構えている。
伝説の悪者に実力を見してみろと言われても、勘ぐったり、警戒するのは当然だろう。
だが、そんな空気の中でも彼女は笑っている。
「リーベ、止めないでね」
闘争心が漏れ出ている。
「止めても無駄なんだろ? だったら思いっきりぶつかって来い」
フランメは誰が相手でも物怖じしたりしない。
むしろ相手が強ければ強いほど立ち向かおうとする。
そんな彼女がこのロリババアとどこまで戦えるのか、俺も興味が湧いている。
だから今は彼女の背中を押した。
「ほう、なかなか良い顔つきじゃな」
「あなためっちゃ強いんだよね?」
「そうじゃ、お主より遥かにな」
「じゃあ、全力でやっても大丈夫だよね」
右手に炎をまとうフランメ。
「ンガッハッハ、本当お主らはわしを楽しませてくれよるわい。どれ、一つ試してやろうではないか」
お互いが笑みを浮かべながら構えを取る。
さあ、勝負の時間だ。
みんな固唾を飲んで見守る。
俺もこの独特の雰囲気に自然と力が入る。
魔族との戦いはあの時以来、果たしてどこまで強くなれたか。
それを測るには申し分ない相手だからな。
先に仕掛けたのはフランメだった。
踏み込みで地面に亀裂が入り、一気に距離を詰める。
そのスピードにセリウスも、エクレレも、シュヴァリエも目を見張った。
しかし、アゼルは動じる事なく真正面から立ち向かう。
そのまま炎拳を振り抜き、接触と同時に爆ぜる。
煙が発生し、相手の様子が分からなからない。
「すごい威力だ。これはやったんじゃないか?」
興奮気味に喋るセリウス。
しかしフランメの表情は険しい。
「いや、まだだよ」
煙が晴れてくると、彼女は平気な顔で立っていた。
「これは、防御魔法ですわね。魔力が強ければ強いほど硬さが上がるとはいえ、あの威力でも完璧に防ぐなんてやはり只者じゃありませんね」
「…いや、全くの無傷って訳じゃないんじゃぞ」
そう言って左手の袖を指差した。
そこには黒く焦げた跡が残っている。
「わしの防御で防ぎきれんとは、お主はなかなかやるのー。さっきのは火魔法か? わしにも知らん魔法じゃから、つい受け止めてみたくなったぞ」
愉快そうに笑う。
「あんたなんかに褒められても全然嬉しくないんだけど!」
左手にも炎をまとい、連続で撃ちつける。
身体強化魔法で動きを早め、手数で押し切りを図る。
魔力で作ったブルクが少しずつヒビ割れていく。
それでも何一つ彼女は動じることがない。
「確かに強力じゃが、こうすればどうじゃ?」
「っっ!?」
手をかざした瞬間にフランメが吹き飛んだ。
壁際で上手く受け身を取って何とか着地する。
「今のは何なのでしょうか……?」
「風魔法にしては風を感じなかったですね」
エクレレとシュヴァインは何が起きたか分かっていないがこれは多分、
「今のは恐らく反発だな。風魔法ではないならその可能性が高い」
俺もセリウスのその言葉に首肯した。
この世界には科学がないので斥力とは言わないみたいだが。
けど、それよりも特筆すべきは、
「魔法の発動が早すぎる」
本来俺達は体内のマナを練って、それを魔力に変換し魔法を放つまでに早くても平均1秒はかかる。
どれほど熟練した魔法士でもそれはあまり変わらない。
しかし今のはまるで反射並の速度だ。
(こうなるとフランメには苦しいな)
フランメの得意な形は、接近戦で火力を生かして一撃で仕留める。
そのため、距離を取られてジリジリ戦う相手や、遠距離から攻撃をしてくる相手とは分が悪い。
アゼルは恐らく、どちらにも対応しているだろう。
たった2回でフランメの攻撃パターンを理解し、それに対応してみせた。
こうなってはフランメの得意パターンに持ち込めない。
「だったら!」
今度は身体強化とフットワークを利用して、魔法の的を絞らせないよう動く。
(さっきのはよく分かんなかったけど、これなら!)
「なるほど、考えたのう。じゃが——」
(ここで決める!)
「お主は近距離以外は全くダメなんじゃな」
紫色の光が彼女を包んだ。
すると、急にフランメが地面に叩きつけられた。
「何これ、動けない」
地面にめり込んだまま苦しそうな表情をしている。
「これは重力魔法か!?」
セリウスは目を見開いた。
「重力魔法ってそんなに驚くものなのか?」
「当然です。特殊魔法自体使える人はそこまで多くありませんが、その中でも重力魔法は歴史上でも使い手がほとんどいなかったと言われてるくらいです」
そうだったのか、数少ない使い手というわけか。
だとするとなおさらフランメはもう何も出来ない。
苦し紛れに大雑把な魔法を撃ったところで防がれるだけだ。
それでも何とか立ち上がり、諦める姿勢を見せなかった。
「ほう、その根性は見直したわい」
「まだまだ、こんな程度で倒れるわけにはいかない!!」
「なるほど、お主も見所のあるやつじゃ。じゃが、今日のとこはもうええから、ちょっとだけ寝とれ」
魔法が発動し、斥力でフランメを壁まで吹き飛ばした。
さっきまでとは威力が段違いだった。
壁に激突した衝撃でそのままフランメは倒れてしまう。
「魔法のレベルが違いすぎる……」
セリウスは歯を食いしばり、悔しそうな表情をした。
エクレレも黙ってはいるが、表情はどこかやるせない気持ちで溢れている。
その姿を心配そうに見つめるシュヴァイン。
「さて、次はお主の番じゃな」
俺の方を見てくるロリババア。
その表情は好奇心旺盛な子供みたいだった。
(これが今日の目的か、何をそんなに期待してるんだか)
俺はそう感じたのでため息を吐いた。
正直、あまり「神贈の恵与」である時間魔法を他の人に知られたくない。
まあこの3人ならまだ良いのだが、敵である魔族に見せるのはデメリットが大きい。
他の仲間内にバレるとこっちが不利になる危険性も高いからな。
「どうした? まさかビビっとるなんて言うわけじゃなかろう?」
早くしろと言わんばかりに煽ってくる。
かといってこのまま舐められるのも少し癪だしな。
それに俺の幼馴染がやられたんだ、黙ってるわけにはいかない。
「では学園長、お言葉に甘えて一つよろしくお願いします。ただし、あなたの事はぶん殴りたいと思うので覚悟して下さいよ」
俺は戦う決意をし、アゼルを睨みつけた。




