第十五話 2人の少女
学園生活も一週間が経過した。
あれ以降は特に問題も起こらず、ここまでは順調に過ごせている。
最初の方こそ色々と注目を浴びたが、次第にみんなの興味も授業の方に移っていった。
授業は割と実用的な事ばかりだったので、必死にみんな覚えようと頑張っていた。
俺としては少し退屈であったが、知らなかった部分も知れたのでそこは良かったと思う。
フランメとセリウスもお互いすぐに仲良くなってくれたので少し安心した。
今日も午前の座学が終わり、昼休憩の時間だ。
「ところで、何でみんな無詠唱で魔法を使わないの?」
フランメは素朴な疑問をセリウスに問いかけた。
「使わないのではなく、むしろ無詠唱を使うことの方が怖いだろう。君達は何気なく使っているかもしれないが、魔法が暴発する危険と隣り合わせみたいなものじゃないか。その点、詠唱はちゃんと手順を踏めば安心して発動できるからみんな詠唱を使っているんだよ」
「そうかなー? 私は全然暴発するとか思った事ないけどなー」
「だから、それは君達の魔法の先生が異常なんだよ。ひょっとして人間じゃないのか?」
まったく、雄弁は銀、沈黙は金って言うのに。
あまり余計な詮索は受けない方が良いんだがな。
とりあえずあやふやに流しておく。
「師匠は普通のものさしではかれないからな」
「だから異常と言われても納得できるよね」
「本当にその人はどんな人物なんだ」
食堂で昼飯を食べながらそんな話をしていた。
学園の食堂は、昼になると人がいっぱいでごった返している。
生徒数が15000人もいるから仕方がないのだが。
一応年齢ごとに食事の時間が区切られてはいるものの、それでも人の波は絶えない。
「相変わらずすごい人だな」
「この時間は一番多いからな。時間が指定されてても拘束力はないから、みんないろんな時間に来るのも原因なんじゃないか?」
「これじゃおかわりしに行けないよ」
一人だけ違う事を考えているがここはスルーだ。
と、数人のグループが俺たちの所にやってきた。
「おい、ここは俺たちの席だ、早く退きな」
そう言って俺達を見下しながら机の側で立ち止まる。
「一体何を言ってる、ここには決められた席などないはずだ」
「何だお前? メガネは黙ってな」
前に男子が三人とその後ろで女性と男性一人ずつ。
このデカすぎる態度と身なりからして、前三人は有力貴族のドラ息子共と見た。
誰がどの家の者かは知らないけど。
でも関わるのだけはごめんだ。
しかし、その後ろにいる人はとてもキレイな女性だ。
後ろで三つ編みされた金髪に、白肌がよく似合っている。
一目惚れしてもおかしくないくらいだ。
その隣にいるのはイケメンで落ち着いた雰囲気がある。
前三人とは態度が異なって、目を瞑ったまま黙っている。
「おい、早くしろよ!」
まったく、こいつらは自分たちのことしか考えてないんだよな。
「聞いてんのかよ!」
てかうざいな、小蝿並みにブンブンと。
「ねえ、こいつらぶっ飛ばして良い?」
「うん、とりあえず落ち着こうか」
「何だ? やるってのか?」
「ふん、お前たち如き凡人が俺らに歯向かうとどうなるかわかってないみたいだな」
それ、やられるフラグ立ててるだけじゃね?
ガタッとフランメが席を立つ。
「おい、授業以外の私闘は禁止行為だぞ!」
セリウスが慌てて止めに入る。
さてどうしたものか……
「こんな所で何を騒いどるんじゃ?」
みんなが一斉に振り返った。
そこには、ある一人の少女が立っていた。
「他に飯を食っとるみんなの邪魔になるじゃろ、喧嘩ならよそでやれ!」
制服を着ているってことはここの学生か?
「行こう、フランメ、セリウス」
俺はご飯を食べ終えたので、席を立った。
理由はそれだけではないが。
「あ、ああ」
「……ふん」
黙ったままだったが、フランメは俺らの後に付いてきた。
そんな俺らを見て、その少女はニヤリと笑った。
「あいつらほんとムカつくんだけど!」
「だからって喧嘩はダメだろう」
「だってしょうがないじゃん!」
隣で騒がしい2人をよそに俺は考え込んでいた。
気になるのは金髪の少女、ではなくもう一人の後から出てきた少女の方だ。
(あの感じ、あの時講堂で感じた正体不明の人物にそっくりなんだよな。でも制服を着てたし生徒、なのか?)
「ねえリーベもそう思うでしょ?」
「え? ああ、ごめん。考え事をしてたから聞いてなかった」
「つまり、て、あれ? リーベが話も聞かず考え事なんて珍しいね」
フランメは不思議そうに俺を見ていた。
「まさかリーベストも仕返しとか考えてるんじゃ無いだろうな?」
「そんなわけないだろ。ただ、後から来た少女が気になったんだ」
「あの少女がか? 僕は特に何も感じなかったな」
「それってもしかして、初めて学園来た時の?」
フランメの表情が少し変わった。
こういう時の彼女は本当に鋭い。
俺は縦に頷いた。
「学園に来た日に何かあったのか?」
「講堂で学園長が話をしている時、セリウスは何か感じなかったか?」
「あの時か。確かにあの場に学園長のそばで何かおかしな気配はしていた。だけど、壇上に人がいたなら咎められるはずだし自分の気のせいかと思ったのだが——それがあの少女と関係でもしているのか?」
「実際、あの時魔法を使ったような形跡を俺は感じた。その使用者の正体があの少女だったと俺は考えている」
「でもそれはさすがに考えすぎじゃないか?」
「どうだかな。あれが気付けるかどうかの試験だったって可能性もある。それに、俺たちは過去に人の姿に化けている魔族を知っている。俺達の師匠に昔聞かされた雰囲気に似たようなものをあの子に感じたから、油断は出来ないな」
「ちょっと待て、人に化ける魔族だと? そんな存在初めて耳にしたぞ」
「本当だよ、そいつに私は両親を殺されてるから」
「なに、両親だって? 君はドミニアンじゃないのか?」
「私は元々、アンファングって名前だったんだ。今は養子としてドミニアンを名乗っているだけ」
「そうだったのか、確かに双子の割には顔が似ていないと思ったんだが、まさかそんな過去があったなんて」
「別に気にしなくていいよ、今はこっちの名前も気に入ってるから」
「まあつまりそういうことなんだ。だからあの少女も油断は出来ない」
「事情は大体把握したが、別にあの子が魔族ってわけじゃないんだろう? それに、この学園に魔族がいたら大騒ぎになるんじゃないか?」
「セリウスの言うことはごもっともだ。まあ、これはあくまで俺の予想が最悪だった時の事だけどな」
本当にその最悪になる可能性が一番高いかもしれないが。
今日、あの子を目にしてその思いが強まった。
俺は彼女を初めて目にした時、そのおかしさに驚いた。
この世界の誰もが、それなりに微弱なマナが空気中に流れ出ている。
これは師匠との特訓で、自然のマナを感じる練習をしていた時に身についた感覚だ。
だが、師匠にはそれがなかった。
聞けば、「ミーは正体がバレないために、マナを外へ出さないようにしてるからね」と言っていた。
あの時の彼女も何も感じなかった。
つまり、正体を隠している。
もちろんまだ魔族と決まった訳ではないが、師匠にはない邪悪さが彼女には見え隠れしている。
この時代の魔法力が低下してるのがこの学園の教えだともし仮定するなら、彼女はそれに一枚噛んでいるのではないかと思う。
ただ、これはあくまで推測だし、結論を出すのはもう少し証拠が出てきてからだな。
「ちょっと、そこのお主ら」
「ん? 誰かと思えば、さっき余計なことしてくれた奴じゃないか、よくも邪魔してくれたな」
「まあそう慌てるでない。お前たちに良いことを教えようと思って後をついて来たんじゃから」
「……それは何だよ」
「実技棟がこの学園にはあるじゃろ。そこは授業以外でも使えるんじゃ」
「それがどうしたっていうんだよ!」
「そこは夕方遅くなれば生徒がおらんくなる。そこでなら生徒同士やり合っても誰も見とらんから、何も咎められはせん」
「だからそれが何だってんだよ!」
「あいつらの事、ムカつくんじゃろ? だったらそこで気が済むまでやれば良いんじゃ」
初めは強気な姿勢を見せていた男たちだったが、彼女の言葉を聞いてるうちに、次第に目がトロンとしてくる。
「舐められたままじゃ、お前たちのプライドが許さんじゃろ。だから思う存分やってみるが良い」
「ああ分かった、あいつらに痛い目を合わせてやる」
そうして男たちは歩いて行った。
その様子を少女は楽しげに笑っていた。
その日の授業が終わった。
今日は学園の図書室に行こうと考えていた。
セリウスも毎日通っているらしく、オススメの本とかを教えてもらったので、何だか読みたくなった。
前世もたまに読んでたし、こっちの世界に来てからも屋敷の書斎で色々読んだりしていたくらい、本を読むことは割と好きなのだ。
フランメも一人で帰るのが嫌だったのか、俺たちについてきている。
教室から出て、廊下を歩いていると前から昼の三人組がやってきた。
そして俺たちの行く先を塞いだ。
「何よ、あんたたち」
一瞬にして剣呑な雰囲気を出すフランメ。
「その生意気な態度がムカつくから、お仕置きをしないといけないと思ってな」
「だから、授業以外での私闘は禁止されているって……!」
仲裁に入ろうとしたセリウスが殴られた。
「お前は黙ってろ、メガネ」
「くそ、こんな事をしたらお前達もただでは済まないぞ」
「ふん、バレなきゃ何の問題もない」
「実技棟は自由に使える事は知ってるな? もう少ししたらそこに来い。その時間は誰もくる事は無いみたいだからな」
「だからってそんな事許されるわけないじゃないか!」
「誰に口答えしている! 俺はこの王都で有名なグロコション家の長男ノワール・グロコションだぞ!」
出たー、名前が付いてるだけで舞い上がるただのバカ。
全く、我が子を甘やかしすぎるからこんなダメな人間になるんだよ。
ちゃんと教育したのか、グロコションさん。
「良いけど、泣き喚いて逃げても知らないよ?」
こっちはこっちで怒ってるし。
これはもう鎮火できそうにないな。
「おい、リーベストこのままじゃまずいぞ」
セリウスが小声で耳打ちする。
「こうなったらフランメは止まらないな。俺たちだけで何とかするから、別にセリウスは来なくても大丈夫だよ」
「そんなわけいくか! 一応僕だって殴られたんだ、殴られ損は勘弁だ。それに、僕が中立の立場として説明できるようにしないと、あいつらは自分勝手に事実を捏造してしまうぞ」
「ありがとう、じゃあ、あいつらについていくとしよう」
「どうかしましたか? エクレレ様」
「いえ、ちょっと面白そうな話が聞こえてきたもので」
「はぁー、また彼らですか」
「そうね、でも何だか楽しい事が起きそうな雰囲気ですよ」
男女二人組も俺たちの後に付いてくるのだった。
–––
学園内の実技棟は普段は授業で使われる。
高い吹き抜けに壁には反魔法の術式が込められてある。
そのため、魔法が外部に漏れ出ることがない。
授業以外でも普段から使用することは出来るため、ここで修行を積む生徒も結構多い。
だが、今のこの時間は誰も人がいない。
気のせいか少し都合が良すぎな気もするがな。
「で、勝負って何をするの?」
「簡単な話だ。俺たちがお前を教育するだけだからな」
「ふーん、なんかつまんないね」
フランメはジトッとした目で3人を見ていた。
「その態度がいつまで続くか楽しみだな」
薄汚い笑みを浮かべる有名貴族のドラ息子たち。
「おい、三人対一人は卑怯だろ!」
「うるさいぞメガネ! お前もそのうちいたぶってやるから待っていろ」
セリフが小物感を出している。
正直こんな奴らにフランメは負けないだろう。
そのフランメが俺の事をジッと見てくる。
「ったく、人使いが荒いな」
俺は魔力を込めた。
そして願う。
「時間魔法 未来視」
俺は魔力を消費して、これから起こる未来を見た。
とは言っても結果は分かりきっていたが、ちゃんと相手が無事に生きているかの確認だ。
恐らく彼女も、ある程度力を出しても死なないよね、という確認をしたくて俺を見ていたのだろう。
それも大丈夫だと分かったので、俺はフランメに告げる。
「フランメ、あまりやり過ぎないようにね」
「分かった!」
彼女はニッと笑った。
「本当に大丈夫なのか? 確かに彼女は強いと思うが、それでも三対一、ましてや学園で長く学んでる奴らだぞ」
心配そうにセリウスが俺に聞いてくる。
「大丈夫だよ、むしろ相手の心配した方が良いと思う」
俺はそう言って戦いの行く末を見守る。
「じゃあ、とっととかかって来なよ」
「どこまでも舐めやがって……! いくぞ、お前たち!」
三人同時に詠唱を唱え始める。
二人は多分中級の魔法だろう。
ただ、グロコションだけ彼の中のマナの流れが激しく感じる。
「大いなる地の力よ、我のマナを———、」
「あれは、上級魔法じゃないのか!? まずいぞ、あんなもの撃たれたらフランメでもただじゃ済まないぞ」
砂で巨人を作り上げる。
なるほど、口がでかいだけのことはある。
「———相手を打ち砕く巨人となれ! どうだ、これが俺の最強の魔法、砂の巨人だ!」
「へぇー、結構やるじゃん」
フランメは不敵な笑みでその巨人を見ていた。
「今更謝ってももう遅い。これで終わりだ!」
砂の巨人の強烈な一撃。
それをフォローするように両サイドからファイヤーランスとウォーターランスが飛んでくる。
タイミングがバッチリで、これを捌き切るのはほぼ無理だ。
並の魔法使いなら、な。
それらの攻撃をフランメは炎拳の威力を最大限放出し、炎の爆発と爆風で全て吹き飛ばした。
「なっ……!?」
そのまま地を蹴り、グロコションの目の前に接近して鳩尾にパンチをめり込ませ、追い打ちでそのまま顔面を殴り飛ばす。
壁まで吹っ飛ばされた彼はそのまま気を失った。
そして残りの二人を睨みつける。
『ヒ、ヒィ〜』
慌てて二人は逃げ去っていった。
「情けない奴らね! まあでもちょっとはスッキリしたや」
「あいつちゃんと生きてるかな」
「ちゃ、ちゃんと手加減はしたから!」
なぜ言葉に詰まったんだ?
それはもしかしてしてないって事なんじゃ?
「そんな、有り得ない、さっき一体どうやって——」
「さっきの魔法は何だったのかしら?」
入り口の方から男女二人が歩いてくる。
言葉を遮られた事に不満を覚えるセリウス。
「お前たちは、さっきの三人の後ろにいた」
「勘違いするな、あいつらが勝手に我々にくっついていただけだ」
セリウスの言葉を制するように男は言葉を発した。
またしても言葉を遮られ、ムッとしていた。
「そんなことよりも先程の魔法、あれは素晴らしいものでした。わたくし感動致しました」
「どうも。それで、感想言いに出て来たわけじゃないよね?」
フランメはもう一人の少女を睨んだ。
「失礼、実は貴方達に興味がありまして」
チラッと俺の方に一瞬だけ視線が向き、元の場所に戻る。
「無詠唱で魔術を使う男女二人。それだけでも凄い事なのに、さっきの魔法を見て確信したんです。この方達とならわたくしはわたくしの願いを叶えられるかもしれないと」
急に意味不明な事を語り出す少女。
「いきなり出てきて自分の願いが叶うって言われても、俺たちには何のことかさっぱり分からないな」
「そうだな、とりあえず名を名乗ってもらいたいな」
男がその言葉に苛立ったのか、一歩前に出るが、彼女にそれを止められる。
「そうでした、それは申し訳ありません。では……」
コホン、と一つ咳払いをし堂々とした態度で告げる。
「わたくし、名をエクレレ・エールトヌスと申します。つまり、この国の『王女』です」
そう言って彼女はニコッと笑った。




