第十四話 学園生活初日
次の日の朝。
いよいよ学園への入学だ。
昨日の晩、あの後、宿へ戻りベルンハルトの帰りを待っていたが、なかなか帰ってこなかったので先に寝てしまった。
朝目覚めると彼は既に身支度をしていた。
一体いつ寝たのだろうか。
起き上がり、俺も身支度を始める。
すると、ベルンハルトから昨日の事が語られ始めた。
「昨日の事だが、やはり原因は不明だそうだ。なぜ人が急に魔物に姿を変えたのか? その有力な手掛かりは見つける事ができなかった」
「そうですか、不気味で怖いですね」
「一応お前たちは今日から学園に通う事になるが、くれぐれも無茶はするなよ」
「分かりました、気を付けます」
「それにしても、学校に行くとお前たちは目立つだろうな。昨日の魔物を倒せる力があれば恐らく同学年に敵はいないだろう」
「僕としてはあまり目立つのは好きじゃないので、なるべく大人しくしておこうとは思うのですが…………」
チラッとフランメの方に目を向ける。
彼女は未だ気持ち良さそうに寝ている。
「フランメは先に手が出る子だからな。そこは昔の父親そっくりだ、だからお前がしっかり見てやるんだぞ」
「正直、手綱の無い馬に乗ってるようなものですけどね」
つまりコントロールしようにも出来ない。
振り回される事は予め覚悟しておく必要がある。
長い付き合いだし、もう慣れてはいるが。
「さて、そんな彼女をそろそろ起こしてあげなさい」
彼は微笑みながらそう言った。
三人で朝食を済ませ、いよいよ学校へ向かう。
宿から出る時に、ガルブさんに雑巾みたいな物をもらった。
聞くところによると、特殊な魔法陣が中に入っているので、どんな汚れでも落ちるらしい。
一人暮らしの掃除に使えとのことだったので、ありがたく使わせてもらうとしよう。
それから俺たちは歩いて学園に向かったのだった。
「わぁ、でっかい建物だね」
「ここがそのエールトヌス学園ですか?」
「そうだ。じゃあ中に入るぞ」
世界最大を誇っているこの学園は、王都の総敷地の10%を占める広大な敷地を誇る学園だ。
6歳から18歳までの教育機関と、大人が研究のために使っている施設が混在している。
はっきり言ってバカデカい。
「お前たちは編入生という形での入学になる。元々この場で学んできた者たちがいるわけだが、特に貴族の息子たちには気を付けろよ」
「絡まれると面倒とかそういった事ですか?」
「そうだ。自尊心が高い奴らが多いだろうから、お前たちが実力を示せばケチをつけて執拗に嫌がらせをしてくるかもしれん」
「それはなんて言うか、面倒くさいですね」
貴族のやっかみは、権力を行使してまでもとことん嫌がらせをしてくる事だからな。
「何でよ、そんなのぶちのめせばいいでしょ。そうしたら大人しくなるわよ」
「そんな簡単に行かないからだよ。良いかい? 貴族の息子ってことは、ぶちのめしたら泣いて親に縋るんだ。そうしたら父様が呼ばれていちいち難癖をつけて、お金とかうちの領地で取れた物を寄越せとか言ってくるかもしれないんだ」
完全な偏見だが、間違ってはいないはずだ。
「そう言うことだフランメ、俺は厄介ごとは面倒なんだ。だからあまり騒ぎは起こさないでほしい。いいね?」
「う、分かりました、気を付けます」
父の静かなプレッシャーにさすがのフランメもたじろいだ。
学園のゲートも魔力認証式だった。
俺とフランメは登録を完了し、中に入った。
「入学されるお子様はこちらへどうぞ」
「じゃあ、二人とも気を付けて頑張るんだぞ。あと、たまには手紙とかも送ってくれ。イーデルが寂しがるだろうからな」
「はい、分かりました。では父様もお元気で」
「あの、ありがとうございました。お父さんとお母さんの分も頑張ってきます」
フランメはそう誓った。
その姿にベルンハルトは笑って頷いた。
その後、俺達は学園の職員に案内され、ベルンハルトと別れた。
そのまま職員の人に連れられ、やがて講堂のような場所に来た。
その場所には既に、結構な人数の人が集まっていた。
誘導された椅子に腰かけて待ってると、しばらくして一人の老人が壇上に上がった。
「編入生諸君、初めまして。我はこの学園の学園長のフィデリテ・エヴェックだ。今日こうして汝らの入学を迎えられた事を嬉しく思う。これから汝らは———」
昔から学園のトップのこういった話は長いからな、早く終わって欲しいと感じるものだ。
と、初めはそう思ってた。
だが、次第に何か違和感を覚えた。
俺は、その違和感の原因を探るべく、意識を集中させマナの流れを感じ取る事にした。
すると、喋っているのは一人だけだが、マナの流れ的にその場にもう一人、魔法を使っている者がいる。
僅かなヒントだけを残して、あとは完全に気付かれない程だ。
(見えないがそこに誰かいるって事だよな)
恐らく、そこには学園長しかいないと思っている人がほとんどだろう。
辺りをザッと見回しても、気付いてそうな奴はいても片手で足りるくらいか。
それでも違和感を感じる程度のものだと思うが。
(一体何者だ?)
そう思って、もう一人いると思われる場所をずっと見ていた。
「———それでは、我が生徒のこれからの健闘を祈る」
長かった学園長の話が終わった。
結局、最後までその姿を見る事は出来なかった。
これも何かの試験だったのかもしれない、俺はそう思った。
話が終わり、俺たちは教室へと案内される。
「ねぇ、さっきの話の時何か感じなかった?」
その道中、フランメが先程の違和感について聞いてきた。
「やっぱりフランメも気付いた? 恐らくだけど、あの場にもう一人魔法を使っている人がいた。それがあの違和感の正体なんじゃないかな?」
「そうだったんだ。そこまでわかんなかったや。リーベはどんな人かわかった?」
「いや、姿は見えなかった。あれは相当な腕前だと思う」
誰にも気付かれずに魔法を使用するなんて、相当な偽装魔法のレベルだ。
本当に一体何者だったのだろうか?
「編入生諸君、この学園への入学おめでとう。今日からこのクラスの担当を持つ事になったソージュだ。魔法学について君達に色々教える事になるだろう。これから君達が卒業するまでは一緒だから一先ずよろしくだ」
教室に着いてしばらくすると、栗毛の髪の女性が入ってきた。
髪はロングだが、まとめているからか少し整って見える。
そのクールな話し方がよく似合っている。
さて、俺達のクラスは、魔法を中心に学ぶ者だけを集めたクラスだ。
それぞれ入学前にどの過程を修得するか選択でき、俺とフランメは魔法学を選択した。
他にも剣術や治癒系の魔法の知識、魔導具の研究などがある。
「では早速だが、まず君達には簡単な魔法のテストをしてもらいたい」
そう言って渡されたのは紙切れ一枚だった。
「その紙は魔法に反応する魔導具だ。各々魔力を込めて、得意な属性の魔法をその紙に放って欲しい。その紙が君達の魔法を全て受け止めてくれるので安心して放ってもらって構わない」
説明を受けた後、みんなが一斉に始める。
俺は風魔法が得意だから風魔法でいこう。
教室の至る所から詠唱と魔法が発動する音が聞こえたが、魔法自体は具現化することなくこの紙に全て吸収されているようだ。
俺はこの喧騒に乗じて無詠唱で魔法を繰り出す。
得意の風魔法「風刃」を紙に向かって放つと、紙は真っ二つになった。
(なるほど、確かにこれはすごいな)
念のため魔力は抑えたつもりだ。
あまり目立ちたく無いからな。
まあでも、多分俺がそんな事をしても目立つ奴がいるだろうが……
「おい、あれ!」
「何だあれ」
すると教室の至る所から声が聞こえてくる。
そう、俺の予感は的中していた。
フランメはこの紙を消し炭にする勢いで燃やしていた。
「ほう、なかなか優秀な奴だな」
「ねえ先生、これってちゃんと消えますか?」
「いずれ放っておいても消えるが、それでこの教室を燃やされても困るからな」
するとソージュ先生が魔法をレジストする魔導具で火を消した。
「さて、君達が魔法を使って紙がどういった変化を起こしたか。これは君達の魔法力を試す道具である。大体は風魔法なら切れ目が半分ほどで十分。水魔法なら軽く全体が湿る程度、土魔法は崩れた面積が三分の一程度、火魔法なら黒い焦げ目が出来れば、その者の魔法力としては良い方だろう」
ちょっと待て、て事は真っ二つにした俺も十分やばいって事じゃないか。
やはり、師匠が言っていた魔法力の低下は師匠の勘違いではなかったと言うことか?
「ちなみに、この紙をあそこまで燃やした奴は生徒では初めてだな。一体誰に教わったんだ?」
「えっと、それは……」
頼むぞフランメ、師匠の事は口外禁止だからな。
「その、メチャクチャすごい人!!」
教室の空気が凍りついた。
いや、誰だよそれって心で呟いてる人が絶対いるはずだ。
「それはつまり有名な魔導師とかか?」
「有名ではあるけど、誰かは教えてはいけないって言われてるんで」
「……なるほど、ならば余計な詮索はしないでおこう」
師匠の約束を守ってくれたというか、覚えててくれてほっとした。
まあ、この事をフランメに言えば彼女は、「当然なんだから」って怒りそうだけど。
こうして何とか無事に初日を終えることができた。
荷物をまとめて、学園の寮へと帰ろうとするか。
「そこの君、ちょっと待ってくれるか?」
「ん? 何か用か?」
帰ろうとした俺は誰かに呼び止められた。
丸メガネに髪は七三分け、その雰囲気はいかにもインテリ感が溢れている。
「さっき、彼女ばかり目立っていたが君も無詠唱で魔法を使っていたんじゃないか?」
なるほど、どうやらその事について物申したいようだ。
「あーあれね、実は小声で詠唱を唱えていたんだよ」
無詠唱とバレたら面倒くさい気がして誤魔化してみる。
「本当にそうかな? それにしては口が動いているようには見えなかったが?」
口の動きって、よく見てるなこの子。
それにしてもしくじったな、口パクもするべきだったとは。
ここは潔く認めたほうがいいか?
「もし無詠唱だとしたら、何だって言うんだい?」
「無詠唱は本来、経験を積んだ人にしか出来ないとされている。それが僕と同い年でできる奴が居るなんて俄には信じ難いからな。それに、彼女の魔法力も同学年の中では突き抜けているはずだ。そんな二人が同性だから気にならないと言う方がおかしい。君達は一体、誰に魔法を教わったんだ?」
なるほど。彼にはそれなりの根拠を持って俺に話しかけてきたのか。
だが、残念ながら期待には添えないだろう。
「それはフランメもさっき言ったはずだよ。俺たちを教えてくれた人との間に口外禁止っていう約束をしているからな。残念だけど教えることは出来ない」
俺は少し突き放すような口調で言い切った。
「そうか、それは残念だ」
そう言って彼は肩を落とした。
だが何となくではあるが、彼とは仲良く出来そうな気もする。
ここは一つ、恩を売っておいて損はないかもしれないな。
「でも教わった事なら共有することを禁止されてないから、もし良かったら一緒に魔法の特訓をしないか?」
「本当か!? でも良いのか、そんな事をして?」
「その人の魔法の技術を他人に広めたくらいで怒る人じゃないからね」
「そうか、ではこれからよろしく頼む。僕はセリウスだ」
「俺はリーベスト、こちらこそよろしくな、セリウス」
こうしてこの学園で初めての友達ができた。
彼と別れた後に、フランメと寮に向かう。
どうやら質問攻めにあっていたようで、顔はいつにもまして疲れている。
それも人生だ、頑張れ、フランメ。
「気を使うのってこんなにもしんどいんだね」
「いやー、俺の苦労がわかってくれて嬉しいよ」
俺はどこか成長した子供を見ている気分だった。
「そういえば、誰かと何か喋ってなかった?」
「ああ、どうやら無詠唱で魔法を使ってるのがバレてたみたいだ。その事でちょっとな。彼は多分、洞察力が良いんじゃないかな?」
「そっか。で、なんて言ったの?」
「言い訳しても聞いてくれなさそうだったから、本当のことを話したよ。で、今度一緒に特訓する事になったんだ」
「それは何か展開が早いね。てかそんなことして大丈夫なの?」
「俺の勘的に彼は信頼できそうなんだ。また今度フランメにも紹介するよ。それに事件のことを考えると、強い人手が欲しいし」
「うん分かった。それにしても、リーベも勘とかで動くことあるんだ、意外」
「それは偏見だと思うな。俺だって直感を大切にするときぐらいあるさ」
そういうとすごく不思議そうな目で見られた。
「なんだよ」
「別に、なんでもない」
それにしてはどこか嬉しそうだけどな。
「じゃあ私、こっちだから」
「うん、また明日」
男子と女子で寮の場所は分かれている。
まあ、当然っちゃ当然だが。
フランメと別れた俺はそのまま自分の部屋に向かった。
部屋の前に着いて初めて気付いたが、この寮の部屋はどうやら相部屋らしい。
相方に気を遣わないといけないから面倒くさいんだよな。
ため息を吐き、ガチャっと部屋の扉を開けると、
「ん? リーベスト?」
「え、セリウス?」
相方はさっき知り合った奴だった。
知ってる奴だったのでちょっとだけ安心した。




