第十二話 旅立ちの時
重い足取りで屋敷に帰った。
その様子に皆疑問を抱いているのか、不思議そうな顔をしている。
「どうした、リーベ。何かあったのか?」
ベルンハルトが問いかける。
「父様、実は……」
俺は小さな声で話し始めた。
修行中、急に師匠が天界へ帰っていった話をした。
最初こそ驚いていたが、次第に落ち着いたようで、「そうか」としか言わなかった。
「しかし、急に帰られるとは残念だ。あのお方には大変お世話になったからな、きちんとお礼がしたかった」
彼はそう言い、少し俯いた。
でも俺は何も言わなかった。
その姿を見て、気にかけたベルンハルトが俺の肩にそっと手を置き、こう言った。
「確かに別れは辛くて悲しいかもしれない。でも、ずっと同じ事が続くとは限らないこともまた事実だ。その事を受け入れ、新たに一歩を踏み出すことで人は強くなれる。お前は今、どうしたいんだ?」
これは恐らく励ましの言葉だろう。
言っていることは頭の中では分かっている。
お前も前を向いて歩き始めろと。
分かっているが、今は返す言葉が口から出なかった。
それくらい無気力になっていた。
そんな俺に何も言わず、肩に置いていた手を離し静かに横を通り過ぎていった。
それから二日間はずっと部屋に閉じ籠っていた。
今までこんな気分になることはなかった。
喪失感に苛まれ、何もやる気が出てこなかった。
それだけ師匠の存在が俺にとって大きかったのだ。
時々、イーデルやハナが心配そうに部屋に来たが、それでも俺の気分が満たされる事はなかった。
静かにしていると、あの頃の思い出が走馬灯のように頭に流れ続ける。
その度に胸が締め付けられる。
そして、布団の中で一人泣いていた。
この状態でどうやって前を向けと言うのだ。
何の行動も起こせずに、ただ時間がだけが流れていった。
だが、その日の晩にフランメが部屋に荒々しく訪ねてきた。
「いつまでメソメソしてるのよ」
ドアを突き飛ばすぐらいの勢いだった。
「入ってくるなりいきなり何なんだよ」
俺は彼女の姿を見る気になれなかった。
一人の空間が邪魔されたせいか、イラッとしたから。
「何よ、二日も閉じ籠ってるから私が連れ出しにきたのよ」
「別にそんな事頼んでないし、ほっといといてくれよ」
「ほっとけるわけないじゃない!いい加減早く立ち直りなさいよ!」
そう言って、被っている布団を引っぺがした。
俺は慌てて顔を隠す。
「フランメには関係ないじゃない! もういいから早く出て行ってよ!」
「いいや、リーベストが起き上がるまでここにいるもんね」
くそ、土足でズカズカと。
「本当無神経だな——」
苛立ちのせいで理性の箍が少し外れていたからか、思った事が口に出ていた。
少ししてからその事に気付いたが、その時にはもうフランメがキッと睨んでいた。
「それってどう言うこと? 私が悪いみたいに言って!」
だがここで食い下がるわけにはいかなかった。
「実際そうじゃないか! 頼んでもないのに勝手に部屋に入ってきて、邪魔なんだよ!」
「邪魔ってなによ! いつまでもメソメソしてるから、慰めに来ただけでしょ!」
「そんな事誰も頼んでないだろ! いちいち上から物言いやがって。お前に俺の何がわかるんだよ!」
「わかるからこうして傍に来たんじゃない!」
そこでフランメの顔を見て、返す言葉を失った。
彼女のその目には涙が零れていたから。
呆気に取られた俺は、怒りが急に冷めていくのを感じた。
「何で、泣いてるんだよ……」
「私だって、大切な人が居なくなる辛さくらい分かってるよ!」
その言葉に俺はハッとした。
そう、フランメも大切な家族を失っている。
そして今回も。
彼女は、失った家族の代わりに師匠の事を親みたいに慕っていた。
その人も今はいない。
大切な誰かを失った時、傍にいてくれる存在の大切さ。
その事を知っているからこそ、彼女は俺に寄り添ってくれようとしていたのだった。
「……バカだな、俺って」
大人を経験すると、どうもその大切さを忘れてしまっているみたいだ。
余計なプライドが素直さを汚していた。
その大切さに今頃気付かされるなんてな。
「ごめん、フランメ、少し言いすぎた。君の気持ちに気付いてあげる事が出来なかったなんて、俺はバカだったよ。本当にごめん」
素直に頭を下げた。
その時、妙に清々しい気持ちになった。
「うん、良いよ。まったく、しょうがないから許してあげる」
そう言ってニコッと笑った。
その表情が妙に愛おしく感じた。
今まで一緒に過ごしていたからか、特にフランメをそんな目で見た事はなかった。
ただ、今、この時は違った。
フランメは俺にとって大切な存在だと気付いたからだろうか。
俺は、そのまま彼女を抱きしめた。
「えっ、ちょっ、リーベスト?!」
「ありがとうフランメ、君のおかげで大事な事が気付けたよ」
「そ、そっか。それなら良かったんだけど……」
慌てふためく彼女に最初は抵抗されたが、やがて自然と受け入れてくれた。
しばらくして手を解くと、視線が重なった。
「ねえ、リーベスト」
「何だい? フランメ」
「これから私が、あなたにとってのミーレ師匠の代わりになる。だから、一緒にこれからも頑張ろ!」
「師匠の代わりなんて、随分と高いハードルだな」
「それでも良いの。その代わり、あなたも私にとってのミーレ師匠の代わりね」
「だから、ハードルが高すぎるんだよ。まあ、やってみるけどさ」
とんだ無茶振りだと、二人で笑い合った。
出会いがあれば別れもある。
俺は別れを引きずり、その道中で立ち止まってしまった。
それをフランメが歩き出す手助けをしてくれた。
そんな彼女と過ごす一晩は、忘れられない経験になった。
次の日、俺はベルンハルトの元へ向かった。
昨日は醜態を晒しただけに、少し恥ずかしい気もするが、それでも俺の決意は伝えるべきだろう。
「それで話とは一体なんだ?」
「その前に三日前の事を謝らせてください。せっかくの助言を頂いたのに、何も答えずに申し訳ありませんでした!」
俺はあの時、何も答えなかった。
それくらい無気力だったのだが、今は違う。
ここで今後、俺がしたい事を明確に伝えようと思っていた。
「うむ、きちんと心の中で整理できたのなら何も問題はない。それで、お前はこれからどうするつもりだ?」
「前にもお話しした通り、もっと広い世界を知りたいです。その為にも、自分にはもっと色々学ぶことがあると考えています」
「そうか、では王都へ行ってみないか?」
「王都へ、ですか?」
「ああ、そこには、この世界でも一番有名な学校があるからな。そこで学べば、リーベの役に立つと思う」
学校か、久しぶりに聞く単語だな。
それに学校なら、本とかでこの世界についてもっと知れるかもしれない。
「ちなみに、その学校は魔法だけではないのですか?」
「そうだ、他にも剣術を学ぶ事ができたり、様々な研究をしたりもしている。まあ、剣術に至ってはここで学んだ方が良いのは確かだがな」
元騎士団にいた人と、流派の始祖みたいなものだから当然ではある。
それでも、ここでのんびり暮らすよりも違ったこの世界を見てみたいしな。
「それでも、興味があるのでその学校へ行ってみたいです!」
他にもこの世界で一番なら、なぜ魔法の力が昔に比べて劣ったのか原因を探す手掛かりがあるかもしれない。
「分かった、だが学校への入学は次は12歳からだ。それまではこの家で修行するんだぞ」
「はい! それと父様、その学校についてなんですがフランメも一緒にじゃいけませんか?」
「確かにその提案は悪くない、が、それを決めるのはあの子次第だ。行きたいと言うのであれば前向きに検討しよう」
「分かりました、ありがとうございます!」
そうして俺は部屋から出て、自分の部屋に戻った。
「王都の学校へ行く事にした?」
次の日、二人で修行をしている時に、俺はフランメに12歳になったら王都の学校へ通うことを伝えた。
「ああ、師匠が以前、最近の者達は魔法を行使する力が弱くなっているって言ってたから、それが本当かどうか確かめたいんだ。それに、魔族のことについても色々調べる必要があると思うし、そこへ行けば何か見つかるかもしれないだろう?」
「学校か、私も行きたい!」
その目はキラキラと輝いている。
「言っとくけど、遊びじゃないんだぞ。ただでさえ勉強が苦手じゃないか」
「それはそうだけど、私だって魔族と戦いたいし、強い奴がいれば戦いたいんだもん」
全部戦いじゃないか。
勉強の事なんて頭から叩き出してるなこりゃ。
「はぁー、でも学校に行きたいんだったら父様にちゃんと伝えないとダメだからな」
「分かった! じゃあ行ってくる!」
そのまま猛スピードで屋敷に向かって行った。
この決断力の速さは師匠も呆れていたなー。
「ん? そういえばあの時何か貰ったよな?」
何だっけか、あの時は噛み砕いて理解できる精神状態ではなかったからな。
「確か俺の部屋に置いてあるはずだ。」
そう独り言ちて、俺も屋敷に帰って行った。
−−−
〜師匠との別れの日〜
「じゃあね、二人とも」
「はい、師匠もお元気で」
「さようなら、ミーレ師匠」
「うん——じゃあ、行くよレヒター」
「よろしいので?」
「……うん」
「……やれやれ、お二人さま、少し宜しいですか?」
レヒターさんが反対に向いて、俺達の元へとやってくる。
「一体何でしょうか?」
「あなた方に渡すものがあります」
レヒターさんはそう言って水晶に似た手の平サイズの魔導具を渡してくれた。
「これは?」
「暇があればそれに魔力を注いでください。そうすれば、いずれ良い事が起こるかもしれないので」
「良いことって、一体何が??」
「それはその魔力玉に魔力が溜まった時のお楽しみです」
そう言って俺たちから離れ、師匠の所へと戻って行った。
「ではお待たせしました。」
「レヒター、あれってもしかして……」
「ただの気まぐれです。さあ、行きましょうか」
−−−
と、そんな事があった。
部屋へ戻り、箪笥の中を探しているとすぐに見つける事ができた。
「これに魔力を注ぐのか」
恐る恐るその魔導具に俺は魔力を注いだ。
すると、青い幽けき光が魔力玉を包んだ。
それからずっと魔力を注いでも一向に光が収まる気配がない。
「どれだけ注げるんだろう?」
興味本位でずっと魔力を注ぎ続けた。
だが、その思いは浅はかだったということに気付いたのはすぐの事だった。
「う、あれ?」
目を覚ますとベッドの上で横になっていた。
「あれ? 俺は一体……」
目を覚ますと、フランメが心配そうに見ていた。
「大丈夫? リーベ?」
「フランメ? えっと、俺は確か——そうだ、魔力玉に魔力注いでて、そしたら急に目眩がして……」
「リーベは魔力切れ起こしたんだよ。もう、ドジだなー」
そう言われ、少しムッとした俺はフランメにあの魔導具を渡した。
「じゃあフランメもやってみなよ」
「しょうがないな。ちゃんと危ないと思ったらやめれば良いだけでしょ」
結論から言うとフランメも魔力切れを起こして倒れた。
バカにしておいて自分も同じ轍を踏むとはざまあない。
それにしても、あのレヒターって人も意地が悪い。
使い方くらい教えてほしかった。
こんな魔力強制搾取なんか渡しやがって。
とりあえず、これはまた今度詳しく調査することにしよう。
それから一月経って、ようやくこの魔力玉の特徴が掴めた。
と言ってもこういった魔導具はあまり詳しくないので、その道の専門に助けてもらっただけだが。
とにかくこれは一度魔力を注ぐと、際限なく魔力を奪うが、停止するにはそのまま魔法を発動するだけらしい。
目覚ましのアラームみたいに放っておいたらいつまでも鳴り響くみたいに、スイッチを押して止める必要がある。
それが魔法の発動らしい。
ともあれ、これでぶっ倒れることはないだろう。
マッヘンの知識量には驚かされたものだ。
これの性能を少し見ただけで分かるのだから。
今度俺も彼に魔導具を作ってもらおうかな。
−−−
そして俺たちは12歳を迎えた。
あれから2年、ひたすらフランメとリヒャルトと特訓をしてきた。
「神贈の恵与」である時間魔法も、練習していくうちにどんな感じかは掴めてきた。
果たして今の実力で、王都の学校だとどの辺りになるかはやってみないとわからないが。
不安はつきまとう。
だがそれでも、楽しみの方が大きい気がする。
「二人とも準備は出来たか?」
「はい! バッチリです!」
「とうとうこの家ともお別れになるのですね」
ワクワクな少女に対し、少し感傷に浸る少年。
どうやら温度差があるみたいだ。
「お別れとは言っても、どうせそのうち帰って来れるから大丈夫よ」
母親のイーデルは、今日は俺達の見送りのようだ。
「坊ちゃんの実力なら多分大丈夫だと思いますが、それでも日々の鍛錬は怠らないようにしてください」
「ありがとうリヒャルト。向こうでも素振りは毎日頑張るよ」
「頼んでもらった例の道具なんだけどさ、もう少し待ってもらえないか?」
マッヘンもわざわざ見送りに来てくれた。
「分かりました、完成、楽しみにしてますね!」
「リーベスト様、どうかお元気で」
「ありがとう、ハナ。ハナのおかげで魔法を好きになることができ、ここまで使えるようになったよ」
「そんな、私はただ魔法の使い方を教えただけです。ほとんどエルミーレ様が教えてくださったので、私はほとんど何もしていませんよ?」
「いいや、それでも君には感謝しているよ」
「リーベスト様…ありがとうございます!」
「そうだ、王都へ行ったらカールにもよろしく伝えておいてね」
「分かりました、母様」
長男のカールは2年前、俺と師匠が別れた後に、王都で騎士団に入団した。
元々剣術はリヒャルトも素質の高さを認めていたくらいだからな。
一対一の勝負はした事がないが、腕前は相当なものらしい。
いずれこの領地の跡取りとして彼も絶えず努力をしているらしい。
俺も負けてられないな。
フランメも家族みんなと別れの挨拶をしている。
行き場を失った彼女を、賤む事なくここまで育ててくれたからか、先ほどまで早く王都に行きたそうだったのに、今では別れの寂しさに涙を流している。
忙しない感情だこと。
「ほらフランメ、早く王都に行きたいんじゃなかったのか?」
「だって、いざ行くってなったら悲しくなっちゃって」
「全く、落ち着いたら出発するよ」
「うん」
鼻水まで垂らして、しょうがない子だな。
それにしても、師匠との別れではあんなに悲しかったのに、今日は泣くほど悲しくはない。
「薄情者だな、俺って」
「ん? 何か言った?」
「別に、何でもないよ」
「じゃあ出発するぞ」
「それじゃあみんな、行ってきます!」
「今日までありがとうございました!」
俺は手を振り、フランメは頭を下げた。
みんなに見送られながら、馬車は屋敷を出て町から街道へ、そして王都に向けて走り出した。
これからどんな展開が待っているかわからないが、どんな事でも精一杯この世界を生きていくと決めたんだ。
この異世界に生まれ変わった俺だけが歩める、唯一の物語として。
これにて第一章は終わりです!
ここまで読んでくださった方には深く感謝します!
次の話は、父親のベルンハルトの話の続きの予定です。
第二章以降は王都での学園編になります。
拙作ではありますが、今後とも是非読んで頂けると幸いです。




