第十一話 秋に咲くダイヤモンド
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それから三年の時が経ち、俺たちは10歳になった。
この三年間はずっと修行の毎日だった。
おかげさまで魔法の扱いに関してはだいぶ上達した。
特に最近では、よく東部山脈の方まで足を伸ばして魔物の討伐を行ったりもしている。
今日は東部山脈に向かう峠道のパトロールだ。
この道はたまに魔物が現れて、怪我をする人がいる。
安心して通れるように、我が領地の者たちがこうして定期的に見回りをしているのだ。
これも大事な領地の仕事だ。
今まではリヒャルトと共にやっていたり、町に住んでいる元冒険者の方達が担当をしていたが、そのうちの一人の人がぎっくり腰でダウンしてしまった。
その人の代わりに、今は俺とフランメがその仕事を任されている。
もちろん、子供だけだと万が一があると言うことで、責任者として師匠が遠目で見守ってくれている。
「今日はどんな魔物が現れるかな?」
「そんなに毎回ホイホイ出てくる訳ないだろ」
ウキウキしているフランメにため息が漏れる。
一応仕事なんだけどな。
「だってただ歩いてるだけじゃつまんないじゃん」
「それも仕事の一貫なの。そもそも、ただの魔物の討伐の仕事じゃないんだし、本来はパトロールなんだから」
「ちぇー、つまんないなー」
もう一度ため息が出そうになった。
フランメは割と考えなしに突っ走っていくし、躊躇がない。
色々と振り回されることもしばしばある。
ただ、その分感覚が鋭いので、バトルに関しては強い。
所謂ザ・運動部って感じだな。
「それで、最近はあの魔法どうなの?」
あの魔法とは師匠が使っていた神聖光魔法のことだ。
「それが全然ダメなんだ。そもそも光魔法自体は何とかなるんだけど、それに神聖魔法を組み合わせないといけないから難しいんだ」
「リーベストでも全然ダメなんだ〜。私じゃ到底無理かな」
「まあ師匠しか使えないって言ってたからね。ダメもとではあるけど、とにかくやれるだけやってみるよ」
「うん、頑張ってね!」
二人で何気ない会話をしながら歩いていると、異変を感じた。
すると、付近の空気が少しだけ変わった気がする。
「リーベスト、なんか居るね」
「ああ、周囲のマナが少し慌ただしくなっている」
フランメは勘で、俺はマナの流れでその変化を感じ取った。
自然のマナを感じるようになった俺は、最近はこうして自然のマナの流れを読めるようになった。
今は二時の方角のマナの流れがざわついている。
こういう時は、大抵なにかしらの生き物がいる証拠だ。
するとその方角から魔物が現れた。
「ピィー」
「なんだ、ウサギさんか」
「ツノが生えているということは魔物で間違いないな」
そう、アルミラージだ。
可愛い鳴き声で誘き寄せ、近づいてきたら突進をしておデコにある一本のツノを突き刺す、この世界の魔物だ。
普段は草食で大人しいはずなのだが、マナの影響で凶暴化することがある。
ここは東部山脈のすぐ隣だ。
マナの密度も町より数段高い。
「このまま凶暴になって襲われる人が出る前に倒す必要があるな」
「じゃあ、私がやっても良いよね?」
目をキラキラ輝かせていた。
「良いけど、加減はしなよ。ここは大事な道路なんだし、壊したら弁償させられるからね」
「そんな事分かってるよー」
そう言って一歩前へと出る。
あ、これ絶対聞いてないやつだ。
そうして彼女が目の前に立つと、アルミラージは威嚇をしてきた。
見た目のような可愛さはなく、獣のように唸った。
「ごめんね、でも仕方ない事なんだ」
「ピィッ!」
突進してくるウサギにフランメは冷静だった。
「炎拳」
そう言うと、彼女の拳を炎が包み込んだ。
そして、襲ってくるアルミラージの突進を避けながら、炎のパンチをそのまま打ち込む。
打ち込むと同時に魔力を放ち、爆発させる。
ドゴンッと激しい音が響き、遅れて爆風が広がった。
もちろん、アルミラージは灰になって消し飛んだ。
「あーあー、可愛いウサギが無惨なことに」
俺は心にもない事を口にする。
「魔物だからしょうがないでしょ。誰かが怪我するかもしれないし」
「分かってるよ。それにしても、相変わらず派手な攻撃だね」
打った箇所の地面が円状に凹み、所々黒くなってる。
「これが一番やりやすいやり方なんだもん」
「本当に豪快なんだよな」
失笑が思わずこぼれた。
「道路を壊してないんだから良いでしょ!」
いや、一応修復しないといけないレベルなんだけどな。
ここは面倒くさいから黙っておこう。
「まあそうだね。じゃあもう少しこの辺りを回ろう、まだ現れるかもしれないし」
「了解!」
帰ったら怒られるだろうな。
結局この日はこの一匹だけだった。
その後、俺たちは町の近くの林の一角に戻ってきた。
「ミーレ師匠、さっきの私どうでした?」
「良かったと思うよ。安定して拳に纏えるようになったね」
「そりゃもうここまで頑張ってきましたから」
「あれだけ細かいことが苦手だったのに、ほんとよく頑張ったよ」
「えへへへ、褒められると何だか嬉しいな」
フランメは、魔法を小さく作る段階で元々、火魔法「炎の球」の練習をしてたが、コントロールが上手く出来ずに自分の拳を焼いてしまった。
だがそれが結果として、拳に炎を纏うという発想に至ったわけだが。
練習するうちに徐々に魔力のコントロールも安定し、今では彼女の得意魔法になっている。
それに、この魔法はどの魔術本にも載っていないフランメのオリジナル魔法となった。
それにしても——
「師匠が褒めるのは珍しいですね」
「それくらいきちんと出来てたって事だよ。それにしても、相変わらずリーベはミーに対する偏見が激しすぎやしないかい?」
「でも確かに厳しいもんね。上手く出来たと思ってもいっつもダメ出しされたし」
「はぁ、まだまだだったんだから仕方ないよ。あの程度ではすぐにやられちゃうからね」
やれやれと、呆れた顔で首を振った。
だが。そんな俺たちの事をここまで育ててくれたことは、フランメ共々感謝している。
何回か二人とも殺されかけたが、それも今では良い思い出だ。
こうしてふざけ合えるくらいに。
「師匠、今日もありがとうございました」
「ミーレ師匠、また明日ね〜」
俺たちはそう言って屋敷に帰った。
俺たちを見送った後、辺りの不自然さに目を閉じた。
「それで、ミーに何か用かな?」
すると、一人の女性が姿を現した。
「そろそろこちらに帰ってきてもらう用事が出来ました。近々会合が開かれますので」
「ああ、もうそんな時期だっけ?」
「そうです。それにしても今回は長く下界に止まりましたね、探すのに苦労しましたよ」
「ちょっと面白い子を見つけたんだ。育てがいのある子でね、その子を育ててたのさ」
「そうですか。であるなら、あの子の代わりであるという事ですか」
「強要はできないが、そう出来たら良いなとは思っているよ」
「今は深く聞きませんが、一先ずあまり猶予がありませんので一旦我々の場所へ戻りましょう」
「……分かった」
「どうかされましたか?」
「いや、何でもない」
「心残りでもありましたか? 別れなら今のうちですよ」
その言葉に息を詰まらせた。
「じゃあ、明日まで待っててもらえないかな?」
「わかりました。ではまた明日迎えにきます」
「思ったよりも早い迎えだったな−−それにしても明日、か……」
次の日、俺たちはいつも通りに師匠との特訓をしていた。
でも、今日は師匠の様子がどこか変だ。
「師匠、今日は何か元気ありませんね。一体どうしたんですか?」
「ん? いや、特に変わらないよ」
本人的には別に問題ないという感じだ。
だが、それにしてはいつもより口数が少ない気がする。
それに、どこか浮かない顔をしている。
「ねえ、ミーレ師匠何かあったの?」
「わからない。本人はいつもと変わらないとは言ってるけど……」
この二人のコソコソしたやりとりも、いつもなら視線で不満を訴えてくるのだが、今日はそれもない。
「やっぱりおかしいよね」
フランメもどうやら気になっているようだ。
そんな師匠はといえば、ただ空をボーッと眺めているだけだった。
「師匠、本当に何かあったのですか? 空を眺めることなんて今まで無かったじゃないですか」
故郷に思いを馳せているのだろうか?
「何もないよ。そう、何も、ないんだ」
相当歯切れが悪いし、これは何かあったな。
「何を隠しているんですか? 教えてくれないなんて酷いですよ」
「隠してるわけじゃないんだ。ただ、どうしたら良いのか分からなくて……」
俺たちは首を傾げた。
その突然の変化に戸惑ってしまった。
すると、どこからともなく急に声が聞こえた。
「何やってるんですか、もう。じれったいですね」
突然聞き覚えのない声に反応する。
「誰だ!?」
身構える俺とフランメ。
するとその声の主は特に隠れるわけでもなく、堂々と姿を現した。
「これはこれは驚かせてしまったようですね。初めまして、わたくしはそこにいらっしゃるエルミーレ様の『セクレタリー』をしています、レヒターと申します。以後お見知り置きを」
レヒターと名乗った人物は丁寧に頭を下げた。
セクレタリー、所謂秘書みたいな人か。
「ミーレ師匠、この人は一体誰なの?」
「おや、わたくしの存在を教えていなかったのですか?」
「君の事は別に話す必要はないと思ってたからね」
師匠の顔がさっきよりも複雑になっていた。
師匠はこの人と何かあったのか?
「その、師匠のセクレタリーの方がどうしてこんな所へ?」
「おや、もしかしてまだこの子達に、今日天界に帰る事をお伝えしてなかったのですか?」
唐突のカミングアウトに、身体に電流が走った感覚を覚えた。
「えっ? それって一体どういう……」
「そのままの意味ですよ。もうこの下界での用事もある程度済んだみたいですし」
「そんな事、一言も聞いてないよ! ミーレ師匠、何で黙ってたの?」
「ごめんね、ミーもこの事を聞いたのは昨日が初めてだったんだ。本当は、今日君たちにちゃんと言うつもりだったんだ」
なるほど、それで今日はやけに上の空だったわけか。
別れの切り出し方を悩んでいたんだろう。
「早く告げれば良かったものの、なかなか言い出さないのでつい出てきてしまいました。余計なお世話でしたか?」
「いや、別に構わないよ」
いつか別れの時が来る、前々から言われていたし、自分でもそう思っていた。
ただ、俺はそうであってもフランメはそうじゃない。
「何で、そんな急に私たちの前から居なくなろうとするの……」
「フランメ……」
彼女の目には涙が溜まっていた。
「ですが、元々我々は下界に干渉すべきではありませんので、今まであなた達は特別だったと思っていただきたいのです」
「そんな事急に言われても納得なんてできないよ!!」
「ハァ、困りましたね。エルミーレ様が早く仰ってくださらないから、少し厄介な事になりましたよ、どうするのですか?」
師匠はフランメの傍まで行き、彼女の頭を触った。
「フランメ、すまなかったね。突然で混乱する気持ちは仕方ない、けどミーも帰らなければいけないんだ」
「そんなこと言われても、納得なんてできないよ……」
確かに今のフランメが納得出来る理由ではないな。
師匠にも、それなりの事情ってものがあるのは分かる。
それは俺が何度も経験してきた事だから。
ただ、10歳の子には難しい話だろう。
「特訓途中の君たちを裏切ることになってしまった、それだけはミーも心残りだ」
「だからって、そんな……ねえ、リーベストは何でさっきから黙ってる、の、よ……」
フランメは俺の方を見て言葉を詰まらせた。
人との別れは付き物だ。
ずっと前から経験してきたし、今更悲しい事とは思ってない。
それなのに、どうして、こんなにも涙が止まらないんだろう。
いつかこんな日が来るって父様にも言われてきた事じゃないか。
それなのに、何で、こんなに——
「何で、そんな急にどっか行っちゃうんですか、師匠!!」
俺は大きな声で叫んでいた。
「リーベ……」
「もっと色々、教えてほしかった。もっと、師匠と一緒に過ごしたかった……」
嗚咽が漏れる。
そんな俺に師匠は歩み寄ってきて、俺の事を抱きしめた。
「一番の弟子である君をここで置いていく事を許してほしい。でもこの事は伝えさせておくれ。それは、ミーが失っていたものを君は気付かせてくれたってこと。それだけで君に会えて良かったと思っている。だからありがとう、リーベ」
優しく抱きしめられた身体は、今までと同じように安心感に溢れていた。
「……そんな事を今言うのは卑怯ですよ。もっと、僕たちの気持ちも考えてくださいよ」
「すまない、でもこれは正直な気持ちなんだ。確かに別れを言えなかった事は、その、すまないと思ってるよ」
「何ですか、それ。謝るの下手くそじゃないですか」
涙は出ていたがそのおかしさに笑みが溢れた。
本当に不器用な方だな。
それでも、師匠は俺に感謝の言葉を伝えてくれた。
その事がどんな言葉よりも嬉しかった。
やがて小さな身体が俺から離れる。
その寂しさにまた、涙が溢れてきそうだった。
「では、参りましょうか。」
そう言って背を向けるレヒターさんと師匠。
俺とハグをした後、師匠は泣きじゃくるフランメにも別れのキスをほっぺにした。
普段の姿からは想像出来ない行為にフランメはビックリしてたが、励ましの言葉をかけられようやく泣き止んだ。
この時はちょっとフランメが羨ましかった。
「じゃあ、二人とも元気でね」
「絶対、また会いにきてくださいね!」
「分かったよ。約束する」
いよいよ別れの時が来る。
こんな時、どうやって別れるのが正解なんだろう。
いや、考えたってしょうがない。
ここまで育ててもらった感謝を言葉にするだけだ。
「師匠、5年間お世話になりました!!」
その言葉に師匠は笑って頷いた。
「うん。リーベも頑張るんだよ」
別れを告げ、背を向けた。
喉がキュッとなる。
それでも、何とか声に出して俺の思いを伝える。
「師匠! 次会ったら絶対、師匠に一発食らわせるんで覚悟しといて下さいよ!!」
俺は笑いながら手を振った。
その言葉を聞き少し呆気に取られたのか、はたまた呆れたのか、少し固まっていた。
それでもこちらに振り返って、
「まったく、生意気だね。いいよ、やれるもんならやってみなよ!」
と、屈託のない笑顔で告げた。
そして二人は天へと帰って行ったのだった。
「それにしても、なかなか良い少年少女ですね」
「そうだね、ちょっと生意気だったけどね」
「……エルミーレ様、やはり少し変わられましたね」
「そうかい? だとしたらそれはあの二人のおかげだろうね」
「それほど特別な存在だったのですね」
「そういう君こそ、あれを渡すなんてどういった風の吹き回しだい?」
「いえ、ただあの場面で何となくその方が良い気がしただけですよ」
「ふーん、深くは聞かないでおくよ。まあでも、いつかまた会えるのが楽しみだよ」
「ふふ、そうですね」
「それに、これで良かったんでしょ、マザー……」
「行っちゃったね」
「うん」
「これからどうしよっか」
「……うん」
会話は続かず、沈黙がこの場を支配する。
胸にポッカリと穴が空いたような気分だ。
何かする気にもなれない。
「ねえ、リーベスト」
「何だい」
「ううん、やっぱ何でもない」
再び沈黙が流れる。
それほどに喪失感が大きかった。
この先どうしていくべきか。
答えが見つからないまま、二人ともただ立ち尽くしているだけだった。




