第十話 魔法の特訓 後編
時は少し遡り、一月前。
フランメと一緒に師匠との特訓がスタートした。
最初はフランメもマナ酔いをしていたが、師匠自ら魔力が込められた物を作ってそれをフランメに食べさせた。
フランメは渋々それを飲み込み、しばらくすると大丈夫になったらしい。
身体に害がないよう、込められた魔力量はかなり抑えめだったと師匠は言う。
契約を交わして順応させるわけではなく、あくまでマナに慣れるための措置だと師匠は言った。
俺とのあの行為との差はそういうことらしい。
思い出すだけで恥ずかしくなる。
とりあえず、今はマナ酔いが落ち着いたので、フランメの魔法力を測定しているところだ。
「じゃあ、全力で来なよ」
「分かりました、じゃあ行きます!」
そう言って魔法を唱える。
「火炎球!!」
直径約50センチ程の火の玉を形成し師匠に放った。
まあ、師匠はその火の玉をあっさり右手で消し去ったのだが。
「うー、割と全力で撃ったのになー」
自分の渾身の一撃がきかなくて少し残念がる。
「ふむ、確かに威力はリーベよりあると思うよ」
「本当ですか? やったー!」
「魔力変換もスムーズだし、そこは良いんだけどね。どうも魔力を集めすぎてるし、細かいコントロールが全然ダメだね」
「それはリーベストにも教えてもらったけど、そういうの苦手なんですよね」
確かにそんな器用なことは、前からずっと出来ていなかった。
「フランメは細かい事を気にせず、魔力をぶっ放す方がやりやすいみたいですよ」
「もう少しマシな言い方はないのかい? まあでも、それは多分保有してるマナの量が多いからだろうね、人族としては珍しいよ」
「そうだったんですね……て、なににやついてるのさ」
こちらを見ながらフランメは凄くニヤニヤしていた。
「いやー、リーベストより才能あるかなって」
どうやら俺より保有マナの量が多いことに優越感を感じているのだろう。
その顔、少しムカつくな。
「でも、確かに威力はあるだけでそれ以外はまだまだリーベの方が出来てるし、あんまり調子に乗らないことだよ」
「……うー、分かりました」
師匠に釘を刺され少ししょんぼりしたフランメだった。
ザマアミロ。
「そういえば師匠、前に魔族と戦った時、突然どこかから声が聞こえて、そうしたら不思議な力が使えたんですけど、それってなんだか分かりますか?」
あの瞬間の事は今でもよく覚えている。
師匠なら何か知っているかもしれないと思い聞いてみた。
「声に不思議な力? ――あー、多分それは『神贈の恵与』なんじゃないかな」
あれ、何か裏がありそうな言い方だな。
「『神贈の恵与』ですか?」
「そう、困難に立ち向かう者の前に突然声だけ現れて力を与えるんだ。大体はその時願ったことが力として具現化するんだけど、リーベはその時何を願ったんだい?」
「えっと、あの時フランメがピンチだったんで、時間よ止まれって」
「ふむ、時間か。だとすると、時間系の魔法とかが与えられたのかもしれないね。とりあえず使ってみなよ」
「でも、どうやって発動させれば良いんでしょうか?」
「簡単だよ。魔力を込めて自らの願いを魔法に変換するだけさ」
「分かりました、やってみます」
魔法は概念、「神贈の恵与」は願い、か。
物は試しようだ、やってみよう。
(あの時のように、魔力を込める。集中、よし今だ)
魔力が集まり、俺は願いを唱えた。
「時間よ、止まれ!」
すると、周りの物が活動を止め俺以外の全てが停止した。
本当に止まった。
(ん? 今だったら師匠にいたずら出来るんじゃ?)
普段は触ることさえ出来ないほど隙がないが、今なら……
いつ解除されるかもわからないので、足早に行き手を伸ばした時だった。
「なるほど、確かにリーベが動いたのが分からなかった。それにしてもリーベ、君は今ミーに何をするつもりだったのかな?」
どうやら魔法が解除されていた。
「えーっと、その……」
俺を見る師匠の目がすごく怖い。
「すごい! 本当にリーベストが一瞬で動いた!」
フランメが興奮気味に言う。
「いいかい? 下らない事はあまりしないことをオススメするよ」
「はい、すみません」
危うく命がなくなるところだった。
「ところで、何で解除されたんですか?」
俺は釈然としない気持ちだった。
確かに師匠には魔法が効かないけど、時間はちょっとだけ止まってたみたいだし。
「ミーの魔力でリーベの魔法を撃ち消したのさ。大体は魔力量の差である程度は対応できるからね」
「じゃあ、さっき私の魔法を撃ち消したのもそうだったんですか?」
「あれはこれとは別のことをしたまでだよ。ミーに攻撃を当てたかったら、ミーと同じくらいの魔力で攻撃してこないとダメだよ」
つまりデカい魔力で攻撃出来れば師匠もダメージを負うわけだ。
けど、そんな事普通に考えて無理である。
「でも、それじゃ絶対無理なんじゃ?」
「確かにそうだけど、唯一方法があるとすれば、魔族たちと同じことをすれば良いんだよ」
「それってつまり、周囲のマナから魔力を供給するってことですか?」
「そうだね。でもやれない事はないはずだよ。大事なのはイメージと自然の中にあるマナを感じれるかだけどね」
「うぇー、聞くだけでなんか難しそうだね」
「うん、でもちょっと興味がある」
師匠は口では簡単に言うが、果たして出来るものなのだろうか?
でも、出来ると言うのならやってみようと思う。
ほぼ無限にマナが使えるとなれば、魔族にだって対抗出来るかもしれないからな。
「それにリーベ、君は今の時間魔法で結構なマナを消費している。このままでは数発で魔力切れになるから、自分だけの魔力量だと厳しいかもしれないよ。君の為にも出来るようになった方がいいと思うけど、どうだい? やってみるかい?」
ここはこの人の考えに全ベットだ。
「教えてください、師匠! 強くなるって決めたから、考えてる暇なんてないです」
「ふふ、リーベならそう言うだろうと思ったよ」
「良いなー、リーベ。私も強くなりたいのに……」
フランメは話を聞いただけで諦めていた。
「君は、そうだね。力任せにただ魔法を使うのではなくて、小さくまとめて威力にマナを特化した使い方の方が良いと思うんだ」
「それってどういうことですか?」
「中距離で戦うより、近距離で魔法を使いながら戦うってことかな。少し大雑把だから、狙って撃つ事にマナを分散させるやり方が合ってないと思うんだ。近距離なら狙ったり射程にマナのリソースを割く事はないし、その分威力にマナを回せる。ただ、その為には作る魔法を小さく維持するコントロールをしなければいけないし、それに身体強化魔法を使って、近距離でも戦えるようにしなくちゃいけなくなる。結局はやる事が増えるし難しいとは思うけど、やってみる価値はあるはずだよ」
「うー、なるほど、分かりました。難しいけどやってみます!」
フランメは頭がパンクしそうだったが、方向性は的確だと俺は思った。
こうして二人の特訓の方向性が決まって、それぞれ取り組んでいった。
それから剣術の稽古の時にフランメも参加するようになった。
リヒャルトは剣を使っている時に無意識に身体強化魔法を発動しているらしい。
感覚的な話ではあったが、フランメは「なんとなく分かった」と言っていた。
実際、言われた通りの事をすぐに実践できていたので、彼女はセンスがあるのだろう。
リヒャルトも「素晴らしいセンスですね」と彼女の事を褒めていた。
「ではここらで一度リーベスト坊ちゃんとフランメ様で一度模擬戦をしてみましょう」
急な提案ではあったが、フランメはノリノリだった。
「リーベスト、勝負よ!」
本当に父親が亡くなったとは思えないほど明るい。
いや、そうでもしてないとあの時の記憶と後悔で押し潰されてしまうのだろう。
そんな暗い部分が彼女の笑みから垣間見える。
「分かったよ、ただ、負けたからって泣くんじゃないぞ」
「ふん、それはこっちのセリフなんだから」
間合いを取り、お互い構えを取る。
「それでは、始め!」
リヒャルトの合図とともに彼女が仕掛けてきた。
習い始めとは思えないほど素早く、それでいて安定していた。
そのまま右拳を振りかぶって、顔面目掛けて飛んできた。
それを左から返し、態勢を崩す。
諦めずに踏ん張って左からもう一度パンチが飛んでくるが、その左手をはたき落として木剣を首元に突き付けた。
「はい、俺の勝ちだね」
「くっ、次よ! 次は負けないから!」
「ふふん、何回来ても同じ事だよ」
負けて悔しがる彼女だが、初めてにしては十分な動きだと思った。
この時、少しの緊張感が俺に芽生えた。
「まあまあ。さすがにフランメ様はまだ戦いに慣れてませんね。動きに無駄が多いのと相手の先を読むと言った点で坊ちゃんに負けています。ですがその点は戦っていくうちに慣れてくるでしょう」
「そう言う事だから、今に見てなさいよ」
「本当、君ってそんな負けず嫌いだったなんて知らなかったよ」
「ですが、まだまだ二人とも私から見れば隙だらけですので、これからも精進していきましょう」
『はーい』
二人揃ってハモった。
ただ、同じくらい戦いの経験が浅いので、お互いがそれぞれアイデアを出して戦うことで工夫が生まれる。
対処したりすることで自分の引き出しにもなるからな。
言うなればライバルのような、高め合える存在。
貴重なこの存在を失うわけにはいかない。
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それから三ヶ月が経った。
今日も相変わらず特訓の日々だ。
「だいぶ小さいものを作るのに慣れてきたね」
魔法の特訓では、フランメは小さな火の玉を作る練習をしている。
師匠曰く、小さいものを形成し、インパクトの瞬間に一気に放出する事を練習で身につけ、近距離戦の基礎を作る。
魔法を作る段階で余分な魔力を込めるより、放つときに込める方がマナの消費が少なく、かつ威力も大きい。
その代わり手順が増えて、魔力のコントロールは難しくなると休憩中にフランメが話してくれた。
前に師匠が言ってた通りだ。
このように休憩中はお互いの練習で得た感覚を共有している。
「それで、リーベの方はどうだい?」
休憩が終わり師匠が訪ねてくる。
「何となくのイメージは掴めてはいるんですけど、どうもその先が難しいです」
俺は、自然に存在しているマナを自らの魔力に変換して使う特訓をしている。
「そうだね、あまり感じれないとは思うけど、自然のマナにもそれぞれ意識はあるんだよ。それらに直接語りかけるようにして、彼らからマナを借りるイメージを持つといいんじゃ無いかな?」
「分かるような分からないような……もっと具体的にはどんな感じですか?」
少し抽象的な言葉でピンとこない。
「イメージ的には漂っている精霊と契約する感じかな。さあ、もう一度やってみよう」
「精霊ですか」
うーん精霊、精霊か。
そういえば前世で神社とか、自然を感じることが好きだったな。
不思議な力に包まれているかのような厳かな雰囲気。
(恐らくそれがこの世界ではマナとして存在しているんじゃないか?)
俺は、師匠の言うイメージと自らのイメージを重ね合わせた。
この世界の自然に寄り添うように、肌で全てを感じる。
空気、風、音、木、草。それらからエネルギーを感じ取る。
抽象的ゆえ掴みづらい感覚ではあるが、しばらくすると何となく温かい何かが身体に伝わってきた。
「どうなってるの、ミーレ師匠?」
どうやらフランメも何かを感じ取っている。
「自然のマナがリーベに寄り添ってきている、上出来だね」
自分の身体に何か集まっている気がする。
これが師匠の言ってる自然のマナなんだろうか。
非常に居心地が良い。
あとは契約—実際には少し違うが—して魔力を彼らから譲ってもらう。
(あなたたちのマナをこの身に貸してくれませんか?)
心の中でそう祈った。
すると、自分の身体にマナが流れてくるのがわかった。
「へぇ。こんなに早く出来るなんて、思ったより早かったね」
師匠はちょっとだけ驚いた様子だった。
フランメはその光景に興奮していた。
「凄い……おめでとう、リーベ!」
「二人とも、ありがとうございます! 何となくですが分かった気がします」
今の感覚は忘れないようにしないと。
「はー、羨ましいなー」
「なに、フランメも練習すれば出来るようになるよ」
「本当? リーベがそう言うなら頑張る!」
「いや、君はそれより、まずは魔法のコントロールが出来ないと意味がないよ」
「もう、ミーレ師匠はもう少し優しくしてくれたっていいのに」
釘を刺されフランメはふくれっ面になった
「まあまあ、正直な感想しか師匠は言わないからね」
「もっと褒めてくれてもいいのに。ケチなんだから」
二人小声でそんなやり取りをしてると、凄く睨まれた。
その後フランメは一人で練習に行き、俺は俺で師匠に話があった。
「師匠、もう一つ教えてほしいのですが、魔族を倒したあの魔法って一体何だったんですか?」
師匠が最後に放ったあの魔法。
あの一撃で相手の魔族は消え去った。
「あれは光魔法の一種だよ。厳密にはミーにしか使えない神聖光魔法ってやつだけどね。使用者、もしくは周りに相手を悪と断定した者が居ないと成立しない魔法でね、少し厄介なんだよ。審判と言えば君には通じると思うんだけど、あれは対象とされた悪の根源を光で焼き切るもので、悪だと思う感情が強ければ強いほど威力は上がる。この前は、あの魔族が消滅するくらい君たちがあの魔族を悪だって思ってたことになるんだ。」
「じゃあ、必殺ってわけではないんですね。それになんか複雑ですし」
「そうだね。だからあんまり使うのは好きじゃないんだ」
一瞬だけ表情が曇ったことを俺は見逃さなかった。
「何か別に問題があるんですか?」
「いや、問題っていうか使う時は使うんだよ。ただ、前は何も思っていなかったはずなんだけどね、最近は少し使う気になれないんだ。何でかは解らないんだけど」
そう言って少し考え込んだ。
やはり、師匠は以前の失態を引きずっているのかもしれないな。
「それは感情、ですか」
「……どうなんだろうね」
少し間があって答えたが、否定はしなかった。
その様子は、どこか寂しそうだった。
「ところで、どうしてこの魔法を?」
「実はあの魔法を学びたいと思ってまして」
「んー、貪欲なのは良いけどあまりオススメできないよ?」
「やっぱりダメですか?」
「教えてはあげるけど、モノにできるかは君次第だ。だけど、この魔法はさっきも言ったけどミーにしか使えない。他の誰にも出来なかったものなんだ。リーベは他にももっとやる事はあるし、それだけに集中するのはどうかと思うんだ」
師匠はあまり良くない顔をしていた。
それでも、俺の直感的にこの魔法は使えた方が良い気がする。
「それでも構いません。ただ僕がそうしたいと思っているだけです」
「なるほど、決意は固いと。ではその決意をミーは受け入れよう」
「二人で何の話してるの?」
師匠との話が終わると、フランメも合流した。
「ちょっとね」
「秘密の特訓? ズルい私も混ぜてよ」
「そうだね――じゃあ、二人でミーにかかってきなよ」
少し悩んだ後、師匠はそう提案してきた。
随分いきなりすぎやしませんか。
「いや、それはちょっと急なんじゃ……」
「やる! やろうよリーベスト!」
「フランメ、殺られるかもしれないよ?」
「ねえ、リーベはミーの事を何だと思っているんだい?」
「だって、師匠は手加減できずにうっかりするかもしれないですし」
「大丈夫だよ。勝てば問題なしだから!」
「その自信はどこから来るんだよ……」
活発なフランメに辟易したが、どうやらやるつもりらしい。
「ちゃんと手加減くらい出来るから安心しなよ」
そう言って腕を鳴らした。
ああ神よ、どうか俺の命を救ってください。
そう祈るしかできなかった。
その後、二人で戦ったが、もちろん敵うわけもなく二人とも何も出来ずに打ちのめされた。
「何だい、二人とも情けないね。フランメは威勢だけ良かったけど」
少し呆れるようにして師匠はため息を吐いた。
「攻撃がきかないのはズルいよ!」
「分かってて戦ったのはフランメだろ」
俺も呆れてため息が出た。
「だって魔族は何も出来なかったし、一発でも入れられたら私たちの方があいつより強いってことだと思ったんだもん!」
「それは少し理由が単純すぎやしないかい?」
そのセリフにさらに呆れていた。
俺も無謀な戦いだったと思った。
だがその度胸だけは見習いたい。
「でも実戦で分かることもあるし、これからも相手になってあげるよ」
「やった! いつか絶対一発入れますからね!」
随分と大きく出たものだ。
まあでも、師匠に一発入れたい気持ちは分からなくもない。
無敵の相手に一矢報いたいと思う気概くらいは俺にだってある。
「僕も一撃は通して見せますよ。」
「まったく、二人とも不遜だね。まあ、楽しみにしといてあげるよ」
言葉は相変わらず淡々としているが、どこか嬉しそうだった。
それから俺たちは幾度となく師匠に挑んだ。
だが、いずれも攻撃に至ったことはなかった。
むしろ、俺たちの命が何回か脅かされた。
やはり手加減がどの程度か分かってなかったようだ。
でも、特訓の日々は楽しかった。
そんな日々もいつしか終わりを迎える時が来る。
出会いあれば別れあり、それが人の世の常だ。
それはこの世界でも変わらない。
ただ、この時の俺とフランメは考えていなかった。
いずれ来る師匠との別れを。




