プロローグ
空は青く澄み渡り、緑が生い茂り風が心地良い。
どこか見たことがありそうで、だが記憶にない景色。
「本当に異世界に生まれ変わったんだな…。」
少年は今いるこの場所に未だ驚いている。
——「今の世の中は死んでいる」——
いつからしかそう思うようになった。
俺の名は津村彰。会社員として日々何の目的もなく生きているだけの人間。
協調性を謳い、思考を放棄した人々に辟易しながらも、特に不自由なく生活を送っていた俺は、携帯を見ながら呟いた。
「またこのニュースがトレンドか」
繰り返される悲劇に嘆くもの、怒るもの、悲しむもの。
画面上での無機質な喜怒哀楽が溢れた今は、人の心に仮面が張り付いているようだった。
——この世はどこかおかしい——
本当にそう思う事しか出来なくなっていた。
人情味というものが無くなり、他人を蹴落とすことに快楽を覚え、正義という大義名分を抱え暴力をすることに躊躇いがなくなった今の世間。
見ているだけで毒だ。
もっと楽しい生き方を見つける方がよっぽど有意義だろうに。
この国独特の帰属意識は、奴隷と何ら変わりないのではと思うが。
「……コンビニでも行くか」
そう独り言ちて携帯をポケットにしまい、徐に立ち上がった。
考えるだけ時間の無駄だ。
そのまま気怠い足取りで玄関を出た。
夜の住宅街は静寂に包まれていた。
街灯のうっすらとした明るさが、少しばかりの虚しさを演出している。
(こうしてみると平和なんだけどな)
頭上にある星空を眺め物思いに耽っていると、
「なんだ、随分と浮かない顔しているな」
同僚の簑島貴明が後ろから声をかけてきた。
「別に、ただ今のご時世に憂いてるだけだよ。お前はこんな所で何してるんだ?」
「はぁ、相変わらず変な事を考えているんだな。もっと楽しく生きた方が面白いってのによ」
「自分的にはそれなりに楽しいさ。ただ、周りを見てると色々考えるだけだ」
「ふーん、こんな時間に一人でコンビニに出かけるのが楽しいっていうのは、少し心配だけどな」
この男との付き合いは、かれこれ六年も経つ。
トゲのある言葉を口にしているが、俺のことをよく理解しているだけあって顔は笑っている。
貴明は、よく一人でいる俺に気を遣って話しかけてきてくれた。
最初は煩わしいと思っていたが、この男は俺に対して本音で対話しているのだと気付き、次第に仲良くなっていった。
仕事に関しても優秀で、人当たりも良いために会社での評価はかなり高い。
おまけに顔もいいので、異性の人気も高い。
人としての完成度が高いのが、この蓑島貴明という人物だ。
「何年も一緒に働いてきたけど、もう少し協調性があればお前も今みたいに根暗にならずに済んだんじゃないかって思うんだけどな」
「それは何とも余計なお世話だ。それに、別に俺は自分が考えた事にしか興味がないだけだ。強要されるのは嫌いなんだよ」
「そうは言っても、世の中助け合わないとやってけないぞ? 一人で何でもやるには限界あるだろうし。孤立してると、周りから変人として毛嫌いされるぞ」
「協調性は大事だが、行きすぎたそれが嫌なんだ。自分の考えをちゃんと示してるし、周りに合わせろというのならそれが正しいって説得してほしいね。ただ頭ごなしに押し付けてるだけじゃないか。まあ、どうせ既に色々と嫌われてるんじゃないか?」
「うーん、それは色々と否定できんな」
と、失笑気味に貴明は呟いた。
他愛もない話をしているうちに、目的地であるコンビニに着いた。
特に用事はなかったが、気になったアイスクリームと飲み物を買ってから店の外に出ることにした。
俺は、買ったアイスクリームを口に頬張りながら貴明を待っていると、
「悪いな、待たせちゃって。実はビールが家になくってよ」
そう言いながら、買ったビールを開け、プハっと一息吐いた。
どうやらビールを買いに来たようだ。
買ったそばから開けるなんて、よほど我慢できなかったんだろう。
そんな貴明に俺は質問をした。
「前から疑問だったんだが、優秀な成果を上げているお前は、どうして俺みたいな変人に絡んで来るんだ?」
少し自虐的な俺の質問に対し、ちっとも訝しがる様子もなく貴明は、
「まあ、普通じゃないってことはそれだけで刺激になる。みんながみんな同じならそれは人形と変わりないから」
と言い、さらに続ける。
「性格は変わってるが、彰は芯が通っているからな。それは誰にでもできることじゃない。誰もが正しいと思っていることでも、そうじゃないと疑問を持てるお前を素直に尊敬しているのさ」
どこか儚げな顔をして貴明は言った。
俺は唐突に褒められたのが何故か少しむず痒かった。
返す言葉が出てこず、少しの沈黙が流れた。
「まあ、お前がいないと退屈になるって事さ」
そう言いながら貴明は空を仰いだ。
その表情に疑問を抱きつつも、深入りはしなかった。
「そう言ってもらえるとありがたいよ。全く、お前は本当に俺に似合わないな」
下を向いて、そう呟くことしかできなかった。
「じゃあ、俺こっちだから。」
貴明を見送り、俺は自分の家に戻るよう背を向けた。
しばらく歩いていると、何か奇妙な雰囲気を感じた。
普段から、周りの視線に敏感な自分の感性が働いている。
「そこにいるのは誰だ!」
振り返ってみるも、何も反応がない。
(気のせいか?)
見渡す限りの暗闇に身構えつつ、足早に家に向かう。
家の前の街灯付近まで来た時にそいつは現れた。
それは突然に、しかし必然であるかのように俺の前に現れた。
「……こんなとこで何やってんだ。さっき家に向かったはずだろ」
俺は目の前の人物にそう問いかける。
「別れた後、お前が足早に帰ってるのが見えたからな。何かあったのかと思って来ちまった」
目の前の人物はそう答えた。
だが、何かおかしい。
「別に、俺の事を見られていた気がしたからだよ」
何事もないように、あくまで平静を装った。
だが、そんな事よりも気になるところがいくつもある。
一体何がどうなっているのか分からない。
どう考えても、貴明が俺を先回り出来るとは思えないからだ。
どう頑張ったって、あの後俺より先にここに居ること自体不可能なはずだ。
だからこそ疑問をぶつけずにいられない。
「お前、何で俺より先にここにいたんだ?」
「それは、心配になって急いだからさ」
「だからって、俺のことを先回り出来た事が疑問だ。まさか全力で走ったとでも言うのか?」
「もっともな意見だ。なるほど、少し厄介だ」
最後の言葉は少し聞き取れなかった。
何だ、少し様子が変だ。
「でも、答える必要もないな。それに聞いたところで結末は変わらないよ。」
「変わらない? さっきから何を言ってるんだ、俺の質問に答えろよ!」
俺は混乱している頭を必死にまとめようとした。
「お前は一体何者——」
「残念だけど、もう時間の猶予がないみたいだ」
不条理に言葉が遮られ、続けて口が開かれる。
「君には悪いけど、これから死んでもらうね」
「なっ……?!」
突然の死刑宣告に更に頭が混乱した。
何故、が頭を駆け回る。
気付けば、口調も貴明のものではなくなっている。
「嫌だ、と言ったら?」
とりあえず考える時間がほしい。
そう思った俺は疑問を口に出す。
「これは決定事項だから、逆らうことはできないよ」
だが、答えてくれない。
どうやら俺は殺されるらしい。
全くもって理解不能だ。
「せめて殺される理由を聞いても?」
「それは今後、自分の目と耳で見つけていくしかないよ」
何とも投げやりな返答だ。
こちらの事は一切気にしていない。
答えとしても成立していない。
俺は苛立ちを表情に押し出したが、それでも態度に変わりはなかった。
それに今後自分で見つけろだって?
今この瞬間殺す相手に向かって今後はないだろう。
そう心の中で悪態を吐くのが精一杯だ。
まともな思考ができていないのが、自分でもよく分かっていた。
「取り敢えず、生まれ変わった世界で君の健闘を祈るよ」
「ま、それはどういう……!?」
言葉の途中だったが、自分の身体の違和感に遮られた。
違和感の部分に目を向けると、赤い液体が自分の身体から流れていた。
「ぐっ、カハッ」
痛みが遅れてやってきた。
傷口は熱く、焼けるようだった。
それに眩暈がする。
口からも大量の血が溢れ出た。
何か発しようとしても言葉が出ない。
(生まれ変わる? 何故?)
ダメだ、頭が上手く回らない。
次第に段々と視界が暗くなる。
そんな時、
「君が頑張ってくれれば、僕が退屈になる事はないから、向こうでは簡単に死なないでよね?」
見慣れた背中が遠のいていく。
目の前が真っ暗になる最後に、誰か分からない声が聞こえた気がした。
初めまして。風竜巻馬と言います。
小説を投稿するのが初めてなので、至らない点ばかりだと思いますが、温かい目で読んでやってください。今後ともよろしくお願いいたします。