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浮浪少女とガス室の猫  作者: 屑籠
上.邂逅
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8.翌朝

 翌朝、7時に鳴ったスマホの目覚ましで北川辺は叩き起こされた。

 既に太宰府は起き上がり、窓とカーテンを開けて伸びをしている。その姿は酷い寝癖のせいで山姥のように見える。昨日の夜、布団に横たわる前に濡れた髪を枕元側に伸ばして寝たせいだろう。

 部屋の窓は西側にあるため、直接朝日は差し込んでいない。しかし日の光に照らされ、白く見える庭の草木は寝起きの目には刺激が強い。さらに、薄く吹く風が顔を刺して起こそうとしてくる。


「おはようございます」


「おはようです」


 北川辺は寝起きで頭が回らないようで、呂律が回りきらない声で変な挨拶を返した。

 それを聞いた太宰府は窓際から部屋のドアへ歩き出した。それを追うように北川辺も起き上がり、部屋を出た。2人が向かったのは洗面所だ。



 太宰府は蛇口上のレバーを上げ、直ぐに手の器で水を受ける。そしてその水面に唇を沈め、口の中に水を含んだ。乾いた唾液の不快な甘みが口いっぱいに広がる。その中で口をゆすぎ、水を吐き捨てるが、不快な甘みは消えることはない。

 次に彼女は手の中の湖に勢いよく顔を入れた。その直後には器が割られ、水が叩きつけられる音と止めた息を吐き出す音が鳴った。とても気持ちの良い音だ。


「北川辺さんも顔を洗いますか?」


 彼女はタオルで自分の顔を拭って言った。顔が縦に振られるのを見て、太宰府が掛けてある乾いたタオルを手渡してやると、北川辺はタオルを脇に挟んで湯気の上がっていない水で同じように顔を洗った。顔に当てられた水は、今朝の気温のように冷たい。



「朝ごはん作ってきます」


「お願いします」


 太宰府は北川辺の声に見送られてキッチンへと向かった。

 フライパンを火に掛け、まだなにも入っていないオーブントースターを加熱させる。冷蔵庫から卵とレタスを、机上の袋から食パンを取り出す。食器を棚から出し、水でさっとすすぐ。温まり、油の敷かれたフライパンに片手で割った卵を載せて、食パンをオーブントースターに入れる。太宰府はこの一連の動作を流れるように行った。そこには一切の迷いも引っかかりもない。

 しっかりと両面が焼かれて目玉を失った目玉焼きが水滴を拭かれた皿に乗せられ、塩コショウを浴びせられた。その脇に数枚のレタスが置かれ、皿からはみ出ながらも残ったスペースにトーストが置かれる。そしてその皿を両手に持ち、太宰府はリビングへと向かった。北川辺は座布団に座って、髪を昨日と同じように整えていた。


「食べましょうか」


「そうですね。いただきます」


 小鳥が囀り、風で木の葉が擦れ、遠くで車が走る。その音が偶にやってくる程に静かな中、2人は皿に手を付けた。

 北川辺は箸で卵焼きの白身を切り、レタスと一緒に口に運んでいる。一方で太宰府はレタスを全て重ねたトーストを右手に持ち、左手で持った皿を傾けて目玉焼きをその上に降ろしていた。綺麗な白緑茶の層の半バーガーが出来上がったところで、彼女はそれに噛りついた。彼女の口元からは、嚙み千切られるレタスが鈍くシャキシャキと鳴るだけだった。



「ごちそうさまです」


 北川辺は手を合わせて少し俯く。


「食器は置いておいてください。後で一緒に下げますから」


 北川辺は箸とコップを皿に乗せ、足を崩した。



 朝食を食べ終え、2人分の食器を洗い終えた大宰府はリビングに戻ってきた。その音が聞こえた北川辺は期待を込めてそっちを向いた。なにか新しいことが始まるという期待だ。食事が終わっても太宰府が食べている間にすることもなく気まずかったし、太宰府が食器を洗っている間に暇つぶしの道具を要求するのも、家に置いてもらっている立場としてよろしくない。ようやくなにかすることが得られるかもしれない状況に期待するのは至極当然のことだった。


「今日は午後に貴女の衣類を買いに行きましょう」


「そこまでして貰わなくても大丈夫です」


「そんな恰好だと恥ずかしくないですか?」


「私はこの恰好、好きですよ」


「でも、2人お揃いというのも変ですから」


 2度も食い下がる太宰府の善意を拒否するのは無粋だと考え、北川辺はそれ以上なにも言い返さなかった。



「この本、読んでもいいですか?」


「いいですよ。部屋にある本は好きに読んでください。それぐらいしか娯楽がないですから」


「ありがとうございます」


 2人は昼まで本を読んで過ごした。お互い特に会話もなく、ただ時間だけが過ぎていく。次第に外の車や人の話し声が多くなっていったが、2人は気づかなかった。

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