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浮浪少女とガス室の猫  作者: 屑籠
中.解放
21/51

21.向き合うべき苦痛

「あなたは自罰的だから、変に責任を感じて苦しんでいるんじゃないかって思ったんです」


「……私が悪いって、みんな言ってたんです。だからきっとそうなんです」


「そうだとしても、少なくともここではあなたを悪いという人はごく少数だと思います。だったら今は、自分は悪くないと思えばいいんじゃないですか」


「でも、そう簡単に許されていいはずがないんです……」


 太宰府は相変わらず自分の過去を酷く気にしている様子だ。それに対して印西は優しく問いかける。


「罪悪感から解放されたいと思いませんか?」


「もちろん解放されたいです。でも再びそれに苛まれるのも怖いです。だからその場凌ぎで終わっちゃいけないんです」


 自分に言い聞かせるようにも聞こえる様子から、この一件が彼女にとって非常に大切なことであると、手に取るように分かる。


「北川辺さんに許してもらって、それで解決じゃ駄目なんですか?」


「駄目です……。それだけじゃ私の中の罪を雪いだことにはなりません」


 印西は頭を悩ませた。今の太宰府が求めているのは、「世間的に許されること」ではなく「自分にとって納得できること」に思える。そうであるならば、彼女が解放されるためにはとことん自分の過去と向き合うことが必要なのではないか。


「自分の過去と向き合うしかないと思いますよ。どうして相手は貴女を責めたのかを分析してそれを解決するしかないでしょう」


「やっぱり、避けては通れないですよね……」


 太宰府は一層項垂れた様子を見せた。口ぶりからして自覚していたようではあるが、声にすることで改めて自分が目を背けるべきでないことを確認させられたのだ。


「良い結果になることを願ってます」


 印西は優しく微笑んで言った。死んだ人間が意思や実体を持って現れ、それに対して向き合うべき過去がある。今まではそのことについてどうしようもないことであると諦めて生きていくこともできただろう。しかし今はその直接の被害者が存在しているために、自分の肩の荷を下ろせるかもしれないという希望と、自分の罪に再び襲われる絶望を同時に味わうことになった。その苦痛を知らない以上、下手な親切はお節介になりかねない。そのために、印西にできるのは事がうまく運ぶよう祈ることまでだった。



「まだ取返しがつくと思っていたのに……」


 ひんやりと湿った風が涼しい夕暮れの中、太宰府は悩みごとを頭に巡らせながら帰路を1人で歩いていた。

 実のところ太宰府はこの一件に関して、いくつかの記憶を失っている。北川辺に言われるまで、彼女が死んでいることを認識していなかった。悪夢の中で自分の視点に向かって自分の名を呼びかけられるまで、自分を不眠に追い込むまで苛んだそれが自分に関する内容であることを失念していた。

 そのせいで自分の過去と向き合うということに、新たな罪が露見するかもしれないということが伴うのだ。しかし太宰府は腹を決めていた。悪夢の続きを見ることで、手っ取り早く過去を知れる可能性がある。そしてそのために必要なことは、寝る前に飲む薬を止めることだけだ。



 その夜、彼女はいつもの癖で1人台所にいた。このまま何もせずに戻るだけなのだが、本能的にそれを躊躇ってしまう。どうも昨日の夢で感じた恐怖を思い出して心臓の鼓動が早くなってしまうのだ。しかし太宰府はそれをグッと堪え、手に取った薬の袋を置いた。そして迷いを振り切って踵を返した。



 寝室では既に北川辺が布団に座っていた。足を布団の中に入れ、長座位の姿勢をとっている。


「今日は早いですね」


「今日はやることが少なかったからです」


「そうですか」


 急な北川辺の問いに、太宰府は適当に思いついた嘘で誤魔化した。その様子を見て、北川辺はこれ以上詮索しないように決めた。昨日の取り乱し様から、わざわざ隠すことを無理に掘り起こすべきでないと感じたからだ。そして詮索の代わりとして微笑みを返した。


「電気消して大丈夫ですか?」


「もちろんです。おやすみ」


「おやすみ」


 電灯から伸びる紐を引き、鈍い音と共に寝室は暗闇に包まれた。すぐにゴソゴソと布団に潜る音も止み、寝室に静寂が満ち足りる。そんな中で、太宰府は目が冴えたまま漠然と暗闇を眺めていた。視界の中に、光を当てられていないステンドグラスのような色の線が実感を伴わずに存在している。それに意識を向けて注視しようとすればそれはすぐさま霧消し、心の中になんとも言えない小さな小さなモヤモヤが残る。線のはっきりとした姿を見ることができなかった惜別やその過程で新しく出現した線への違和感に似た軽い不快感が、そう形容する価値もないほど小さく現れて群れた存在がそのモヤモヤではないかと、心の中で考えた。

 こうしてすぐに見せられるであろう苦痛から気を反らそうと無理矢理別のことを考えていては、当然眠りにつくことはできない。だからといってなにも考えないように努めれば、脳裏に今まで見てきた悪夢の断片がちらつき、それをカリギュラ効果に似た理由で引き出して広げてしまう。

 意識が鮮明なまま、自覚を持たないまま、1時間2時間と夜明けが近づく。さすがにこれほどまで頭の内部で完結する思考を巡らせていれば、ネタも尽きてくる。次第に思考が鈍り、いつしか太宰府は眠りに就くことができた。

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