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浮浪少女とガス室の猫  作者: 屑籠
中.解放
18/51

18.見たくない夢

「おはよう」


「……」


 私はガヤガヤとした教室の扉を開け、勢いよく挨拶した。その瞬間、教室は一気に静まりかえり、クラスメイトたちは私から目を背ける。私は仕方ないことだとは思いつつも、心にちょっとした悲しみを抱えながら自分の席に座った。

 私は隣の席に座る、友達の日向ちゃんに話しかけようとした。長く交友を深めていた彼女なら、受け入れてくれるのではないかと思ったのだ。しかし彼女の方を向こうと体を回した瞬間、私の視界の端で日向ちゃんが慌ただしく私に背を向けた。そして私の視界の真ん中で、逃げるように席を離れていってしまった。そして今まで見たこともないような速歩きで、彼女は教室を出ていった。焦りのみならず、怯えすら感じられるその背中を見て、私はまた悲しくなる。ふと気がつくと、周りはヒソヒソと喋っているようだ。内容は分からないのだが、私に対する良くないことを話しているというのは直感ながら確信した。

 私は朝礼まで、ぼーっとしながら俯いて過ごした。その朝礼が始まる直前まで、日向ちゃんが帰ってくることはなかった。



 朝礼では、先生は私に関して特に触れられることはなかった。私としても触れられたくない話題だったので、こうなったことはありがたい。

 その後の休み時間でも日向ちゃんは私が話しかけるよりも先にどこかへ行ってしまったし、授業でいくら手を挙げても当ててもらえなかった。ここまでされると、みんなが私のことを頑なに避けているようにも思えてくる。



 昼休みになって、私は日向ちゃんを問い詰めることにした。私を避けるのには訳があると思って、彼女が階段の影でポツンと立っているところにそーっと近づく。彼女はかじりつくように本に夢中で、周囲の状況に気を配っている様子はない。本の左右のページ量から見て、物語はクライマックスだと思われる。変に物音を立てることもなく、私は彼女の正面まで来れた。


「ねえ」


 私が声を掛けると、日向ちゃんはびっくりして体を震わせて私の方を見た。誰からも干渉されなさそうな場所で意識の外から話しかけられたら、こうなるのも不思議ではない。しかしその顔には驚きよりも失敗からくる唖然が表れていた。


「な、なに……?」


 日向ちゃんはばつが悪そうに私から目を反らす。


「どうして私を避けるの?」


 私は彼女に強めに尋ねた。腰を曲げて顔を近づけてみると、彼女は顔すらも私から背けた。


「うー……」


 答えに窮する彼女は、苦しそうに返答を模索しながら唸ってしまった。


「どうしてなの!?」


 なかなか答えない日向ちゃんに苛立って、私は更に強く問いを投げた。


「『静ちゃんとは関わらないように』ってお母さんに言われたの……」


 半ばヤケクソ気味に、それでいて申し訳なさを内包した声で、日向ちゃんは言った。今彼女は「静ちゃん」って言った。つまり私は……。



 太宰府は布団の中でパッと目が覚めた。今までと変わらない暗い天井に、安心感を覚えた。しかし次の瞬間、自分に突き付けられた情報が彼女を襲う。暖かい布団の中だというのに、血の気が引いて冷や汗が噴き出した。

 まさか自分の見ていた悪夢が自分の過去の経験だったとは思いもしなかった。正確には、この悪夢が自分をここまで長く苦しめてきたからこそ本能的にその択を排除していた。しかしこの真実を突きつけられたことで、今まで見てきた悪夢の断片が自分のこととして思い出されてしまう。それは太宰府のトラウマを掘り返すには十分だった。

 気分が悪くなり、思考がまとまらない。それと同時に決して意識を手放すこともできない。自分の中で枷を嵌められた脳が手当たり次第に自由を求めて藻掻いているような状態だ。



 朝7時に定刻通りのアラームが鳴るまで、太宰府はボーっとしながら布団にいた。それまで最悪な現実に打ちひしがれて呆然としていただけ、というのが正しいだろう。気づけば、そのすぐ隣で北川辺はスース―と静かな寝息を立てて熟睡している。綺麗な仰向けになって、目口を閉じた白い顔だけを布団から出していた。日光がカーテンに遮られて薄暗い室内では一層白いように錯覚してしまい、太宰府に昨日の彼女の告白が再び重くのしかかった。

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