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浮浪少女とガス室の猫  作者: 屑籠
上.邂逅
12/51

12.知るべき過去

 その姿を見た印西は1つ溜息を吐いて部屋を出、閉められたカーテンの側で止まる。そして、北川辺にパソコンの画面を見るよう促した。半ば放心状態だった彼女は、画面に映し出された内容に大きな衝撃を受けた。


「なんですか、これは……?」


「見ての通り、貴女が死んだというニュースです」


 画面には、確かに書かれている。「今日未明、北川辺玲さん(20)の死亡が確認されました。」と。


「……嘘ですよね。そうじゃなきゃ、なんで今、私はここにいるんですか?」


「少なくとも、僕が見ている世界においては、貴女は死んでいます」


 印西がブラウザの戻るボタンをクリックすると、ズラリと青字の検索結果が並んだ画面を表示した。その全てが、北川辺の訃報を伝えるものだった。北川辺はただ愕然と画面を眺めることしかできない。

 それでも信じられない彼女は一度ブラウザを閉じ、再度検索した。検索エンジンに北川辺玲と入れ、Enterキーを押しても、やはり出てくるのは彼女の訃報ばかりだった。


「そんな……どうして……」


 北川辺はあまりのショックに膝を折り、尻餅を搗いた。そして俯いたまま小さく肩を震わせて嗚咽した。きないだろう。それに、世界が自分に「死ね」と言っている気がする。体を支える右手の側に涙が零れる。印西はその光景を何も言わずに見下ろすことしかできなかった。


「心ゆくまで泣いてください。きっと貴女にできることはそれしかないでしょうから」



 随分と長く感じる時を経て、北川辺は顔を上げた。印西は涙に濡れたその顔を見て、ハンカチを渡した。


「ありがとうございます。ようやく落ち着きました」


 大分落ち着いた様子だが、まだ言葉の端々でしゃくりあげている。


「これからどうするつもりですか?」


 印西はしゃがみ、目線に同じにして優しく訊いた。北川辺は少しの間項垂れ、顔を上げた。


「分かりません。私は、ようやく手に入れたまともな生活を手放したくないんです。いつかは太宰府さんに打ち明けて、彼女の元を去らなくちゃいけないけど……今はまだ、彼女のもとで厄介になりたいです」


「そうですか」


 切実な願いだった。印西はその願いに肯定も否定もせず、ただの相槌を打つことしかできなかった。これが彼女にとって非常に重大な決断であるということだけしか、自分は確信できないからだ。

 今朝のことのせいで、北川辺は部屋の隅でずっと座って俯いている。途中、印西から気分転換にパソコンを貸そうかとの申し出もあったが、そんな気も起きないらしい。印西も彼女に対して訊きたいことや言いたいことは出尽くしたためにわざわざ声をかけることもしなかった。

 そうしているうちに時刻は正午を回り、小腹も空いてきた。


「どこか食べにいきましょうか」


「そんな気にもなれません」


「その気になったら、いつでも言ってください」


 相変わらず部屋は静かだ。パソコンのキーボードを押す音と、女のすすり泣きだけが聞こえる。カーテンの向こうが眩しく感じられるくらい、部屋の雰囲気は暗い。ただただ時間が流れていく。

 午後2時を過ぎた頃、ようやく北川辺は顔を上げた。


「お腹空きました……」


 細々とした声で、精一杯作った愛想笑いを印西に向けて言った。


「そうですね。どこに行きましょうか?」


 印西はチェーン店も個人営業も問わず、思いつき次第売られている料理の名を挙げた。牛丼、定食、ハンバーグなどなどと。

 その中から北川辺はラーメンを選んだ。印西曰くここから徒歩3分、豚骨だそうだ。



 通り沿いを北上し、少し路地に入った所にその店はあった。玄関の軒先に掛かった短い紺色の暖簾が目印だ。


「ここです」


 印西の後ろを歩き、北川辺は店に入った。中は白い壁面に木の腰壁という組み合わせで、席入って右手に座敷席、正面にカウンター席、左手に厨房という配置だ。厨房を除いた広さは奥行が畳5枚ほど、横が2枚ほどだろう。最奥には1台テレビが置かれ、昼のニュース番組を垂れ流している。

 昼食ともおやつとも言えない時間だったおかげか、席は半数ほどしか埋まっていなかった。2人はカウンター席に通された。

 印西は机上のメニュー表を北川辺に差し出した。


「私はラーメンにします」


「わかりました」


 印西は店員を呼び、ラーメン2つと焼き飯1つを頼んだ。

 10分もかからずにラーメンは運ばれてきた。油の浮いた水面には焼豚、ネギ、メンマが乗っていて、水面下には中太麵が少しだけ姿を見せている。


「いただきます」


 手のひらをくっつけあった両手の第1指間腔で綺麗に割られた割り箸を挟み、2人は迷惑にならない程度の声で小さく言った。



「ごちそうさまでした」


 2人は食事を終え、店を出た。



「ごめんください」


 呼び鈴と共に玄関先から太宰府の声がした。室内の2人はすぐさま立ち上がって彼女の元へ向かった。


「今開けます」


 扉の先には朝と変わらない姿の太宰府が立っていた。


「大丈夫ですか? 目の周りが赤いです」


「大丈夫です。さっき足の小指をぶつけちゃって……」


 本当のことなど到底打ち明けることはできない。北川辺は照れ隠しに微笑んで見せた。


「それは災難でしたね。じゃあ、行きましょうか。あんまり長居してもいけませんし」


「そうですね」


 北川辺にとって衝撃しかなかった印西の部屋で過ごした時間は、ようやく終わりを迎えた。太宰府の部屋へ帰る途中で正面に鎮座する夕日はいつになく眩しかった。

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