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浮浪少女とガス室の猫  作者: 屑籠
上.邂逅
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1.八尺様に似た少女(キャラクター立ち絵あり)

 よかった。


 目の前にへたり込むホームレスを眺めて、女性はそう思った。ホームレスの女性の手には、先程与えられたパック苺を食べた残骸だけが握られていた。

 そのパック苺を与え、今もホームレスを目の前にしている彼女の名前は「太宰府だざいふ静夜しずよ」、食品の買い出しの帰りだった大学生だ。彼女の腰まであるボサボサとした黒髪は、快晴の下でも色が変わらずに見える。そして肌は青白く、明るい陽射しと俯いて被さる髪の影のコントラストはより一層不健康さを強調している。


「……あの、よかったら私の家に泊まりませんか?」


「えっ……。い、いいんですか!?」


 突拍子のない太宰府の提案に、ホームレスは舌を縺れさせながら歓喜と困惑の混じった声を挙げた。そして声に乗せた感情を薄汚れた顔いっぱいに浮かべ、見開かれた目で太宰府を見つめて次の言葉を待っている。


「はい。勿論、貴女が望むのならですけど……」


「是非お願いします」


 お互いが遠慮がちに弱々しい言葉を数回投げ合っただけなのに、今後の生活を大きく変遷させる事が決定した。

 斯くして、出会いから5分も経たずして太宰府はホームレスの女性を自宅へと招くことが決まった。5分前には飢えと直射日光の暑さに苦しみながらこの海沿いの遊歩道を彷徨っていたというのに、食べ物どころか寝床も、しかもこれは向こうからの提案で与えて貰えるとは、当時の彼女には妄想という形ですら予想できなかった。そしてそれに対して自分が与えたものは、「北川辺きたかわべれい」という自分の名前だけである。もはや恐ろしさすら覚えるほどにトントン拍子で事態が好転しているが、自身に刻み付けられたこの生活の辛さが、現状維持に甘んじることを許さなかった。


 イチゴを食べ終えた北川辺が伸びきった髪をかき上げて耳とこめかみの間に詰め込んだり、服に付いた汚れを軽く叩いて払ったりしている間、太宰府はスマートフォンを弄っていた。緑と白の吹き出しが見えるあたり、メッセージアプリか何かだろう。そして彼女は画面を暗転させ、口を開いた。


「そろそろ行きますか?」


「はい」


 相変わらず太宰府の声は暗かった。それが本当は泊めたくないという意思の現れか、ただ単に彼女の声の特徴なのか、それとも自分では推察できない理由があるのか、北川辺には分からなかった。しかし今までと同じ状況を最も避けたい彼女にとって、太宰府の心理を探ることは優先事項ではない。即座に太宰府の提案を肯定した。

 北川辺と共に立ち上がって初めて、太宰府は本当に彼女の身長が高いことを自覚させられた。相手の顔を見て話そうとすればかなり顎を上げる必要がある。普段の俯き気味の姿勢では目はおろか顎も首元も見えず、土埃に汚れた灰色のワンピースの胸元だけを眺めることになる。それでいて手足も胴も痩せ細っており、まさしく長身痩躯を体現した存在だ。


「知人の待つ駐車場はこっちです」


 太宰府は北川辺の正面方向に指先を向けた。それは2人が出会う前に太宰府が歩いていた方向だ。

 2人が並んで歩きだすと、お互いの身長の差がとても大きいものだとわかる。日は大して傾いていないが、その影の長さは明確に違った。それに、俯いて歩いている大宰府の視界の端には北川辺の伸びた髪は映っても、薄汚れた顔の肌は映らない。



「そういえば、あなたの知人の方はどんな人なんですか?」


 紺色の海とアスファルトを隔てるレンガ道の途中、明るい声で北川辺が尋ねる。


「細かいことは気にしない人です。だからこそ当てにしています」


 反対に太宰府は相変わらず暗い声のままだ。


「こんなに汚れていてもですか?」


「さっき乗せられるかどうか聞いてみましたが、返事はまだないです」


「そうですか」


 文字だけなら感じられるであろう嫌味ったらしさや素っ気なさのない感触の声の北川辺と、提案も返答も例外なく自信がなさそうな印象を与える声の太宰府。声から連想される性格では噛み合わなさそうな2人だが、案外長く話は続いた。



 2人の話が終わってから程なくして、レンガ道の右奥に駐車場が現れた。端にはいくつかの商業施設が並ぶ広い駐車場だ。

 車が居並ぶ中、太宰府は何かを探すように辺りを見回しながらずんずん進む。そしてあるゲームセンターの前に着いた。1階にはクレーンゲームやアーケードゲームが並び、2階にはメダルゲームの並ぶ、それなりに賑わっている施設だ。彼女はガラス張りの壁から中を覗いた。視線の先は音楽ゲームコーナー。なにかを確認したのか、数十秒して北川辺の方を向き直した。


「ここにはいないみたいです」


「なら駐車場ですか?」


「はい。そうだと思います……」


 2人が駐車場へ踵を返した瞬間、太宰府の長いグレーのプリッツスカートのポケットが震え、鳴った。彼女が取り出したスマホを見ると、メッセージアプリに通知があった。内容は例の知人からの返信だ。太宰府が移動前に送った質問に対しての「程度による」という返答と車の位置の説明を確認すると、太宰府は向かう方向を90度変えた。



 再び歩き出して30秒も経たない内に、2人は知人の車の後ろに辿り着いた。サイドミラー越しに太宰府と目が合った青年は、直ぐに車から降りてきた。少し寝癖の痕跡を残した長めの髪、顔を注視すれば自ずと目に留まる程度の隈がある顔、そして紺色を基調にしたチェックシャツを着た若干猫背の細い体。初見では良い印象を受けにく容姿をしている。


「彼女が例の人?」


 太宰府はうなずいてから自信なさげに言葉を紡ぐ。


「結構汚れてるけど大丈夫ですか?」


「いいよ。見た感じ砂ぼこりだし、多分払えば落ちるから」


 即答だった。言葉に重みを全く感じられない、軽い声だった。深く考えていない、見た目だけで判断したとすぐ分かる適当さに、北川辺は不安だった。もしかしたらあとで言いがかりをつけられるかも、もしかしたら後でとんでもない対価を要求してくるかもと、ネガティブな想像ばかりしてしまう。そんな彼女の心の中を知らない2人は、後部座席に乗るよう促した。

太宰府静夜の立ち絵とプロフィール

挿絵(By みてみん)

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