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09. 神殿に人(?)が増えまして

ファシヴァルの街から容赦なくびゅんびゅん飛ばせば、はい呆気なく神殿まで到ー着っと。

行きのリスティルの時とは違ってほとんど気遣いなく速度を上げて飛んだので、神殿の上に降ろされたマリエラは魂を飛ばして呆然としている。ちょっとやり過ぎたかなとか、まぁ思わないでもない。地面ではなく神殿の最上部に直接降ろしたのは、せめてもの情けというやつだ。


さて、それはそれとして。


「ただーいまー!今戻ったわよメイルー!」


神殿の奥に声を掛けながらすたすたと先に行く。するといくらも進まないうちに、たたたたた……と小さな足音が駆け寄ってきた。


「おおおかえりなさいっイファリスさま!」


ぼろ布のような辛うじて衣服と呼べるようなものを着た少女が、泣きそうな顔で私に飛び付く。

私はそれを受け止めて、にっこりと笑って見せた。


「一人にしてごめんなさいね。寂しくなかった?」

「だっ大丈夫です!」


痩せこけて顔色の悪いこの子は、昨日森の外で拾った浮浪児だ。

元は大きな街のスラムにいたらしいのだが、人買い連中に目を付けられ、他のスラムの子供たちとひとまとめにして売り飛ばされる寸前だったという。

しかし整備の杜撰な荷馬車に乗せられて移動している最中、大きく揺れた振動で端にいたメイルは一人地面に転がり落ちてしまった。

人買いたちはそれを見て舌打ちはすれど、荷馬車を止めることはせずに彼女を放置して行った。

不幸中の幸いとでも言うべきか、頭は打たなかったメイルはほうほうの体で地面を這い、この森の入り口に辿り着いたのだそうだ。


そこで力尽きた彼女を発見し、服をくわえてここまで引き摺ってきた虎が、「褒めて?褒めて?」と尻尾を緩やかに揺らしていたのが昨日の早朝のことであった。私は悲鳴を上げかけた。


体の汚れは近くの水場で軽く落としたが、服だけはどうにもならない。黒くて伸びっぱなしの髪も傷んでいて、それでもちょっとだけ小綺麗になったこの子も、育ちの良い彼女から見ればみすぼらしくて汚ならしいものにしか見えないのも無理はなかったと思う。


「な、何よそのボロ雑巾みたいなのは……」


ようやく魂を取り戻してマリエラが発した第一声は、それだった。

まるで汚らわしいものでも見るようなその目付きは、まぁ想定内と言えば想定内だ。


「あら、ボロ雑巾とはご挨拶ね。この子は貴女の先輩になるのよ」

「せ、先輩!!!?」

「せんぱい……?」


素っ頓狂な声を上げるマリエラと、意味がよくわからずに首を傾げるメイル。

冗談でしょうとでも言いたげに頬を引きつらせるマリエラは、腰が抜けていたのに加え更に脱力して石造りの床にぺたりと座り込んでいた。


「まぁ、その話は追々ね。まずは奥に行きましょ」

「あ、あの、イファリスさま……」


いつまでも入り口で立っていてもしょうがない、と歩き出そうとする私を見上げて、困惑気味にメイルは声を上げた。

どうしたのかと聞こうとして、神殿の奥に気配があることに私はようやく気が付いた。


「じ、実はイファリスさまにお客様が……」

「……そのようね……」


頭の痛い思いで神殿の奥を睨み付ける。

自分の神殿に自分以外の神の気配があるのに今更気が付くなんて。

ここに近付いた段階で気付くべきだったのに。


己にも客人にも呆れながら奥を見つめていると、軽やかな足音がこちらに近寄ってくる。気配は二つ、片方には覚えがある。


通路の暗がりから出て来たのは、つい先日見たばかりの生真面目な顔だった。


「済まない、イファリス。邪魔をしていた」

「シュナード」


私が呼んだ名前に入り口で座り込むマリエラがぎょっと目を剥く。

そう、彼こそ私の東隣の領域を支える男神シュナードだ。黒髪に黒い瞳で少し日本を思い出す風貌をしている。


「留守と聞いて出直そうかと思ったんだが、連れが勝手に入り込んでしまってな」


申し訳なさそうに目を伏せるシュナードの後ろから、突如として見知らぬ神力が弾ける気配がした。

私やシュナードは問題ない。だがここには生身の人間が二人もいる。


即座にメイルとマリエラを背中に庇って風の結界を張ると、間髪入れずに青い何かがシュナードの背後から突っ込んで来た。

矢のようにすっ飛んでくるそれを思わず結界でいなし、外へと弾く。

素直に弾かれた青い何かは神殿周りの広場の端に勢いよく激突し、もくもくと派手な土煙を上げた。


何が起きたかは理解していないが、一番外に近い場所にいるマリエラは脅えた顔で土煙の方を見る。

仕方がないので彼女の前に立って土煙の方向を見ると、頭の痛い顔をしたシュナードが私の隣まで来て謝りだした。


「済まないイファリス、俺の監督不行き届きだ」

「連れって言ってたわね。知り合い?」

「ああ、俺の東隣の領域の神なんだが」


シュナードの言葉を聞いて、背後でマリエラが更に体を固くしたのがわかった。いきなり女神に誘拐されたと思ったら更に二柱もの神との遭遇。洒落にはならないだろう、普通ならばあり得ないことだ。当然の反応と言える。


シュナードは土煙に向かって声を張り上げた。


「ヤズム!お前は挨拶じゃなくて喧嘩をしに来たのか!」


シュナードの声が朗々と響くや否や、薄れてきた土煙から青い影が飛び出して来て、私たちの前にシュタッと着地した。


「にゃっははははははは!いやーすまんすまん、久っ々に新しい神さんに会えると思ったらテンション上がってもーたわ!」


着地した体勢からすくっと立ち上がって真っ青な後頭部を掻きながら、全く悪びれない態度でその神は言ってのけた。背筋を伸ばしてもその背丈は私の胸くらいまでしかない。リスティルやメイルといい勝負だ。

ていうか関西弁?関西弁なの?エセくさいけど。


やれやれと頭を抱えながら、シュナードが彼の隣に立って改めてこちらを見る。


「済まないイファリス、紹介する。さっき言った通り俺の東隣の領域を担当している神、ヤズラルムだ」

「よろしゅう!」


シュパッと手を上げてシュナードの紹介に乗っかるこの神は、体が小さい分動作が大きい。天真爛漫と言えば聞こえはいいが、傍迷惑な部分の方が大きい気がする。


「いやーなかなかええ反応でしたわ姐さん!」

「姐さん!?」

「おんなじ風のよしみでいっちょお手並み拝見させてもらおー思たんやけど、まさかあんな最小限の力であっさり弾かれるとは思ってませんでしたわ!」


にゃっはっはっはっはっと笑うその姿は本当に悪びれている様子がなく、呆れた私はため息を吐いてヤズムの頭に拳骨を落とした。


「いったーーーっ!!何すんねん姐さん!」

「あのねぇ!ここは私の領域、それも神殿内部よ!他神(たにん)、それも女性のプライベートスペースに許可なく入り込んで挙げ句に暴れるって、どんだけ非常識なの!しかもここには今生身の人間がいるのよ!?とばっちりでも受けたらひとたまりもないじゃない!あなたは私の領域に戦争でも仕掛けたい訳!?」


私の言い分に頭を押さえながらヤズムはぽかんとする。

それから初めて気が付いたように私の後ろにいるメイルとマリエラを見て、おずおずと頭を下げた。


「す、すんませんでした……」

「二度と他神の領域で許可なく暴れるな」

「約束します……」

「よろしい」


ヤズムが素直に反省したところで、ようやく場所を移すことになった。




* * *




「ほな改めまして、クライストロ大陸の東の領域を治めとります、ヤズラルム言います!気軽にヤズムて呼んで貰えたら嬉しいですわ!専門は風と月、あとちょびっとやけど水もイケます!どうぞ今後ともよろしゅう!あ、お嬢ちゃんたちさっきはホンマに堪忍なー」

「…………」

「…………」


場所は神殿最奥の玉座。赤く上等な敷き布を敷いた上に座る私と、その両端にとりあえず控えさせたメイルとマリエラにヤズムはペコペコと頭を下げる。

一応は神である存在に謝られて、二人は反応に困っているようだ。


ヤズムの隣に座るシュナードが、気苦労の絶えない様子でため息を吐く。


「本当に済まない。見た通りこいつはこういう奴でな、一応手綱を引くつもりで着いて来たんだが……」

「いいわよ別に。大した被害にはならなかったし、貴方のせいじゃないもの」


シュナードはヤズムの保護者か。確かに並んで立てば兄弟のようにも………………まぁ、見える。

それよりさっきから気になっていたのだが、


「そのエセくさい関西弁は何なの?東の方の訛り?」

「いやー何でかこっちに生まれた時からこの喋り方でしてなぁ!まぁ楽しいからええか!と思ってこのままにしてます!」


別に前世が関西人という訳でもないらしい。まぁそうだったとしてもご本家からすればこんなエセくさい喋り方は地雷だろうから、普通に考えればあり得ないか。


「そんで姐さん、何ですその可愛らしいお二人」

「うちの神官候補よ。手を出したらその背更に縮めるから覚悟なさい」

「うわっ堪忍や……」


首を竦めて頭を守るヤズムは、破天荒だしおどけてはいるが素直でもある。やるなと言われればやらないだろう。

それよりも隣に座っているシュナードの方が、「神官候補」という単語に反応した。


「もう見つけて来たのか」

「街に降りたらね、ちょうど神官選定の儀式をやっていて。彼女が選ばれたから連れて来たのよ」

「また無茶をするな」

「ええ、本当はそんなつもりなかったのだけど……ちょっと思うところがあってね」


固くなって座るマリエラを横目でちらりと見て、彼女の父親の言葉を思い出す。あの言葉には、実は続きがあった。

あれがなければ、私はこんな手段は取らなかっただろう。


「…………」

「…………、な、何でしょう……?」

「いいえ、別に」


三柱もの神を前にして流石に縮こまるマリエラは、私の視線に気付いて声を絞る。

別にいじめたい訳じゃないので視線を逸らすと、難しい顔をしたシュナードが目に入った。


「選定の儀から連れて来たってことは、人前に姿を現したんだな?」

「ええ。それも大勢。結構大きなイベントみたいになってたから、観客には困らなかったわよ」

「どこの街だ」

「カランドのファシヴァル。王都に次いで二番目に大きな街だって言ってたわ」


私の答えに、シュナードは口元を覆って考え込む。ヤズムはそれを読めない表情で見上げていた。


「もしかしたらこれから、各国の王族が挙ってこの森に来るかも知れないな」

「ど、どうしてですか?」


シュナードの言葉に、ずっと黙っていたメイルが疑問を持つ。

神々の会話に口を挟んだからだろう、マリエラが咎めるような目付きでメイルを睨む。

それに怯むメイルを安心させるように、シュナードは優しい声色で答えてくれた。


「ずっと神が居なかったこの土地に、待望の女神が現れたと知れたからね。挨拶と、それから是非自分の国に加護を与えてくださいってお願いに来る可能性が高いんだ」


シュナードの声と表情に安堵しながら、まだわからないといった表情でメイルは首を傾げる。

シュナードの続きを引き取って、私も微笑みながら説明する。


「神様がいれば、その土地に繁栄が訪れるっていうのはわかる?」

「は、はい」

「基本的にね、神様がいるだけでその土地の生命力が桁違いになるの。木々や土や水に力が漲り、その中で生きる人間や動物たちにも命が回る。だから基本神様は、そこにいるだけでその土地に恩恵をもたらすの」


脳内インストールされた知識から抜粋。

私もまだわかってない部分が多いです、はい。


「せやけどな、神さんの加護っちゅうとまた話が変わってくる」


私の言葉を次いで、今度はヤズムが口を開く。

両腕を後頭部に回して支えながら、あっけらかんとした態度で彼は続けた。


「いるだけでも神さんの力は充分なんやけど、国そのものに加護を与えるとなるとその恩恵も桁違いや。その神さん特性の力、例えば俺やイファリス姐さんやったら風、シュナードやったら大地に関する加護を得られる。あ、加護ってわかるか?要するに特別なお守りみたいな力のことや」


見た目的にも年齢の近いヤズムに言われて、メイルの緊張も解れる。

ぎこちなく頷くメイルににかっ!と笑って、ヤズムは説明を続けた。


「でな、この神さんの加護を欲しがる国は多い。何せそれがあるだけで国力は安定、住んでる人らも安心出来る。自分らには神さんがついてるって思えるだけでも大分楽になれるやろ?」


気持ちの問題やけどな、と笑うヤズムにメイルはわかったようなわからないような顔をする。

「つまりね、」とここで話がシュナードに戻った。


「女神イファリスに是非加護を授けて貰いたいって人たちが、これからここにわんさか集まって来るんだよ。神殿の場所は、ここいらの国の人ならみんな知ってるからね」


知った上で仮にも女神の神殿がある森を「魔獣の森」呼ばわりはどうかと思います。

もしも王族が来たらその辺の訂正もしっかりせねば、と心に決めたところで、シュナードは真剣な表情に戻って私の顔を見る。


「だから真面目な話、カランドだけから神官を連れて来たのは不公平だと思う。今のカランド王がどんな人かは知らないが、それを材料にカランドに特別な加護を、なんて言ってくるとも限らないんだから」


尤もな話だ。面倒な材料は少ないに越したことはない。

私はメイルを見た。


「メイル、貴女自分がどの国にいたのかはわかる?」

「え、えっと……リズメイヤっていう町だったと思います」


何とか記憶から聞き覚えのある名前を引っ張りだしたメイルを、マリエラは弾かれたように信じられない顔で見た。


「リズメイヤですって!?」

「知っているのかい?」


シュナードに直接話し掛けられて、自分が話に割り込んでしまったことに気が付いたマリエラは弱々しく目線をさ迷わせる。


「え、えっと……あの……」


困惑するように俯いて、マリエラは最終的に私の方を見た。


「良いわ。話しなさい」

「……はい」


ホッとしたようにマリエラは少し顔を上げる。


「……リズメイヤはカランドの西側にある町で、…………私の婚約者であるクロイツェル伯爵家の領地でもあります」


婚約者おったんかいワレ。

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