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08. 女神が名乗りを上げまして

街をぶらぶら練り歩き、漂ういい匂いにつられてみれば。

はい出ました!異世界名物(?)よくわからないお肉の串焼き!


「おじさん!ひとつちょうだい!」

「はいよ、銅貨1枚ね!」


手早くお肉を焼くおじさんから一本受け取って代金を払う。焼きたてじゅうじゅう、油の滴る良い香り!茶色く光るタレがテラテラと良い輝きを放っていた。

ではさっそく、いただきまーす!


「ふぅ、ふぅ……あつっ!あひっ……うん、おいひいっ!」

「そうだろうそうだろう!」


満足気に胸を張るおじさんは、串を操る手は止めずにこやかに私を見る。


「ここらじゃ見ない顔だね。もしかしてお嬢さんも、神官様の選定の儀を見に来たのかい?」

「神官様?聖女じゃなくて?」


肉を一生懸命頬張りながら、おじさんの話に首を傾げる。ていうか顔って、またフード被り直したからそんなに見えないだろうに。

私の質問におじさんは、次々肉を器用にひっくり返しながら答える。


「まぁ、間違っちゃいないわな。正しくは、女神様にお仕えする神官様を選ぶ儀式なんだ。便宜上、聖女って呼ぶこともあるんだがね」


なるほど、そういうことか。………………ん、女神?私か?


「おじさん、女神様って」

「ああ、ここいらは永年神様がいない空白の地になってるんだが、それでもいつ降臨なさるかわからないからな。この儀式だけは、毎回行ってるんだ。もし女神様がいらっしゃらなくとも、神官様が祈りを捧げてくれりゃ少しは何とかなるからな。ここらはそれで、ずっと何とかやってきたんだ」


そう言われて、改めて周囲を見回す。人々の顔は活気に満ち溢れているが、これはそういう期待からなのか。

この世界に転生して数日、ずっと豊かな森に引きこもっていたせいでピンとこなかった。でもそう言えば、ここまで飛んでくる道中、この季節にしてはあまり植物に瑞々しさがなかったような気がする。枯れていた、という訳でもないが。


「先代の神官様がご逝去されてから、もう半年が過ぎたからな。そろそろ新しい神官様に、頑張って貰わにゃ」


どこか疲れた顔をするおじさん。神がいるかいないかで、そんなに違いがでるものなのか。


「おじさんは、神のいる土地に行ったことはある?」

「ああ、あるさ。ここから東にあるシュナード神の領域にな」


シュナード。大地と月を司る男神だ。大層真面目な男で、実は私がこの地に降りた翌日には挨拶に来た。きちんと手土産持参で。

おじさんはシュナードの領域で見てきたものを、若干熱を込めて力強く語る。


「ありゃあ凄かったぜ、大地に力が漲ってるのが目に見えてわかったんだ。草木や動物たちに生命力が満ち溢れてて、住んでる奴らはみんなシュナード神を慕ってた。今はこの街もそれなりの活気だが、こりゃ一時的なもんだ。祭りが終わりゃあすぐに萎んじまう。けどあそこの奴らは、根っからの活力が違うんだ。例え疲れても、俺たちとは違う。次の為に少し休むか、って未来に希望を持って体を休められる。俺はあの時気付いたよ。俺はずっと、体のどっかが疲れたまんまだったんだなって。俺たちはいつまで、何に希望を持って生きていきゃあいいんだろうなって」


最後の声が、周囲の喧騒に紛れてぽつんと沈む。

ずっと忙しく肉を焼いていたおじさんの手は、気付けばすっかり止まっていた。きっと溜め込んでいた、考えないようにしていたことを、思わず言葉にしてしまったんだろう。

変なことを聞いてしまったかな、と黙り込む私に気付いたおじさんは、わざとらしいくらいに大きな声を出した。


「なんてな!ガラでもねぇことを長々くっちゃべっちまった。そうだ嬢ちゃん、詫びにこの串焼き持ってってくれや!」

「えっ、でも」

「いいんだいいんだ!老いぼれの長話に付き合わせちまった詫びと思って、ほれ!受け取ってくれ!」


焼きたての串焼きを5本ほど袋詰めにして、おじさんは私に押し付けてくる。

その勢いに負けて思わず受け取ってしまってから、おずおずとおじさんの表情を伺う。


「……嬢ちゃんみたいな若いもんなら、きっと生きてるうちに女神様を拝めるさ」


―――自分はもう諦めている。暗にそう語るシワの刻まれた目元に、胸の辺りがぎゅっと潰れたような気がした。抱き抱えた串焼きの袋は熱いくらいなのに、体の内側は氷を落とされたように温度が下がる。

きっとおじさんのようなことを思っている人間はこの国、いや私の領域中にたくさんいるんだろう。


ならば、私のするべきことは。


「……おじさんありがとう、また買いに来るね!」

「ああ、いつでも美味いの焼いて待ってるよ!」


温度の下がる体を温めてくれる袋をしっかりと抱き締めて、私は儀式の行われる大広場へと駆け出した。




* * *




学校の校庭くらい広いんじゃないか、という面積を誇る大広場には、大きな女神像が存在を主張していた。

勿論モチーフは私ではない。長くうねる髪に布一枚のドレス、一般的に女神っぽいと思われそうなイメージの集大成のような仕上がりだ。


その像を中心として、ご立派な重厚感溢れるセットが堂々と組まれていた。そのステージの中央には、紫の布を被せられた丸い何かが台座に乗せられ鎮座している。

どうやら観客は立ち見一択のようで、椅子のようなものは用意されていない。それでもステージの周囲には、今か今かと儀式の開始を待つ住人や野次馬が詰め掛けていた。


最初にリスティルから儀式を行う場所を聞いた時には、正直耳を疑ったものだ。てっきり教会や神殿のような場所でやるのかと思いきや、まさかのイベント性重視である。それともまさか、あの女神像があるから選ばれた訳でもあるまいな?


ざわざわとステージばかりを注目する群衆の背後を回り込み、候補者が控えるステージ裏の立派な馬車がずらりと並んだスペースに潜り込む。警備はそこそこのものだが、女神の無駄スキルを舐めて貰っては困る。つまりは、浮かんで適当なセットの陰にでも隠れてしまえば上を警戒する者なんていない、ということだ。

大掛かりなセットには、隠れるに持ってこいなスペースがいくつかあった。誰もそんなところには気を回さなかったのだろう。まぁ、普通人は飛べないので無理もない。


さて、ステージ裏に集結した各人を上から遠慮なく眺めさせて貰う。馬車の近くに立つ麗しいご令嬢たちが、今回の儀式の候補者たちだろう。着ているドレスはシンプルで清楚ながら、しっかり金持ち嗜好の高級な布地やさりげない刺繍を取り入れている。一体何の張り合いをしているんだ。

見たところ全員が貴族のようだけれど、神官には身分の規定でもあるんだろうか?


「良いなシャルレ、しっかりやるんだぞ」

「はい、お父様!」

「スターシャ、自信を持って挑むんだ」

「心得ておりますわ」

「リリアーネ、候補者の中でお前が一番魔法の扱いが上手い。落ち着いて行くんだぞ」

「頑張りますわ」


候補者の令嬢たちに付き添う父親たちが、各々激励の言葉を掛けている。これからやるのって選定の儀式なんだよね?一発芸とか魔法合戦とかじゃないんだよね?しっかりとか自信を持ってとか、どういう方法でやるの?


そんな父娘らのやりとりを、一人高そうな扇を口元にやりながらニヤニヤと眺める者がいた。

身なりからして候補者。淡い小麦色の艶やかな髪に、一つの曇りもない白い肌。何れもよく手入れされた高貴なご身分のご令嬢だというのがすぐにわかるが、同じく磨き上げられた容姿を持つ筈の他の候補者とは一線を画する風格だ。

傍らに父親らしき男性が立っているが、彼もまた貫禄が違う。背中に柱でも通っているかの如く真っ直ぐ伸びた背筋に、矍鑠(かくしゃく)とした威厳のある風貌。ただ者ではない感がビシバシ伝わってくる。


うーんこの2人ちょっと気になるな。


その時、ステージ警備に就いている騎士のような出で立ちの男たちがひそひそと何か話しているのに気が付いた。

一応誰の目も上を見ていないことを確認してから、騎士たちの方へと移動する。


「やっぱりシュワグナー父娘かなぁ、今回の仕切り直しの原因って」

「おいっ滅多なことを言うな。すぐそこにご本人がいらっしゃるんだぞ」

「いやだってさぁ。やっぱり前のお2人の方がそれっぽかったじゃん?他はどうせ賞金が目当てなんじゃ……」

「そうだとしても、場所と時間を弁えろ。今は職務中だぞ」

「へいへい、わっかりましたよーっと」


口の軽い騎士で助かったが、聞き捨てならない単語が混じっていた。

賞金とな?仮にも神官選定の儀式に?


いよいよ以て雲行きが怪しくなってきた。候補者がどう見ても貴族令嬢ばかりなのも怪しい。


私はそろりとステージ裏を抜け出し、表に集う群衆の方へと戻ってきた。

ステージから最も離れた後方辺りを彷徨いている適当な人間に当たりをつけ、さりげなく話し掛けてみる。


「凄い賑わいね。聖女様の選定の儀式っていうのは本当?」

「ああ、あんた他所から来た人?そうさ、女神様がご不在の間、天に祈りを捧げてくださる神官様を見つけるのさ」


男は軽い調子でどこか誇らしげに言う。

口とノリの軽そうな男を選んだつもりだったが、思ったより簡単に喋ってくれそうだ。


「そんな御大層な方の選定を、こんな大広場でやるの?」

「ステージの後ろに大きな女神像があるだろう?神官様が選ばれたら、まずはあの女神像に向かって祈りを捧げるんだ。それで早く女神様が来てくださいますように、って願ってから五穀豊穣の祈りを捧げるのが慣例なんだと」

「まぁその神官様の候補も、近年じゃ貴族のご令嬢からしか選ばれなくなっちまったからなぁ。どこまで信じて良いかもわからんよ」


口は軽いがあまり熱心にステージを見ていない男に話を聞いていたら、小太りの料理人風の男性も混じってきた。仕事着のままのようだが、サボりだろうか。

2人だけで話を広げてくれそうなので、黙って聞いてみることにする。


「ああ、あれだろ。神官様に選ばれた人間の実家は色々と優遇して貰えるっていう」

「元々は一般市民からも選ばれていたから、ちょっとした支援として始めたもんだった筈なんだがな。今やすっかり甘い汁を狙う貴族どもの温床だ。こないだ辞退された子爵のご令嬢お2人も、そういう貴族の妨害にあったって話だぜ」

「じゃあ今回の候補者のうちの誰かが?」

「案外全員かも知れねぇな」


ははは、と笑う男性2人の話にこちらは全く笑えない。そんなご褒美目当てに集った奴らが本当に神官の素質を持ってるものなの?そもそも候補者っていうのは、立候補制なのか?


その疑問を口にしてみれば、暇なのか2人はほいほいと教えてくれる。


「候補者集めは教会が主導でやってるんだが、最近じゃ貴族が優先的に選ばれるんで市民は誰も名乗りもしない。素質さえありゃあ身分は関係ないんだがな」

「ほれあそこ、ステージの上の紫の布があるだろう?あの布の下には選定の水晶があるんだが、神官様があれに触れれば聖なる輝きを放つらしいんだ。不正はなし、だからいくら無理に売り込んだところで選ばれるかどうかは結局水物なんだがな」

「まぁ、候補者の選定基準が一定の魔力を持つ者、ってだけじゃ国中から女が集まっちまうからな。今の方法のが良いっちゃあ良いのかも知れねぇが」


なるほど、今の形でも神官が見つからないこともなかったから放置されてきた、と。例え金目当てで群がってきた輩だとしても、素質さえあれば文句はない訳だ。

手段と目的が入れ替わってるな、これは。元々神官を輩出した家にお礼金を収めていたのに、お礼金目当てにして群がる輩の中から当たりを見つけ出す。別に悪くはないが、一気に有り難みが消え失せる話だ。


「おっ始まるぞ」


ずっと喋り続けていた2人がステージに注目し、口を閉ざす。

つられて見れば、白を基調とした神職の装いに身を包んだ女性が、ステージ上を静かに歩いていた。

まだ布を被せられた状態の水晶の傍まで来ると、女性は立ち止まって群衆の方を見る。まだ若い。30前後といったところだろうか。


「これより、次代の神官様の選定の儀を執り行う。候補の者、前へ」


遠くまで響く凛とした声で女性が宣言すると、ステージの左右から各々候補者が登場する。全部で4人。さっき見た顔触れそのままだ。流石に小麦色の髪の令嬢は、さっき持っていた扇は置いてきたらしい。


全員が貴族の令嬢らしく堂々とした立ち居振舞いではあるが、どうにも神官という言葉が似つかわしくない。全員世間を舐めきった温室育ちの小娘どもだ。

本当にこの中から選ぶの……?本当に……?やめない……?シャルレって呼ばれてた娘とか絶対何か勘違いしてるよ神官じゃなくて王子様の婚約者候補か何かと思ってるよ?そんな顔してるよ?まさかの神官じゃなくて悪役令嬢爆誕だよ?話変わっちゃうよ?


神職の女性が紫の布に手を掛けて、その下の水晶玉を露わにする。

どうやら一人一人水晶に触れていくようだけど、正直女神と致しましてはこの中の誰が選ばれても大差はありません。どんぐりの背比べです。チェンジを要求します。無理?あ、そうですか。


群衆は固唾を飲んで候補者の一挙一動を見守っているが、私はアホらしくて見ていられない。

ため息を吐いてステージから目を逸らした時、ステージの袖から儀式の様子を覗く人陰に気が付いた。あれは、さっき候補者をニヤニヤ見ていた令嬢と一緒にいた人。多分父親だろう。


ステージに視線を戻せば、さっそくシャルレ嬢は失敗に終わったようだった。がっくりと肩を落としてステージを降りていくのが見える。

続いてスターシャ嬢。彼女が触れても水晶は何も反応しない。


袖をもう一度見れば、父親の姿はなくなっていた。まだ娘の出番は来ていないというのに。

やっぱり何か気になる。


私はもう一度、ステージ裏へと忍び込んだ。みんながみんな儀式に注目しているから、後方から回り込めば訳はない。護衛の騎士も大半が候補者とともに表に移動したらしく、楽に入り込めた。


ステージ上ではリリアーネ嬢が水晶の前で深呼吸していた。自分の順番を待つ小麦色の髪の令嬢は、余裕の表情で彼女が儀式を終えるのを待つ。


ステージ裏では、娘の出番を待つことなく父親が誰かと話し込んでいた。相手は見えないが、どうやら使用人か何かのようだ。


「本当によろしいので」

「ああ、こんな茶番に付き合う義理はない。俺は先に戻る。何せ―――」


続く父親の言葉に、私の顔から表情がすっと消える。

…………へぇ、そう。ならば、この儀式の意味は。


―――その時、このステージ裏にまでわかるほど、目映い白い光が周囲を照らし出したのがわかった。

裏手にいるのにこれだけの光。当然同じく気付いた父親も、その発生源であろう方向を見て呟いた。


「決まったな。お前はマリエラの洗礼が済み次第屋敷まで連れて戻れ。後のことは任せた」

「かしこまりました」


使用人らしき男に指示を出し、父親は会場を去っていく。


光が収まると同時に、大広場の群衆たちは割れんばかりの歓声を上げた。音の暴力とさえ思えるそれは、一重に期待の神官様誕生を喜ぶもの。

でも私には、何もかもが虚しかった。

だってあいつは、あの男は言った。



『最初からマリエラが選ばれることはわかりきっている。その為に教会の人間に金を握らせ、選定の水晶を持ち出させたのだからな』



―――――始めからわかっていた。出来レースだったのだ。始めから、自分の娘が神官に選ばれるとわかって儀式に差し出した。

あの男の言った通り、これは茶番だ。それも何の意味も面白味もない、つまらないだけの茶番。

他の候補者を、群衆を、民を欺いて。最初から結果の見え透いたこの茶番劇を、一人冷めた目で見ていた。


「―――ばっかみてぇ」


温度の消えた声でぼそりと呟いた言葉は、薄暗いステージ裏に沈んで消える。興醒めの舞台裏を覗いてしまったお陰で、すっかり白けてしまった。マジックショーの途中でこの先全てのネタバラシをされた気分だ。


どうすっかなあ、とそのまま私は一人佇む。意気込んで来たは良いものの、完全にやる気と勢いを削がれた。こんなことなら神官選びなんて気にしなきゃ良かった。―――後の祭りだ。

ぼーっと薄暗い虚空を眺める。組まれたステージのセットのお陰で遮られた日光は、きっと表ではあの小麦色の令嬢、マリエラを煌々と照らしていることだろう。


―――その時外套の内側で、ガサリと鳴る紙袋の音に正気が戻った。

抱えた袋から滲むぬるい温度が、先ほど聞いたおじさんの言葉を甦らせる。



『……嬢ちゃんみたいな若いもんなら、きっと生きてるうちに女神様を拝めるさ』



……諦めた顔。疲れた顔。期待していない顔。

私は決して善人ではないが、人でなしでもないつもりだ。


よし決めた。

あの父娘にはつまらない見世物を見せられた代償を貰おう。

そしておじさんには予定通り、この串焼きのお礼をしなければ。


決意した私は、外套を脱ぎ去ってセットの向こうに居るであろうマリエラに宣戦布告の笑みを向けた。




* * *




「―――今代の神官様は、マリエラ・リエ・シュワグナー公爵令嬢と相成りました!」


凛とした女性の声が響く。

それに呼応するように歓声を上げる群衆たちは、ステージのマリエラだけを見ていて上には気付かない。


空高く舞い上がった私は、そのままゆっくりと女神像に向けて高度を下げる。


「マリエラ様、ここに集った民の願いを、どうか未だ見ぬ女神様にお伝えください」


恭しく神職の女性にかしずかれ、満更でもない表情でマリエラは頷く。

―――背後の女神像の真上に佇む、これからの彼女にとって唯一となる存在にも気付くことなく。


マリエラが女神像を振り返った時、群衆の中の誰かが裏返った声を上げた。


「お、おい、あれ……!?」


マリエラが祈りを捧げる前に気付いて貰えて良かった。

私は口角を上げ、腰に手を当て凛と胸を張った立ち姿でそこに君臨する。小脇に串焼きとそれに被せた外套を抱えているのが残念だけども。


私の存在に気付いたマリエラが、驚愕の瞳でこちらを見上げる。

彼女の視線と先程上がった声につられて、人々の視線が余すことなく私に注がれる。

神官(マリエラ)が決まった時とは違うどよめきが、広場中を包み込む。


「あ、あなた……貴女様は!?」


裏返りそうな声を必死に抑え、儀式の進行役をしていた神職の女性が、私に正体を問う。

私はその女性でもマリエラでもなく、群衆の方を見て凛と声を張った。


「私は女神イファリス!この度この領域を治める女神として、天から遣わされた者である!」


天(空)から物理的にね。


私の名乗りを聞いて、広場はしんと静まり返る。

そして誰かがようやく溢した声を皮切りに、街中に広がらんばかりの大歓声が喝采を叫んだ。


「わああああああああああああああああああ!!!!!!」

「女神さまああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

「ばんざああああああい!!!!女神様ばんざああああああああああああい!!!!!!」


自分が神官に選ばれた時の何十倍という声量の大喝采を背に、信じられないといった表情でマリエラは私を見上げる。力なく真っ白な顔色が語る心情は、悪夢を見ているとでも言いたげなそれだ。


私は女神像の前まで降り、膝を折って私に平伏する女性に声を掛ける。


「その方、名は」

「はっ。この街の教会の長を務めまする、リアナと申します」

「リアナ。この娘は神官の儀で選ばれたのだな?」


突然自分に目線を向けられ、マリエラはビクッと肩を揺らす。


「はい、間違いなく」

「では私に仕えるものとして、私が預かっても良いのだな」

「はっ………………はっ?」


一度頷いてから、リアナは首を傾げる。でも女神聞いたからね。一回オッケー出したの聞いたからね。


私はマリエラの周囲に風の魔法で浮力を持たせ、彼女の体を軽々と抱える。

咄嗟のことでマリエラは抵抗するが、相手が女神だと思い出してか真っ青になって硬直した。


「この娘、我が神殿にて直系の神官とする!一度改めて送り返すが、此度は私預りとする!」


私の宣言にリアナは目を剥き、人々は次々起こる事態に混乱と動揺を繰り返す。

いつの間にか儀式の時以上に人が広場に押し掛けていて、このままでは大惨事も起きかねない。

そう判断した私は、空高く舞い上がって一先ず人々の視界から消えることにした。

軽々と宙に舞う私を、人々のどよめきが送り出す。

何の前触れもなく一緒に飛ぶこととなった、マリエラの正気度を、犠牲にして。




* * *




さてそのまま神殿に戻ったかと思うだろうが、慌てない慌てない。本来の目的も済ませないとね。


「一時間ぶりーっ!ヤーヴァン会長はいらっしゃる?」

「戻ってくるの早いなお前さん!?」


人々の視線を撒いてどこに来たかと言えば、ヤーヴァン商会の拠点である。

忘れてはならない。私は買い物がしたくて街に降りたのだ。


大手を振ってにこやかに館に入れば、またもや書類片手にエリスと話し合う会長と出くわした。


「ちょっと急用で神殿に戻らなきゃならなくなってね。予定してた買い物が出来そうにないから、やっぱりここで頼もうかと」

「あ、ああ……それは全く構わない、が……」


ヤーヴァン会長とエリスの目は、私が抱えているマリエラに釘付けだ。エリスは相変わらずのクールドライな態度を崩さないが。


「じゃ、ちょっとメモ用紙とペン貸して貰えるかしら。欲しいものを書いておくから、神殿まで持ってきてくれる?」

「神殿って、あの魔獣の森のか!?」


ぎょっとして会長が叫ぶ。だから何なんだ、その魔獣の森って。


「迂闊に踏み入ったが最後、森に住む獣に食い殺される、女神以外は入れない森。と、ここら一帯では昔から語り継がれている森です」


ありがとうエリス。解説してくれて。でもそのネーミングはヤバい気がするから早急に変えて欲しいな。


「こちら、メモ用紙と万年筆です」

「ありがとう。でもそっか、うーん……それなら」


メモを書き留める前に、髪の毛を一本取る。

それに神力を吹き掛けて、緑の石のタイブローチ一丁上がりだ。

女神の3秒細工を初めて目の当たりにしたエリスとマリエラは、食い入るように私の手にあるタイブローチを見詰める。


「ヤーヴァン会長、手を出しなさい」

「え、あ、こうか?痛っ!?」

「すぐ済むから、じっとしてて」


差し出されたヤーヴァン会長の手の人差し指の先っちょに傷を付け、滲み出る血液を石に垂らす。するとポタリと落ちた赤い血液は石の中に吸い込まれ、そのまま何事もなかったかのように元の緑の石としてキラキラと光を反射する。


「はい、貴方専用の通行証よ。これがあれば動物たちは襲わない筈だから(多分)。他人に譲渡出来ないから、売ろうだなんて思わないことね」

「有り難く受け取っとくが……流石にこんなもん売る度胸俺にはねーわ」


ええーっ、ホントにーぃ?(棒)

まぁそれはそれとして、問答無用で傷付けてしまった会長の指は癒しの力で治しておく。この程度の傷なら3秒もいらない。

突然淡い緑の光に包まれたかと思えば、跡形もなくなった傷にヤーヴァン会長は目玉をひん剥く。


「……あんた、本当に女神なんだな」

「館吹っ飛ばす?」

「すんませんやめてください」


ったく。

エリスに貰ったメモ用紙に欲しいものをサラサラと書き付け、万年筆と一緒に渡して返す。


「それじゃこれ、用意出来次第お願い。大抵は神殿にいるけど、もしいなかったら置いて帰ってもいいから」

「流石にそんなことは……いえ、わかりました」


エリスは一礼して、商品の手配の為に去っていく。

残されたヤーヴァン会長に、私はもうひとつあるものを渡した。


「ヤーヴァン会長、こっちはリスティルに」

「あ?……こいつぁ」


女神の証明の為、私がせっせと作らされたもののうちのひとつだ。緑の石のバレッタ。赤毛のリスティルには似合うと思う。


「渡しておいてくれる?予備の通行証として」

「はいはい、承りましたよーっと。…………ところでさっきから気になってるんだけどよ」

「ええ」

「小脇に抱えてるその固まった別嬪さんは一体……」

「うちで雇うの」

「……………………………………………………そうか」


色々飲み込んだ会長の微笑みが悟りを開いているようにも見えた。

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