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07. 商談を成立させまして

緑の石のバレッタ、緑の石の指輪、緑の石のブレスレット、緑の石の耳飾り。

次々量産していくと、ヤーヴァン会長の方が白旗を上げた。


「参った、俺の負けだ。いや、俺の負けです。疑うような真似をしてしまって誠に申し訳ございませんでした。非礼をお許しください」


頭を下げる会長に慈悲の答えを返す。


「許します、ヤーヴァン商会会長。職務を全うする上で必要だったことでしょう。その点は理解致します」


私の言葉に、ヤーヴァン会長以上にリスティルがホッと胸を撫で下ろす。さぞハラハラした思いで見守っていたことだろう。別にいじめたい訳じゃなかったしね。

とりあえず作ったものを全部回収して、外套の内側に入れる。するとわかりやすくヤーヴァン会長が「あっ」と残念そうな顔をしたけど気付かないフリをした。安売りは、しないからね。


「それから言葉使いも許します。貴方に堅苦しいのは似合わないでしょう」


続いて付け足した一言に、ヤーヴァン会長は「うっ」と冷や汗をかく。さっきまでの接し方の方が彼らしく思えたので、壁を感じる丁寧な口調よりもさっきの方が親しみを覚えた。度を越えれば流石に怒るけれど。女神、怒る。


「そんじゃまぁ、お言葉に甘えて……で、イファリス様は何でまたここまで?」


親切心でか弱い女の子を送ってきたとは思わないのか。まぁ、思わないだろうな。

勿体ぶらずに話を進めるとしよう。


私はリスティルに目線を向ける。

それに頷いたリスティルは、ソファーの横に置いてあった荷物からあるものを取り出してテーブルに並べた。


「……これは?」


綺麗に並べられたものを見て、会長は首を傾げる。

白い布に包まれているそれを、リスティルは一つずつ広げていく。

中身が露わになった瞬間、会長は驚いたように目を見開いた。


「これが何かは、会長の方がよくご存知ですね?」

「…………ええ、まぁ、職業柄ね」


難しい顔でテーブルの上の品々を凝視する会長は、次にリスティルに目を向ける。

当のリスティルは、気合いを入れた表情で会長を見つめていた。


「これらのものは、私の森で採れたものばかりです。率直に言いましょう。私はこれらを、ヤーヴァン会長。貴方の商会にお売りしたい。リスティルには、その繋ぎ役をお願いしました」


私の言葉に会長は黙り込み、真意を測るようにこちらの目を真っ直ぐ見てくる。女神の瞳を臆せず覗き込む辺り、やはり胆力はあるようだ。


「……女神の貴女が、商談を我が会に?」

「ええ。少し欲しいものがあるもので」


やましいことはないし、事実なのでさらりと返す。それがかえって腹の内が読めないように見えたのだろう。ヤーヴァン会長は更に難しい顔をする。


「その、欲しいものとは?」

「その前に、これに本当に売れるだけの価値があるのか確かめても良いかしら?リスティルの言葉を信用して持ってきたけれど、私にはわからないものばかりですから」


先立つものがなくては買い物も何もない。私にとってテーブルに並んだこれらは、ただの果物と野草にしか見えないのだ。

ヤーヴァン会長は難しい顔のまま頷いて、応接室の扉に向かって声を上げた。


「フィニア!フィニアはいるか!」


会長の呼び掛けに、然程間を置かずに小さな足音が近付いて来る。


「失礼します。お呼びですか、会長」

「この薬草と実を、今すぐ調べてくれ」

「かしこまりました」


静かに扉を開けて現れたのは、白髪に赤い瞳のアルビノカラーの女性だった。

短く切り揃えた癖のない髪を揺らしてこちらに一礼し、フィニアと呼ばれた女性は白い手袋とメガネを装着してテーブルの上に手を伸ばす。

繊細なものを触るような手つきであらゆる角度から検分し、匂いや光に当てた際の色合いなど、様々なものを細やかにチェックしていく。プロの仕事だ。


やがて満足したのか、全ての品を調べ終えた彼女は、一つ頷いて会長を見上げた。


「間違いありません。左からヤズルの葉、カシュマ草、リシュプの実、ミルマ草。どれも質の良いものばかりです」


フィニアが並べ立てる名前を聞いて、ヤーヴァン会長は深くため息を吐いてソファーに沈み込んだ。

一方でリスティルは嬉しそうな顔でぐっと右手を握り締める。そもそも私が果物だけ持っていくつもりだったものを、リスティルの商人スキル(レベル不明)が発動して薬草中心になってしまったのだ。

彼女の鑑識眼を疑う訳ではなかったが、薬草を見つけた途端目を輝かせて「これです!!」と熱く勧め倒す熱意に押し切られたのも事実だ。

会長の反応と、隣で胸を張るリスティルと、良いものを見たとメガネを煌めかせるフィニア。これは勝負あったな。


「この品々の説明をお願いしても?」


キリッとした顔をしているフィニアに尋ねる。すると初めて私の顔を真正面から見た彼女は、何やら目を見開いてから口元に笑みを浮かべて「かしこまりました」と一礼した。

この部屋に入ってきて初めて笑みを浮かべた彼女に内心首を傾げていると、リスティルがそっと耳打ちしてくれる。


「フィニアさんは、値打ちものや価値の高いものを見るのが大好きなんです」


なるほど。……私の絵姿を売り出したいとかじゃないよね。個人的な趣味の範疇か商人としての気質かによって、その辺の線引きが大きく変わるんだけど。


まずはヤズルの葉、と呼称したものを示しながら、フィニアは一つ一つ解説を始めてくれた。


「まずこのヤズルの葉になりますが、茶葉として加工すると非常に香り高く、美味であると貴族の間で密かに人気があります。またヤズル茶を飲むと疲労回復に良いとされ、効果のほどは国家研究機関のお墨付きがあります」


初手から結構な値打ちものが来たな。


「次にカシュマ草、これは主に解熱剤の原料として多く使われております。栽培が難しくとても貴重なのですが、自生しているものとなると価値が跳ね上がることでしょう」


テーブルの上にあるのが栽培されたものではないと確信しているのか、メガネの縁を押し上げながらフィニアは言い切る。


「そしてリシュプの実。これは焼いて良し、干して良し、そのまま食べても良し。食べ方に外れのない果実と言われています。実が黄色ければ黄色いほど熟している証拠なのですが、虫や鳥に狙われることも多く栽培には手間と時間が掛かる代物です。またこれを干したものは先程のヤズル茶と相性が良く、お茶の中に浸して飲むのが貴族の間で好まれております」


高級嗜好か。

枇杷くらいの大きさで森に沢山生っていたのでよく食べてたけど、そういえば鳥や鹿がよくつついてたな。

ちなみにテーブルの上にあるのは菜の花に近いくらいに黄色くなったものだ。


「最後にミルマ草ですが、これは小さな子供の食物中毒に効果があるとされております。大人になればなるほど効果は薄くなっていくのですが、特に副作用もなくよく効くので重宝されております。今はまだ数が少なく流通はあまりしておりませんが、その生態に関して詳しいことがわかれば栽培方法も進歩すると思われます」


食中毒……いや、もしかしてアレルギーの方かな?子供のうちは多いって言うし。

それともしかして生えてるところ見せろって言ってるんじゃないよねこれ?


とにもかくにも思った以上に貴重なものばかりなようで、いやはやリスティルの見る目にも恐れ入ったものだ。それともうちの森がおかしいのかな?


「ありがとう、助かったわ」

「いいえ、仕事ですので」


礼を言えばフィニアはしっかりした動作で一礼して立ち上がり、未だに頭を抱えている会長に断りを入れてから退室して行った。仕事人だ。かっこいい。


フィニアがいなくなると会長は起き上がり、4つの品を前に私に鋭い視線を向けた。


「で、これをどんだけ売り付けようってんだ?」


完全に口調が素になってる。リスティルはまたハラハラしているが、私としては問題ないのでスルーさせて貰う。


商人としてはビッグチャンスだろうに、持ち込んだ人間が人間だからか素直に喜べないようだ。人間っていうか女神だけど。


会長に言われたので、持ってきた少し大きめの麻の小袋を4つ並べる。どれくらい売れるかわからなかったのであまり量は持って来なかったのだ。

それでも充分な量があったようで、会長はあんぐりと口を開けて袋を見る。


「とりあえず、これくらい」


にっこり笑って言うと、会長は本日2回目の白旗を掲げた。




* * *




全ての小袋の中身を確認して、「確かに」と会長は頷く。その様子を見ていたリスティルは、終始ニコニコとご機嫌そうだ。


「これだけありゃ、ちょっとした家くらいなら買えるぜ。まぁあんたにゃ必要なさそうだがな」


まぁ、もう一軒家(神殿)持ちなので。でも思ったより儲かったな。これは目当ての買い物をしても余るかも。

まぁ、お金はあるに越したことはないよね。


「ちなみにさっきの装飾品も付けてくれりゃあ、桁違いの金額になるんだが」

「興味ないわ」


にっこり笑って返せば、会長はがっくりと肩を落とす。そんな上手い話はそうそうないのよ。


「……それで、一体何が欲しいんだい?うちで用立てられるもんなら、特別に安く用意してやれるぜ」

「考えておくわ」


気を取り直して会長が申し出てくる。が、答えは保留しておいた。

手段としては取って置こう。今結論を急ぐ必要はない。

ヤーヴァン会長もそれ以上食い下がることはなく、両手を上げて背凭れに背中を預けた。


「そんじゃま、とりあえず代金の支払いといこうか。本当なら面倒くさい書類の手続きがあるんだが、急なもんで用意に時間がかかる。先に渡しといた方が良いだろう」

「それでいいの?」


普通駄目だろう。商人なら金勘定と受け渡しはきっちりしなくちゃあっという間に舟が沈む筈だ。

しかし会長は不敵に笑ってこちらを挑発する。


「いいさ。新米とは言え女神の端くれなら、あんたも契約は違えんだろう?」


食えない男だ。

まぁもう商品は向こうに引き渡したし、それに見合った金額が貰えるならこちらとしても文句はない。


応じて見せると会長は懐からジャラリと音のする袋を取り出してテーブルに置く。決して少なくはないようで、リスティルは「おおっ!」と目を輝かせる。


が。


「確かに女神の名にかけて、契約を違えることはしませんけど。足元を見る相手を間違えると、一瞬で破滅しますわよ?か・い・ちょ・う?」


ケチでがめつい。リスティルに最初に聞いたヤーヴァン会長の人柄を思い出す。こっちが金に疎いからって調子こいてんじゃねーぞ。

にっこり笑って小首を傾げれば、会長は顔色を真っ青にして、引きつった笑みを口元に浮かべた。


「…………こんくらいで」


小袋を2つ追加する会長を、リスティルが呆れた目で見ていた。




* * *




「―――かーっ!上手いこと行けると思ったんだがな!」


まだ言うか。

でもまぁ他の顧客に対してはどうか知らないが、会長のこういうところを隠さない部分が割りと好ましく思う。


「で、書類はこれで全部かしら?」

「ああそうだよ!」


場所を変えて、今は窓口。あっさり出てきた書類の中身を確認してサインをし終え、正式に取引が成立した。

窓口の椅子にはフィニアが座り、冷ややかな目で私の隣に立つ会長を見上げていた。


「会長、足元を見る相手は選びませんと。普段からご自分で仰ってるでしょう」

「うるせぇなわかってるよ!」


私の素性は知らない筈だけど、一筋縄ではいかない相手と認識したのか、フィニアさんはやれやれとため息を吐く。


そこに、最初にこの館に入った時に会長と一緒にいた女性が戻ってきた。たしかエリスさんと言ったか。


「会長、ただいま戻りました」

「おおエリス、首尾はどうだ」

「はい、どうやらマルケットの報告によれば2人は既に国外へ逃亡しているらしく、方々へ手配はしましたが見つけるには時間がかかるかと」


2人の話を聞いて、リスティルが目に見えて落ち込む。自分のせいで大事になってしまったのを悔やんでいるようだ。

そんなリスティルの表情を見て、会長は軽く彼女の頭を小突いた。


「なーにを暗い顔してやがる!あの2人を雇ったのは俺だ馬鹿!ここは会長の見る目もまだまだだなって呆れるところだろうが!」

「ええ、全くです」

「それでよく会長が務まりますよね」

「…………お前らな」


全く別の方向からの射撃を食らって、会長はじと目でエリスとフィニアを見る。クールな2人はしれっとその視線をかわした。


そんなやりとりを見ていたリスティルは、ようやく「ぷっ」と笑みを洩らした。

それを見た3人の間にも、和やかな空気が流れる。リスティルは、ここの人たちに愛されているようだ。


「さて、それじゃあ私はもう行くわね」


用も済んだし、あとはここの人たちだけで仕事するなりリスティルの無事を喜ぶなりして貰おう。すぐに私が変な話を持ってきたせいで、その辺の流れが綺麗になくなってしまったことだし。


席を立った私に、リスティルが慌てて頭を下げる。


「あっあの、今回は本当に、ありがとうございました!私結局、何にも出来なくて……」

「馬鹿ね、充分してくれたわよ」


そもそもリスティルがいたから私はヤーヴァン商会に来た。リスティルから会長の人となりを聞いていたから前以て心構えも出来ていたし、リスティルが言い出さなければ私は薬草を売りには来なかった。結果として大儲けだ。会長は苦い顔をしていたが。


リスティルの赤毛の頭を優しく撫でてやると、会長も居住まいを正して私に向き直る。


「こっちも礼がまだだったな。この商会の人間を代表して言わせて貰う。今回は貴重な取引と、何よりうちの大事な従業員を無事に送り届けてくれて、本当に感謝している。ありがとう」


さっきまでの威厳のない態度はどこへやら、真摯に頭を下げるその姿は正に商会を支え引っ張る長そのものだった。

会長に続いてエリスとフィニアも頭を下げるもので、何だか気恥ずかしいやら居心地が悪いやら、とにかく落ち着かない。

しかしそこは女神の意地と威厳で何とか平静を装い、優雅に微笑んで見せる。


「礼を言われるほどのことじゃないけど、まぁ受け取っておきましょ。何かあれば、またここを贔屓にさせて貰うわね」


私の言葉にぱあっと明るい笑顔を見せるリスティルと、顔を上げて各々笑う面々に手を振り、私はヤーヴァン商会を後にした。

商会のくだりがこんなに長引くと思わなかった……。

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