06. 女神の証明を致しまして
「見えました、あそこがファシヴァルです!」
いくつか町の上空を通過し、街道も何もかも無視して一直線に飛び続けること1時間弱。飛ばすと宣言したものの結局リスティルの体調を考えて自重した為、思ったよりも時間が掛かってしまった。長時間慣れない体勢を取っている為か、流石に徐々に口数が少なくなっていくリスティルの様子を見ていると、どうにも無茶は出来なかったのだ。
「凄いです、本当に今日中に着いてしまいました!」
「街の中じゃ目立つわね。どこか外の人気のない場所に降りましょうか」
「いえ、待ってください」
降り立つ場所を探して下を物色する私に、リスティルが待ったを掛ける。彼女を見れば、向かって街の右側を指さしていた。
「あっちに人気のない廃墟があります。商会の拠点がある中心街からもそう離れていないので、そこが良いと思います」
「なるほどね。案内して頂戴」
下からバレない程度まで高度を下げて、街の内部の様子がある程度わかるようにする。街の右側、方角で言うと北側の区画だ。
人で賑わう大きな街、ファシヴァル。聖女選定というお祭り騒ぎの為か、物凄い熱気だ。これは今宣言したら女神降臨の方が霞むかも知れない。する予定はないのだけど。
「あっあそこです!」
リスティルが指さす先には、なるほど確かに街中が賑わう中で不自然なほどに寂れた人気の全くない大きな廃墟があった。
その中でも塀や建物の陰で見えづらいポイントを選んで、中庭のような場所に着地する。
ふわりと風のクッションを置いてから地面に足を着ければ、ようやく一心地つけた気がする。
「ふああ……」
「お疲れ様」
少し草臥れた様子で荷物に寄り掛かるリスティルに、労いの言葉を掛ける。森からここまで、よく頑張ったものだ。
「いえ、森からここまで、本当にありがとうございました。何とお礼を申し上げたら良いのか……」
「あら、その辺は大丈夫よ。事前にお願いした通りだもの」
「……が、頑張ります」
気合いを入れるように胸元で両の拳を握り締め、リスティルは真剣な目で一人気張る。そんなに気負わなくてもいいのに。
さて、今の時刻は昼過ぎといったところ。途中休憩を入れて、彼女が持参していた簡単な軽食と、私の森から採ってきた果物で軽く腹は満たしたけれど。私はともかく、彼女は問題ないだろうか。急ぐ旅ではあるが空腹と疲労を舐めてはいけない。
「リスティル、体は大丈夫?お腹が空いてるようなら何か食べても構わないわよ?」
「いいえっ大丈夫です!早く商会に戻りたいので!」
予想通りの返答を返してくれるリスティルは、本当に無理をしている感じではない。道すがら駄目そうだと感じたら、強制的にでも休ませればいい。
リスティルの先導で廃墟を脱け出し、私は再び外套を目深に被って、いざヤーヴァン商会の拠点へと出発した。
* * *
上空から見た時の印象のまま、ファシヴァルの街は賑わいと熱気に包まれていた。一度は仕切り直したとは言え、街を上げた一大イベントなのだろう。街のあちこちに聖女らしきモチーフを象ったマークの旗が掲げられており、その期待度が伺える。
多くの人で賑わってはいるが、トラブルが起きている気配はないし街自体にも清潔感がある。ちゃんとした統治者が治めているようだ。
「この通りを抜ければ、すぐにヤーヴァン商会の拠点が見えてきます!」
「リスティル、前を見た方が良いわよ」
勇み足で歩きながら私を振り返るリスティルに何度目かの落ち着けコールを掛けた時、前方に立っていた男性に彼女は見事ぶつかってしまった。
あちゃあ、と思いながら相手を見ると、さして怒っている風はなく、寧ろリスティルを見て目を丸くしていた。
「リスティル?リスティルか!?」
「あれ、 マルケットさん?」
「やっぱりそうか!よく帰って来たなぁ!」
少し丸みを帯びた体型の彼は、短い金髪の髪を揺らしてリスティルの肩を勢いよく掴む。どうやら知り合いのようだ。
そのままリスティルの手を取ってずんずんと先へ行ってしまうので、仕方なく後を着いていく。リスティルが抵抗していないので誘拐のようには辛うじて見えないが、万が一があったら遠慮なくぶっ飛ばそう。
しかしそんな考えは杞憂だった。
彼がリスティルを連れて向かった先には、ヤーヴァン商会と看板を掲げた立派な建物があったのだ。
派手ではないが地味でもない。きちんと手入れのされた清潔感ある建物は、館と読んで差し支えないくらいの大きさをしていた。
営業中の為か、開きっぱなしになっている門を潜ると、2人は躊躇なく中へと入って行く。
「ヤーヴァン会長!リスティルが戻りました!」
マルケットと呼ばれた金髪が入って早々そう叫ぶと、書類を持って何やら女性と話していた髭面の男がこちらを振り返る。
「リスティルだと?」
驚いて目を見開く男は40前後といった年齢で、赤みがかった茶髪に同色の短い顎髭を生やしていた。彼がヤーヴァン会長か。
話していた女性を放り出して大股で駆け寄ってきた会長は、リスティルの姿を認めるとホッとしたように胸を撫で下ろした。
「よく戻って来たリスティル!まさかお前が一番手とはなぁ!」
「ただいま戻りました、会長。あの、じゃあロアンドさんやバードさんは?」
「まだ戻って来ていない。しかし一番近い場所へ行かせたとは言え、こんなに早く戻って来るとは思わなかったぞ!」
「あの、不味かったですか……?」
「馬鹿言え、嬉しい誤算だよ!」
笑顔でリスティルを迎える会長の顔に嘘はない。リスティルの話通り、人でなしではないようで安心する。
しかしその気持ちも、次にヤーヴァン会長が発した言葉で霧散する。
「で、護衛に付けた2人はどうした?」
リスティルの表情が固まったのが、後ろから見ていた私にもわかった。そして、それを察したヤーヴァン会長と私の目も剣呑になる。
護衛。そんな話は聞いていないが。
「……リスティル。正直に言え」
「あ、あの、ヤーヴァン会長……」
「正直に言え」
重ねて言われ、リスティルは言葉に詰まる。ヤーヴァン会長は表情にこそ出さないが、相当ご立腹のようだ。
かくいう私も事と次第によっては神罰のアップを始めなくてはならない。
「…………………………………………ご、」
「ご?」
「………………護衛料全額持ち逃げされました」
声も体も小さくなってリスティルはそれだけ絞り出す。その場の全員が絶句した。
はい決まりました。女神イファリス初の神罰の行き先決まりました。
しかしそれよりヤーヴァン会長の動きの方が早かった。
「マルケット。ギルドに向かってあの2人の手配を急げ」
「はい」
「エリス」
「かしこまりました、万事手配しておきます」
会長と話していた女性もどうやら商会の一員だったらしく、彼の一言だけで概ね察して素早く離れていく。マルケットも既に館を出ていた。体型に似合わず良い動きをするようだ。
一方でリスティルは、床に視線を落として沈み込んでいた。
「申し訳ありません、会長……」
「もういい。まずは荷物を下ろせ。詳しい話はそれからだ。で、さっきからお前の後ろにいる別嬪さんは何者だ」
リスティルから視線を移して、ヤーヴァン会長は私を見る。外套のフードはずっと被っている筈だけど。
「いつ私の顔を見たのかしら?」
「この商売長いもんでね。どうにもそういうことには鼻が効くのさ」
「あ、あの、ヤーヴァン会長。この方は私の命の恩人なんです」
「命の恩人?」
会長の私を見る目が訝しげなものに変わる。
「魔獣の森で熊に襲われて、その時助けて貰ったんです」
「魔獣の森!?お前、あそこに入ったのか!?」
「は、はい……帰りの街道で盗賊に襲われて、逃げ込んで」
「…………………………はぁ」
言いたいことは色々あったろう。しかし会長は大きなため息を一つ吐いて頭を抱えるのみに止まった。
けれど私も一言言いたい。魔獣の森って何ぞ。
「んで、そこの見るからに華奢な別嬪ねーちゃんが助けてくれたってのか?」
「……は、はい……」
リスティルは迷うような目で私をちらりと見る。マルケットと女性がいなくなったとは言え、ここは商会の館の玄関口。いつ人が入ってくるともわからない場所で、迂闊に私のことを話して良いものか悩んでいるのだろう。
それを敏感に察したのは、やはりヤーヴァン会長だった。
「……わかった、奥の応接室で話そう。リスティル、お前も来い」
「は、はいっ!」
慌ててリスティルは先を歩くヤーヴァン会長の後を追い掛ける。特に異議はないので私も彼に続いた。
* * *
通された応接室は綺麗に掃除されていて、ソファーや調度品一つ取っても中々品の良い洗練された空間だった。
この部屋に入り慣れていないのか、リスティルは落ち着かない仕草で私の隣に座る。
しかし順を追って説明する様子に迷いはなく、話しているうちに段々落ち着きを取り戻していっているように見えた。
「……なるほどな。話は大体わかった」
一通り話を聞き終えたヤーヴァン会長は、考え込むように片手で口を覆う。
私が女神だとリスティルが言った時には信じられない目でこちらを凝視していたが、話の続きを聞こうと気持ちを落ち着けた辺りは流石商会の会長を務めるだけあると思えた。
ややあって会長は、私の方へまた視線を向ける。
「その外套はうちの商品か」
「ご不満かしら?」
「いいや、うちの従業員の命に比べりゃ安すぎるくらいさ。だが、そのフードは取って貰いてぇ。女神だろうが何だろうが、大事な話は目を見てするもんだ。違うか?」
真剣な瞳でこちらを射抜く瞳には、長年商会の長として働き続けた者の説得力があった。
ごもっともな話でもあるし、私はフードをぱさりと取った。
「………………」
露わになった私の顔を見るなり、ヤーヴァン会長は目を丸くして絶句した。
その会長の反応を見て、私も改めて思い知る。やはり今の私の顔は、絶世と言っても過言ではないレベルの美人なのだ。
イズウェルやリスティルの反応で少し自信がなかったが、そもそも彼らはそれぞれ命の危機にあった。それどころではなかった筈だ。………………多分。
「……………………」
「…………会長」
「…………はっ!」
見かねたリスティルが声を掛けて、ようやく会長は正気に戻る。
ゴホンとあからさまに咳払いをして、話の軌道を戻した。
「な、なるほどな。女神を名乗るにゃ相応しい美貌って訳だ」
強がってるのバレバレでっせ会長。
「だが、それとこれとは話が別だ。正直リスティルが嘘を吐いてるとは思えねぇが、世の中確かな証拠ほど信頼の置けるもんはねぇ。何か女神だと確実に証明出来るもんはあるか?」
「この館を跡形もなく吹っ飛ばすとかどうかしら?」
「…………出来れば違う形で頼む」
冗談なのに。出来るけど。
「そうねぇ、飛ぶにはここらはちょっと目立ちすぎるし………………ああ」
地味でも女神と証明出来るだけの何か、と考え込んで、ふと一つだけ思い付く。あまり安売りはしたくないけど、成功したことのあるもので派手でもなくて一番女神らしいもの、と言えばアレだ。
長い黒髪を何本か切り取る。
それに神気を込めた吐息を吹き掛けまして、
はい出来上がり。
「これで如何かしら?」
テーブルの向こうから身を乗り出して私の手を凝視する会長と、隣で目を丸くして息を止めるリスティル。
2人が注目する手には、鮮やかな緑色の石を中心にきらびやかな装飾を施した、美しいバレッタがひとつ乗っていた。